49 / 309
2『天使と悪魔』
2 第一章第二話「忍び寄る闇」
しおりを挟む
デイナが決闘をカイに申し込んだ次の日、カイはレイデンフォート王国周辺の森の中にあるいつもの湖にイデアと一緒に来ていた。
イデア:
「綺麗……」
カイ:
「だろ? おれさ、結構ここ気に入ってるんだよね」
その湖は澄んだ青色をしており、水面は鏡のように今日の天気を映し出していた。
カイ:
「これが快晴だったらもっと綺麗なんだけどな。今日は曇りだからしゃーないか」
そう言ってカイが湖の傍に腰を下ろす。イデアも一緒に座った。
カイ:
「ここでイデアを見つけたんだぞ」
イデア:
「そうなの?」
カイ:
「ああ、おれがこの湖のとある謎に頭を悩ましていた時にイデアが空から降ってきたんだ。お陰で謎も解けたよ」
カイはイデアに出会った時の状況を詳細に語ってみせた。イデアは終始楽しそうにカイの話を聞いている。
カイ:
「―――というわけで、つまりはこの湖にはちゃんと魚がいたんだよ!」
イデア:
「ふふ、じゃあ釣れないのはカイの腕前のせいなんだね」
カイ:
「ぐっ、そ、そこはノーコメントで……!」
そこで会話が一旦途切れるが、それでも心地よい雰囲気が二人を包んでいた。
そうしてどれくらい経った時か、イデアがカイに尋ねた。
イデア:
「……どうして決闘を受け入れたの?」
その質問にカイは一度イデアへ視線を向けた後、目の前に広がる湖へと視線を戻した。
そう、カイはデイナの決闘の申し込みに対して受けて立っていたのだ。
カイ:
「どうして、って言われてもな……」
カイは頭を掻きながら苦笑した。自分でも明確な理由は分からないのである。
カイ:
「強いて言うなら、あの時デイナが真面目な顔をしていたからかな」
そう言ってカイがあの時のデイナの顔を思い出す。デイナは真剣な表情で、それでいて少し目に悩みを宿して真っ直ぐにカイだけを見つめていた。
カイ:
「デイナってさ、おれと会うといっつも見下した目で見てくるんだ。それはもう汚物を見るような目で」
そこまでは苦笑しながら話していたが、次の瞬間カイは真剣な表情になっていた。
カイ:
「でも、今回は違った。あいつがあんな真面目な顔でおれの顔を見るなんてまだ信じられないけど、とにかく今回は見下しちゃいなかった。何かデイナには考えが、あるいは悩みがあるのかもしれない」
カイの話をイデアは黙って聞いていたが、イデアは心配そうな表情をカイへ向けていた。
イデア:
「……決闘するのはいいけど、怪我はしないでね」
カイ:
「無茶なことを言うなぁ。ま、極力な」
イデア:
「うー」
カイの曖昧な返事にイデアが口を尖らせる。
そのイデアの頭をカイは撫でてやった。
カイ:
「そういや、あいつとはイデアを賭けた時の決着がついてないし。ちょうどいい機会さ」
イデア:
「あの時も凄く心配したんだよ。だって、いっぱい攻撃くらってるんだもん」
カイ:
「悪い悪い。でも今回もちょこっと無茶する予定だから大目に見てくれよな!」
言葉の終わりと同時にカイが立ちあがる。そしてイデアへと手を差し出した。
カイ:
「さて、そろそろ行くか。次は快晴の日に来ような!」
イデア:
「うん!」
カイの手を掴んでイデアが立ち上がる。
そしてカイ達はレイデンフォート城へと足を向けた。
………………………………………………………………………………
レイデンフォート城にて、エイラはとある人物の部屋を訪れていた。
エイラがその人物の部屋の扉をノックする。
エイラ:
「エイラです、失礼してもよろしいでしょうか」
???:
「……別に構わん」
エイラ:
「失礼いたします」
その声の後にエイラがその部屋に入る。その部屋には豪華な家具が山ほど置いてあった。
その中でもとりわけ豪華な装飾のついた椅子に、その部屋の主は座っていた。
エイラがその人物に質問を投げかける。
エイラ:
