カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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2『天使と悪魔』

2 第一章第六話「責任の所在」

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 エイラとバルサが姿を消した後、闘技場は騒然と静まりかえっていた。皆呆然といなくなった二人がいた場所を見つめている。
 だが、その視線は次の瞬間聞こえてきた怒号へと向けられた。
カイ:
「……てめぇ、何してんだよ!」
 カイがゼノの胸倉を掴んでそう叫んでいた。
ゼノ:
「……」
 対して言葉を返すことなくゼノは俯き黙っている。
 そこへイデア、ミーア、メリル、ヴァリウスが合流した。だがイデア達に言葉はない。全員がカイとゼノのやりとりに注目していたのであった。
カイ:
「何でエイラを行かせたんだ! 何でおれを止めた! 何でてめぇが止めない!」
 言葉をカイが畳みかけるが、それでもゼノは黙っている。
カイ:
「てめぇは奴隷だった人間を解放したんじゃねえのかよ! 悪魔族から自由をもぎ取ったじゃねえのかよ! てめぇならあの悪魔一人くらい余裕で倒せたんじゃねえのかよ!」
 てめぇ、とゼノのことを吐き捨てるように呼ぶカイ。
 その時、ゼノがようやく口を開いた。
ゼノ:
「……うるさいぞ」
カイ:
「あぁ!?」
ゼノ:
「うるさいと言ってるんだ!」
 次の瞬間、ゼノは胸倉を掴んでいたカイを突き飛ばした。
イデア:
「カイ!」
 イデアがカイの傍に駆け寄る。
カイ:
「てめぇ!」
 カイはイデアに目を向けることなく再びゼノへ飛びかかろうとしたが、その間にダリルが割って入った。
ダリル:
「カイ! やめろ!」
 カイを止めようと両肩を掴むが、カイがそれを振り払う。
カイ:
「ダリル邪魔するな! 今からあいつの顔ぶん殴ってやる!」
 荒々しい呼吸と共にカイがそう叫ぶ。それに負けじとダリルも叫んだ。
ダリル:
「お前には分からないのか!」
カイ:
「何がだよ!」
ダリル:
「私達よりもゼノ様の方がエイラと長い付き合いだったんだぞ! 悲しくないわけあると思うか!」
カイ:
「じゃあ! じゃあ何で行かせたんだよ!」
 カイがそう泣き叫ぶ。
 その叫びに、ゼノは遂に我慢の限界を迎えた。
ゼノ:
「止めていれば、より多くの命が犠牲になっていた!」
 ゼノが感情を露わにしてカイへ視線を向ける。カイとゼノ、お互いの目には涙が溜まっていた。
ゼノ:
「いいか! 確かに俺ならばあの小娘一人くらい余裕で倒せただろう! だがそれは、同時に悪魔族への宣戦布告を意味していた! 奴は魔将と呼ばれる悪魔の中でも位の高い悪魔だったんだ!」
カイ:
「だから何だよ! 宣戦布告したっていいだろうが! あんたは人間を悪魔から解放したんだろ! なら悪魔族に勝つことだって―――」
ゼノ:
「その解放に! どれだけの人の犠牲があると思っている!」
カイ:
「……っ!」
 そのゼノの叫びに、カイの目は大きく見開かれ、勢いが少し弱まった。
 だが、ゼノの次の言葉にその勢いは再び強くなる。
ゼノ:
「もし奴ら悪魔族に宣戦布告などをすれば、また大勢の人が死ぬ! だが何もしなければ死ぬのはエイラの命ただ一つだけなんだ! どちらを優先すべきか分からないのか!」
カイ:
「……っ! エイラの犠牲の上に成り立つ人生なんて意味ないだろ! おれ達は、家族なんだぞ!」
ゼノ:
「そんなことは分かっている! だが、エイラは自分の命を捨てて大勢の命を救うことを選んだんだ! あいつが、被害を最小限にする道を自分で選んだんだ!」
イデア:
「そんな……!」
 イデア達女性陣が涙を零していく。ダリルも拳を握りしめ、震えながら下を向いていた。
 だが、カイはまだ全然納得をしない。
カイ:
「だから何だよ! おれは―――」
