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1年生篇 春の章
プロローグ+第一話「ハルナの旅立ち」
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プロローグ
人の命とはかくも儚きものなのか。
ひた、ひた、ひた。薄暗がりの中を裸足が進んでいく。洞窟内は整地されているとは言い難く、小石で凹凸が激しくなっているが、少女は痛みを感じることなく、紅い瞳を通路の先へ向けて歩いていた。
身を隠すのに最適な場所と言えば、やはり地下だろう。地上に出ない限り人間に会うことはなく、地下を探ろうとする突飛な人間も存在しないのだから。
それを分かっていて、入り口を魔法で見えなくしている自分自身に思わず苦笑してしまう。
《死なない身体》でありながら意外にも臆病で慎重な性格をしているのだと、何千年生きているのに初めて知った気分だった。
「……臆病にもなろうさ」
通路を抜け、広い空間に出る。通路とは違い、暗闇にいくらかの色が浮かんでいる。赤、青、緑。点滅しているものもあれば、光を放ち続けているものもある。
少女は何を一瞥するでもなく、目の前で眠る《彼女》だけを視界に収めていた。そして、指を鳴らして炎を生み出し広間を照らす。
宙にふよふよと漂う炎が、筒状のガラスの中で緑色の液体に浸された彼女の存在を明らかにする。自分で掘った洞窟内には家具一つなく、あるのは自分と彼女、そして彼女にとっての揺り籠、いや生命線とも言える機械の数々だけだった。
筒状のガラスからは太い管が何本も伸びており、隣にある同じ型の管に繋がっている。
「お主を失う訳にはいかぬのだ」
愛おしい彼女に触れようと手を伸ばしてもガラスが邪魔をする。忌々しいその存在を思わず割りたくなるが、それのお陰で《彼女は今まだ死んではいない》のだ。割ってしまえば、死なないと分かっていても自分を殺し続けたくなるだろう。
万が一が起こらないように、人に見つからない地下で、更に魔法によって秘匿しながらここにいる。
彼女を復活するためにここにいる。
そして今日、ようやく大願を果たす時が来た。
二つの筒の前にある機械を操作する。最終確認、調整を徹底的に行う。これで上手く行かなければ、自分も彼女も死んでしまう。
あってはならない、彼女の死だけは回避しなければならない。
問題がないことを確認し、纏っていた黒いローブを全て脱いで彼女の隣にある空いたガラスの中へと足を踏み入れる。そして魔力で機械を動かして閉じ、だんだんと緑色の液体で満たしていった。足元から冷たいドロッとした液体が絡みついてきて不愉快極まりないが、自分で配合した延命装置である。
身体を襲う不快感を堪えながら、最期に、と隣のガラスを見つめる。
緑の液体の中で、《彼女の首》だけが浮いていた。
胴体は存在しない。文字通りこの世にない。
首だけの存在だとなった彼女は眼を閉じて眠っていた。とてもではないが、生きているとは言い難く、眠るという形容がどれだけ正しいことか。だが、いずれ目を覚ますのだ。眠ると言っても構うまい。
「――ナ」
ガラスに手を添え愛しい彼女の名を呼ぶ。呼べる日はきっともう来ないだろうから。
気のせいだろう、応えるように彼女の髪が揺れた気がした。
「全く……このワシが、こんな最期を迎えるとはのぅ」
その様子に満足して、前を向き自分も目を閉じる。
これまで、何の為に《不死身》であるかをずっと考えてきた。一向に答えは出ず、答えなどありやしないと思っていたが。
ようやく答えに辿り着けそうだ。
「じゃが、一片の後悔もない。終わりよければ全て良しとはよく言ったものじゃ」
この命、この魂、この身体全てを捧げることで今。
もう一度彼女に生を。
「愛しているぞ、ハルナ」
全身が液体に満たされると共に、少女は意識を手放した。
第一章第一話
ブンッ、と空気を裂く音が何度も何度も響いていく。
木漏れ日を斬るように、木刀が素早く振るわれる。縦に、横に、斜めに。途中突きを入れながら、何度も何度も空を木刀は斬り続けた。
木刀を振る動きに合わせて、後ろで束ねられた桃色の髪が元気に揺れる。朝日が額から流れる汗を輝かせていた。
「947――968――981っ」
少女は朝の日課である素振りを何度も何度も続ける。時刻は早朝。昔は朝早く起きるのが苦手だったけれど、今では慣れたものだった。Tシャツにショートパンツという軽装に木刀というどこか変な組み合わせであるが、この服装での素振りもまた日課である。
「ハルナー! あと少しでご飯よー!」
木々の下で鍛えていた彼女を呼ぶ母親の声。
木々のすぐ横に建てられた二階建ての木造建築から、母ハルリアが元気に手を振っていた。その動作に合わせて母の長髪もまた元気そうに揺れる。
「――1000! 今行く!」
最後の一振りを終え、切り株に置いていたタオルを拾って汗を拭う。すぐにシャワー浴びないと、今日乗る予定の馬車に間に合わないかしれない。
馬車に乗って、それから――。
「~~~っ」
今後のことを考えると居ても立っても居られず、少女は木漏れ日を駆け抜け、笑顔で陽の下へと飛び出していく。
ハルナ・ミューテリス。
生まれ育った小さな村タタルムを出て、本日から魔法騎士学園へと通う十六歳である。
※※※※※
急いでシャワーを浴びて着替える。
「……」
着替える、のだが……。
ハルナは脱衣所で下着姿のまま、ずっと制服をうっとりした様子で見つめていた。
今日から通う魔法騎士学園の制服は上下ともに白を基調としていた。上着はところどころ赤く装飾されており、下は膝上くらいの純白スカート。折れ目一つないのは、これまでハルナが大切に大切に保管していたからである。そして、少し暗めのYシャツに赤、白、黒が交互に混じったネクタイが用意されていた。
まさに騎士の清廉潔白さを出しているようで、ハルナは制服の色合いが大変お気に入りであった。
今日からこれを着て魔法騎士学園へと通う。そう思うだけで小躍りしたくなる。実際にハルナは制服を見つめながら小躍りを踊っていた。
「えへ、えへへ、今日からなんだ、今日から……!」
小躍りに合わせて微かに胸が揺れる。少しずつ成長してきていることに加え、ただでさえ下着姿なのだ。世界の男子達が見たら卒倒するであろう一幕である。
「ちょっと、お姉ちゃん! まだー!?」
世の男子を救った(邪魔した)のは、妹のアキナだった。脱衣所の先から急かすようにハルナを呼ぶ。
「もう皆座ってるよ!」
「い、今すぐ行くから!」
妹の言葉で我に返ったハルナは急いで制服姿に着替えた。鏡越しに自分の姿を見てみる。初めて着るわけではないけれど、やはり今日は特別。制服に身を包むだけで幸福だった。
髪を乾かして、すぐに居間へと急ぐ。アキナの言う通り母も父アキツグも食卓の前に座っていた。アキナが黄色いポニーテールを揺らしながら怒る。
「もう、遅いよお姉ちゃん! どうせまた制服に見惚れてたんでしょ!」
「あ、あはは、正解……でも、やっぱり可愛いでしょ!」
そう言って、ハルナはその場で一回りして見せた。肩上辺りで揃えた桃髪が優しく揺れ、スカートがふわりと持ちあがる。
「そうねえ、本当に可愛いわ。ねぇお父さん」
「……」
ハルリアに声をかけられるも、アキツグは答えない。腕を組み、そしいて白目を剥きかけていた。その様子にハルリアはため息をつく。
「ハルナ、ご飯食べる前にお父さん気絶しちゃうから、ほどほどにしなさい」
「あ、はぁい」
席に着くハルナ。残念ながらハルリアの言葉通りアキツグは既に気を失っていた。娘の可愛さに精神を保てなかったのである。
「それじゃ……いただきます!」
アキナの号令で、ハルナ達も手を合わせた後ご飯を食べ始める。最初見た時から思っていたことだが、今日は朝ごはんだと言うのに非常に品数が多く、いつもより豪勢だった。
理由は聞かなくとも分かる。ハルナが今日からこの村を離れてしまうからだろう。
朝は食が細い方だが、今日が最後だと思うと不思議と食欲もわいてくる。
母の手料理に舌鼓を打ちながら言葉をかける。