「……どうしてカイ様に決闘なんて申し込んだのですか」
デイナ:
「わざわざそんなことを聞きに来たのか。……別に、ただの気分だ」
エイラの質問に、その部屋の主であるデイナは平然と答えた。
だが、その答えではデイナは納得しない。
エイラ:
「デイナ様はただの気分でカイ様に決闘など申し込みません」
デイナ:
「そうか? ムシャクシャしている時とか腹いせに申し込みそうなものだろ」
デイナがあっけらかんと言ってのける。
それでもエイラは首を振って否定した。
エイラ:
「いいえ、もしそうならあんな真剣な表情はしません。ちゃんと本音を語ってください。もう一度聞きます、何故カイ様に決闘を申し込んだのですか」
デイナ:
「……」
デイナは何も答えずに椅子から立ち上がると、エイラに背を向け部屋の開け放たれた窓へと向かった。
窓の外の景色を眺めているデイナに、エイラが痺れを切らして再び質問を投げかけようとした時、デイナがボソッと呟いた。
デイナ:
「……興味があるだけだ」
エイラ:
「興味、ですか?」
デイナ:
「俺とおまえ達にはカイに対して認識のずれがある。あいつは魔力もない癖に何故か皆に慕われているようだ。まったくわけが分からん。あいつの何が周りを惹きつけるのか、それに興味があるだけだ」
その答えにエイラは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間思わず笑みを浮かべた。もしデイナがそのエイラの顔を見ていれば「何を笑っているんだ!」と怒っていただろう。
エイラ:
「……デイナ様も素直じゃありませんね」
デイナ:
「何だそれは! おまえ、俺を馬鹿にしているのか!」
エイラ:
「まさか。デイナ様もやはりカイ様のお兄様なのだなと思っただけです」
デイナ:
「つまり馬鹿にしているではないか! まったく、用が済んだのならば出て行け!」
エイラへ振り返ることなくデイナがそう吐き捨てる。それっきりデイナは口を閉ざしてしまった。
エイラ:
「お答えいただきありがとうございました。失礼いたします」
そう言ってエイラはデイナの部屋から退出した。だが、その顔にはまだ笑みが残っているのだった。
と、そこにちょうどゼノが通りかかった。
ゼノ:
「おっと、エイラ。……どうした? 風邪でも引いたか?」
エイラ:
「私が笑っていると可笑しいですか? そうですか、なら真面目な顔であなたを殺すことにします」
エイラから放たれるどす黒いオーラにゼノは思わず後ずさって首を振った。
ゼノ:
「冗談だ冗談。ところで今デイナの部屋から出てきたみたいだが……え、まさかそれで笑ってるの? え、そういう関係なの?」
エイラ:
「本当に死にたいようですね」
エイラの放つ黒いオーラが一層闇を深めたため、ゼノは慌てて話を変えた。
ゼノ:
「デ、デイナといえば明日カイと決闘するそうじゃないか。国中がその話で持ちきりだぞ。どういう心境の変化だ? あいつはカイの事嫌っていただろう。我が息子ながらいい関係じゃなかったはずだ」
エイラはどうにかオーラを鎮め、ゼノの話に合わせることにした。
デイナ:
「ええ、ですから先程デイナ様に、何故カイ様に決闘を挑まれたのか聞いてきたところです」
ゼノ:
「なるほどな、それでどうだったんだ? その理由を聞いて笑ってたんだろ?」
ゼノに問われエイラは再び笑みを浮かべた。だが、それはデイナの言葉を思い出して浮かべた笑みではない。
今まで過ごしてきた全てを思い出して浮かべた笑みであった。
エイラ:
「ゼノ、人間とは誰しも必ず成長するものですね……」
エイラのその言葉に、ゼノはその言葉の真意に気付き、頷いてみせた。
ゼノ:
「そうだな、それが人間というものだ」
エイラの言葉に、またゼノも笑みを浮かべたのだった。
………………………………………………………………………………
カイがイデアと共に湖へ、そしてエイラがデイナの部屋を訪れたその日、歴史に残る大事件が発生した。
