カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第四章第二十八話「急転」

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 重力に抗うことが出来ず、カイは地面にうつぶせに倒れ込んだ。徐々に血だまりが広がっていく。
 イデアは目の前の光景にまだ理解が追いついておらず、言葉もなくただただ血を吐くカイを見つめていた。
 そのカイを跨ぐようにしてライナスがイデアへと歩み寄っていく。すると、カイへ向けたイデアのセインを前にライナスは立ち止まった。
ライナス:
「これが、イデア・フィールスのセインか」
 そう言ってそのセインへと手を伸ばす。だが、その手はセインをすり抜けてしまった。
ライナス:
「……今はカイのものということか。だが、それもほんの数十秒で終わりだな」
 ライナスはセインをすり抜けてさらに前へ、つまりイデアの目の前まで辿り着いた。
ライナス:
「イデア・フィールス、俺とフィールス王国へ来い」
 そう呼びかけるが、イデアは微動だにしない。視線も、ライナスが塞いだというのに、それでもまるで透けて見えているかのようにカイの方を向いていた。
イデア:
「……カイ?」
 そして、ようやくイデアが凄い小さな声でカイへと声をかけた。
 その声を、カイは確かに聞いていた。聞こえていた。でも、言葉を返す力がなかった。
カイ:
「う……あ…………!」
 必死に立ち上がろうと四肢に力を入れる。だが、全然力が入らずカイは地べたから這い上がれずにいた。それどころか呼吸は既に出来ておらず、視界すらぼやけ始めている。意識は既に朦朧としていた。
カイ:
「(これ、まじでヤバいやつだ………)」
 カイは死を予感していた。すぐそこまで迫っている死を。
 それから逃げようと、そしてイデアの元へ辿り着こうとほんの少しずつ地べたを這って前に進み始めた。
 その姿をライナスは哀れに見ていた。
ライナス:
「悪いが、心臓を貫かせてもらった。どう足掻いてもおまえはここで死ぬ」
イデア:
「……カイ、カイ!」
 そして遂にイデアが理解したくなかった現状を理解してしまった。その目から先程まで流していた涙とは別種の涙が零れ始める。
イデア:
「カイ、カイ! 返事をして! ねぇ、カイ!」
 カイの元へイデアが駆け寄ろうとする。それをライナスが片手で捕らえて止めた。
ライナス:
「無駄だ。あいつは死ぬ」
 そう言ってライナスが片手を前に突き出した。すると、その手の前に大きな黒い穴が生まれる。それはダークネスが開く穴と同質のものだった。
イデア:
「カイ! カイ!」
 その黒い穴に気付いておらず、さらにライナスの声も聞こえていないイデアはカイの名前を叫び続けた。
 その叫びはカイに届いていた。呼ばれる度に、カイは心の中で返事をし続けていた。
カイ:
「(イデア、大丈夫だから……! だから、泣かないでくれ……!)」
 だが、その思いはイデアに届かない。
イデア:
「カイ! っ、カイ!」
 何度もイデアは呼び続ける。そのイデアの元へ、カイは這って少しずつ近づいていった。血の道がカイの後に出来ていく。
 そして、カイはセインの前まで到着した。どうにか顔を上げてセインを視界に映す。
カイ:
「あ……が………!」
 カイはその瞬間体がほぼ動かなくなるのを感じた。もう這ってでも前に進めなくなったのを理解した。だから、カイは必死に最期の力を振り絞ってセインへと手を伸ばした。
カイ:
「う、おおお…………!」
 セインへと伸ばされるカイの手。
 それはセインへと届くはずだった。
 だが次の瞬間、セインは光の泡となって消えて無くなった。イデアの目の前で消えてしまった。
