カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第三章第十七話「一目惚れ」

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 イデアは膜をくぐってカイ達の時から元の時へと戻った。瞬間、すこしふらついてしまうがどうにか持ちこたえる。
 そして後ろを振り返ってカイ達の様子を見ようとすると、膜が澱んだ水のように濁っていて中の様子は分からなかった。
 それに顔を膨らませるイデア。
イデア:
「中からはこっちの様子が見えたのに。残念」
 ならばここでやることがないと、イデアはシオルンの元へ戻ることにした。
 そしてシオルンのいる家の中に入ると、シオルンが寝床に寝ているエリスに寄り添ってまじまじとエリスを見ていた。
シオルン:
「はぁ、かっこいい……」
 エリスに注視し過ぎてシオルンはイデアが帰ってきたことに気付いていない。イデアはどうしようか迷ったが、結局声をかけることにした。
イデア:
「……シオルンさん?」
シオルン:
「ひゃあっ!?」
 シオルンは突然かけられた声に驚いた。そしてすぐさま今に戻って鍋の中をかき混ぜ始めた。
シオルン:
「いやー、もう少し煮立てた方がいいかなー」
 全身に汗を掻きながら白々しくシオルンがそう言う。そしてさらに白々しくイデアに気付いた。
シオルン:
「あら、イデア様、おかえりなさい!」
 その白々しさにイデアも気付いているが、気付かないふりをすることにした。
イデア:
「……ただいま戻りました。エリスさんはどうですか?」
シオルン:
「エリスさんはまだお目覚めになりませんね。特に熱があるわけでもないので、わたしに出来ることもなくて」
イデア:
「そうですか」
 そうしてイデアが寝ているエリスの傍に座る。すると、シオルンがその隣に移動してきた。
シオルン:
「隣、失礼してもよろしいでしょうか」
イデア:
「構いませんよ」
 イデアとシオルンは並んでエリスを見つめた。しかし、その視線の熱さは段違いで、イデアがシオルンの方を見てみると、シオルンはうっとりした表情でエリスを見つめていた。
 その顔にイデアは思い当たるものがあった。少し躊躇したが、好奇心が勝って尋ねることにした。
イデア:
「シオルンさん、聞いてもいいですか?」
シオルン:
「え、あ、はい、何でも聞いてください」
イデア:
「シオルンさんはエリスさんのことが好きなのですか?」
シオルン:
「なーーーーーーー!?」
 その瞬間、シオルンは顔を赤くしながらイデアから後ずさった。そして、寝床の近くに置いてある棚にぶつかる。上から本が落ちてきていた。
シオルン:
「あいたっ」
イデア:
「だ、大丈夫ですか?」
 頭に乗っている本をイデアが避けてあげる。シオルンは涙目であったがなんとか頷いた。
シオルン:
「うー、な、何とか」
 イデアが手を差し出し、それに掴まる形でシオルンが立ち上がる。そして再びエリスの元まで戻って、イデアは再び尋ねた。
イデア:
「それで、シオルンさんはエリスさんのことが好きなのですか?」
 その問いに顔を真っ赤にしながらも、今度は後ずさることなくシオルンが答えた。
シオルン:
「い、いやまさか! だって会ってまだほんの少ししか経ってませんし、まだお話だってしていませんし! そ、それなのに好きになるなんておかしいじゃないですか!」
 そう言ってシオルンが苦笑を浮かべる。しかし、イデアは首を傾げていた。
イデア:
「そうですか? でもその考え方だったら、わたしもおかしいことになります」
シオルン:
「え?」
 不思議そうにシオルンも首を傾げる。そのシオルンにイデアは答えた。
イデア:
「わたしはカイと出会ってからすぐにカイのことを好きになりました。いわゆる一目惚れっていうものだと思うのですが」
シオルン:
「そ、そうだったんですか!」
 シオルンは興味深そうに身を乗り出す。そしてイデアは自分の話を始めだした。
イデア:
「わたし、前まで記憶喪失だったのですが、記憶を無くして一番最初に出会った男性がカイでした。初めてカイを見た時、わたしの心に何かとても温かくて、でもすこし苦しい何かが込み上げてきました。きっと、わたしは一目見た時からカイのことが好きだったのです」
シオルン:
「……それは、外見に惹かれたからということでしょうか」
イデア:
「確かにカイは外見もかっこいいと思います」
 あくまでイデア目線の話である。
イデア:
「でも、それだけではなくて、カイの雰囲気がとても優しかったのです。とても温かかった。そして、わたしを敵から必死に守ろうとしてくれたカイを見て、わたしはすごく嬉しかったのです。あの瞬間、わたしはカイにセインを渡せるほどの愛を感じました」