その事件は五大国の一つ、ニールエッジ王国で起こった。
ニールエッジ王国は五大国の中でも、四列島や三王都との繋がりが深く、貿易が盛んで市場はいつも賑やかな国であった。
本来四列島と三王都とは仲の悪い五大国だが、ニールエッジ王国は別である。何故ならば、ニールエッジ王国の第一王子ソグンと第一王女テミルがそれぞれの四列島の内一つの列島の王女と結婚していたり、また三王都の内一王都の王子と結婚していたりという事情があるからである。
その日は偶然にもこのニールエッジ王国にて、ソグンとその妻クレンバード、テミルとその夫アインゼルツがニールエッジ城のとある広間で一堂に会していた。そこにはニールエッジ王国の王園児も在席している。
ソグン:
「たるいから早く終わらせようぜ、父さん」
エンジ:
「……うむ、そうだな」
ソグンに声をかけられ、エンジは仕方なく早々と話を進めることにした。
エンジは立ち上がり、全員の顔を見ながら口を開く。
エンジ:
「では、これから我らニールエッジ王国と四列島と三王都の貿易についての話し合いを始めようと思う。ではまず―――」
クレンバード:
「パッパと終わらせましょうよ。用件だけを伝えなさいな」
そう言って会陰時の話を遮ったのはソグンの妻クレンバードである。
そしてそれに同調するようにテミルが声を上げた。
テミル:
「そうだよパパ、こんな面倒くさい話より私はアインゼルツとイチャイチャしたい」
アインゼルツ:
「こらこらテミル、私は構わないが皆がどう思うだろう。私は構わないが」
そう言いつつ、アインゼルツは既に席を立ってテミルの元に移動していた。
百日に一度、こうやって集まって貿易について話し合うのだが、エンジはこの時間が大嫌いであった。無理もない、出席するのは全員わがままな子供達だからである。
この通り、話し合いも進むわけなく、結局いつもエンジが一人貿易について考えなければならなかった。
好き勝手する子供達を見て、エンジはため息をついた。
エンジ:
「(寄こすなら王や王妃が来てくれればいいのに……。私の裁量に任せるということだろうか。いっそ、我が国に有利にしてやろうか……)」
そうは思うものの、エンジが実際にそうすることは不可能である。何故ならば、そうした時点で貿易関係は打ち切られ、ニールエッジ王国は成り立たなくなるからであった。
エンジ:
「分かった、じゃあ今日は解散しよう。また―――」
私が一人で考えてみる、そうエンジが言おうとした時、事件は始まった。
突如広間の天井が崩落したのである。
エンジ:
「何事だ!?」
砕けた天井の瓦礫が降り注ぐ。
アインゼルツはすぐさま魔法を唱えた。
アインゼルツ:
「《全てを包み込む壁》」
本当はテミルだけ守るつもりだったが、一応範囲を全員にしていたため、天井の瓦礫がある一定の高さでぴたりと止まった。
アインゼルツ:
「大丈夫かい、テミル」
テミル:
「うん、ありがと」
テミルがアインゼルツへ笑みを向ける。
だが次の瞬間、アインゼルツの首は体から離れて宙を舞っていた。
そこにいる全員が意味も分からず、ただただアインゼルツだったモノを見つめていた。
瞬間、鮮血が周囲へ飛び散り、一番近くにいたテミルが真っ赤に染まっていく。
テミル:
「アイン……ゼルツ……? どうして顔が無いの? ねえ、どうして……どうしてよ!」
???:
「はいうるさい」
何者かの声が響き渡ったその瞬間、テミルの心臓がテミルの体から飛び出していた。
テミル:
「何……これ……」
そのままテミルが仰向けに倒れる。
その瞬間、アインゼルツの魔法が解け、上から再び瓦礫が降り注いだ。
エンジ:
「っ!」
エンジにソグン、クレンバートはどうにかその瓦礫を避けたが、テミルとアインゼルツの死体はその瓦礫に押しつぶされてしまった。
エンジ:
「一体何が……!」