 直後、イデアの中に絶対的な喪失感が生まれる。無くしてはいけない大切なものを失ったような、人格が壊れてしまうほどの喪失感がイデアを襲ったのだ。
イデア:
「…………カイ?」
 イデアが絶望を伴った声でそう呼びかける。
 その声はカイには届かなかった。そして、カイの手もセインには届かなかった。
 ライナスがニヤリと笑う。
ライナス:
「ようやく死んだか、カイ」
 セインが消えた。それは使用者の死、つまりカイの死を表していた。
イデア:
「……………………………」
 イデアの瞳から光が消える。その目には最早何も映っておらず、ただただ闇が広がっていた。
 そんなイデアを脇に抱えるのは簡単だった。ライナスはイデアを抱えると先程開いた黒い穴へとイデアを放り投げる。イデアは何の抵抗もなく真っ黒な闇へと姿を消した。
ライナス:
「……これで、おまえのセインは俺のものだ。イデア・フィールス」
 ライナスは空へと大地を蹴る。そしてその次の瞬間、その場から瞬時に姿を消していた。
 後に残ったのは、冷たくなり始めたカイの身体だけだった。
 まるで何もなかったかのように辺りが静寂に包まれる。
 だが次の瞬間、そこに声が届けられた。
???:
「カイ、君はまだ死んじゃ駄目だ。君は僕が絶対に助ける。だから、君は絶対にイデアちゃんを助けるんだ」
 そして、カイの顔に影がかかった。
………………………………………………………………………………
 ゼノが到着する予定の三十分前、エイラ達は全員既に岩で出来た広場に集まっていた。あくまで予定なのであり、ゼノが早く到着する可能性もあるためすぐに動けるようにである。
 だが、一向にカイとイデアが姿を現さない。
エイラ:
「お二人共、何をやってるんでしょうか。三十分前には戻ってくださいねって言ったはずなんですが……」
ミーア:
「どうせお兄ちゃんがイデアちゃんを振り回してるんでしょ」
 ミーアの言葉には全員が首肯して同意した。イデアがカイを振り回す可能性を全員が否定しているのである。
エイラ:
「ですが、あれでカイ様も大事な時とそうではない時をわきまえているはずです。今回が大事な時だっていうことはカイ様も分かっているはずですが……」
 エイラが少し奇妙に思い始めた時だった。
 ドサッと音と共に何かがエイラ達の傍に落とされたのである。
 全員がそちらへ視線を向ける。ゼノかもしれないとそう思って。
 だがそこにあったのは、血まみれのカイの姿だった。
レン:
「なっ」
エイラ:
「カイ様っ!?」
ミーア:
「お兄ちゃん、嘘っ……!」
 全員が一気に緊急事態だと理解する。それもそのはず、カイの衣服に染みついている血の量は尋常ではなかったのだ。
 カイを囲むように全員が駆け寄る。
コルン:
「な、なにがあったというんだ!」
エイラ:
「とにかくまずは回復魔法を!」
ミーア:
「わたしが―――」
ジェガロ:
「いや、儂がやる! お主ら、退け!」
 ジェガロがすぐさまカイへと魔法をかける。
ジェガロ:
「《グランドヒール!》」
 ジェガロが全身全霊でカイへ回復魔法をかけていく。緑色の靄がカイの身体を包み、回復を開始する。その光景を全員が固唾を呑んで見守っていた。
 すると、回復魔法をかけてすぐにジェガロは回復魔法を止めてしまった。
シオルン:
「っ、何故やめてしまうんですか!?」
メリル:
「もしかして、もう……!」
 ジェガロが回復魔法を意味もなく止めるはずがないことは全員が理解している。だから、全員最悪の事態が脳裏によぎった。
 そして、ジェガロが口を開く。
ジェガロ:
「……傷が、ない」
全員:
「えっ」
 ジェガロが回復魔法を止めた理由は、傷がなかったからである。回復しようにも、そもそも回復する傷がなかったのだ。
エイラ:
「どういうことでしょうか……」
ミーア:
「心臓の辺りに刺された跡があるのに……」
ダリル:
「……確認しよう」
 そしてダリルがカイを脱がせようとした時だった。
カイ:
「………イデア!」
ダリル:
「うわっ」
 カイが勢いよく起き上がったのだ。
 これには全員呆気にとられ、そして安堵した。
ミーア:
「うぅっ、お兄ちゃああん!」
カイ:
「うおっ、なんだ!?」
 ミーアが安堵と共に泣き出してカイへ抱きつく。カイはそれを戸惑いながら受け止めたが、周囲へ視線をやって首を傾げた。
カイ:
「あれ、いつの間に戻ってきたっけ……」
ダリル:
「……カイ、無事なのか?」
カイ:
「ん? 無事ってなん―――」
 と、そこでようやくカイは先程までの出来事を思い出す。ライナスに殺されたことを。
カイ:
「っ!」
 カイは急いで心臓の辺りに手をやったが、そこに傷はなく、痛みもない。そして何より、今カイは生きていた。
 カイの心臓がドクンと鼓動する。そして、カイはとあることに気付いた。
カイ:
「……!」
ミーア:
「……どうしたの?」
 ミーアが心配そうにカイへそう問いかける。 だがカイは首を横に振って答えた。
カイ:
「……いいや、なんでもない。そんなことよりも!」
 そして、カイは勢いよく立ち上がると全員に尋ねた。
カイ:
「イデアは!?」
ミーア:
「えっ、お兄ちゃんと一緒だったんじゃないの?」
 全員がそういう視線でカイを見ていた。その視線で理解したカイは全員に知らせた。
カイ:
「イデアがフィールス王国へ連れ去られた!」
全員:
「なっ!?」
 突然の事態に全員が動揺を隠せない。
 すぐさまレンがカイへと詰め寄った。
レン:
「カイ、どういうことだ! 」
カイ:
「おれも連れ去られた瞬間を見たわけじゃないけど、ライナスが確かにフィールス王国へ連れて行くって言ってた! 」
ミーア:
「え、ライ兄!?」
エイラ:
「何故ライナス様の名前が……!」
 突如出てきたライナスという言葉にレイデンフォートの面々はより動揺した。
ダリル:
「カイ、何があったんだ!」
 全員が状況を知りたくてカイの方を見るが、今は一分一秒が惜しい。
カイ:
「話は道中話す! イデアが捕まっちまったんだ! とにかく今すぐ向かおう! ジェガロ!」
 ジェガロの名をカイが強く叫ぶ。竜になってすぐさま向かおうと急かしているのだ。だがゼノはまだ来ていない。天地谷を空けることにジェガロは抵抗を感じていた。
ジェガロ:
「じゃが、今は緊急事態か……! やむを得ん! 《エレクトリックマリオ!》」
 それでもどうにか決断したジェガロは一体のジェガロそっくりな雷人形を生成し、レイデンフォート王国のある方角へと飛ばした。ゼノがレイデンフォート王国から天地谷に向かっているのであれば、寄り道さえしていなければ雷人形が出会うと考えたのだ。その雷人形はゼノと出会えば雷で文字を作るようになっている。これで先に行ったとメッセージを伝えられるのである。
ジェガロ:
「三十分くらい見逃してくれるはずじゃの!」
 そしてジェガロが人化を解き、巨大な竜へと姿を変える。
ジェガロ:
「【全員、早う乗れ!】」
カイ:
「エイラ!」
エイラ:
「……ちゃんとわかるように説明してくださいよ、《ウィンド・カーペット!》」
 エイラが風の絨毯を生成して全員がそれに乗り込んでいく。そしてすぐさまジェガロの背へと上った。
ジェガロ:
「【全員乗ったのぅ! ならば、最高速で行く! 振り落とされんようにせぃ!】」
 ジェガロの翼が上下に動き、そしてジェガロが一気に上空へと浮かび上がる。
 そして、魔法を何重にも重ねて現状出せる最高速度でフィールス王国へと向かい始めた。
カイ:
「……待ってろ、イデア!」
 カイはジェガロの上で真っ直ぐにフィールス王国のある方角を見つめていた。
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