カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第三章第二十一話「ベルセイン」

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 カイは頭上に転移してきたモルのセインを防ぐが、そのまま地面へと叩きつけられる。
カイ:
「ぐっ!」
イデア:
「っ、カイ!」
 イデアがエイラが張ったシールドの中から叫ぶ。本当は大丈夫だと言葉を返したいカイだったが、そんな暇は与えてもらえなかった。
 カイの頭上に再びモルが転移して二双のセインを振り下ろしていた。
カイ:
「くそっ!」
 それをぎりぎりで横に転がって回避する。だが、カイが回避したその先には、なんとさらにもう一人モルが立っていた。決してモルが転移して移動していたわけではなく、本当に二人存在しているのだ。
モル:
「おらよっ!」
カイ:
「っ!」
 そのもう一人のモルが地面ごとカイを斬り上げる。カイはセインでどうにか受け止めたが吹き飛ばされ、先程頭上から襲ってきたモルの方へと飛ばされてしまった。
モル:
「とどめだ!」
 そして、そのモルが吹き飛んでくるカイの背へ向けてセインを突き出す。
カイ:
「っぁぁああ!」
 カイは吹き飛びながらも空を蹴って少し上にズレた。そのおかげでカイの背すれすれをモルのセインが通り、カイはモルを超えてどうにか着地した。
カイ:
「はぁ……はぁ………」
 カイが息を切らしながら二人のモルを見る。
 ザルジ、エレオガと同じようにモルもセインの特殊能力を持っていた。そしてそれは、自身の完全な複製を作り上げる能力である。もはやどちらが本体かカイには分からなかった。
 息を切らすカイを見て、二人のモルが全く同じ笑みを浮かべる。
モル:
「おーおー、押されてんじゃねえのか! 最初の威勢はどうした!」
カイ:
「っ、るっせーよ!」
 カイはモルのセインの特殊能力を何らかの魔法だと勘違いしていた。無理もない。カイは魔法に全く精通していないため、自身の複製を作る魔法があるのかもしれないと考えてしまっていたのだ。さらに言うならば、カイは直感で動くタイプで、考えるのは苦手なのである。
カイ:
「(何だよあの魔法……。一対二は流石に厳しいぞ……)」
 ゆっくりと、余裕を見せつけるように二人のモルがカイへと歩いてくる。
カイ:
「(とりあえず、片方倒せば……!)」
 そしてカイが二人のモルへと飛び出す。それを見た片方のモルが跳躍してカイの背後に転移し叫んだ。
モル:
「《ダークインパクト!》」
 突き出された掌から黒い波動がカイへと襲い掛かる。カイは振り向きながらセインを薙いだ。
カイ:
「ストリーム・スラッシュ!」
 青白いレーザーが黒い波動と衝突、その後黒い波動を掻き消してモルへと殺到した。そのままモルへと到達して凄まじい爆発を起こす。
 だが、モルはもう一人いる。それはカイの背後に飛びかかっていた。
カイ:
「っ!」
 カイはそれを真上に跳んで避ける。だが、なんとその頭上にさらにモルがいた。先程のレーザーを回避していたのだ。
モル:
「くたばれ!」
 そのモルが片方のセインを眼下のカイへと突き出す。それをカイはセインで滑らせるように左に逸らした。セイン同士がぶつかって火花を散らす。
モル:
「まだまだ!」
 モルはさらにもう片方のセインをカイへと振りかぶった。だが、それがカイを斬り裂く前に、カイは先程のセインを弾きながらセインを右に薙ぐ。
カイ:
「ストリーム・スラッシュ!」
 薙ぐのと同時にレーザーがモルへと襲い掛かる。それはすでに転移不可能領域にまで到達していた。
モル:
「がああああああああ!」
 モルがレーザーに飲み込まれて跡形もなく消えてなくなる。
カイ:
「よし!」
 一体倒したことに喜ぶカイだったが、右に大きく薙いだことでカイの胴はがら空きだった。その時もう一人のモルがカイの上に転移して叫ぶ。
モル:
「《ダークエクスプロージョン!》」
 モルの掌から黒い球体が勢いよく飛び出しカイの胴へと直撃、そしてその瞬間大きな爆発を起こした。
カイ:
「っぁああああああ!」
 爆煙の中からカイが勢いよく飛び出して地面へと叩きつけられる。その瞬間カイの意識が一瞬遠のきかけたが、何とか気力で持ちこたえていた。
イデア:
「カイ!」
 シールドにイデアが手をついて叫ぶ。
カイ:
「ぐっ……!」
 カイは大丈夫だという意思をこめて何とか立ち上がろうとするが、上手く力が入らずに立ち上がれない。先程の一撃がかなり効いているのだ。
 それでもカイは立ち上がろうともがく。その様子をモルが笑って見ていた。隣のもう一人のモルも一緒に。
モル:
「ギャハハハハ! 無様だなぁおい!」
カイ:
「っ!? 何で……! あの時、確かに倒したはずだ……!」
 先程倒したはずなのに二人のモルが並んで立っている光景にカイは理解が追い付かなかった。そのモルは傷一つついていないのだ。
 苦しそうに叫ぶカイに、モルは下卑た笑みを浮かべていた。
モル:
「おいおい、セインの力を舐めてもらっちゃ困るぜ。一人しか複製出来ないのが難点だが、それでも回数に制限はねぇんだよ」
カイ:
「……っ! セインの、力だと……!?」
 その言葉にカイは驚愕する。
カイ:
「嘘だ! おまえらがセインの特殊能力を使えるわけがない! レンが言ってた! ちゃんと感情が伴わないと特殊能力は使えない……って」
 話しながらカイの顔が青ざめていった。ある可能性に至ったのだ。