瓦礫の上で唖然とする三人だったが、突如その目の前に一人の女が姿を現した。その女は黒い翼を背中に広げ、目も人間のそれとは違っていた。
???:
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、うるさいと殺すから」
エンジはその姿に見覚えがあった。おぞましい記憶が、封印されていた記憶が蘇る。
ソグン:
「う、うわぁ!」
クレンバード:
「嫌ああああああ!」
その時、ソグンとクレンバードが恐怖のあまり叫びながら女に背を向けて走っていった。
エンジ:
「待て、二人共!」
???:
「はい駄目ー」
その瞬間、女は一瞬で二人の背後に移動し、そして手を二人の顔に添えるとそのまま二人の首を捻じ切ってしまった。
鮮血を噴きながら倒れる二人を見て、エンジは一歩ずつその女から後ずさっていく。
エンジ:
「(まさか……そんな……! 何故、何故悪魔が……!)」
驚愕しているエンジに女がゆっくり歩いていく。
???:
「そこのあんたはお利口なようね。じゃあ質問するけれど、エイラ・フェデルはどこ?」
女の口から出たその名を、エンジは知らなかった。だから正直に答える。
エンジ:
「し、知らない!」
???:
「ふーん、あの竜も口を割らないし、あなたも知らないのね。役に立たないわ」
女は不機嫌そうにしかめっ面を浮かべたが、すぐに笑顔に戻した。
???:
「なら別のことを聞くわ。ゼノ・レイデンフォートはどこ?」
その問いの答えを、エンジは知っていた。だが、言うかどうか迷っていた。
そこへ悪魔の誘惑が囁かれてしまった。
???:
「言えば、あなたの命は助けてあげなくもないわよ」
その誘惑に、エンジは屈してしまったのであった。
エンジ:
「ゼ、ゼノ・レイデンフォートはここから南に行った先に王国を築き上げている!」
???:
「王国? ふーん、大層なご身分ね。ま、人間の中ではかなりやる方らしいけど」
女はようやく目的地がはっきりしたことを喜んでおり、その縦長い赤い瞳孔はギラギラに輝いていた。
???:
「じゃ、とりあえずそちらへ行ってみましょうか。それでゼノにエイラの場所を聞けばいいわ」
エンジ:
「わ、私は確かに言ったぞ! だから―――」
だが、エンジの口からそれ以上の言葉が出ることは無かった。
エンジの上唇から上が無くなっているのだ。そして残った体はびくびくと痙攣しながら、やがて鮮血と共に倒れてしまった。
その様子を女は見下すような目で見ていた。
???:
「人間って本当に醜すぎ。こんなの生かしておく価値無いわ」
女は突き破ってきた天井から戻って空に羽ばたき、ニールエッジ王国を見渡した。
???:
「さて、とりあえずこのゴミ共の集落は破壊しなきゃね」
そして女は舌なめずりをしながらニヤリと笑ってみせた。
その日、歴史に残る大事件が起こった。
一日にして突然、五大国が一つ、ニールエッジ王国が消滅したのである。
イデア:
「綺麗……」
カイ:
「だろ? おれさ、結構ここ気に入ってるんだよね」
その湖は澄んだ青色をしており、水面は鏡のように今日の天気を映し出していた。
カイ:
「これが快晴だったらもっと綺麗なんだけどな。今日は曇りだからしゃーないか」
そう言ってカイが湖の傍に腰を下ろす。イデアも一緒に座った。
カイ:
「ここでイデアを見つけたんだぞ」
イデア:
「そうなの?」
カイ:
「ああ、おれがこの湖のとある謎に頭を悩ましていた時にイデアが空から降ってきたんだ。お陰で謎も解けたよ」
カイはイデアに出会った時の状況を詳細に語ってみせた。イデアは終始楽しそうにカイの話を聞いている。
カイ:
「―――というわけで、つまりはこの湖にはちゃんと魚がいたんだよ!」
イデア:
「ふふ、じゃあ釣れないのはカイの腕前のせいなんだね」
カイ:
「ぐっ、そ、そこはノーコメントで……!」
そこで会話が一旦途切れるが、それでも心地よい雰囲気が二人を包んでいた。
