カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第一章第三話「セイン」

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カイ:
「……イデア?」
 突然の事態にカイは思考が追い付かない。分かっていることと言えば、イデアがカイを守ってくれたということだけだろう。カイとロジの間に現れた青白い半透明の壁は天高くまで続いており、足元に広がる魔法陣を縁取るように展開されていた。その魔法陣の幅は狭く、それこそカイとイデアが入って丁度いいくらい、およそ二メートル程度だった。
 事態が理解できていないカイに対して、ロジは事態を理解していた。そして嘆く。
ロジ:
「くそがっ!」
 この事態はロジにとって最悪の事態だったのだ。慌ててもう一度青白い壁に黒い魔力で作った剣を叩きつけるが、簡単に弾かれてしまう。
 するとその時、イデアが目を瞑り祈るように手を合せながら呟いた。
イデア:
「我、いかなる時もあなたを想い、ここに我が心をあなたの矛として捧げ、あなたを守る剣とすることをイデア・フィールスが誓います」
 口上のようなものをイデアが告げる。その瞬間、イデアの胸元が青白く円状に光始め、そこから光と共に何かが飛び出した。そしてその何かはイデアとカイの間に浮遊して止まった。
カイ:
「これは、剣?」
 カイが目を見張りながらそう呟く。そう、カイの目の前には片刃の剣が浮いていた。普通の長剣よりも長く、剣幅も少し広い。柄は刀身と同じ太さで中心部分がくりぬかれている。そのくりぬかれている部分に指を通して剣を掴むのだ。そしてその剣は全体的に白く、ところどころに青白いエネルギーが流れていた。
 何故イデアから突如剣が飛び出したのか、カイは分からなかった。未だに頭が混乱していたのだが、次の瞬間混乱している暇はなくなる。
ロジ:
「ふざけやがって……!」
カイ:
「っ!」
 突如ロジが頭上に現れたのだ。魔法陣の直径は二メートル、魔法陣の中に転移することは可能なのだ。
 カイへと振り下ろされる漆黒の剣。今カイの手元には剣が無い。だが、目の前にはイデアから現れた剣がある。一瞬逡巡したカイはイデアから飛び出した剣を掴んでロジの一撃へと振るう。
 その瞬間、ロジが大きく上に吹き飛ばされた。
ロジ:
「なにっ!?」
 単純に力負けしたのだ。先程までは考えられない事態にロジは目を見開き、唇を噛んだ。
ロジ:
「……セインめ!」
 ロジがそう悪態をつく中、カイは驚いていた。
カイ:
「何だこれ、力がすげぇ漲ってくる……」
 その剣を握りしめた瞬間から、カイの力は何倍にも膨れ上がっていたのだ。
 と、その時、青白い壁と魔法陣が突如消える。イデアが再び気絶して地面に倒れたのだ。
カイ:
「っ、イデア!」
 慌てて駆けよろうとするカイの背後にロジが出現する。
カイ:
「っ!」
 だが、カイの反射神経、そしてそれに追従する体の素早さは剣を握ってからというもの極限まで上昇していた。瞬時に振り返ってカイが剣を横に薙ぐ。ロジは攻撃するよりも速く振るわれた剣に驚き、慌てて剣を目の前に構えてそれを防いだ。だが勢いまでは防げず、そのまま横に大きく吹き飛ばされてしまう。
 何度も地面をバウンドしながら吹き飛んでいくロジの姿を見て、カイは空いている拳を強く握りしめた。
カイ:
「よくわかんないけど、これなら勝てる……!」
 そしてその時、ロジが足を踏ん張り勢いを殺しながら唱え始めていた。
ロジ:
「《ダークマグナム!》」
 ロジの掌から黒い球体が飛び出しカイへと凄い勢いで向かって行く。カイはそれをいとも容易く切り裂いて見せた。ちっ、とロジが舌打ちをする。
ロジ:
「厄介なことにしてくれたな。おまえを殺さなければ王女様を連れて行っても意味がなくなってしまった」
カイ:
「……何言ってやがる」
ロジ:
「別に知らなくて構わない。知っても知らなくても、おまえはここで死ぬのだからな!」
 その瞬間、ロジが両手を合わせながら唱えた。
ロジ:
「《ダークマグナム!》」
 すると、先程までとは違ってロジの掌からではなく、周囲に黒い球体が無数に出現し始めた。そしてロジが指を鳴らすと一斉にカイへと襲い掛かっていく。
カイ:
「っ!」
 カイは剣を握ったことで上昇した身体能力でそれらを移動しながら躱しつつ切り裂いていく。だが、その黒い球体は追尾機能があり、カイが躱してもすぐさま方向を変えて再びカイを襲っていた。
カイ:
「くそっ!」
 それでもどうにか全てを捌き切るカイだったが、瞬間そのカイの背後にロジが出現した。
ロジ:
「(今の体勢では振り返ることは出来まい……!)」
 そしてロジがカイの背中へと剣を縦に振り下ろす。だが次の瞬間、ロジは驚いていた。カイは後ろを見ることなく右に少しだけ飛んでその攻撃を躱したのだ。必要最低限の動きでカイは攻撃を躱していた。
ロジ:
「なっ!?」
 驚いたロジの剣はカイを捉えることなく地面を割った。すると、カイは黒い球体を相手にしながら左足をその剣の上に乗せて押さえつけた。そしてその左足を軸に左回転しながらロジへ向かって剣を横に薙いでいた。
カイ:
「くらいやがれ!」
ロジ:
「くっ!」
 ロジは咄嗟に剣を放して後方へ跳躍したが、浅く胸元を斬られてしまう。とりあえずロジはそのまま時計塔の屋根に転移してカイから距離を取った。
 気づけばカイは既に黒い球体全てを斬り伏せていた。そのカイへ鋭い視線を送りながらロジが再び唱える。
ロジ:
「《ダークマグナム!》」
 すると、今度はさらに先程より何倍もの黒い球体がロジの周囲に出現した。それを見てカイが苦しそうに呟く。
カイ:
「あの量は、ヤバいな……」
 先程の量でも正直限界だったのだ。にも関わらずあの量を相手にするのはほぼ不可能と言っていいだろう。
 だが、カイはその時ある思考に至っていた。
カイ:
「(よく分かんないけど、この剣ならおれのイメージに応えてくれる気がする……)」
 そしてカイは剣を大きく後ろに振りかぶった。剣を握る力を強くして、狙いをロジへと定める。
ロジ:
「行けっ!」
 ロジがそう叫ぶと、黒い球体全てがカイの視界を覆うように拡散しながら襲い掛かっていく。それでもカイは一切の回避行動や防御行動をとることなく、叫んだ。
カイ:
「飛んでけええええ!」
 そしてカイが目一杯の力を込めて剣を縦に振り下ろす。するとその振り下ろされた剣の軌跡から青白いエネルギーの奔流が極太のレーザーのように真っ直ぐに飛んでいった。それは進路上にあった黒い球体を一瞬で掻き消してそのままロジへと向かって行く。
ロジ:
「っ!?」
 そのレーザーに気付いたロジだったが、それはあまりにも速くロジが回避行動をとる暇もなかった。そしてそのレーザーが時計塔の屋根に直撃して大きな爆発を起こす。と同時にカイへと無数の黒い球体が襲い掛かってこちらもまた大きな音を立てた。どちらからも土埃が立ちこめ、両者の姿が見えることはない。
 そして最初に姿を見せたのはカイだった。カイはあちこちから血を流しながら砕けた地面に倒れていた。その目は閉じられており、カイが動くことはない。すると、そのカイの目の前に血だらけのロジが転移してきた。そのロジに左腕はないが、それでも生きていた。ギリギリのところで直撃を避けていたのだ。
ロジ:
「はぁ、はぁ、なかなかの攻撃だったぞ」
 おそらく直撃していれば間違いなく倒されていただろう。
ロジ:
「まだ死んでいないようだな」
 ロジの言う通り、カイは気絶しているだけだった。そのカイの心臓部へとロジが剣を生成して狙いを定める。
ロジ:
「さっさと殺して―――」
 その時だった。突如ロジの足元から太い木の根が飛び出しロジの足へ絡まった。
ロジ:
「何だっ!?」
 驚くロジを無視して、木の根はさらに増殖していきロジの体全てに絡まっていく。そしてその木の根は伸び続け、やがて葉のない一本の大きな大樹へと成長した。その大樹はレイデンフォート王国の何よりも高く大きくなり、ロジはその大樹に下半身を飲み込まれるようにして捕らわれていた。
ロジ:
「くっ、一体何が―――」
エイラ:
「これで、あなたはもう転移出来ませんね」
ロジ:
「っ!」
 突如声が聞こえた方にロジが視線を向ける。すると大樹の真下にエイラが肩を押さえながら立っていたのだ。
ロジ:
「お、おまえは! 少なくとも動ける傷ではなかったはずだ!」
エイラ:
「あら、やっぱり殺していない自覚はあったんですね。まったく、どっかの魔力のない王子様並に詰めが甘いですね」
 さらに今度は別の声がロジの耳に届く。
ダリル:
「ミーアが治してくれたんだ。ミーアは回復魔法が得意だからな。もちろん気絶から起きた直後で且つ遠距離治療だったから、今は疲れてまた倒れているけどな」
 エイラの隣にはダリルが片足で立っていた。未だに右腕と右足は無いが、血は止まっている。
エイラ:
「まぁ、これも全部カイ様が時間を稼いでくれたおかげなんですけどね、少し屈辱ですが」
 エイラがカイへと視線を向けて少し微笑む。
ロジ:
「くそっ、《ダークマグナム!》」
 ロジの周囲に黒い球体が出現し大樹へと飛んでいく。だが、大樹はピクリともしなかった。
 そんなロジへとエイラが話しかける。
エイラ:
「この大樹、これでも古代魔法なんですよ。時間がありましたから結構張り切らさせていただきました。《ユグドラシル》って言うんですが、少なくともあなたの攻撃ではどうにもなりませんよ」
ロジ:
「ならば―――」
エイラ:
「あ、それと私達にもかなり強度の高いシールドを張ってますので私達を攻撃しても無駄です。もっとも、私達を倒したところでこの大樹は無くなりませんが」
ロジ:
「……っ!」
 ロジの行動は全てエイラに見透かされていた。悔しそうに顔を歪めるロジへエイラが話しかけていく。
エイラ:
「さて、あなたの処遇ですが色々聞きたいことがあります。素直に答えてくれますか?」
ロジ:
「誰が!」
エイラ:
「ですよね、でしたらあなたはここで殺さなくてはなりません。あなたの使っているその黒い魔力のようなもの、そんなものは聞いたことありませんから魔力拘束具が通じないかもしれませんし、転移ですぐにどっか行っちゃいそうですものね。それにこの木をずっとこのままにしているわけにもいきませんから。ダリル」
ダリル:
「ああ」
 エイラに呼ばれてダリルが片足でぴょんぴょんと跳ねながら大樹の根元に近づく。そしてダリルは抜いた剣に大量の炎を纏わせ、唱えた。
ダリル:
「《断罪の炎》」
 炎が爆発的に燃え上がり、その剣を大樹へと一閃させる。その瞬間、ユグドラシルを瞬く間に炎が覆った。ロジが灼熱の炎に包まれながら叫ぶ。
ロジ:
「くそがあああああああああ!」
 ロジの咆哮が空に響き渡る。だが、それもやがて聞こえなくなり、木が燃え尽き炎が消える。灰が国中に降り注いでいた。
 その灰を見上げながらエイラが呟く。
エイラ:
「ようやく終わりましたね」
ダリル:
「そうだな、っと」
 答えながらダリルがふらつき尻餅をつく。
ダリル:
「血が足りない……」
エイラ:
「早く手足をくっつけなければなりませんね」
 その時、兵士達が大勢駆け寄ってきた。全ての人々の避難やガーゴイルの退治が終わり、ようやくこちらに向かってきたようだ。
兵士:
「ダリル騎士団長! ご無事で……はありませんね!? 大丈夫ですか!?」
ダリル:
「あー、後は頼んだぞ……」
 そう言ってダリルが倒れる。どうやら血の失い過ぎで気を失ったようだ。
兵士:
「団長! おい、早く医療班の元へ!」
 慌ただしくダリルが運ばれていく。
 それを見ていると、兵士はエイラにも声をかけてきた。
兵士:
「エイラ様もご無事ですか!」
エイラ:
「ええ、私は。それよりもまずはあそこにいるカイ様とミーア様、あとあそこの少女をお願いします」
兵士:
「分かりました!」
 兵士が急いでカイ達に駆け寄っていく。その時、カイの握っていた剣が青白い光の球体となり、イデアの胸の中に戻っていった。その様子を見ながらエイラはある予測を立てていた。それはイデアのことだ。
エイラ:
「(イデア様から出てきた剣、あれはつまり……。ということはイデア様はフィールス王国の……)」
 エイラはようやくイデアの正体に気付き始めていた。
………………………………………………………………………………
 ロジの襲撃から一日が経ったその日、レイデンフォート城の自室のベッドでカイは目を覚ました。
カイ:
「ん、んん……んん?」
 伸びをしようと体を起こそうとしたカイだったが、何かが体に乗っかっていて起き上がれない。寝ぼけなまこをこすりながらその乗っている何かに視線を向けるカイの視界には何故かカイの上で寝ているイデアが映った。イデアはカイの布団の上で蹲るようにして小さく寝息を立てていたのだ。
カイ:
「イ、イデア!?」
 突然のことに動揺が隠せないカイは大声でそう叫ぶ。眠気など一瞬で吹き飛んでいた。すると、その声に起こされたイデアがゆっくりとその大きな目を開き始める。
イデア:
「んー、んん……」
 綺麗な純白の髪を揺らしながらイデアがゆっくり起き上がった。まだ寝ぼけているようでカイとイデアは目が合っているのだが、その顔はきょとんとしていた。
 だが、ようやく意識が覚醒してきたイデアは起きているカイを見ると、今度は抱きつくようにカイに詰め寄り始めた。
イデア:
「カイ、起きた!?」
カイ:
「え、いや、どうみても起きてるだろ!?」
イデア:
「目、覚めたんだね!」
カイ:
「さ、覚めたから、だからちょっと距離が……」
 イデアに詰め寄られてこれまた動揺しながら、カイは少し不思議に思う。
カイ:
「(イデアってこんな砕けた口調だったっけ!? ていうか、この距離はどういうこと!?)」
 と、その時カイの部屋の扉が急に開き、エイラとミーア、そしてダリルが姿を現した。
ミーア:
「お兄ちゃん、起き―――」
 ミーアがカイへ声をかけようとするが、カイとイデアの様子を見て途中で固まってしまった。傍目から見ると、二人は抱き合っているように見えたからだ。
ダリル:
「おおっと、これは邪魔だったかな」
 そう言うダリルの右腕と右足は既に治っている。回復魔法はその程度の傷を治すことも可能なのだ。
エイラ:
「そうですね、三時間後くらいにまた来ましょうか」
カイ:
「おおい、無駄に変な気使うな! そういうんじゃないから! 本当に!」
 慌てるカイにエイラがにやにやしながら話しかける。
エイラ:
「いえいえ、別にカイ様とイデア様がどういう関係でも気にしませんよ? それに、その方が丁度いいですし」
 エイラのその言葉にカイは引っ掛かりを覚えた。
カイ:
「……丁度いい? 何がだよ」
 すると、エイラが真面目な表情に戻る。
エイラ:
「その話は追い追いするとして、まずは今回の襲撃について色々なことが分かったので、その報告に来たのです。ミーア様とダリルにはもうしてありますが」
カイ:
「ていうか、よくおれが起きたドンピシャのタイミングで来たな」
ミーア:
「あ、それわたしの魔法! 最近新しく作った相手の状況を教えてくれる魔法だよ!」
 ミーアはそう言うが、魔法を新しく作ることは相当難しいことである。ミーアは魔法に関して言えば、もっとも両親の力を受け継いでいるのだった。
 無い胸を張って自慢げに話すミーアに何と言えない微笑を返し、カイは話を戻した。
カイ:
「で、何が分かったって?」
エイラ:
「はい、まず今回の襲撃はここにいるイデア様を誘拐するためだったのは、だいたい分かっていると思いますが、その理由はおそらくイデア様がフィールス王国の王女様だからですね」
 その時、カイはイデアが剣を出す前に自分の事をイデア・フィールスだと言っていたのを思い出した。
カイ:
「……フィールス王国ってどこだ? ていうか、イデアが王女様!?」
 カイがイデアへ視線を向けるが、当のイデアは首を傾げている。まだ、自身のことを思い出せないらしい。
エイラ:
「フィールス王国はアルガス大国のさらに向こう、レイデンフォート王国とは真逆の方向です。五大国ほどの大きさはありませんが、保持している戦力は同等レベルでしょう。フィールス王国は傭兵稼業に力を入れていまして、そんな国の王女様がイデア様なんです。あの敵の方がそう言っていました」
 エイラからフィールス王国の話を聞きながら、カイが疑問を投げかけてみる。
カイ:
「そんな王女様のイデアがなんで空から降ってきたんだよ」
 それにはエイラも顔をしかめながら返した。
エイラ:
「それはまだ確信をもってお答えできません。ですが、もしかしたらフィールス王国が何かマズイ状況に陥っているのかもしれません。それこそ、先日の敵が襲いかかってきたなどの」
カイ:
「っ! ってことはイデアは逃げてきたってことか」
エイラ:
「可能性はなくはないですね」
 イデアは複雑に顔を歪めていた。
イデア:
「わたしが王女様……。それに、その国が危ない状況かもしれないんですね」
カイ:
「イデア……」
 記憶のないイデアはあまり自分のことだとは思えなかったが、それでもそれが良くない悲しい事だとは理解していた。
 そこにいる全員の顔に暗い影が差す。
 すると、エイラがつとめて明るい声で再び話し出した。
エイラ:
「さて、まだ分かったことがあります」
カイ:
「それはこれ以上暗くなる話か?」
 そう尋ねてくるカイにエイラはとびきりの笑みで返した。
エイラ:
「いいえ、カイ様にとってはとてもお喜びになるだろう話です」
カイ:
「何だって!?」
 カイが一気にその話とやらに期待で胸を高める。そんなカイにエイラが話し始めた。
エイラ:
「フィールス王国は特殊な一族の集団で出来ていまして、女性は自らの心を武器として男性に与えることが出来るのです。その武器の事を『セイン』と言います。そして男性もまた、その女性から与えられたセインを自身の内に取り込み、いつでも取り出すことが出来るんです」
 その話を聞いて、カイは襲撃中にイデアから受け取った剣のことを思い出す。
カイ:
「ああ、あの剣はそういうことだったのか」
 うんうんと頷くカイに、エイラがさらに話していく。ここからがある意味本題だったのだ。
エイラ:
「ですが、そのセインの譲渡にはある特別な意味があるのです」
カイ:
「特別な意味?」
 首を傾げるカイにエイラが少し溜めてから言ってのける。
エイラ:
「セインの譲渡はつまり結婚の証なのです」
カイ:
「……え? 今なんて?」
 あまりに衝撃的過ぎて耳を疑ったカイはもう一度聞いてみる。だが、その答えは変わらなかった。
エイラ:
「ですから、つまりカイ様とイデア様は結婚したということです」
カイ:
「……ええええええええええええええええ!?」
 カイの驚いた声が城中に響き渡る。その瞬間、部屋の窓が突然割れた。
ダリル:
「何だ!?」
ミーア:
「お兄ちゃんの声のせいじゃない!?」
カイ:
「窓が割れるほどでかかった!?」
 そして部屋の窓が割れた次の瞬間、何者かが部屋に飛び込んできた。数は二人、どちらも黒いフードを被っていて顔を見ることは出来なかった。
その侵入者達はイデアを見つけるとイデアへと叫び出した。
侵入者1:
「イデア様! ようやく見つけました!」
侵入者2:
「今お助けします!」
 そう言って、侵入者はまず前方にいたダリルとカイに剣を抜いて襲い掛かり始める。ダリルは咄嗟に剣を抜いて攻撃を防いでおり、カイもまた同じように剣を抜こうとして気付く。
カイ:
「おれ、剣差してないんだけど!?」
 先程まで寝ていたカイが剣を腰に差しているわけがなかった。
イデア:
「カイ!」
 するとその時、イデアからまたあの時のように剣が、セインが飛び出してカイの目の前に現れる。エイラの説明を聞いた直後で一瞬ためらったが、カイはセインを手に取った。
カイ:
「悪い! 使わせてもらう!」
 そして向かってきた侵入者の凶刃を受け止める。侵入者はセインを目にして驚いていた。
侵入者1:
「それは、まさかイデア様のセインか! 貴様よくもイデア様に手を出してくれたな! 殺してやる!」
 先程から侵入者はイデアのことを知っているような口ぶりだったため、カイもダリルも本気で攻撃することが出来ずにいた。もしかしたらイデアの身内かもしれないのだ。
 そしてそれはエイラもミーアも同じで、エイラは疑問を解決するべく侵入者に尋ねた。
エイラ:
「あなた達、もしかしてイデア様の従者の方では?」
侵入者2:
「だったら、何だというんだ!」
 侵入者がそう返しながら剣を振り続ける。カイの部屋は悲惨な状況だった。あちこちに斬撃の跡が残り、先程まで寝ていたベッドは無残に破けている。
 カイがその光景に涙目になりながら叫ぶ。
カイ:
「なら、おれ達は敵じゃない! ていうか、おれの部屋荒らすな!」
侵入者1:
「信用できるか! それに貴様の部屋事情など知ったことではない!」
侵入者2:
「っ、きゃあ!」
 その時、カイ達の隣から女性の悲鳴が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、ダリルが相手していた侵入者を床に押さえつけていたのだった。
侵入者1:
「っ、ラン! 貴様達、よくも!」
 それを見た残りの侵入者が一度カイから距離を取って、自身の胸元に手を叩きつける。すると、その侵入者の胸元が光り出した。イデアの時と全く同じ状況だ。そして、そこから何かを引っ張り出す仕草をしようとしていた。
カイ:
「だから、おれ達は敵じゃないって!」
 カイの言葉に侵入者が耳を貸すことはない。
侵入者1:
「問答無―――」
イデア:
「やめてください!」
 だがその瞬間、イデアの叱声で部屋中の時が止まった。もちろん本当に止まったわけではないが、実際にそう錯覚させるほど室内の動きが止まっていたのだ。
侵入者1:
「イデア様……」
 侵入者はイデアの名を呼ぶが、イデアは侵入者に鋭い目を向けていた。
イデア:
「もうやめて下さい! 皆さんに危害を加えるのはやめてください!」
侵入者1:
「なっ!?」
 イデアの一言はどうやらかなり効いたらしい。侵入者はかなり唖然としていて動きを止めていた。
イデア:
「あなた達は誰なんですか!」
 さらに追い打ちをかけるイデア。だが、その言葉は逆効果だったようだ。
侵入者1:
「まさか貴様ら、イデア様に洗脳をかけたな! イデア様が我らを忘れるはずがない!」
 誤解し激昂する彼らにイデア自身が間違いを正した。
イデア:
「違います! わたしは記憶喪失なんです!」
その言葉が強く侵入者達の心に突き刺さる。
侵入者達:
「……えええええええええええええええ!?」
 そして、今度は侵入者達の声が城中に響き渡ったのだった。
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