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2『天使と悪魔』

2 第一章第一話「デイナの揺れる心」

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 それはカイとイデアの結婚式が行われた翌日のことである。
 とある人物はレイデンフォート城の地下に幽閉されているある人物の牢獄を訪れていた。その人物は沢山の鎖に縛られており、身動きが一切取れない状態である。
デイナ:
「おい、ライナス」
 レイデンフォート王国第二王子であるデイナは、同じくレイデンフォート王国第一王子であり、且つ反逆の罪で捕らえられているライナスへ声をかけた。
 ライナスはずっと下を向いていたが、デイナの声に視線だけをデイナへと向けた。だが、ライナスが言葉を発することはない。
 少しの沈黙の末、デイナがライナスへと尋ねた。
デイナ:
「何故あんたはあんな事をしたんだ」
ライナス:
「……」
 デイナの問いにライナスは依然口を閉ざしたままである。
 あんな事とはフィールス王国の襲撃、占領に加え、果てはレイデンフォート王国へ牙をむこうとしたことである。
 デイナはそのことを聞いてからずっと不思議に思っていた。
デイナ:
「あんたはずっとこの国に反感を抱いていたのか?」
 デイナから見て、ライナスにそういう素振りは見られなかったのだ。常にゼノの方針に従っていたように見えていたのである。
 そして、その質問に対してようやくライナスは口を開いた。
ライナス:
「……てっきり、おまえもそうだと思っていたがな」
デイナ:
「……何だと?」
ライナス:
「おまえは民を虐げ、そして貴族を重んじていたはずだ。ならばゼノのやり方とは相容れないと思うが」
デイナ:
「……」
 そのライナスの言葉にデイナは言葉を返さない。事実、ゼノのやり方はデイナの性には合っていなかった。
 ライナスが口元に笑みを浮かべる。
ライナス:
「所詮おまえは意志が弱いのさ。実行する覚悟がない。何より、ゼノに歯向かう勇気が足りない」
デイナ:
「……っ!」
 デイナは思わず歯軋りした。ライナスの言う通りだったのである。
 何度かゼノに反抗しようと考えたことはあるが、最後は臆病になってしまいそれが出来なくなってしまっていた。デイナが声高らかに反抗できるのはカイに対してだけなのである。
デイナ:
「だ、だが! あんたは実行したが、あろうことかあのカイに阻まれ負けたんだ! 恥ずかしいとは思わないのか!」
 デイナのその言葉に、次の瞬間ライナスの表情は真顔へと変わっていた。
ライナス:
「……思わない」
デイナ:
「なっ!?」
 ライナスの答えはデイナにとって予想外だった。
 ライナスはカイを思い浮かべながら口を開いていく。
ライナス:
「おまえはカイをかなり馬鹿にしているようだが、あいつは本来生まれながらにして両親を超える魔力を有していた男だ」
デイナ:
「なっ、やはりカイに魔力は元々あったのか!? それに父様や母様を超えるだと!?」
 デイナは以前ゼノとセラの会話からそのような予想を立てていたが、ライナスはカイが生まれた時からそのことを知っていた。それはカイの出産に立ち会った侍女から「元々は凄まじい魔力があったはずなのですが」という話を聞いたからである。ちなみにカイの出産に立ち会った侍女達には箝口令が敷かれていたのだが、その侍女はお喋りだったのである。
ライナス:
「今は無いにせよ、あいつに秘められた力は本物だ。……だが、あいつの秘めていた力というのは、どうも魔力だけでは無かったようだが」
デイナ:
「……なに?」
 不思議そうに尋ねるデイナに言葉は返さず、ライナスはカイとの戦いを振り返っていた。その戦いの中でライナスはあることを感じていたのだ。
 カイは、イデアやエイラ、ダリルにミーアなどたくさんの人々に助けられながら戦っているのだと。人との強い繋がりがカイを強くしているのだと。
 そしてそれらは、ライナスにはないものだった。
ライナス:
「あいつの生き様はまさしくゼノの政治そのものだな。民あってこその王だと生き様が叫んでいるようだ」
デイナ:
「……らしくないぞ、ライナス」
 デイナはそう言ってライナスへ背を向けた。これ以上は聞いていられなかった。デイナにはライナスがカイを認めているように聞こえていたのである。
デイナ:
「あいつなんて、ただの出来損ないだろうが」
 そうしてデイナはライナスの牢の前から立ち去っていった。
 ライナスはその背中へボソッと呟いた。
ライナス:
「……らしくない、か。ふっ、我ながらそう思う」
 そして牢の天井を見上げた。その天井は石造りなのだが、ライナスの目が捉えていたのは天井ではなく、記憶の中にいるカイの姿だった。
ライナス:
「あいつは、何かを変える力を持っているのかもな」
 そう言うライナスの口角は上がっていた。
………………………………………………………………………………
カイ:
「ぶえっくしょん!」
 突然カイが大きくくしゃみをした。
ダリル:
「隙ありっ!」
カイ:
「うわっ!?」
 その隙にダリルが木刀でカイの足を掬い転ばせた。カイはそのまま尻餅をつく。
カイ:
「てっめぇダリル! 今のは反則だろ! 卑怯だろ!」
ダリル:
「ふん、くしゃみなどしているからだ。風邪でも引いたんじゃないか? 健康管理も勝負には大切な要素だぞ」
 現在、カイとダリルはレイデンフォート城の地下にある第二闘技場で模擬戦をしていた。
 これはカイから申し込んだものである。カイ曰く、「魔法無しならもう互角だ!」らしく、ダリルに挑んだわけであるが、あっさりとやられていた。
カイ:
「全然風邪なんて引いてないね! むしろピンピンしてるくらいだわ! 絶対エイラ辺りがおれの噂話をしてるに決まってる!」
エイラ:
「私はカイ様の噂話をするほど暇じゃありませんよ」
カイ:
「げ、エイラいるのかよ!」
 カイが慌てて声のした方に目をやると、客席にエイラの姿があった。ちなみにそこには他にイデア、ミーア、メリルの姿もある。カイとダリルが認識していたのはイデア達三人で当初エイラはいなかったのであった。
カイ:
「ていうか嘘つけ! おまえの噂話のせいでおれがどんだけ苦労しているか知らないだろ!」
エイラ:
「知ってますよ、だから続けるんです」
カイ:
「より質が悪いわ!」
 カイとイデアの結婚式も無事終わって、現在平和と言っても遜色ない状態が続いていた。
 フィールス王国の復興も早速今日から始まっている。本来ダリルも手伝う予定だったのだが、フィールス王国での戦いからまだ日数が然程立っておらず、安静の為休暇を無理やり取らされているのだった。
カイ:
「ちくしょう、もう一回だ!」
ダリル:
「望むところ!」
 ダリルが嬉々とした表情で再びカイと木刀を交える。
 その様子をメリルは膝に肘をついて苦笑いしながら見ていた。
メリル:
「安静の為の休暇でしょうに」
エイラ:
「彼は戦闘狂ですからね、じっとしているのは苦手なのでしょう」
メリル:
「せっかくの休暇なのに、あたしとのイチャイチャが少ないと思わない? イデアもさ、せっかく新婚ほやほやなのに、こんな過ごし方でいいの?」
 メリルがイデアの方を見ながらそう尋ねると、イデアは苦笑していた。
イデア:
「元々結婚は会った時にしていましたから新婚ほやほやではないですよ。昨日は皆さんの前で正式に行っただけですし。それに、カイを見ていると飽きないので」
メリル:
「うっ……ミーアぁ!」
 メリルはイデアの返答に言葉を詰まらせ、困ったようにミーアの方を見る。ミーアはメリルの頭を撫でながらうんうん頷いて見せた。
ミーア:
「ダリルはへたれだからね。メリルがぐいぐい行かなきゃダリルも動かないよ」
メリル:
「……やっぱり?」
エイラ:
「まぁ、うちの殿方は基本ヘタレで有名ですからね。ゼノ様も今はセラ様とイチャイチャしていますが、昔はセラ様に引っ張られてばかりでした」
メリル:
「カイもすぐ赤くなるし、血筋なのかねー」
ミーア:
「ダリルは血筋関係ないから単にヘタレなだけだね!」
ダリル:
「おいミーア! 聞こえてるぞ!」
 ダリルが一瞬ちらっと客席の方を見て叫ぶ。その隙をカイは見逃さなかった。
カイ:
「隙あり!」
 カイが前に走り込んで間合いを詰めながらダリルの胴へと突きを繰り出す。だが、ダリルはそれをヒョイっと横に躱して足を出した。
カイ:
「なにっ!? ってうわぁ!?」
 カイはその足に見事引っ掛かり、次の瞬間前のめりに倒れ地面を滑っていった。
 カイのその様子にダリルは自慢げに笑みを浮かべていた。
ダリル:
「ハッハッハ、わざと見せた隙だとは思わなかったのか」
カイ:
「そんな芸当おれに分かるか!」
 カイが地面から顔を上げて抗議する。
エイラ:
「カイ様は相変わらず単純ですからね」
イデア:
「でも、そこもカイの良いところだと思います」
カイ:
「イデアそれ褒めてる!?」
 ダリルが座り込んでいるカイへと手を差し出す。カイはそれを掴んで立ち上がった。
ダリル:
「今日はこれくらいでどうだ」
カイ:
「くっそー、やられっぱなしかよ」
ダリル:
「それでも前よりは強くなったよ」
 ダリルがそう言ってカイの頭をポンポン叩いてからカイの木刀と一緒に自分の木刀を戻しに行く。
 カイは少し認められたような照れくさい感覚に襲われながらも、ダリルを追おうとした。
 その時だった。カイの視界の隅にある人物が映ったのだ。
カイ:
「……デイナ?」
 カイの視線の先、イデア達とは正反対の客席の隅にデイナが立っていたのだ。
 カイはかなり不思議に思った。デイナはカイのことを嫌っているため、自らカイに近づくことはない。それにも関わらず今回は自分からカイの元へと近づいてきているのだ。
 デイナは険しい表情でカイを睨んでいた。
デイナ:
「……」
 その様子に気付いた客席のイデア達も困惑していた。
イデア:
「一体どうしたんでしょうか」
ミーア:
「デイ兄、何かすっごく悩んでるみたいだけど」
メリル:
「あの人ってカイのお兄ちゃんだっけ? でも、昨日の結婚式には来てなかったよね」
エイラ:
「デイナ様はカイ様のことが嫌いですからね。正直私も結婚式に出ようか出まいか考えましたが、イデア様のために出たようなものです」
カイ:
「おいそこ聞こえてるぞ!」
 カイがエイラに叫ぶ。
 しかし実際、カイはどうしようか悩んでいた。
カイ:
「(呼びかけてみるか、それともスルーして闘技場から出るか……よし、出よう)」
 悩んでいたはずが思ったよりもあっさり答えが出て、カイは闘技場から出ようと出入り口へと足と向けた。
 その時、木刀を戻し終えたダリルがカイの元に戻ってきて、その際デイナに気付いた。
ダリル:
「あれ、デイナ様? 何故ここに?」
カイ:
「(馬鹿野郎! 声かけてんじゃねえよ!)」
 カイの心の声がそう叫ぶがもう遅い。ダリルはデイナに声をかけてしまっていた。
デイナ:
「……」
 しかし、デイナは口を開かない。
 これは今のうちに、とカイがこっそり闘技場を出て行こうとした時だった。
 今まで閉ざされていたデイナの口が開いたのである。
デイナ:
「……カイ、俺と決闘しろ」
 デイナの声はそれほど大きくなかったのにも関わらず、その声は闘技場にいる全ての者に聞こえた。
カイ:
「……はあっ!?」
 そして、今度はカイの声が闘技場に響き渡ったのであった。
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