そうしてどれくらい経った時か、イデアがカイに尋ねた。
イデア:
「……どうして決闘を受け入れたの?」
その質問にカイは一度イデアへ視線を向けた後、目の前に広がる湖へと視線を戻した。
そう、カイはデイナの決闘の申し込みに対して受けて立っていたのだ。
カイ:
「どうして、って言われてもな……」
カイは頭を掻きながら苦笑した。自分でも明確な理由は分からないのである。
カイ:
「強いて言うなら、あの時デイナが真面目な顔をしていたからかな」
そう言ってカイがあの時のデイナの顔を思い出す。デイナは真剣な表情で、それでいて少し目に悩みを宿して真っ直ぐにカイだけを見つめていた。
カイ:
「デイナってさ、おれと会うといっつも見下した目で見てくるんだ。それはもう汚物を見るような目で」
そこまでは苦笑しながら話していたが、次の瞬間カイは真剣な表情になっていた。
カイ:
「でも、今回は違った。あいつがあんな真面目な顔でおれの顔を見るなんてまだ信じられないけど、とにかく今回は見下しちゃいなかった。何かデイナには考えが、あるいは悩みがあるのかもしれない」
カイの話をイデアは黙って聞いていたが、イデアは心配そうな表情をカイへ向けていた。
イデア:
「……決闘するのはいいけど、怪我はしないでね」
カイ:
「無茶なことを言うなぁ。ま、極力な」
イデア:
「うー」
カイの曖昧な返事にイデアが口を尖らせる。
そのイデアの頭をカイは撫でてやった。
カイ:
「そういや、あいつとはイデアを賭けた時の決着がついてないし。ちょうどいい機会さ」
イデア:
「あの時も凄く心配したんだよ。だって、いっぱい攻撃くらってるんだもん」
カイ:
「悪い悪い。でも今回もちょこっと無茶する予定だから大目に見てくれよな!」
言葉の終わりと同時にカイが立ちあがる。そしてイデアへと手を差し出した。
カイ:
「さて、そろそろ行くか。次は快晴の日に来ような!」
イデア:
「うん!」
カイの手を掴んでイデアが立ち上がる。
そしてカイ達はレイデンフォート城へと足を向けた。
………………………………………………………………………………
レイデンフォート城にて、エイラはとある人物の部屋を訪れていた。
エイラがその人物の部屋の扉をノックする。
エイラ:
「エイラです、失礼してもよろしいでしょうか」
???:
「……別に構わん」
エイラ:
「失礼いたします」
その声の後にエイラがその部屋に入る。その部屋には豪華な家具が山ほど置いてあった。
その中でもとりわけ豪華な装飾のついた椅子に、その部屋の主は座っていた。
エイラがその人物に質問を投げかける。
エイラ:
「……どうしてカイ様に決闘なんて申し込んだのですか」
デイナ:
「わざわざそんなことを聞きに来たのか。……別に、ただの気分だ」
エイラの質問に、その部屋の主であるデイナは平然と答えた。
だが、その答えではデイナは納得しない。
エイラ:
「デイナ様はただの気分でカイ様に決闘など申し込みません」
デイナ:
「そうか? ムシャクシャしている時とか腹いせに申し込みそうなものだろ」
デイナがあっけらかんと言ってのける。
それでもエイラは首を振って否定した。
エイラ:
「いいえ、もしそうならあんな真剣な表情はしません。ちゃんと本音を語ってください。もう一度聞きます、何故カイ様に決闘を申し込んだのですか」
デイナ:
「……」
デイナは何も答えずに椅子から立ち上がると、エイラに背を向け部屋の開け放たれた窓へと向かった。
窓の外の景色を眺めているデイナに、エイラが痺れを切らして再び質問を投げかけようとした時、デイナがボソッと呟いた。
デイナ:
「……興味があるだけだ」
エイラ:
「興味、ですか?」
デイナ:
「俺とおまえ達にはカイに対して認識のずれがある。あいつは魔力もない癖に何故か皆に慕われているようだ。まったくわけが分からん。あいつの何が周りを惹きつけるのか、それに興味があるだけだ」