シオルン:
「そうだったんですか……」
イデア:
「シオルンさんは、違うのですか?」
 イデアはそう尋ねてからエリスへ視線を向ける。それに釣られるようにシオルンもエリスへ視線を向けた。
シオルン:
「え、えっと、わたしは……」
 シオルンが少し言葉に詰まる。正確には詰まったのではなく、恥ずかしくて言えないのだった。それでも、勇気を振り絞ってシオルンは口を開いた。
シオルン:
「わたしは確かにエリスさんに魅力を感じています。きっと……好き、なんだと思います。一目見てビビッと来たんです。あ、この人だって。あわよくばセインを渡したいなんて思っちゃってます。でも、叶わないじゃないですか。エリスさんはこんなにかっこいいのに、わたしじゃ釣り合いません」
イデア:
「そんなことないですよ。シオルンさんはエリスさんに釣り合うくらいすっごく可愛いです!」
 イデアの言っていることは事実であった。顔も良くスタイルも良い。服をもっとしっかりすれば王族顔負けなのである。そんなシオルンが今まで誰とも結婚してこれなかったのは、シオルンが職人であり、戦地に赴けないからであった。
 しかし、シオルンはイデアの言葉を信じなかった。
シオルン:
「またまた、わたしなんて……。きっとエリスさんもわたしのことなんて見向きもしてくれません」
 イデアはそんなシオルンの自嘲を悲し気に聞いていた。
イデア:
「自分に自信が持てないのは分かります。わたしもそうですから」
シオルン:
「え、イデア様もですか?」
イデア:
「わたしも、カイに釣り合っているか毎日不安なのです」
シオルン:
「え!? 釣り合ってますよ! ていうか、むしろイデア様よりカイさんの方が釣り合って……ゴホン、すいません、何でもないです」
イデア:
「?」
 イデアはシオルンが何を言おうとしていたのか分からず首を傾げた。
シオルン:
「(こんなにイデア様が愛している方を目の前でどうこう言うのは間違ってますよね……!)」
 シオルンはカイの方が釣り合っていないと言おうとしたのだが、それは止めて正解であっただろう。
シオルン:
「で、でもイデア様でもそう思うんですね」
イデア:
「そうです。だから、自分に不安になっても良いんだと思います。でも、それで敵わないって諦めるのはもったいないです。せっかくシオルンさんの持ってる魅力が可哀そうですよ」
シオルン:
「わたしの、魅力……」
 シオルンが自分の身体へ視線を向ける。今まで自分に魅力があるとは思ってこなかったのだ。
イデア:
「はい、シオルンさんには魅力がたくさんありますよ」
シオルン:
「……もう少し、考えてみます」
 叶わない、ではなく考えるようになっただけでも大きな進歩と言えるだろう。
イデア:
「シオルンさん、女は度胸だってエイラさんが言ってましたよ!」
 そう言うイデアに苦笑する。そしてシオルンは、未だ目を覚ます気配のないエリスへ視線を向けたのだった。
………………………………………………………………………………
 時は過ぎ日の出の二時間前、カイ達は地面に横たわっていた。その周囲に膜は張られていない。元の時に戻ったのだ。
ジェガロ:
「よし、あとは二時間ゆっくり休め」
 そうしてジェガロは去っていく。それを全員が倒れたまま横目で見送った。
カイ:
「本……当に、体が……動かねえ…………」
ミーア:
「もうくたくただよー」
エイラ:
「確かにこれは辛いですね」
ダリル:
「ジェガロさんが時間を戻した瞬間のあの激痛はもう感じたくないな」
レン:
「だが、俺達はやれるだけのことはやったはずだ」
コルン:
「そうですね、あとはラン達を助けるだけです」
カイ:
「息切らしてんのおれだけかよ!?」
 カイ以外は特にそこまで呼吸が荒くなかった。
ダリル:
「カイ、日々の鍛錬を怠ってたんじゃないか? 体が鈍ってたんじゃ……」
カイ:
「そんな馬鹿な!?」
ダリル:
「見ろ、ミーアを。カイより疲れてないぞ」
ミーア:
「えっへん!」
 ミーアが横たわりながら腰に手を当てる。それをカイが悔しそうに見ていた。
カイ:
「ど、どうせ、そこまで必死にやってないんだろ!」
ミーア:
「そんなことないよ! ね、エイラ!」
エイラ:
「はい、ミーア様は大変頑張っておられましたよ。見ないでよくもまぁそんなことが言えましたね」
カイ:
「うっ」
ダリル:
「まぁ、カイが皆より数倍頑張ったってことでいいじゃないか」
カイ:
「なんか納得がいかねえ!」
 騒ぐカイ達を横目にレンがため息をつく。
レン:
「茶番を繰り広げるだけの体力は残っているじゃないか」
コルン:
「きっといつも茶番をしているから体力は使わなくなったんでしょうね。こんな状況でも茶番は欠かさない彼らが一周回って頼もしく見えますね」
レン:
「……コルン、奴らに毒されたな」
コルン:
「自分でもそう思います。でも、レン様もいずれそうなりますよ」
レン:
「ならんと断言しておこう 」
 そんなこんなで三十分が経過したところでカイ以外の全員が立ち上がった。
ダリル:
「さて、そろそろいいだろう」
カイ:
「えぇ!? もう動けんのかよ!」
ミーア:
「わたしも大丈夫だよ!」
エイラ:
「カイ様は置いていきましょう。カイ様は地べたがお似合いですからね」
レン:
「さて、行くか」
コルン:
「そうですね」
 そうして、カイ一人が広場に残り、他全員は村へと戻っていった。その後姿を見ながらカイは寂しさを感じていた。
カイ:
「……何だよ、まじでおれ鍛え方が足りないのか?」
 そう言いながらカイは夜空を見上げる。星々が綺麗に輝いているだけに、一人で見るのは寂しく感じられた。
 するとその時、カイの顔に影がかかった。
イデア:
「カイ、こんなところで倒れていると風邪引くよ?」
カイ:
「……イデア、動けないんだよ」
イデア:
「お疲れ様、カイ」
 イデアが倒れ込むカイの隣に腰を下ろした。そしてカイ同様星を見上げた。
 そして、お互い何も喋らなかったが、その沈黙がお互い決して嫌ではなかった。
 やがて、その沈黙をイデアが破る。
イデア:
「カイ、聞いて」
カイ:
「ん?」
イデア:
「改めて言おうと思って。カイ、わたしはあなたが好き」
カイ:
「……おう」
 カイが顔をイデアから逸らしながら、どうにか返事をする。もちろんカイの顔は真っ赤であった。
イデア:
「じゃあ、カイはわたしが好き?」
 そして、イデアが首を傾げながら保留にされていた質問を再び尋ねた。イデアの顔には少なからず緊張が窺えた。
 顔を逸らしていたカイだったが、やがて覚悟を決めたのかイデアを直視した。
カイ:
「……最初はさ、本当に凄いびっくりしたんだ。だって、急に好きって言われてもどうしたらいいか全然分かんなかったし、イデアはか、可愛いから余計な。おれ達ってさ、成り行きではあったけど夫婦って形になっただろ? こんな可愛い子と夫婦かー、なんて案外満更でもなくてさ。でも、おれがイデアを好きなのかどうかって言うのがまだはっきりしてなかったから保留にしてもらった。だけど、こうやって一緒に旅して同じ時間を過ごしていたらさ……」
 と、そこで滑らかに喋っていたカイの言葉が急に止まった。そして急にうんうん唸りだしたのである。
 これにはイデアも困惑していた。
イデア:
「……どうしたの?」
カイ:
「んー、いや、どうしようかな……」
 何かを悩んでいるカイ。だが、やがて悩み終えたのかカイは告げた。
カイ:
「うん、やっぱ今は言わない」
イデア:
「……どうして?」
 イデアは少し期待していただけに、お預けをくらってとても複雑な表情をしていた。だが、カイも意味もなくお預けしたわけではない。
カイ:
「今回の戦いに勝ったら言うよ。まぁ、今言ってもいいんだけど、その方が絶対勝つってなるだろ? 何か今言って負けたらどうしようもないし。いやまぁ、負けねえけど。だから勝ってから言うよ。絶対勝って、絶対に言う。それでもいいか?」
 カイはイデアの答えを待った。イデアは長い間目を閉じて考えていたようだが、やがて目を開くと笑顔で頷いた。
イデア:
「うん、分かった。わたし、待ってるから。だから絶対勝ってね」
カイ:
「おう、約束だ!」
 そして、ようやくカイは体を起こせるようになって立ち上がった。カイはイデアへ手を差し出した。
カイ:
「さて、皆のとこ戻ろっか」
イデア:
「うん!」
イデアがその手を掴んで立ち上がる。そしてカイがイデアの手を握って走り出した。その顔は照れて赤く染まっていた。
 傍から見れば、カイの答えは聞くまでもなかった。
………………………………………………………………………………
 日の出まで一時間を切り、作戦を話し合った後カイ達は思い思いの過ごし方をしていた。カイとイデア、ミーア、エイラは楽しそうに談笑し、ダリルとレン、コルンは剣を磨いている。
 そして、ダリルが剣を磨き終えて自分のバッグに寄った時、謝って自分のバッグを倒してしまった。その拍子に中から物がいくつか飛び出してしまう。
ダリル:
「おっと、しまわないと」
 ダリルが落ちた物を拾っていく。すると、その物に潰される形で、なにやら紙切れのような物が落ちていた。
 それを拾うダリル。
ダリル:
「これは……」
 それは手紙だった。それもダリル宛の。
 誰が書いたのか、それは分からなかったが、ダリルはその折りたたまれた手紙を開いた。
 そして目を通す。
 その瞬間、ダリルの目は大きく開かれたのだった。
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