 と、その時デイナがカイを手で制した。
カイ:
「デイナ……」
 ダリルの制止は聞かなかったがカイだったが、デイナの制止は聞いた。それはひとえにデイナが割って入って来たという驚きだけなのか、それともデイナが兄であったからか。
 デイナはカイへ頷くと、ゼノへ尋ねた。
デイナ:
「父様、あんたの本心はカイと一緒であるはずだ。なのに、あんたがエイラを見捨てるのは、それは王だからか? あんたは守るべき民がいるから、動けないのか?」
 デイナのその問いに、ゼノは一瞬驚いた。デイナの口から『守るべき民』と出てきたのだ。以前のデイナからは想像もつかない言葉であった。
 少しの沈黙の末、ゼノは頷いた。
ゼノ:
「そうだ、俺は一国の王だ。民を危険に晒すような真似は出来ない。それに、その宣戦布告はレイデンフォートだけの話ではない。宣戦布告すれば、世界全てを巻き込むことになる。王として、人間の世界を取り戻した者の一人として、そんな真似は出来ない」
デイナ:
「……そうか」
 デイナはそう言うと、カイへと視線を向けた。
デイナ:
「どうやらそういう事情らしい。それを聞いてカイ、おまえはどうする」
カイ:
「……決まってんだろ」
 そう言ってカイはまだ手に持っているセインをぎゅっと握りしめ、一瞬ヴァリウスの方をチラッと見た。
ヴァリウス:
「……!」
 その視線に気付いたヴァリウスは、すぐにカイの思惑を読み取った。
 カイがゼノへと歩いて近づいていく。
カイ:
「クソ親父、あんたが王だから動けないって言うなら、おれが代わりに動く。おれがエイラを助けに行く」
ゼノ:
「……そうすれば俺は一国の王として、おまえをこの国を脅かす敵と見なさざるを得ないぞ」
 ゼノがそう言ってカイを強く睨みつける。だがカイは既に覚悟を決めており、その目を真っ直ぐに見返していた。
カイ:
「……おれは親父のことを尊敬していた。民を大事にするそのやり方をさ。……でも、今のあんたの考え方は嫌いだ。少数を切って大多数を助けるなんて間違ってる。助けるなら全部まとめて助けるべきだ」
ゼノ:
「そんな理想論が通じると思うか。おまえのその行動は大勢の命を危ぶませるんだぞ」
カイ:
「……後のことは後で考える。今はエイラを救う、それだけだ!」
 そう言ってカイがセインを構えてゼノへと飛び出す。
イデア:
「カイ!?」
 イデア達が戸惑う中、半ば予想していたのかゼノは腰に差していた剣を抜いた。
ゼノ:
「ガキが!」
カイ:
「ガキで十分! やらずにビビッて縮こまってるのが大人なら、おれは大人になんかなりたくないんだよ!」
 カイがセインを思いっきり振りかぶってから振り下ろす。
カイ:
「ストリームスラッシュ!」
ゼノ:
「《正義の盾!》」
 青白いレーザーは突如現れたオレンジ色の盾に防がれたが、カイは直接ゼノへ斬りかかっていった。ゼノがそれを剣で受け止める。
ゼノ:
「王というものは時に残酷な判断をしなければならないものだ! カイ、おまえは王にはなれない!」
カイ:
「それが王ってもんならならなくていい! 何が民あってこその王だ! 家族一人守れないで民が守れるかよ! 助けられる命は見捨てるなよ! 伸ばせるだけ手を伸ばせよ! 助ける命を選んでんじゃねえ! エイラを助けたら大勢の人が死ぬ? そんなの分かんねえだろうが! 未来を得意顔で語ってんじゃねえよ! 今目の前の命を救えずに未来の命が救えんのかよ!」
 カイとゼノが何度も剣を交えさせる。
ゼノ:
「おまえは理想を語り過ぎだ! そんなに上手く行くわけがあるか! おまえのは所詮ただの夢物語だ!」
カイ:
「理想なら語るし夢だって見るさ! だっておれはまだガキなんだから!」
 そう言ってカイがセインに力を溜める。
カイ:
「そのガキの責任を取るのが親ってもんだろ! なら! エイラを助けてくるから責任とれや!」
 カイがゼロ距離でストリームスラッシュをゼノへ放つ。流石のゼノもレーザーに押されて後ずさっていた。
 その瞬間だった。
ヴァリウス:
「みんな!」
 ヴァリウスがいつの間にか大きな黒い穴を展開しながら叫んでいた。
ヴァリウス:
「エイラを助けに行くよ! 手伝ってくれる人は早く中に!」
ゼノ:
「っ! 行かせると―――」
カイ:
「ストリームスラッシュ!」
 ゼノがレーザーを掻き消す直前に、カイがさらに数発レーザーをゼノへ向けて放った。
ゼノ:
「っ、《正義の盾!》」
 再びオレンジ色の盾がいくつか防ぐが、一つだけ貫通しゼノをさらに後ろへ吹き飛ばした。
カイ:
「早く行くぞ!」
 そしてカイが真っ先に黒い穴の中へ入っていく。
 イデア達は一瞬目を合わせあったが、すぐに頷いて例外なく黒い穴の中へ入っていった。
ゼノ:
「っ、ヴァリウス!」
 ゼノが叫ぶが、ヴァリウスは既に穴を塞いでいた。
ヴァリウス:
「ごめんね! でも僕もカイと同じ気持ちだから! だって僕の中にはカイが流れているんだもの!」
 そして次の瞬間、ヴァリウスは跳躍して転移した。
 フィールドにはゼノとデイナの二人のみが残されたのであった。
 ゼノはヴァリウスのいた場所を少しの間見つめた後、土埃を落としながら呟いた。
ゼノ:
「あのバカ息子が。なんてことを……」
 そんなゼノの元へデイナが歩み寄っていく。そして、笑顔でこう告げた。
デイナ:
「だが父様、そういう割には嬉しそうな顔しているぞ」
 ゼノの口角は、確かに上がっていた。
 ゼノがため息をつきながら空を見上げる。黒い雲の隙間から日の光が差し込んできていた。
ゼノ:
「……どこかで期待していた。あいつならどれだけ俺が言葉を並べようとエイラを助けに行くだろうと」
 エイラを助けたいという気持ちはカイと変わらない。ただ自分の立場がそれを許さなかった。
 ゼノは感情のままに動けるカイを羨ましく思った後、次に自分を酷く蔑んだ。
ゼノ:
「まったく、息子に宣戦布告させる結果になってしまった。昔のような聖戦が再び起きた時、あいつにかなりの重荷を背負わせてしまう。最低な親だな」
 ゼノが懸念したように、宣戦布告したことでもし大勢の命が失われてしまったとすれば、その責任は宣戦布告したカイに行ってしまう。大勢の人がカイを恨むことになるのだ。
 それを分かっていて、でもゼノは最終的にカイを止めなかった。止めようと思えば実力を持って簡単に止められたのにである。
 だが、デイナが笑って告げる。
デイナ:
「でもカイは言っていたぞ。親なら責任を取れと。あいつは一人で責任を負うつもりはないよ。父様、あんたと二人で背負うつもりだ」
 デイナの言葉に、ゼノは苦笑した。
ゼノ:
「……とんだ親不孝者だ」
 そういうゼノの顔は先程までと違って清々しい表情をしていたのだった。
ゼノ:
「さて」
 そしてゼノが歩み出す。
ゼノ:
「では、宣戦布告を前提に動き始めるか。カイのことだ、エイラを必ず連れ帰ってくるだろうし、宣戦布告は間違いないな」
 そのゼノの後ろをデイナがついていく。
デイナ:
「手伝うぞ、父様」
ゼノ:
「珍しいな、手伝ってくれるのか。普段は近づいてさえ来ない癖に」
デイナ:
「……変わるって決めたんだよ」
ゼノ:
「……そうか」
ゼノは嬉しそうに笑みを浮かべた後、その表情をやめて空を見上げた。 
ゼノ:
「カイの奴、奴らと戦わなければいいが……」
デイナ:
「奴ら?」
 デイナにそう問われ、ゼノは説明を始めた。
ゼノ:
「悪魔と言えど、その身体能力は人間よりも上程度でしかない。セインを持ったカイならば並の悪魔には負けないだろう。だが、魔将、そして悪魔族の王となると強さの次元が違う」
 少し間をおいて、ゼノは告げる。
ゼノ:
「魔将ですら戦えば、カイ達に勝ち目はない」
デイナ:
「……!」
 その絶望的な事実にデイナは声を出せない。
ゼノ:
「(カイ、全員無事に帰ってこいよ……!)」
 その全員にもちろんエイラを含めて、ゼノはただただ祈ったのだった。
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