その答えにエイラは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間思わず笑みを浮かべた。もしデイナがそのエイラの顔を見ていれば「何を笑っているんだ!」と怒っていただろう。
エイラ:
「……デイナ様も素直じゃありませんね」
デイナ:
「何だそれは! おまえ、俺を馬鹿にしているのか!」
エイラ:
「まさか。デイナ様もやはりカイ様のお兄様なのだなと思っただけです」
デイナ:
「つまり馬鹿にしているではないか! まったく、用が済んだのならば出て行け!」
エイラへ振り返ることなくデイナがそう吐き捨てる。それっきりデイナは口を閉ざしてしまった。
エイラ:
「お答えいただきありがとうございました。失礼いたします」
そう言ってエイラはデイナの部屋から退出した。だが、その顔にはまだ笑みが残っているのだった。
と、そこにちょうどゼノが通りかかった。
ゼノ:
「おっと、エイラ。……どうした? 風邪でも引いたか?」
エイラ:
「私が笑っていると可笑しいですか? そうですか、なら真面目な顔であなたを殺すことにします」
エイラから放たれるどす黒いオーラにゼノは思わず後ずさって首を振った。
ゼノ:
「冗談だ冗談。ところで今デイナの部屋から出てきたみたいだが……え、まさかそれで笑ってるの? え、そういう関係なの?」
エイラ:
「本当に死にたいようですね」
エイラの放つ黒いオーラが一層闇を深めたため、ゼノは慌てて話を変えた。
ゼノ:
「デ、デイナといえば明日カイと決闘するそうじゃないか。国中がその話で持ちきりだぞ。どういう心境の変化だ? あいつはカイの事嫌っていただろう。我が息子ながらいい関係じゃなかったはずだ」
エイラはどうにかオーラを鎮め、ゼノの話に合わせることにした。
デイナ:
「ええ、ですから先程デイナ様に、何故カイ様に決闘を挑まれたのか聞いてきたところです」
ゼノ:
「なるほどな、それでどうだったんだ? その理由を聞いて笑ってたんだろ?」
ゼノに問われエイラは再び笑みを浮かべた。だが、それはデイナの言葉を思い出して浮かべた笑みではない。
今まで過ごしてきた全てを思い出して浮かべた笑みであった。
エイラ:
「ゼノ、人間とは誰しも必ず成長するものですね……」
エイラのその言葉に、ゼノはその言葉の真意に気付き、頷いてみせた。
ゼノ:
「そうだな、それが人間というものだ」
エイラの言葉に、またゼノも笑みを浮かべたのだった。
………………………………………………………………………………
カイがイデアと共に湖へ、そしてエイラがデイナの部屋を訪れたその日、歴史に残る大事件が発生した。
その事件は五大国の一つ、ニールエッジ王国で起こった。
ニールエッジ王国は五大国の中でも、四列島や三王都との繋がりが深く、貿易が盛んで市場はいつも賑やかな国であった。
本来四列島と三王都とは仲の悪い五大国だが、ニールエッジ王国は別である。何故ならば、ニールエッジ王国の第一王子ソグンと第一王女テミルがそれぞれの四列島の内一つの列島の王女と結婚していたり、また三王都の内一王都の王子と結婚していたりという事情があるからである。
その日は偶然にもこのニールエッジ王国にて、ソグンとその妻クレンバード、テミルとその夫アインゼルツがニールエッジ城のとある広間で一堂に会していた。そこにはニールエッジ王国の王園児も在席している。
ソグン:
「たるいから早く終わらせようぜ、父さん」
エンジ:
「……うむ、そうだな」
ソグンに声をかけられ、エンジは仕方なく早々と話を進めることにした。
エンジは立ち上がり、全員の顔を見ながら口を開く。
エンジ:
「では、これから我らニールエッジ王国と四列島と三王都の貿易についての話し合いを始めようと思う。ではまず―――」
クレンバード:
