カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第二章第九話「突然の来訪者」

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 暗殺が未遂で終わった次の日の早朝、カイ達はヘンリー達と別れ、チェイル王国へと歩みを進めていた。正確には馬車に乗ってだが。そして、さらに半日経ってカイ達は夕方、無事にチェイル王国に到着した。
イデア:
「これがチェイル王国……。すごいですね……」
 イデアがチェイル王国を見て感嘆の声を上げた。
カイ:
「イデアは見たことないのか。すっごいだろ、この国を囲っているでっけー壁!」
 カイが指さす方向には大きく、さらにだいぶ高さのある石壁が広がっていた。
 チェイル王国は国を覆うように石壁で円形に囲われていた。その石壁は魔物の侵入を阻むだけでなく、族の侵入も防ぐ役割を果たしていた。出入り口は三つ。その三つからしかチェイル王国には入れないのだ。もっとも空中から入れるが、それだとかなりの高度まで上昇しなければならない。
エイラ:
「いつ見ても高い壁ですね」
ミーア:
「ねぇ、わたし達のところもこれやろうよ!」
 ミーアがそう提案するが、カイ、エイラ、ダリルは首を傾けて唸っていた。
カイ:
「いやー、無理だろ。親父は無駄なプライドを持ってるからなー、どうせ真似はしないさ」
エイラ:
「私もそう思います。まぁ、国民のためを思ったら作った方がいい気もしますが。レイデンフォート王国は目に見えないシールドで国を覆ってますから。もっとも、今回はシールド意味なさなかったですけどね」
 まったくもってエイラの言う通りだった。ダークネスは転移を使う。シールドが張ってあっても、中に半径一メートルの球状に隙間があればシールドに触れることなく移動してしまうのだ。
ダリル:
「しかし、それだったらこの大きな壁だって奴らの前では意味ないだろう」
エイラ:
「じゃあいっそこの壁壊しますか」
カイ&ダリル:
「そういう話じゃなかっただろ!?」
 エイラの提案にカイとダリルが驚愕していると、イデアがボソッと呟いた。
イデア:
「わたしの国もこんな感じだったような気がします……」
カイ&ダリル&エイラ&ミーア&コルン&ラン&メリル:
「っ!」
 そのイデアの言葉にコルン、ラン、メリルが目を見張る。
ラン:
「イ、イデア様、もしかして記憶が……!?」
 そう、記憶喪失のイデアが自身の国の様子を語るのは本来無理なのである。つまり、それはイデアの記憶がほんの少しだけ戻っていることを意味していた。
イデア:
「おぼろげですけど、わたしの国もこのような感じで壁に囲まれていた気がします」
コルン:
「はい、その通りです! この国ほどではありませんが、確かに少し高い壁で囲まれていました!」
 三人はとても嬉しそうな顔をしている。カイ達もまた嬉しそうに微笑んでいた。
エイラ:
「記憶、どうやら少しずつですが戻りそうですね」
カイ:
「そうみたいだな。これからも色々な景色とか見てたら記憶も戻るんじゃないか?」
ミーア:
「うまくいきそうだね! これからも頑張ろう!」
イデア:
「はい、頑張ります!」
 ミーアとイデアが手を取り合って意気込んでいる。その間にも日はだいぶ傾いていた。
ダリル:
「皆さん、とりあえず今日は遅いですから宿を探しましょう。そして明日、城の方に寄ることにしましょうか」
カイ:
「ああ、くたくただしな」
 こうして、カイ達は宿を見つけてそこで一泊することにした。その宿は一階が広い食堂になっていて、二階が宿泊場所になっている。
 夕食を食堂で食べ終え、カイ達は二人部屋を四つ借りた。部屋割りはカイとイデア、エイラとミーア、コルンとラン、そしてダリルとメリルとなっている。ちなみにそうしたのはエイラであった。
カイ:
「いやちょっと待て、おかしいだろ!?」
 だが、もちろんそのまま話が進むわけもなく、カイとダリルが抗議の声を上げていた。
エイラ:
「何かおかしいですか?」
カイ:
「どう考えてもおかしいだろうが!」
ダリル:
「今回は私も味方だぞ、カイ!」
カイ:
「どうしておれとダリルじゃないんだよ!」
 抗議してくるカイにエイラが当然だと言わんばかりに返す。
エイラ:
「だって、カイ様はイデア様と結婚なさっているではありませんか」
カイ:
「そ、それはそうだけど、でもいきなり同じ部屋に二人きりは……」
エイラ:
「なるほど、イデア様に手出してしまうということですか。まぁ、なんてケダモノ」
カイ:
「そんなこと言ってないだろうが!」
 カイは確かにイデアと結婚していた。そのためこのカイの部屋割りはある意味では仕方がないと言える。だが、ダリルはまったく身に覚えがなかった。
ダリル:
「私なんて別にメリルさんと何もないぞ! カイは仕方ないとして、普通はエイラと私が同じ部屋じゃないのか!」
エイラ:
「あら、それって、私を狙っている宣言ですか?」
ダリル:
「なんで全部そっちの話に持って行くんだ!? 私達がそういう仲じゃないのは分かっているだろう!」
カイ:
「ていうかダリル! おまえ、おれは仕方ないってさらっと裏切りやがったな!?」
 カイとダリルは譲る気がないようで、エイラはため息をついて声を発する。
エイラ:
「お二人共、これはイデア様とメリル様の希望でこうなったんです」
カイ&ダリル:
「え?」
 カイとダリルが同時にイデアとメリルの方を振り向く。イデアは首を傾げており、メリルは笑顔でダリルへ手を振っていた。
イデア:
「エイラさんにカイと一緒がいいかと聞かれたから、うんって答えたの」
メリル:
「あたしは自分からお願いしたけどね!」
カイ:
「イデアに関してはおまえの誘導じゃねえか!」
 エイラへと指を突きつけるが、エイラはそっぽを向いて知らん顔をしていた。
エイラ:
「誘導じゃありませんよ。イデア様の意志ですー 。あ、メリル様は完全に本人のご意思ですので、ダリルは諦めてくださいね」
ダリル:
「だ、だが……!」
 まだどうにかしようとするカイとダリル。だが、その二人に次の瞬間とてつもない破壊力を持った声がかけられる。
イデア:
「カイはわたしとじゃ嫌?」
メリル:
「ダリルはあたしとじゃ嫌?」
カイ&ダリル:
「うっ」
 イデアとメリルが同時にそう言った瞬間、カイとダリルは顔を赤くして言葉を詰まらせた。この時点でカイ達に抵抗の意志は完全になくなってしまったのであった。
エイラ:
「はぁ、これだから男は」
 ため息をつきながらエイラがやれやれと首を振る。結局部屋割りは変わらなかった。
………………………………………………………………………………
 ダリルはアーマーを脱ぎ捨てて割り当てられた部屋で肩身の狭い思いをしていた。というのも同じ部屋にはメリルがいるのだが、ダリルは部屋で女性と二人きりになった経験が無いのだ。ダリルは父親が騎士団長だった影響で幼い頃から剣術に磨きをかけてきた。それは寝る間を惜しんで行うほどで、女性と戯れる暇がなかったのは言わずもがなである。ダリルには二人きり以前に女性と親しくなる機会が無かったのだった。
メリル:
「ダリル、どうして壁ばっかり見ているの?」
 メリルが楽しそうにダリルに話しかける。実際ダリルはメリルと二人きりなってからというものベッドに正座して壁を直視し続けていた。
ダリル:
「え、いや、これは決して緊張しているわけでなくてですね」
メリル:
「緊張してるんだ」
ダリル:
「うぅ……」
 ダリルが口ごもる。メリルは楽しそうに笑うと、突然ダリルのベッドに飛び込んだ。
メリル:
「おりゃー!」
ダリル:
「ちょ、メ、メリルさん!?」
メリル:
「ダリルって案外女性に弱いんだね。もしかして女性経験ないの?」
ダリル:
「なっ、べ、別にそんなことは―――」
メリル:
「じゃあ、あるの?」
ダリル:
「……ありません」
メリル:
「やっぱり」
 完全にメリルのペースだった。メリルが横でクスクス笑うのをダリルは恥ずかしく思いながら聞いていた。ひとしきり笑った後、メリルが呟くようにして声をあげる。
メリル:
「でも、ダリルは頼りになるし顔もかっこいいからもてると思うんだけどなー」
ダリル:
「そ、そんなっ! 私なんてかっこよくないですよ!」
メリル:
「ううん、ダリルはかっこいいよ」
ダリル:
「メ、メリルさん! 冗談はやめてください!」
 ダリルが顔を真っ赤にしてメリルへそう叫ぶ。だが、メリルの顔はいたって真面目だった。
メリル:
「冗談じゃないよ」
ダリル:
「っ!」
 その真剣な表情にダリルはさらに顔を真っ赤にした。だが、やられっぱなしのダリルではない。ここでダリルは立場の逆転を狙った。
ダリル:
「メ、メリルさんは男性とお付き合いしたことはあるんですか!」
メリル:
「んー? あたしはないよ。だって、そういうの簡単に許してもらえなかったんだもん」
ダリル:
「そ、そうなんですか……」
 ダリルは見事逆転に失敗して肩を落としていた。だが一方で、メリルは先程の発言から窓の外に遠い目を送っている。  
メリル:
「あたしの家は簡単に結婚させてくれないの。お見合いさせられるくらいなんだから」
ダリル:
「メリルさんって、意外とお嬢様なんですか?」
メリル:
「意外ってなによ、意外って」
ダリル:
「す、すいません……」
 首を垂れるダリルにメリルが苦笑する。
メリル:
「まぁ、いいとこのお嬢様なのよ、あたしは。でもね、やっぱり結婚は自分が好きになった人と一緒になりたいじゃない? だからね、今は凄く幸せなんだ」
ダリル:
「そ、そうなんですか……ん?」
 相槌を打っていたダリルが首を捻る。
ダリル:
「今が幸せって、その家を飛び出しているからですか?」
 そんなダリルの問いにメリルは一瞬ぽかんと口を開けて固まった。そして、次大きな声で笑い始める。
メリル:
「あははははは! んー、まぁ、今はそれでいいや!」
ダリル:
「え、何か間違ってましたか!?」
メリル:
「んーん、その方がダリルっぽいよ!」
 そう言いながらメリルがダリルの腕に抱きついた。突然のことにダリルが体を硬直させる。
ダリル:
「メ、メリルさん!?」
メリル:
「二人きりだからいいでしょ?」
ダリル:
「ぜ、全然よくありません!」
 ダリルの悲鳴に似た声が部屋中に木霊したのだった。
………………………………………………………………………………
 外はすっかり真っ暗になり、カイとイデアは寝間着に着替えて部屋で寝る準備をしていた。すると、隣の部屋からダリルの悲鳴のような声が聞こえてきたのであった。
カイ:
「ダリルの奴、メリルと一緒だからって興奮でもしてんのか?」
 カイがベッドの上で首を傾げていると、イデアがそのベッドに乗ってきた。
イデア:
「カイ、一緒に寝る?」
カイ:
「いやいやいやいや! マズいと思う! ひっじょうにマズいと思う!」
イデア:
「どうして?」
カイ:
「どうしてって…… (いろいろ我慢できなくなるだろうが……!)」
 カイが悶々としていることにイデアは気付いていない。
イデア:
「一緒に寝よ?」
カイ:
「うぅっ!」
 上目遣いで尋ねてくるイデアの破壊力はカイの想像を軽く上回った。今日一日でカイはイデアの上目遣いには勝てないのだということを嫌というほど思い知ったのであった。
カイ:
「は、はい……」
 結局カイは押し切られたのだった。
 そして、電気を消して暗くなった部屋で、カイはイデアと一つのベッドに並んで寝転ぶ。だが一人用ベッドのため、カイとイデアはかなりくっついて寝ることになっていた。
カイ:
「……」
 カイは緊張からか体は固く硬直し、眠気など一切なかった。相当近くにイデアが居るため寝るなんてとてもではないが不可能なのである。
カイ:
「(いや、まじで寝れる気が全然しないんだけど……!)」
 カイはおそるおそる隣のイデアへと視線を向けてみる。すると驚くべき光景がカイの前に広がっていた。
イデア:
「すぅー……すぅー……」
カイ:
「(ね、寝てる……! この状況下で一瞬で寝てる……!)」
 緊張していたのはカイだけなのであった。
カイ:
「なんだよー……」
 一瞬安堵するカイだったが、イデアの可愛らしい寝顔を見て喉を鳴らした。
カイ:
「(にしたって、本当にイデアは可愛いよな)」
 カイはイデアの頭にそっと手を乗せて撫でてみる。サラサラできめ細かい純白の髪がカイの指の隙間を滑らかに通っていく。するとイデアは眠りながらもくすぐったそうに身をよじり微笑んだ。
イデア:
「ん、カイ……」
カイ:
「っ!」
 寝言でイデアがカイの名前を呼ぶ。慌てて手を避けたカイだったが、それが寝言だと気付いて再びイデアの頭に手を乗せながらイデアのことを考えた。
カイ:
「(イデアはすっげーおれに好意を寄せてくれる。今日の朝だって朝食とかおれの分は絶対イデアがよそってくれるし、暇な時間はずっと俺の隣にいるし。別におれは嫌じゃないし、むしろイデアみたいな可愛い子がおれに好意を向けてくれるのは凄い嬉しいし。おれ、まだイデアに好きかどうか答えてないけど、今なら答えがでているのかな……)」
 それからカイは、イデアのことが好きなのかどうか数時間にわたって考えてみた。だが、好きという感情がどういうものなのか分からないカイは、その数時間で答えを出せず、結局さらに目が覚めただけであった。
 どうしても寝れないカイはイデアを起こさないようにそっと体を起こした。
カイ:
「(マジでさ、好きって何をもって好きと言えるんだよ……!)」
 そう思いながらカイが時計へと目を向ける。
カイ:
「うっわ、もう数時間経ってるわ。明日も早いんだから早く眠らないと……」
 カイがそう呟いた瞬間だった。
???:
「カイ、君はイデアちゃんを守ることが出来るのかい?」
カイ:
「っ!」
 突然聞いたことのない声がカイへかけられる。慌ててカイはその方向へ視線を向けた。するといつの間にか部屋の窓の前には見知らぬ男が立っていた。その男の容貌はカイに似ていて黒い髪に爽やかな笑みを浮かべていた。
カイ:
「誰だ、おまえ!」
???:
「こらこら、静かにしないと起きちゃうよ?」
 その男は、イデアを指差しながらもう片方の手の人差し指を自分の口の前に持ってきてそう言った。カイはとりあえず壁に立て掛けていた剣を取ろうと、男から視線は逸らさずに手を伸ばそうとする。
 だがその瞬間、男が掌に突如黒い球体を作って見せた。
???:
「君が剣を取るよりも僕が攻撃する方が速いよ」
カイ:
「っ! おまえ、その球体は……!」
 カイにはその黒い球体に見覚えがあった。ロジが作り出していたものと全く一緒だったのである。
カイ:
「おまえ、ダークネスの仲間か!」
 カイがそう言い放つと、男は首を傾げた。
???:
「……ダークネスって?」
カイ:
「おまえらみたいな転移ばっかする奴のことだよ! どうせこの部屋にも転移してきたんだろ!」
???:
「……ぶふっ!」
 すると男は笑い始めた。ダークネスという名前がツボに入ったのである。
???:
「ふふふふふ、その名前、いい感性しているね。うん、僕は好きだよ」
カイ:
「え、ほんとか!? あんまり共感してくれる人がいなくてな……じゃなくて!」
 カイは一瞬フレンドリーに話しそうになった自分に驚いていた。
カイ:
「(何でだ、目の前のあいつは敵のはずなのに、全然危険な気がしない。今はピンチなはずなんだけどな……)」
 どうしてもカイに緊張感が湧いてこないのだ。敵を前にしてそれは本来おかしいものだった。
 そんなカイの疑問を肯定とも否定ともとれないような発言を男がする。
???:
「そうだね。僕はそのダークネスの仲間っちゃ仲間だし、違うっちゃ違うよ。だから、あんまり構えないでほしいな。今日は君と戦いに来たんじゃない」
カイ:
「……どういうことだ? おまえはダークネスの仲間じゃないってことか?」
 カイが尋ねるが、男は首を横に振る。
???:
「その答えは自分で見つけてくれ。それよりも僕の最初の質問に答えてくれよ。君はイデアちゃんを守れるのかい?」
 男がもう一度同じ質問をカイへと尋ねる。答えるかどうか逡巡したカイは、やがてはっきりと答えた。
カイ:
「愚問だね! 守るさ、おれの命に代えても絶対に!」
???:
「ふーん。じゃあ、誰かと引き換えにしか助けられないとしたら?」
カイ:
「誰も犠牲に何かしない! 全員無事でイデアを守る!」
 カイの答えに、満足したのか男は微笑んだ。
???:
「うん、やっぱり君はそういう人なんだね。僕の思った通りだ」
 その男は何故か懐かしいものを見るような目でカイを見つめていた。カイは眉をひそめながら男を見つめ返す。
カイ:
「おまえ、何者なんだ……?」
 やはり、その男に対する敵意はカイに湧いてこない。何故かむしろ親近感のようなものを覚えてしまうほどだった。
 その男はカイへとニッコリ笑って告げた。
ヴァリウス:
「僕の名前はヴァリウス。今日は君と話してみたくてお邪魔したんだ。ごめんね、夜遅くに」
カイ:
「い、いや」
 律儀に謝るヴァリウスに困惑するカイ。終始ヴァリウスのペースだった。
ヴァリウス:
「でも、もう達成されたから帰るね。君ならイデアちゃんを守れるよ。それじゃ」
カイ:
「お、おい、ちょっと!」
 カイが声をかけるが、その時には既にヴァリウスは跳躍して転移していた。そして再び静寂に包まれる部屋。
 ヴァリウスがいなくなった虚空を見つめながら、カイがボソッと呟く。
カイ:
「あいつ、まじで何者なんだ。一体、何がしたかったんだよ……」
 こうしてカイの悩み事は一つ増えてしまい、カイは更に眠れなくなってしまったのだった。そしてイデアはというと、今回の騒ぎに全く気付かずに眠りこけていたのだった。
………………………………………………………………………………
 翌日、一階の食堂で朝食を食べるべく集まったカイ達。その中で、カイとダリルは目の下にクマを作っていた。
ダリル:
「カイ、おまえも眠れなかったのか……」
カイ:
「まぁな、ダリルもか……」
ダリル:
「ああ、あの状況はちょっとな……」
 二人の声には確実に疲れが出ていた。そして二人はエイラへと恨みがましそうに視線を送る。だが、エイラはその視線に気づきながらも無視してイデアとメリルに話しかけていた。
エイラ:
「イデア様、メリル様、昨夜は特に何もありませんでしたか?」
イデア:
「? 特にありませんでしたよ?」
メリル:
「あたしも何もなかったよー、残念ながらね!」
ダリル:
「ぶふっ!?」
 メリルの発言にダリルが噴き出す。
ダリル:
「ちょ、ちょっと、メリルさん! あなたはまたそういう発言を!」
カイ:
「またって。ああ、それで眠れなかったのか」
 ダリルへ同情するような視線をカイが送っていた。そして、ようやくエイラがカイ達に視線を向ける。
エイラ:
「カイ様も年頃のようですね。しっかり眠れなかったようではないですか」
カイ:
「おまえ、次の日絶対こうなること分かっていて同じ部屋にしただろ」
エイラ:
「ええ、そりゃそうですよ。お二人共女性には免疫がありませんので、簡単に想像できました」
 エイラは終始にやにやしていた。この状況を一番楽しんでいるのはエイラだろう。
 カイは目元をこすりながら呟いた。
カイ:
「でも、おれが眠れなかったのはそれだけじゃないんだよなー」
エイラ:
「あら、そうなんですか?」
カイ:
「ああ」
 カイのトーンが全然深刻そうではなかったため、誰もが食事の手を止めずに適当に聞いていた。
カイ:
「ダークネスの仲間らしき人物に接触されたんだ」
イデア:
「えっ 」
ミーア:
「へー」
エイラ:
「そうですか」
 イデアだけがその発言に驚き、他はなんてことはない、という風に食事を続けようとした。だが次の瞬間、カイとイデア以外の全員が手に持っていたスプーンやフォークを落として勢いよく立ち上がった。
ダリル、エイラ、ミーア、コルン、ラン、メリル:
「はぁ!?」
 今になってカイの言った言葉の意味を理解したのである。
ミーア:
「え、なに、え、どういうこと!?」
エイラ:
「カイ様、それは本当ですか!?」
 全員が驚きを露わにする中、カイはスープを啜っていた。
カイ:
「ん、まぁな」
ミーア:
「何でそんな落ち着いてるの!? 馬鹿なの!? あほなの!?」
カイ:
「ミーア、お兄ちゃんも傷つくんだよ?」
 カイが笑顔でミーアへと語り掛ける。だが、今はふざけている場合ではないのである。
エイラ:
「いいから、どういうことか説明してください」
 エイラが催促を口にし、他のメンバーも視線で催促していた。
カイ:
「わかった、わかった。それがな―――」
 それに気づいたカイが渋々あった出来事を話し出した。カイの説明は身振り手振りが多いが、要点はどうにか押さえてあったため、全員にどうにか伝わっている。
カイ:
「―――というわけで、そいつに敵意はなくてだな、むしろ応援してくれたよ。最終的には親近感が湧いてくる始末でさ。まじであいつ何者なんだろうなー」
 全て語り終わったカイは再びスープを飲もうと手を伸ばした。だが、寸前でミーアがそのスープを奪って持ち上げた。
ミーア:
「なんで!? 何で敵なのに親近感湧くの!? 馬鹿なの!?」
カイ:
「おい、ミーア! スープ返せ! ていうか敵か分かんなかったって言ったろうが! あと、馬鹿って言い過ぎだ!」
ミーア:
「意味分かんないからスープ返さない!」
カイ:
「そっちの方が意味分かんねえよ!」
 スープを巡って戦いあうカイとミーアを横目に全員が考えこんでいた。
ダリル:
「でも、確かに分からないな。敵ならばイデア様を攫う最大のチャンスだったはずだ」
エイラ:
「んー、それにカイ様の言う通りだと、敵意が感じられなかったんですよね。やっぱり敵ではないのでしょうか」
 そう思うダリルとエイラだったが、コルンとランはそうは思わなかったらしい。
ラン:
「まさか! あいつらは一律全て敵に決まっている!」
コルン:
「その通りだ! そいつも敵に決まっているだろう!」
 コルン達はダークネスに祖国を乗っ取られている思いからか、決して敵ではないとは思わなかった。
 だが、イデアは違った。
イデア:
「……カイがそう思うのでしたら、その人はきっと悪い人ではないのでしょう」
コルン:
「っ! イデア様!? しかし―――」
イデア:
「コルンさんは一昨日の一件で学びませんでしたか? 人は見た目で判断してはいけないのだと」
コルン:
「っ、それは……!」
イデア:
「たとえその人が襲ってきたあのダークネスさん達と同じ力を持っていたとしても志は違うかもしれません。それに、カイが心でそう感じたならそれは正しい事だと私は思います」
 最後の発言は確実にカイ贔屓の発言だったが、イデアは確かにそう思っているのだった。
 コルンはカイの方を見る。カイはまだミーアとスープを取り合っており、流石にうるさいとダリルに窘められていた。
コルン:
「(カイ、おまえには何か不思議な力があるというのか。イデア様にそこまで言わせる何かが……。人を引き付ける何かが……)」
 その何かがコルンにはまだ分からない。ただ、カイが他の人とは何かが違うのだとは感じていた。
 はぁ、とコルンがため息をつく。
コルン:
「イデア様はカイに甘すぎです」
イデア:
「そうですか?」
 首を傾げるイデア。すると、ランがコルンへ尋ねた。
ラン:
「あら、コルン。いつの間に奴のことを名前で呼ぶ仲になったの?」
コルン:
「……」
 尋ねられたコルンだったが、特に発言することなくスープを口に運んだ。答える気はないのである。
カイ:
「ああ、それはな!」
 だが、その話を聞いていたカイがミーアから取り返したスープを啜りながら答えようとする。その瞬間、コルンが凄まじい速度でカイの背後に回り首を絞めた。
コルン:
「言わなくていい!」
カイ:
「く、首は洒落にならないだろ……!」
コルン:
「言うなよ!」
カイ:
「わ、分かったから首を、あっ、い、意識が……」
 だんだんカイの顔が青ざめていく。
 それを横目に、ダリルが手を叩いて視線を集中させた。
ダリル:
「早く朝食を終わらせて城へと向かいましょう。私達の動きはなるべく早い方がいいですからね」
エイラ:
「そうですね、長居するとダークネスを呼びそうですから」
カイ:
「ねぇ、誰か助けろよ! いや、助けてください!」
 そんなこんなで騒がしい朝食を進んでいった。
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