カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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2『天使と悪魔』

2 第二章第十二話「始まりの狼煙」

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 カイが自らの素性をドライル達へ暴露してから十分後、ドライルは仲間達と共に倉庫にて武具の準備をしていた。剣やら槍やら年齢に問わず全員が武装している。
 そんなドライルの背中へカイが声をかけた。
カイ:
「悪魔達って武器使うのな。てっきり格闘が最強なのかと」
 バルサを思い浮かべながらそう話すカイ。それをドライルは一蹴した。
ドライル:
「悪魔だろうと武器は使う。四魔将だってそうだ。バルサ様以外は全員武器を使うぞ」
カイ:
「え、じゃあバルサって奴はマジで格闘専門なのな……」
ドライル:
「上位クラスの悪魔になると自身の身体の一部を硬質化する魔法を使うからな。バルサ様の場合は最早体が武器なのさ」
カイ:
「ぐぬぬ、あの野郎、ベルセイン状態の一撃をあっさり受け止めやがって……! ていうかその時硬質化なんてしてなくねぇか!?」
 思い出したのかカイの眉間がハの字になっていく。
 苛立ちとカイが戦っていると、ドライルからの熱視線に気付いた。
カイ:
「……なんだよ、確かにそん時は一発も当てられなかったけど次は―――!」
ドライル:
「誰もその時の話などしていない。というよりバルサ様に歯向かっておきながら生きている方が奇跡だ。……そうではなくて、おまえは人間の癖して本当に悪魔の俺達を手伝うつもりか? それも自分の事情を差し置いて」
 ドライルがそう尋ねた時、準備している他のメンバーの視線もカイへと集まった。やはりその場にいた悪魔全員が未だ疑問に思っていたのである。
 それに対して、カイは苦笑で返してみせた。
カイ:
「そう尋ねるならおまえ達だってそうだろうに。おれは人間だぜ? 革命なんかに手伝わせていいのか? 信用なんてあったもんじゃないだろ」
ドライル:
「それは……」
 言葉に詰まるドライルの胸へカイが拳をトンと優しく叩きつける。
カイ:
「ま、人間だと分かった上で協力させてくれる理由は分かんないけど、でもきっとそれはおれがおまえ達を手伝う理由と一緒だと思うよ」
ドライル:
「……なんだ、おまえが俺達を手伝ってくれる理由はなんだと言うんだ」
 その問いには苦笑ではなく屈託のない笑みでカイが答える。
カイ:
「悪魔だろうとおれ達人間と変わんないんだって分かったから」
ドライル:
「……」
 そう自信をもって言い切るカイの言葉に、ドライル達悪魔は唖然とする。
カイ:
「そりゃ過去には色々あったのかもしれない。人間は悪魔の奴隷だったらしいし、普通に考えたら人間にとって悪魔は敵だよ。それにエイラを連れて行ったしな。でも、過去に縛られるのってバカみたいだろ? おれ達が生きてるのは今なんだからさ。おれは過去なんかより今自分で見ているものを信じる」
 そう言ってカイがドライル達を見渡す。
ドライル:
「おまえ達は良い奴、おれは見ていてそう思う。そして、良い奴に人間も悪魔もあるかっ。でもって良い奴が困ってたら助ける。それがおれだ!」
 堂々と胸を張ってカイが笑う。
 始終ドライル達は黙ってその話を聞いていたが、ようやくドライルが口を開いて問う。
ドライル:
「何故、おまえは悪魔に対してそこまで寄り添っていられるんだ……? そこまで先入観を、偏見を持たずにいられるのは何故なんだ……?」
カイ:
「……そうだなぁ、ずっと、本当にずっと悪魔に寄り添ってもらっていたからかな」
 昔を懐かしむようにカイがそう答える。小さい頃からずっと一緒にいた侍女を思い浮かべているのである。
ドライル達は首を傾げていたが、イデアだけは理解していた。
カイ:
「ま、あいつの場合は種族云々じゃなくて性格が悪魔みたいだけどな」
イデア:
「ふふふ」
 イデアが上品に笑う。また、そのイデアへカイが笑顔を返していた。
 その二人の姿を見て、ドライルがフッと笑いを洩らす。
ドライル:
「なるほどな、おまえはどうやら大馬鹿者のようだ」
カイ:
「『俺達と変わらない』、だろ?」
 不敵にカイが笑う。その胸にドライルも笑って拳を突きつけた。
ドライル:
「……ああ、革命なんて起こそうとする俺達と変わらない、大馬鹿者だ」
カイ:
「じゃ、大馬鹿者同士一暴れしようぜ!」
ドライル:
「ああ!」
 そして、最後に二人が拳を合わせる。今ここに、革命が始まろうとしていた。
………………………………………………………………………………
 現在、カイはジョードイン国の最奥にあるイガ城の城門前、その民家の脇に隠れていた。
 そこでカイは隣にしゃがみ込んでいるイデアへ声をかけた。
カイ:
「イデアはあっち側でも良かったんだぞ? こっちの方が確実に危ないし、おれとしては是非あっち側で―――」
イデア:
「ううん、カイと一緒の方が良い。デイナさんとの決闘の時はカイの我が儘聞いたんだから、今度はわたしが聞いてもらう番!」
 そう言ってテコでもカイから離れようとしないその姿勢に、カイは苦笑しながらその頭を撫でた。
カイ:
「でも、本当に危険だぞ?」
イデア:
「それは分かってる。けど、なるべく近くで支えたいの。迷惑かけないようにするから、駄目?」
 潤んだ瞳による上目遣いはカイに駄目という選択肢を与えなかった。
カイ:
「分かったよ。ちゃんと、おれにしがみついてろよ」
イデア:
「うん! 分かってる!」
 イデアは本当に分かっているようで、既にカイへ抱きついていた。
 その様子に苦笑しながらカイはイガ城を見つめる。
 カイが危険だと何度も告げる理由、それは与えられた役割にあった。
………………………………………………………………………………
 準備を終わり次第、カイ達は作戦の最終確認をしていた。
 ドライルが集まった全員を見渡しながら声を張り上げる。
ドライル:
「いいか、これから革命を始める! その前に作戦のおさらいだ」
 そう言うと、ドライルはカイへ少し申し訳なさそうな表情を向けた後、皆に説明した。
ドライル:
「残念だが我々だけでは王を倒せまい! だから先に奴隷達を解放する! そのためにまずここにいるカイ達がイガ城に正面から陽動として殴り込みをかける!」
 そう述べた後、ドライルがやはり申し訳なさそうにカイへ声をかける。
ドライル:
「すまないな、一番辛い役割をおまえに……」
カイ:
「いいっていいって。革命早めてんのおれ達の事情のせいだし。それに、おれが一番適任だろ? 泥船に乗ったつもりで―――」
イデア:
「カイ、大船だよ。泥船じゃ沈んじゃうよ」
カイ:
「……大船に乗ったつもりでいてくれて結構!」
 少し赤面しながらそれでもそう言うカイへドライルは頷いた。
ドライル:
「ああ、頼んだ」
カイ:
「おう、全力で暴れてやるぜ!」
ドライル:
「もちろん王に会いそうにあったら戦いは回避してくれよ」
カイ:
「それは……考えとくよ」
 カイのその曖昧な答えにドライルが眉間に皺を寄せるが、どうにか視線を仲間達へ戻して話を続けた。
ドライル:
「その陽動に合わせて俺達は地下から奴隷たちが働かされている城の地下へと向かう。城の地下の地図なら先程盗んできたし、そのことはまだバレていないはずだ!」
 唯一気づいていた兵士二人はカイが吹き飛ばしてしまっている。また、あれから全然時間が経っていないため、バレていない可能性は高いと言えるだろう。
エル:
「はい質問!」
ドライル:
「何だ、エル」
 エルと呼ばれた青年がドライルへ尋ねる。
エル:
「そういえば、城の地下ってそんなあっさり入れるんだっけ? 確か鉄格子で封じられていなかった?」
ドライル:
「ああ、以前確認したところ確かにそうだったが問題なかろう。鉄格子くらい俺達で壊せる」
レンダ:
「はい質問!」
ドライル:
「今度はなんだ、レンダ」
 続いてレンダという少年がドライルへ尋ねた。
レンダ:
「もし壊れなかったどうするの?」
ドライル:
「壊れなかった時のことは考えていない!」
カイ:
「おいおい、大丈夫かよそれ……」
 カイが呆れ顔でそう述べると、ドライルが頷いて返した。
ドライル:
「ああ、何をしたって壊してみせる。革命を中止になんてさせやしない。だから、おまえは信じて暴れろ」
カイ:
「……おう! 信じてるぜ!」
 そうしてドライルが言葉を続けていく。
ドライル:
「そしてだ、奴隷達を解放したら次に目指すのは王の元だ! 俺達はそこで王を倒す!」
 最後に、ドライルは拳を天に掲げて叫んだ。
ドライル:
「この革命、何としても成功させる! 奴隷たちを解放し、この国を暴君の手から救うぞ!」
全員:
「おおーー!!」
 倉庫中にやる気に満ちた声が響き渡っていった。
 やがて革命へ向けて全員が倉庫から出て行こうとする。
 その時、突如ドライルの事をカイが止めた。
カイ:
「なぁドライル、一ついいか?」
ドライル:
「ん、なんだ?」
 振り向くドライル。これからいざ革命だという時に、何の用だと首を傾げていた。
 そんなドライルへカイが真剣な表情で問いかける。
カイ:
「いや、ちょっと気になったんだけどさ。ドライル、おまえの革命を起こそうとする個人的な理由を教えてもらってもいいか?」
ドライル:
「……なんだいきなり」
カイ:
「なんとなくなんだけどさ。たぶんおまえ、王を倒した後のこと、そんな興味ないだろ」
ドライル:
「……」
 ドライルはそれに答えない。それだけでカイはなんとなく予想が当たっていると思った。
カイ:
「普通革命なら、その後のことだって大切だろ。この国を治めていた王がいなくなるわけだし、きっと仲間の中にはしっかりその先の未来を考えている奴だっているはずだよ。でも、ドライルは違うみたいだ。なんて言うんだろ、やっぱ革命には野望だの理想だのが付き物だと思うんだ。でも、ドライルからそんな感じはしない。この国の行く末より、大事なものがあるんじゃないか? そのために革命を起こしたいんじゃないか?」
 カイの問いに沈黙を続けるドライル。だがやがて、息を吐きながら苦笑した。
ドライル:
「何のためにそんなこと聞くんだ? 個人的に何かあろうとおまえには関係ないだろう」
カイ:
「そんなの決まってる。おれのやる気を上げるためだ」
 ドライルはその答えに今度は声を上げて笑っていた。
ドライル:
「ハハハ、確かにおまえのやる気は革命成功に大きく関わるだろうな!」
 ツボに入ったのか口元を押さえて笑い声が響かないようにしながらドライルは笑っていた。
 そしてひとしきり笑い終わった後、目元を拭いながらカイへ視線を向ける。涙が出る程笑っていたようだ。
ドライル:
「まぁ、どこにでもある話だ。俺には小さな妹がいて、でも俺は二、三か月後には王に招集されてしまう。そうすると妹は一人になってしまうんだよ」
 ドライルが今までに見せたことのない表情で語っていく。
ドライル:
「お袋は昔に死んでしまって本当は親父と三人暮らしだった。でも、親父は聖戦後すぐに招集されて、奴隷の道を選んでいなくなってしまった。ま、死んでないならそれでいい。ただ、今度は俺までもいなくなってしまう。そうすると妹は一人になってしまうんだ。今は叔母さんの元に預けてるけど、肉親が一人も近くにいないなんて、そんなの可哀想だろ。俺は妹の傍にずっと居てあげたい。だから俺は革命を起こすんだ」
 真っ直ぐな目で、ドライルがカイへそう話す。
 その話をカイは微笑んで聞いていた。
カイ:
「妹のためってことか。嫌いじゃないな、その動機は」
 そうしてドライルの肩を叩いてカイが先へ行く。
カイ:
「妹って憎らしいけど、でも可愛いもんな。おれも小さい(身長的に)妹がいるから分かるよ。だからかな……」
 カイが首を鳴らして倉庫を出ながら告げた。
カイ:
「聞いて正解だったよ、おかげで今のおれはやる気十分だ……!」
 そのカイの背中に、ドライルは無意識の内に口角を上げていた。
 そして急いでカイを追っていく。
ドライル:
「それはよかった。だが言わせてもらうが、俺の妹に憎らしいところなんて一つもないぞ。最初から最後まで可愛いからな」
カイ:
「おまえそこは同調しろよ!?」
………………………………………………………………………………
 その時のことを思い出してカイが少し笑う。その様子にイデアが首を傾げた。
イデア:
「カイ、どうして笑っているの?」
カイ:
「ん、いや、シスコンもまた人間悪魔関係ないんだなって」
イデア:
「……?」
 首を傾げるイデアの頭を撫でてから、カイがイデアを抱きかかえる。
カイ:
「ま、こっちの話さ。んじゃイデア、セインを渡してくれるか?」
イデア:
「どっちの話か分からないけど、うん。はい、どうぞ」
 イデアがカイにセインを渡す。そしてすぐさまカイの首に両腕を回した。
カイ:
「よし、絶対離すなよ!」
イデア:
「うん!」
 そしてカイはイデアと共に民家の脇から城門前に姿を見せた。
 城門前には二人の門兵がいて、すぐにカイ達の存在に気付く。
門兵:
「何者だ貴様達!」
 だが、カイには彼らが眼中になかった。
カイ:
「さて、じゃあ始めますか!」
 門兵に言葉を返すことなく、カイがセインを大きく振りかぶり、そして大きく振り下ろした。
カイ:
「ストリームスラッシュ!」
 振り下ろされたと同時に放出された青白いレーザーは、問答無用で門兵を飲み込みながら城門に殺到し、次の瞬間城門を爆破した。
 革命開始の狼煙が天高々と昇っていったのだった。
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