「パッパと終わらせましょうよ。用件だけを伝えなさいな」
そう言って会陰時の話を遮ったのはソグンの妻クレンバードである。
そしてそれに同調するようにテミルが声を上げた。
テミル:
「そうだよパパ、こんな面倒くさい話より私はアインゼルツとイチャイチャしたい」
アインゼルツ:
「こらこらテミル、私は構わないが皆がどう思うだろう。私は構わないが」
そう言いつつ、アインゼルツは既に席を立ってテミルの元に移動していた。
百日に一度、こうやって集まって貿易について話し合うのだが、エンジはこの時間が大嫌いであった。無理もない、出席するのは全員わがままな子供達だからである。
この通り、話し合いも進むわけなく、結局いつもエンジが一人貿易について考えなければならなかった。
好き勝手する子供達を見て、エンジはため息をついた。
エンジ:
「(寄こすなら王や王妃が来てくれればいいのに……。私の裁量に任せるということだろうか。いっそ、我が国に有利にしてやろうか……)」
そうは思うものの、エンジが実際にそうすることは不可能である。何故ならば、そうした時点で貿易関係は打ち切られ、ニールエッジ王国は成り立たなくなるからであった。
エンジ:
「分かった、じゃあ今日は解散しよう。また―――」
私が一人で考えてみる、そうエンジが言おうとした時、事件は始まった。
突如広間の天井が崩落したのである。
エンジ:
「何事だ!?」
砕けた天井の瓦礫が降り注ぐ。
アインゼルツはすぐさま魔法を唱えた。
アインゼルツ:
「《全てを包み込む壁》」
本当はテミルだけ守るつもりだったが、一応範囲を全員にしていたため、天井の瓦礫がある一定の高さでぴたりと止まった。
アインゼルツ:
「大丈夫かい、テミル」
テミル:
「うん、ありがと」
テミルがアインゼルツへ笑みを向ける。
だが次の瞬間、アインゼルツの首は体から離れて宙を舞っていた。
そこにいる全員が意味も分からず、ただただアインゼルツだったモノを見つめていた。
瞬間、鮮血が周囲へ飛び散り、一番近くにいたテミルが真っ赤に染まっていく。
テミル:
「アイン……ゼルツ……? どうして顔が無いの? ねえ、どうして……どうしてよ!」
???:
「はいうるさい」
何者かの声が響き渡ったその瞬間、テミルの心臓がテミルの体から飛び出していた。
テミル:
「何……これ……」
そのままテミルが仰向けに倒れる。
その瞬間、アインゼルツの魔法が解け、上から再び瓦礫が降り注いだ。
エンジ:
「っ!」
エンジにソグン、クレンバートはどうにかその瓦礫を避けたが、テミルとアインゼルツの死体はその瓦礫に押しつぶされてしまった。
エンジ:
「一体何が……!」
瓦礫の上で唖然とする三人だったが、突如その目の前に一人の女が姿を現した。その女は黒い翼を背中に広げ、目も人間のそれとは違っていた。
???:
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、うるさいと殺すから」
エンジはその姿に見覚えがあった。おぞましい記憶が、封印されていた記憶が蘇る。
ソグン:
「う、うわぁ!」
クレンバード:
「嫌ああああああ!」
その時、ソグンとクレンバードが恐怖のあまり叫びながら女に背を向けて走っていった。
エンジ:
「待て、二人共!」
???:
「はい駄目ー」
その瞬間、女は一瞬で二人の背後に移動し、そして手を二人の顔に添えるとそのまま二人の首を捻じ切ってしまった。
鮮血を噴きながら倒れる二人を見て、エンジは一歩ずつその女から後ずさっていく。
エンジ:
「(まさか……そんな……! 何故、何故悪魔が……!)」
驚愕しているエンジに女がゆっくり歩いていく。
???:
「そこのあんたはお利口なようね。じゃあ質問するけれど、エイラ・フェデルはどこ?」
女の口から出たその名を、エンジは知らなかった。だから正直に答える。
エンジ:
「し、知らない!」
???:
「ふーん、あの竜も口を割らないし、あなたも知らないのね。役に立たないわ」
女は不機嫌そうにしかめっ面を浮かべたが、すぐに笑顔に戻した。
???:
「なら別のことを聞くわ。ゼノ・レイデンフォートはどこ?」
その問いの答えを、エンジは知っていた。だが、言うかどうか迷っていた。
そこへ悪魔の誘惑が囁かれてしまった。
???:
「言えば、あなたの命は助けてあげなくもないわよ」
その誘惑に、エンジは屈してしまったのであった。
エンジ:
「ゼ、ゼノ・レイデンフォートはここから南に行った先に王国を築き上げている!」
???:
「王国? ふーん、大層なご身分ね。ま、人間の中ではかなりやる方らしいけど」
女はようやく目的地がはっきりしたことを喜んでおり、その縦長い赤い瞳孔はギラギラに輝いていた。
???:
「じゃ、とりあえずそちらへ行ってみましょうか。それでゼノにエイラの場所を聞けばいいわ」
エンジ:
「わ、私は確かに言ったぞ! だから―――」
だが、エンジの口からそれ以上の言葉が出ることは無かった。
エンジの上唇から上が無くなっているのだ。そして残った体はびくびくと痙攣しながら、やがて鮮血と共に倒れてしまった。
その様子を女は見下すような目で見ていた。
???:
「人間って本当に醜すぎ。こんなの生かしておく価値無いわ」
女は突き破ってきた天井から戻って空に羽ばたき、ニールエッジ王国を見渡した。
???:
「さて、とりあえずこのゴミ共の集落は破壊しなきゃね」
そして女は舌なめずりをしながらニヤリと笑ってみせた。
その日、歴史に残る大事件が起こった。
一日にして突然、五大国が一つ、ニールエッジ王国が消滅したのである。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる
グリゴリ
ファンタジー
『旧タイトル』万能者、Sランクパーティーを追放されて、職業が進化したので、新たな仲間と共に無双する。
『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる』【書籍化決定!!】書籍版とWEB版では設定が少し異なっていますがどちらも楽しめる作品となっています。どうぞ書籍版とWEB版どちらもよろしくお願いします。
2023年7月18日『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる2』発売しました。
主人公のクロードは、勇者パーティー候補のSランクパーティー『銀狼の牙』を器用貧乏な職業の万能者で弱く役に立たないという理由で、追放されてしまう。しかしその後、クロードの職業である万能者が進化して、強くなった。そして、新たな仲間や従魔と無双の旅を始める。クロードと仲間達は、様々な問題や苦難を乗り越えて、英雄へと成り上がって行く。※2021年12月25日HOTランキング1位、2021年12月26日ハイファンタジーランキング1位頂きました。お読み頂き有難う御座います。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
名も無き農民と幼女魔王
寺田諒
ファンタジー
魔王を倒すため、一人の若き農民が立ち上がった。ようやく魔王のいる神殿を訪れたものの、そこにいたのは黒髪の幼女魔王。
戦いを経て二人は和解し、共に旅をするようになった。世間知らずの幼い魔王は色々なことを学びながら成長し、やがて自分を倒しに来たはずの農民に対して恋心を抱くようになる。女の子は自分の恋を叶えるため、あの手この手で男の気を引こうと躍起になるが、男は女の子を恋の相手として見ようとしない。
幼い女の子と若く逞しい農民のほのぼのラブコメディ。
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる