カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第三章第二十三話「躱せない一撃」

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 それは、カイを包むように青白い光が空高く立ち昇る一分前のこと。
 レンとミーアはところどころから血を流して地に伏していた。
レン:
「ぐっ、くそっ……!」
 どうにか立ち上がろうとレンがもがく。だが、相当量のダメージを喰らっており、立ち上がるのは困難であった。
レン:
「っ、おい、ミーア……!」
 苦しそうに顔を歪めながら、レンがミーアへ叫ぶ。
ミーア:
「……」
 だが、ミーアの反応はない。ミーアは気を失っているのである。
 その二人を、エレオガは見下すように見ていた。
エレオガ:
「ふっ、おまえ達が我らに勝つことは不可能だということだ。周りを見ろ。おまえの味方は誰一人勝っていない。むしろもう少しで負けるはずだ」
 エレオガの言う通りで、カイは倒れており、ダリル達の方も場所を人質周辺に移してはいるが、劣勢だった。
レン:
「ぐっ、うおおおおおおお!」
 それを見て、レンは余計に立ち上がらなくてはいけないと思った。
レン:
「(周りがピンチなら、目の前のこいつを倒してその状況を俺が変えればいいだけの話だ……!)」
 どうにかレンは無理やり立ち上がる。だがその瞬間、それをあざ笑うかのようにエレオガのセインが宙を駆けてレンを吹き飛ばした。
レン:
「ガハッ!」
 せっかく立ち上がったのに、再び地面を転がるレン。それを、エレオガは哀れに見ていた。
エレオガ:
「もがくな、見苦しいだけだ。おまえ達は敵にしてはよくやった」
 そう声をかける。だが、それでもレンは立ち上がろうと手足に力を籠めていた。
レン:
「ぐっ、うぅっ……!」
 その必死さにエレオガは疑問に思った。
エレオガ:
「何故だ、何故そこまで足掻こうとする。おまえだけではない。おまえ達全体が負けているんだぞ。最早我々の勝利は歴然。既に決定しているようなものだ。それなのに、何故諦めない」
レン:
「……よく、やったじゃ、済まされないんだよっ……!」
 再びどうにか立ち上がりながら、レンが答える。
レン:
「諦め、られるかよ……! 諦められない理由ならたくさんある。国のために、妹のために負けられないんだよ! それに……!」
 レンは一度ミーアの方を、そしてカイ達の方を見て叫んだ。
レン:
「巻き込まれただけのくせに命を懸けてまで頑張ってくれている奴らがいるんだ! それなのに、当事者の俺が諦めてたまるかよ! もしここで諦めたら、一生後悔する!」
 そしてレンは疲労で震える腕で刀をエレオガへ突き付ける。
 するとその時、エレオガが笑った。それも、かなり悪意のある笑顔で。
エレオガ:
「そうか、おまえの言い分はよく分かった」
 そう言ってエレオガは手元にセインを呼び寄せた。その手にセインが握られる。
エレオガ:
「では、おまえを殺すのは最後にして、まずはそれ以外を殺すことにしよう」
レン:
「っ!?」
 その言葉にレンは目を見開いた。
レン:
「き、貴様―――」
エレオガ:
「要は周りの存在があるから諦められないのだろう。ならば、その周りを殺してこの世から消せば、おまえは諦めることが出来るだろう。どれ、おまえが諦めるのを手伝ってやろう」
 そしてエレオガが倒れているミーアの頭上へ転移する。
エレオガ:
「まずは、この女からだ」
レン:
「っ、待て!」
 すぐさまレンはそれを阻止しようと駆け出す。だが、立つだけで必死だったレンにまだそれほどの体力は残されておらず、すぐさま痛みが体を駆け回り、片膝をついてしまった。
レン:
「くっ、ミーア!」
エレオガ:
「終わりだ」
 そしてエレオガのセインがミーアを貫くべく垂直に振り下ろされる。
 その瞬間だった。
エレオガ:
「っ!」
 突如上空から黄色い稲妻がエレオガめがけて落ちたのだ。エレオガは直前でギリギリ転移してそれを避ける。そしてその稲妻はそのままミーアに落ち、ミーアが黄色い光に包まれた。
エレオガ:
「っ、何故雷が……」
 空は決して曇っているわけではなく、むしろ快晴だと言っていいだろう。にも関わらず雷がさらにピンポイントで落ちたのだ。
 すると、その黄色い光の中から声が発せられる。
エリス:
「ギリギリ間に合ったかな。なるほどね、これがセインの特殊能力か」
レン:
「っ、エリス!」
 その落ちた稲妻の中にエリスはミーアを跨ぐようにして立っていた。先程の稲妻はエリスだったのだ。
 エリスは両手にシオルンから貰った二本のランスを手に持っており、視線はエレオガに向けられている。その視線は鋭いものだった。
エリス:
「今、ミーアを殺そうとしたな」
エレオガ:
「当然だ、殺し合いとはそういうものだ」
 そう返しながら、エレオガは少し緊張した表情でエリスを見ていた。
エレオガ:
「(以前と放っているプレッシャーが違う……!)」
 エレオガは瞬時に以前のエリスとは違うと見抜いていた。感じる威圧感が別格だったのだ。
 レンもそれには気付いており、エリスへ声をかけていた。
レン:
「おまえ、怪我はいいのか。それに、その力は―――」
 だが、レンの言葉をエリスが遮る。
エリス:
「話は後。とにかく、まずはあいつを倒すよ。俺に任せて」
 そう言ってエリスがレンよりも前に出る。レンはその背に何故か頼もしさを感じていた。
 そして、エリスとエレオガが向かい合う。
 その瞬間、青い光がカイの方向から漏れてきた。
エリス&レン&エレオガ:
「っ!」
その光の温かさに、エリスは今自身が握っているセインと同じようなものを感じていた。
エリス:
「この光はカイしかあり得ないだろうね」
 そう言ってエリスがカイへと視線を向ける。カイの恰好はいつもと違っており、傍から見ても力が増していた。
エリス:
「どうやらそろそろ終わりみたいだ」
 ダリルの方もザルジを複数の火の玉で閉じ込めており、今まさに終盤を迎えようとしていた。
 その事態にエレオガも気付く。
エレオガ:
「馬鹿な!? 先程まであれほど優勢だったはず……!」
 確かに先程まではエレオガ達が優勢だったが、青い光が天高く立ち昇ったあの瞬間から、カイ達は優勢であった。あの光が転機だったのである。
 エリスは二本のランスの切っ先をエレオガへ向けながら十字にクロスさせる。すると、その切っ先同士の間に雷の球が出現した。そしてそれはどんどん巨大になっていく。
エリス:
「タイミング的にもう終わりらしいから、こっちも終わらせよっか」
エレオガ:
「……っ!」
 その雷の球を警戒しながら、エレオガが言う。
エレオガ:
「おまえの速度は以前見切った。それに、そんな大技が当たると思っているのか」
 だが、エリスは不敵に笑ってみせた。
エリス:
「分かってないね。おまえはもう躱せないよ。帯電しているからね」
エレオガ:
「……帯電だと?」
エリス:
「さっき、おまえは稲妻を躱したと思っただろうけど、完全には躱せていないよ。おまえには、あの時点で電気が帯電している。そして、今のおまえは磁気を完全に俺に支配されているんだ。つまり……」
 その瞬間、エレオガの身体が勝手にエリスへと吸い寄せられていった。
エレオガ:
「なにっ……!」
 エレオガがセインを地面に突き立てて抵抗しようとするが、それもむなしくどんどんエリスへと吸い寄せられていく。
エリス:
「俺、早く帰ってシオルンに会いたいからさ、終わらせるよ」
 そして、雷の球がエリスを隠す程の大きさになった瞬間、エリスは唱えた。
エリス:
「《雷鳴》」
 そう言ってエリスはクロスさせていた切っ先を開くように薙ぐ。その瞬間、雷の球が極大のレーザーとなって高速でエレオガを襲った。
 エレオガはエリスに凄い力で吸い寄せられており、前後左右に避けられない。
エレオガ:
「っ、まだだ!」
 だが、それが当たる直前にエレオガはどうにか吸い寄せられつつも地面から一メートル以上の高さに跳躍する。そしてすぐさまエリスの頭上に移動した。
エレオガ:
「吸い寄せられている分、加わる力は―――」
 だがその時、エリスはエレオガの方を見ることなく告げた。
エリス:
「言ったろ、躱せないって」
エレオガ:
「っ!」
 そしてエレオガは気付いた。先程転移してレーザーを避けたはずなのに、レーザーは気付けばエレオガの横から殺到していた。レーザーがエレオガの磁気に引き寄せられて追尾していたのである。
エリス:
「終わりだよ」
 その次の瞬間、エレオガは雷のレーザーに飲み込まれていた。そしてすぐさま肉体が消失する。
 エリスのセインの特殊能力とは、エリスの雷に触れたものの磁気を支配するというものである。つまり、対象の磁気を操作することで引力と斥力を自在に操れるのだ。エリスへと引き寄せることや逆に突き放すことも、そして対象がエリスと雷を引き寄せることも出来る。だから、先程の雷のレーザーは避けられたにも関わらず、エレオガに引き寄せられて追尾したのだ。
 頭上で雷が迸る中、エリスはレンへとピースサインをして笑った。
エリス:
「はい、勝ちー!」
 その純粋な笑顔にレンは安堵と共に苦笑したのだった。
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