カイ:
「まさか………!」
モル:
「そのまさかだ!」
 モルが青ざめたカイを見ながら楽しそうに答える。
モル:
「このセインにはくれた奴の感情が伴っているわけよぉ! もっとも、その感情も拷問と洗脳によって植え付けられた偽りの感情だがなぁ! 本人はそれを本物だと思ってるんだ! 傑作だろう!」
カイ:
「っ、おまえらは……!」
 モルの言葉にカイは沸々と怒りがこみあげてきていた。それは今までに感じたことがないほどで、全身が怒りで煮えたぎりそうなほどだった。
 そんなカイへモルが笑う。
モル:
「別に怒りを覚えたって構わねえ。おまえらに許してもらおうなんて思ってねぇからよ!」
 その時、片方のモルが跳躍して転移した。だが、それはカイの近くではない。
 それはイデアの近くへだった。
モル:
「よう、イデアちゃん! 君をこのシールドの檻から出してやるよ!」
イデア:
「キャアッ!」
カイ:
「っ、イデア!」
 モルがイデアを守るシールドへとセインを振り下ろす。セインとシールドがぶつかりあって甲高い音を立てた。シールドはその一撃で壊れることはなかったが、表面にヒビが入っていた。
モル:
「なかなか硬えシールドだな!」
 そう言って何度もモルはシールドにセインを叩きつけていく。ヒビは徐々に大きく広がっていた。
カイ:
「やめろおおおおおお!」
 カイが立ち上がろうと全身に力を加える。少しずつだが、徐々に体を起こし始めた。
 その努力をカイの目の前にいるモルが笑って馬鹿にする。
モル:
「結局、おまえ達じゃ俺達には勝てねぇのさ!」
 その言葉が、完全にカイの逆鱗に触れた。
 カイの身体が一瞬動きを止める。そして俯いていて表情の見えないカイから、いつもよりも低い声が聞こえてきた。
カイ:
「おれ達が、おまえ達に勝てないだと……?」
 やがてカイは完全に体を起こして立ち上がる。
カイ:
「……セインっていうのはな、愛の結晶なんだよ、絆の証なんだよ! おまえ達のその偽物の絆に! おれ達の絆が負けるわけがないだろうが!」
 カイが顔を上げる。そこには完全に怒りしか表れていなかった。
カイ:
「おまえ達は一緒に楽しく話したり、過ごしたりしたのかよ。相手のことを知ろうと努力したのかよ!」
モル:
「あぁ!? んなもん必要ないんだよ! 要は一発ヤればいいんだからな!」
カイ:
「愛って感情はな、育むものなんだよ! 行為が全てじゃないんだ、一緒にいること自体に意味がある!」
 そしてカイはセインを握りしめ、心の底から叫んだ。
カイ:
「見せてやるよ、本物の絆ってやつを!」
 その時だった。
 カイの身体を突如青白い光が包み始めた。それはやがて天高くまで伸びていき、青白い光の柱が形成される。
 そのあまりに眩い青い閃光にモルが目を瞑った、その瞬間だった。もう一人の自分が消えた感覚がモルを訪れたのだ。
モル:
「っ、馬鹿な!?」
 慌ててモルは目を開いてイデアの方を向く。そこにはもう一人のモルの姿はなく、代わりにカイが立っていた。それもいつもとは違う姿で。
 カイは全身を覆うほどの白いコートを着ていた。ところどころ青い線が入っているそのコートの襟は立っており、前は胸のあたりのみ閉じられている。残りの部分は風で後ろになびいていた。さらに右腕には水色の篭手、足には膝まで水色の防具が装着されている。
 そして、カイの持つセインも姿を変えていた。セインは以前と同じく片刃であるが、以前よりもスマートになっていた。剣腹が十三センチメートル程と少し細くなった分、剣は長くなっており、ちゃんと柄も出来ている。
 カイはセインへ視線を落としながら空いている左手を開いたり閉じたりしてみる。力が以前と段違いなほど体中を駆け巡っていた。
カイ:
「なんだろ、すっごい力が湧いてくる……」
イデア:
「カイ、それってもしかして……ベルセイン?」
 イデアが姿の変わったセインとカイを見てそう呟く。その言葉にカイは首を傾げた。
カイ:
「ベルセイン?」
イデア:
「うん、セインは武器のことだけど、ベルセインは加えて防具も使用者に与えるの。セインの一段階上なんだよ」
カイ:
「道理で、力が……」
 そして、カイがモルへとそのセインを向ける。
カイ:
「今なら、何だって出来る気がするな」
モル:
「っ!」
 モルの身体は少し震えていた。カイから受ける威圧感が途端に桁違い増したのだ。
モル:
「なんだよそれ……、何なんだよ!」
 再び自分の複製を作り、二人のモルはカイの前後に転移し、セインをカイへと突き出した。
モル:
「っああああああああ!」
 カイへと迫る四本のセイン。カイはというと体を捻じってセインを大きく横に振りかぶっていた。
カイ:
「終わりだよ」
 そして大きくセインを一回転するように高速で薙ぐ。
カイ:
「ストリーム・スラッシュ!」
 そうして放たれた青白いレーザーは今までの比ではないほどの質量だった。それは円が広がるように二人のモルを襲っていく。咄嗟に躱そうとしたモルだったが、そのレーザーの速さは尋常ではなく、避ける暇さえなかった。
 本当に一瞬で二人のモルはレーザーに飲み込まれ、身体を消失させた。
 そのレーザーは留まることなくイデアもシールドごと飲み込んだ。だが、シールドが割れることはない。
イデア:
「(とても、暖かい……)」
 その青白いエネルギー波から感じるカイの温もりに、イデアは目を閉じて浸っていたのだった。  
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