カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第一章第二話「襲撃」

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 市街地に何が起きたのか。時は少し遡る。
 レイデンフォート王国の市街地というのは毎日のように賑わっている。そんな市街地の中心には大きな時計塔が建ててあり、さらにその近くには大きな噴水が存在している。その二つは人気スポットであり、多くの人間の人の憩いの場となっていた。
 その時計塔の鋭く尖った屋根の上に、最初からそこにいたかのように突然ロジが姿を現した。
ロジ:
「んー、ここら辺だと思うんだけどねー」
 ロジは国を一望するが、目当ての人物を見つけることが出来ない。ため息をつくと、ロジは手の先に黒い魔力を集め始めた。
ロジ:
「探すのたるいから、誰か偉い人に聞くことにしよう。よし、そうしよう!」
 そして、その黒い魔力の波動をいくつも並んでいる建物へ向けて放つ。その波動は見事に民家をことごとくなぎ倒し、大きな爆発を引き起こした。一気に地響きが周囲を襲い始める。
 突然のことに、人々は最初唖然として声も出ていなかったが、事態に気付いた人々は甲高い悲鳴を上げて各々爆発した場所から遠ざかり始める。まだ、その爆発が時計塔にいるロジのせいだと誰も気付いておらず、時計塔に逃げてくる人もいた。
ロジ:
「おーおー、逃げ惑う人々っていつみても無様だよねー。さて、早く誰か来てくれないかなー」
 そう言いながら、ロジが退屈そうに時計塔に座り足をバタバタさせる。すると、一分もかからず、時計塔の周りには防具を纏った兵士達が集まった。ある兵士がロジの行動を見ていたのである。
兵士:
「皆さんは早く避難を!」
 時計塔の方に逃げていた人々を避難させつつ、兵士達が時計塔を囲む。
隊長:
「貴様、何者だ!」
 兵士達の中では位の高い隊長がそう叫ぶが、当のロジはため息をついてそれを無視していた。
ロジ:
「うっわー、明らかに雑魚ばっか。まじないわー」
 項垂れながら時計塔に立ち上がると、大きく伸びをする。その間にも、隊長は声をかけ続ける。
隊長:
「投降しろ! さもなければ、魔法を放つぞ!」
ロジ:
「うわー、こわーい!」
 ロジが楽しそうに叫ぶ。その瞬間、ロジが時計塔から身を投げた。
兵士達:
「っ!?」
 誰もが投降するために身を投げたのかと一瞬思う。だがその瞬間、兵士達全員の目の前でロジは消えた。
兵士:
「っ!? なに!?」
 兵士達が周囲を見渡す。だが、それでもロジを見つけることが出来ない。
隊長:
「き、消えただ―――」
 その時だった。隊長の声が途中で途切れる。他の兵士の視線が隊長へと向けられる。その隊長の背後にはロジがいつの間にか立っており、隊長はというと首の上から何もなかった。そしてロジが掌を上に向けると、その上に隊長の頭が落ちてきた。
 途端に上がる血しぶき。その赤黒い血に染められながら、ロジがニヤリと笑った。
ロジ:
「ねぇ、偉い人はどこにいるのかな? 聞きたいことがあるんだけど」
兵士達:
「た、隊長!?」
 突然のことに兵士達はどよめく。誰も何が起きたのか分からなかったのだ。
兵士:
「き、貴様っ!」
 兵士の一人が槍を突き出すが、ロジはそれを上に飛んで回避する。そのロジへ向けて兵士達は唱えた。
兵士:
「《ファイアーブレス!》」
兵士:
「《サンダーブレッド!》」
兵士:
「《ウインドレーザー!》」
 一つは竜が吹いたような炎が、もう一つは複数の雷の銃弾が、さらに一つは圧縮された空気の塊がロジに向かって一直線に飛んでいった。
 自分へと向かってくる魔法に対し、ロジは再びニヤリと笑った。その直後に三つの魔法がロジを飲み込んで爆発した、いや、正確には爆発したように見えただけだった。
ロジ:
「どこを狙っているのかな?」
 いつの間にか時計塔の屋根にロジは再び姿を現していたのだ。
兵士:
「ば、ばかな!? あれじゃまるでワープではないか!」
兵士:
「だが、ワープの魔法など聞いたことが無い!」
 ざわめく兵士達を置いといて、ロジは掌を空へ向けた。
ロジ:
「んー、全員アホばっかみたいだし、とりあえずこれ使うか。あんまり使いたくないんだけどなー、集めるのも躾けるのも面倒だし」
 すると、ロジの掌の上に黒い大きな穴が開いた。まるで次元が歪んでいるようである。そしてその中からは大きな唸り声と共にモンスターが姿を現した。
 そのモンスターを見て、兵士達が震え始める。
兵士:
「お、おい、あれって……!」
兵士:
「ガ、ガーゴイルだー!」
 鋭い爪と牙を持ち、翼と尻尾の生えた白いガーゴイルが百体以上もそこから飛び出していた。
 そのガーゴイルへとロジが告げる。
ロジ:
「さぁ、おまえ達! 髪が白い女がいたらここに連れてこい!」
 そう指示された途端に、ガーゴイル達が国中に移動を開始し始めた。
兵士:
「まずい、ガーゴイルが国中に!」
兵士:
「早く対処を……!」
 兵士達もまた散らばろうとするが、その行く手をロジが遮った。
ロジ:
「おまえ達は俺の暇つぶしだよー!」
 ロジがにっこりと兵士に笑いかける。その笑みは血に濡れてあまりに悪魔的であった。
ロジ:
「(さて、ここにいてくれよ、イデア王女!)」
 白い髪の女、つまりイデアがレイデンフォート王国にいることを強く願って、ロジは兵士達に襲い掛かり始めた。
………………………………………………………………………………
 カイ達は、人々を避難区域へと避難させていた。
エイラ:
「あまり急ぎ過ぎないでください!」
カイ:
「押さないようにな!」
イデア:
「ゆっくりで大丈夫ですから!」
 カイとエイラ、イデアが人々を誘導している中、ミーアがある方向を見て叫んだ。
ミーア:
「あ、デイ兄!」
 ミーアが叫んだ方向には、人々を吹き飛ばしながらカイ達の方へ馬車に乗って逃げてくる人影があった。この混雑した中を馬車で移動とは誰がどう見てもおかしい光景である。
 そして残念なことに、カイの見知った顔だった。
カイ:
「おい、デイナ! てめぇ何やってんだ!」
 その人はレイデンフォート王国第二王子デイナ・レイデンフォートだった。容貌は金髪碧眼でボブカットであり、少し太っている。
 デイナが馬車から顔だけ出して答える。
デイナ:
「何って逃げてんだよ。見て分かんねえのか、愚弟」
 デイナは貴族主義であり市民に優しくするカイとはよく衝突する仲である。さらにデイナは魔力が無いのにも関わらず、何故か両親にちやほやされているカイのことが気にくわない。つまり大嫌いなのであった。
 カイが負けじと声を張り上げる。
カイ:
「なんで民を守り助けるべきおまえが、民をなぎ倒してんだ!」
デイナ:
「は? 馬鹿かおまえ。民の命なんて何の意味もねえんだよ。俺様王族の命の方が万倍大事に決まってるだろ。民なんてな、俺達がいなきゃ生きていけねえただのゴミなんだよ。愚弟、やっぱおまえ王族の人間じゃねえな。この機会にいっそ死んでくれよ。あばよ、二度度会わないことを期待しているぜ」
 そう言って、デイナを乗せた侍女が運転する馬車はカイ達の目の前で止まることなく颯爽と通り過ぎていった。
 カイがデイナに悪態をつく。
カイ:
「あのゴミ兄貴が! ゴミはどっちだ!」
エイラ:
「カイ様、今は人々の避難が優先ですよ! ゴミは後でゴミ箱に捨てておけばいいんです!」
カイ:
「エイラ、あいつ一応王族だぞ!? でも、ナイス!」
 そして、再びカイ達が避難誘導に取り掛かろうとした時だった。ある方向から何かが上空を飛んでこちらへ向かってきていたのだ。カイとイデアは何か分からず首を傾げたが、エイラとミーアはすぐに分かったようで同時に驚いていた。
エイラ&ミーア:
「ガーゴイル!?」
 ロジの繰り出したガーゴイルがたくさんカイ達の方へ向かってきていた。
カイ:
「え、ガーゴイルって獰猛で危険だと有名な!?」
エイラ:
「どうしてこんなところに……! ここ周辺にガーゴイルは生息していないはずです!」
 そんな話をしている間にもガーゴイルはかなり接近してきていた。
カイ:
「考えるのは後だ! こっちに向かってきてるぞ! エイラ、剣に魔法をかけてくれ!」
 カイが腰に差していた剣を抜きながらそう叫ぶ。
エイラ:
「分かりました。イデア様は皆さんと共に避難区域へ! どうやらここは危ないようです!」
イデア:
「……分かりました」
 イデアは流石に邪魔になると思ったのか、渋々といった表情で人々と共に避難区域へと後退していった。
 それを見届けながら、エイラがカイの剣に触れて唱える。
エイラ:
「《ライトニング》」
 すると、カイの剣が雷を纏った。そしてさらにエイラは別の魔法を唱え始める。
エイラ:
「《ウォーターランス!》」
 エイラの周囲に突如浮かんで現れた水の塊が、槍の形になって一気にガーゴイルへと伸びていく。一本の槍で数体のガーゴイルを貫いていた。
ミーア:
「わたしも!《ウインドブレードダンス!》」
 今度はミーアの周囲に風の刃がいくつも形成され、それらがガーゴイルの集団の元へと襲い掛かっていく。ゆらゆらと不規則な動きをしながらガーゴイルを切り裂いていく風の刃はあたかもガーゴイルと踊っているようだった。
 だが、それだけで捌ける量ではなかった。
 カイの元にもまず一匹が襲い掛かる。カイは鋭い爪のついた右腕を突き出してきたガーゴイルに対し、突き刺さる直前でギリギリ体を右に傾けながら姿勢を低くすることで躱し、そのまま下から上に剣を振り上げた。そのガーゴイルの身体は真っ二つにさけ、その間にもカイは次のガーゴイルへと走り出している。
 カイは、魔力は無いが剣術をダリルから教わっているため並の剣士よりも強いのであった。
 するとその時、一匹のガーゴイルがある方向を指差して人語を話し出した。
ガーゴイル:
「ミツケタミツケタ! ハクハツ、ミツケタ!」
 その指差した方向にはイデアがいた。イデアを見つけた途端、全てのガーゴイルがイデアめがけて飛んでいく。
カイ:
「っ! 何でイデアに!?」
 戸惑うカイを横目にエイラとミーアが目を見合わせて頷く。そして同時に魔法を唱えた。
エイラ:
「《ウインドブラスト!》」
ミーア:
「《フレイムディストラクション!》」
 エイラの風魔法と、ミーアの炎魔法が混ざり合って大きな火球となりながらイデアへと向かうガーゴイルの群れに炸裂する。瞬間、凄まじい大きな爆発を起こした。多くのガーゴイルが爆散し、煙が周囲を覆う。
イデア:
「きゃあっ!」
 だがその時、イデアの悲鳴が響いた。
カイ:
「イデア!?」
 慌ててカイが煙の中でイデアの姿を探すが見当たらない。そして、やがて煙が晴れたとき、地上にイデアの姿はなかった。
 すると、ミーアがイデアの姿を捉えた。
ミーア:
「あそこ!」
 ミーアが指をさしたところには、イデアを抱えて遠くを飛んでいるガーゴイルの姿があった。
カイ:
「何でイデアが連れてかれてんだよ!」
 カイがイデアを追おうとするが、ガーゴイルが道を塞いでくる。まるで追わせまいとしているかのようだった。
カイ:
「ああ、もう! 邪魔くせえ!」
エイラ:
「カイ様! 私は後を追います! ここは任せますよ! 《ウインドカーペット!》」
 そう言って、エイラが風で出来た絨毯の上に乗る。
カイ:
「分かった! おれ達もこいつら片付けて避難させ次第すぐ後を追う!」
 その言葉に頷くと、エイラは風の絨毯をはためかせ、イデアを抱えたガーゴイルが向かっている時計塔へと飛んでいった。
………………………………………………………………………………
 数分前、ダリルは時計塔に到着していた。煙がここから上がっているのと、ガーゴイルがこちらの方角から来たことから、すぐに時計塔だと判断したのだ。途中向かってきていたガーゴイルの相手に少々時間がかかったが、ダリルは傷一つ受けず、ガーゴイルをすべて倒していた。
 そしてダリルは時計塔に到着して、早々に目を見開いた。彼の目の前にはまさに地獄絵図と言ってもいい程、兵士の死体と肉片が血の海の中に散らばっていたのだ。
ダリル:
「誰が、これを……!」
 湧き上がってくる怒りで拳を強く握るダリルだったが、突然声がかけられる。
ロジ:
「おー、着てるもの的に偉そうな人来たー」
 時計塔の屋根に座りながら嬉しそうにロジがそう話す。ロジの存在を認識した瞬間、ダリルは戦闘態勢に入った。
ダリル:
「これをやったのはおまえだな!」
 ロジの浴びている返り血からもそう判断できる。そして強さもまた判断出来た。その全てが返り血であるのだ。自分の傷など一つもないなど、この兵士の数から考えておかしすぎる。
 ロジがようやく強敵の登場だと嬉しそうに笑いながら答える。
ロジ:
「そうだよ! 白髪の女が見つかるまでの単なる暇つぶしにね!」
 暇つぶしという言葉にも引っかかるがそれよりも気になる言葉がダリルにはあった。
ダリル:
「白髪の女だと?」
ダリルの脳内にイデアが思い浮かぶ。その表情の機微をロジは読み取っていた。
ロジ:
「そうそう! おっ、その顔、知ってそうだねー! ねえ、そいつ今どこに居るのか教えてくんない?」
ダリル:
「だれがおまえに教えるか! これほどの仕打ち! ただで済むと思うなよ!」
激昂するダリルへ、ロジが余裕の笑みを浮かべる。
ロジ:
「いいねぇ、やる気満々じゃん! なら、見せてもらおうかな!」
そう言ってロジが時計塔から跳躍する。その次の瞬間、ダリルの視界からロジは消えた。
ダリル:
「っ!? どこに―――」
ロジ:
「楽しませてくれよ!」
ダリル:
「っ!?」
 突然目の前で消えたロジに驚くダリルの背後から、探していたロジの声が聞こえ始める。ダリルが剣を構えながら咄嗟に振り返るのと、ロジがダリルへ向けて何やら黒い魔力で生成した剣を振るうのはほぼ同時だった。
ギリギリのところでどうにかその剣を防ぐダリルだったが、脳内は動揺していた。
ダリル:
「(いつの間に背後に……!)」
 そんなダリルの動揺なんかお構いなしに、ロジが何度も剣を振るう。
ロジ:
「ほらほら、どんどんいくよ!」
ダリル:
「くっ!」
何度も剣を交えた二人だったが、どうやらお互いの剣術は拮抗しているようだった。
ロジ:
「へぇ、やっぱり見た目以上に強いね!」
 そう言いながらロジがダリルから離れるべく後ろ斜め上に跳躍する。
ダリル:
「逃がすか!」
 それを追うべく跳躍するダリルだったが、その瞬間再びロジの姿がダリルの眼前から消えた。
ダリル:
「(っ! あいつ、まさか転移をしているのか……!)」
 目の前から忽然と姿を消す魔法など、ダリルは聞いたことがなかった。それゆえに戸惑いを隠せないダリルの背後に再びロジが出現する。そして同時に聞こえる風切り音。
ロジ:
「どっち向いているのさ!」
ダリル:
「ぐぁっ!」
 空中にいたダリルは素早く振り返ることが出来ないと判断し、どうにか空中で身をよじる。だが、背中へと迫っていたロジの剣を躱しきることは出来ず、そのまま背中を浅く斬られてしまった。
 このままだと地面に衝突してしまうため、ダリルは手を突き出して受け身の体勢に入ろうとする。だが次の瞬間、ダリルの横にはロジの姿があった。
ロジ:
「ほぉらっ!」
 再び振るわれる剣を空中でダリルが剣で受け止める。だが、反動で横に吹き飛ばされながら地面に落ちた。ダリルは地面をゴロゴロと回転しながらどうにか体勢を立て直しつつ、頭の中でロジとの戦いの糸口を見つけようとしていた。
ダリル:
「(そんな魔法があるかは分からない。だが、奴が確実に転移しているのは確かだ。さて、どうするべきか。こういう場合に大切なのはその魔法の弱点を見つけることだ。今までの動きからどうにか弱点を―――)」
 と、ダリルが脳をフル回転させていた時だった。突如上空から唸り声のような声が聞こえてきたのである。
ガーゴイル:
「ミツケタ! ハクハツ、ミツケタ!」
 その声の方へ視線を向けると、そこにはイデアを抱えたガーゴイルがダリル達の元へ向かってきていた。ガーゴイルに抱えられているイデアを見て、ダリルが叫ぶ。
ダリル:
「っ、イデアさん!」
 だが、イデアの返事はない。どうやら、気絶しているようだった。
 すると、ロジがイデアの姿を見て歓喜の声を上げる。
ロジ:
「おお、やっぱりこの国にいたのか! 見つけたぜ、愛しの王女様よぉ!」
 そのロジの発言にダリルが耳を疑う。
ダリル:
「っ!? 王女様だって!?」
 そんなダリルの驚きを無視して、ロジが跳躍する。そして次の瞬間、その場所からイデアを抱えたガーゴイルの近くへと転移した。
その時、ダリルの思考にとある閃きが生まれる。
ダリル:
「(もしかして、あの魔法は……)」
 そうダリルが思考している間に、ロジがガーゴイルへと近づく。
ロジ:
「会いたかったぜ、イデア王女!」
 そう言ってロジがイデアへと手を伸ばそうとした時だった。
エイラ:
「《サンダーバレット!》」
 突如雷の銃弾がガーゴイルの背後をいとも容易く貫き、そのままロジへと向かって行く。
ロジ:
「くっ!」
 咄嗟に身をよじってそれを回避すると、ロジは次の瞬間再び姿を消して今度は宙に放たれたイデアの三メートル手前に転移した。だが、その行動がダリルの予想をより確かにしたのだった。イデアはというと、イデアを包み込むようにシールドが展開されており、その中でまだ気絶している。そのシールドは宙にふわふわと浮いていた。
エイラ:
「大丈夫ですか!」
 そして、シールドを張った張本人であるエイラが風の絨毯に乗ってイデアの元に到着する。そして、ダリルとロジの姿、そして血の海と化した時計塔前を見て今の状況を理解した。すぐさまロジに対して警戒態勢をとるエイラだったが、次の瞬間ロジは跳躍すると、一瞬でエイラの背後に出現した。
ロジ:
「邪魔をしないでもらおうか!」
エイラ:
「っ!」
 突然のことに反応できないエイラだったが、ダリルは勝手が違った。ロジの次の動きを読んでいたのか、エイラの背中へと振るわれるロジの剣を大きく跳躍していたダリルが受け止めたのだ。
ダリル:
「おまえ、背後好き過ぎるだろ」
ロジ:
「っ、くそ!」
 そのままロジはダリルによって力任せに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。その間にダリル達は地上に降りる。イデアにシールドをかけたまま、ダリルの隣にエイラが並んだ。
エイラ:
「あなたが苦戦するとはらしくありませんね」
ダリル:
「想定外の動きをするものでな。どうやら、奴は転移を使うらしい」
エイラ:
「っ!」
 転移、という言葉にエイラが目を見張る。
エイラ:
「転移、ですか。そんな魔法なかったはずですが。いいえ、今はそういう話をしている場合ではありませんね。それで、何かその転移について分かったことはあるんですか?」
 エイラがロジから目を離さずに尋ねる。ロジはというと、もう既に立ち上がっているにも関わらず、何故か動かずにいた。その間にダリルが話を進めていく。
ダリル:
「どうやら、奴の転移には使える条件があるらしい」
エイラ:
「条件、ですか」
ダリル:
「おそらく奴を中心に約半径一メートル以内に何か入っていては転移が使えないらしい。だから、転移する際は跳躍して地面から離れないと使用できない。それに本当にどこでも転移出来るのならば、イデアさんを包むシールドの中に転移するはずだ。でも、奴はイデアさんから三メートル離れた、正確に言うならばイデアさんを包むシールドから約一メートルほど離れた場所に転移した。シールドの中に転移出来ないと言うことは、つまりそういうことなのだろう」
 ダリルの説明を聞いて、エイラが分かったというように頷く。
エイラ:
「……なるほど、理解しました。それにしても転移ですか。これは反射神経が問われますね」
ダリル:
「私はギリギリ反応できるが、エイラは大丈夫か?」
エイラ:
「何を言ってるんです。私が反応できないように見えますか?」
ダリル:
「歳的にって、あれ? ……そう言えば、エイラって歳いくつなんだ? そういえば私が生まれた頃からずっと変わらない姿のような―――」
エイラ:
「ダリル、女性に歳を聞くとは良い度胸ですね。死にたいんですか、死にたいんですよね? 敵ではなく私に屠ってもらいたいってことでいいんですよね!?」
ダリル:
「う、嘘! 嘘です、すいません! だからその笑顔をやめてくれ!」
 戦闘中だというのに、ダリルとエイラがそんなやりとりをする。そんな隙だらけの二人を無視して、ロジは深く考えていた。焦っていたのだ。
ロジ:
「(あの男、もしかしたらあの移動方法の条件に気付き始めているのかも。それに、あの女はなかなか手強そうな相手だ。二人同時というのはなかなか難しいかもしれない。ここは……)」
 ロジが作戦を考えている時だった。
カイ:
「イデア!」
ミーア:
「イデアちゃん、無事!?」
 そこにカイとミーアが合流したのだ。それにはエイラも驚いたようで、エイラが二人に尋ねる。
エイラ:
「随分早い到着ですね。避難は全て終わったのですか?」
カイ:
「ああ、途中兵士がたくさん来てくれたから、そっちに任せておれ達はこっちに来たんだ」
エイラ:
「ミーア様はともかく、カイ様は来なくて良かったですよ。完全な足手まといですし」
カイ:
「なんだとぉ!?」
 カイとミーアの到着に、ロジの焦りは加速する。
ロジ:
「(やはり、ここは王女様を奪取してそのまま逃げるのが得策だな。そして、そのためには、まずあのシールドを張っているあの女から始末する!)」
 そして、ロジは地面を蹴って上に跳躍すると、すぐさまエイラの背後に転移しようとした。だが、それはうまく行かずエイラの三メートル手前に転移してしまう。エイラがこっそり唱えて自らにも薄いほぼ透明に近いシールドを張っていたのだ。
エイラ:
「思っていることが筒抜けですよ!」
ロジ:
「ちっ!」
 思わず舌打ちするロジへダリルが斬りかかる。ダリルはロジが転移出来ないように高速でどんどん斬り込んでいった。そのせいでロジは後ろに跳躍する暇も与えてもらえず、転移することが出来ずにいた。
ロジ:
「くそがっ!」
 押されていたロジが一歩踏み込んでダリルへ反撃しようとする。だがその瞬間ダリルが急にロジから離れた。ダリルが受け止めるだろうと予測していたロジは、突然のことに少しバランスを崩される。その隙をエイラは見逃さなかった。
エイラ:
「《グラビティインパクト!》」
 ロジへ下向きのとてつもない重力がかけられる。
ロジ:
「ぐうぅぅぅ!」
 ロジの真下の地面は陥没していき徐々に亀裂が入り、砕けていく。最初は耐えていたロジだったが、ついに地面に倒されてそこに固定されてしまった。
 そして、そんなロジへ向けてミーアが魔法を唱え始める。
ミーア:
「私も手伝うよ! 《ファイアスター!》」
 ミーアの頭上に大きな火球が現れる。それを見たロジは慌てて立ち上がろうとするが、重力のせいでまったく動けずにいた。
ミーア:
「いっけえぇ!」
 そしてミーアがその火球を放つ。それは見事にロジに覆いかぶさり、大きな爆発を引き起こした。
カイ:
「やったのか!?」
 カイが喜びを表情に浮かべる。だが一方で、エイラの顔はまだ険しかった。
エイラ:
「いいえ、まだです!」
 エイラの重力魔法にはまだ抵抗されている感覚があったのだ。
 エイラがすぐにカイ達に指示を飛ばす。
エイラ:
「警戒を解かないでください! カイ様、あなたはイデア様の近くへ! 足手まといですから!」
カイ:
「そんな足手まとい足手まとい言わなくても……」
 カイがすこししょんぼりと肩を落としながらイデアの傍に移動する。すると、イデアを包んでいたシールドがカイを包むほど拡大した。さらに、エイラはミーアとダリルにもシールドをかける。
エイラ:
「《リフレクトシールド!》 ミーア様、敵は転移の魔法を使ってきます! ですので、常に周囲に気を配っていてください!」
ミーア:
「え、そんな魔法、聞いたことないよ!」
エイラ:
「私もですが、どうやら―――っ! きます!」
 話している途中で、エイラは自分の重力魔法からロジがいなくなったことに気付いた。と同時に自信の背後に気配が現れるのを感じた。そしてさらにエイラを包んでいたシールドが一瞬で砕け散る。
エイラ:
「っ! 《ウォーターラ―――》」
 エイラが背後を振り向きながら魔法を唱えようとするが、そこでエイラは気配がいつの間にか振り向いた自分の背後にいることに気付く。咄嗟に裂けようとするが間に合わず、エイラはそのまま背中を斜めに斬られ、鮮血を飛び散らせながら倒れた。
カイ:
「エイラっ!」
 エイラが倒れてしまったことで、全員を包んでいたシールドが砕け散る。その瞬間、気絶しているイデアの頭上にロジが転移した。
ダリル:
「くそっ! カイ!」
 それに気づいたダリルがカイへ叫ぶ。
カイ:
「っ!」
 咄嗟にカイは剣をロジへと突き出したが、そこにロジの姿はなかった。代わりに、ダリルの背後にロジの姿はあったのだった。
ダリル:
「(っ! こいつ、まさかあの動きは囮だったのか……!)」
ロジ:
「おまえ達は俺を怒らせたんだよ」
 カイ達の元へ急ごうとしていたダリルは、ロジの攻撃を防ぐことも避けることも間に合わなかった。そしてロジが剣を一閃させる。次の瞬間、ダリルの右腕と右足が宙を舞った。そして血しぶきをまき散らしながらダリルが倒れていく。
ミーア:
「ダリル! 《リフレクトシールド!》」
 ミーアが慌ててダリルを包み込むようにシールドを張る。そのシールドはダリルだけではなくミーアやカイ達にも張られていた。
 すると、ロジが掌をミーアへと向ける。そして唱えた。
ロジ:
「《ダークマグナム!》」
 その瞬間、ロジの掌に黒い球が出現し、勢いよくミーアの方へ吹き飛んでいく。それはいとも容易くシールドを割り、ミーアの腹部にめり込んだ。
ミーア:
「かはっ」
 ミーアは血を吐きそのまま吹き飛び建物をいくつか貫通していく。やがてミーアは建物の壁に叩きつけられて気絶した。
 再びカイ達を纏っていたシールドが砕け散る。そして、ロジは気絶したイデアのいるカイの元へとゆっくりと歩いていった。 転移もせずに向かってくるロジに、カイは苛立ちを覚える。
カイ:
「おまえ、なめてんのか!」
ロジ:
「お前程度、転移しなくても倒せる  」
 怒りに満ちているロジの口調は最初のチャラチャラとしたものとは打って変わって厳格なものに変わっていた。
カイ:
「ふざけやがって!」
 カイは剣を握りしめて、ロジへと飛び出す。
ロジ:
「無駄だ」
 振り下ろされるカイの剣を、黒い魔力で出来た剣が一閃する。すると、カイの剣先が宙を舞い、地面に突き刺さった。そして、さらにロジはカイの剣を下から掬い上げて吹き飛ばしてしまう。
ロジ:
「言っただろう、転移せずとも倒せると」
 そしてカイへと振り下ろされるロジの剣。カイはその瞬間、確かに死を覚悟した。何の意味もない人生だったと、今までの人生を振り返ったほどだ。
 だが、覚悟したはずの死がカイを訪れることはなかった。
 カイとロジの間には半透明の青白い壁が形成されていた。その壁がロジの剣を阻んでいた。
カイ:
「何だ、これ……」
 驚くカイだったが、足元を見てさらに驚く。自身の足元には壁と同色の円形の魔法陣が描かれていたのだ。その魔法陣を取り囲むように壁が形成されている。
 そして、その魔法陣の中心にはイデアが、気絶していたはずのイデアが立っていたのだった。
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