「ごめんね、お母さん。ただでさえ今日はいつもより朝早いのに」
「気にしないで。むしろ、当分ハルナに食べてもらえないと思ったら寂しくていっぱい作っちゃった。無理しないでいいからね」
「お姉ちゃん、寮生活本当にできるの?」
アキナが少し呆れるように言ってくるが、そこは安心してほしい。
「もちろん! お母さんにレシピ教えてもらったし、ちゃんと整理整頓も早寝早起きもできるもん!」
「そうねぇ、それに関してはアキナより心配していないわ」
「え、なんで!?」
「だってあなた、起こさないと起きないでしょ?」
「ぐぬぬ……」
反論できないとアキナが悔しそうにしながら箸を伸ばす。その様子にハルナもハルリアも笑っていた。
今日から通う魔法騎士学園は基本的に全寮制。だから、長期休み以外は実家に帰ってくることはない。
「……アキナが言いたいのは、何もそこじゃないんだろう」
「あれ、いつ復活を……」
声の先、いつの間にか回復していたアキツグが、ハルナを心配そうに見つめていた。
「ハルナがしっかりしているのは分かってるよ」
「……」
「……だが、ハルナが通う学園に――平民出はいないだろ?」
アキツグの一言で食卓の空気が変わった気がした。アキナもハルリアも意識して触れなかったことに、父は触れた。ハルナも箸をおいて父へと姿勢を向けた。
「別に貴族と平民の関係が悪いわけじゃない。貴族にしかできないことがあり、平民にしかできないことがある。両者は持ちつ持たれつ。そうやって世界は回っているからな」
例えば貴族は経済の流れをある程度管理できるが、その経済に回す物を作るのは平民である。言わば平民は労働力を提供し、代わりに貴族は資金を提供している形だ。もちろん、資金提供とは言うが貴族が不利益を被ることはなく、持ちつ持たれつと言えど貴族の方が階級的にも上であることは間違いない。だが、貴族も平民もそれぞれの存在に助けられているのは間違いなかった。
「だが、騎士はそれこそ貴族にしかできないことの一つだ。ハルナも知っているだろ?」
「……」
騎士。世を救い、世の悪を裁くことのできる者。騎士は法に則って悪人を捕まえることができる。どの国にも必ず騎士は多く存在しており、貴族の職業の一つと言える。
この世界は騎士の存在によって平和が保たれているが、その全てが貴族なのである。
何故騎士になれるのは貴族だけなのか。
アキツグが辛いこと承知で言う。
「貴族と平民じゃ、そもそも扱える魔力量が違うんだ」
世界には魔力が満ちている。視覚で捉えることはできないが、あちこちに魔力が漂っている。人々はその魔力を操ることで《魔法》を使うが、その操れる量が貴族と平民で違うのである。
それが血脈による者なのか、あるいは別の要因なのかはまだ明らかになっていない。
しかし、必ず貴族と平民には力量差がある。それだけは事実であった。
守る力は圧倒的に貴族の方が持っているからこそ、騎士は貴族の職業なのである。
「それでも、ハルナは騎士になるのか?」
「なりますっ」
ハルナは即答した。迷いなく、覚悟を決めてはっきりとアキツグへ告げた。
この問答は今日に限らず度々アキツグとしてきたことだ。時にはハルリアとも、アキナとも話してきた事柄だった。
三人とも自分を心配して言ってくれているのは良く分かる。きっと貴族しかいない学園で過ごすというのは、想像以上に大変なのだと自分でも思う。
けれど、これだけは譲れない。
ハルナが胸の辺りに手を当て、制服の中に仕舞っている大切なものに触れる。首から下げているそれに制服越しに触れるだけで、勇気が出てくる。
これが決意の証であり、約束の証だ。
「ずっと、ずっと騎士になることが私の夢だから」
「……」
ハルナの真っすぐな瞳を見つめ返すアキツグ。だが、やがて観念したように溜息をつくと、席を立って自室へ入ってしまった。
ハルナは少し心配したようにハルリアを見たが、安心させるようにハルリアは微笑んだ。
それほど待たずして、アキツグが姿を見せる。
その手には刀を携えていた。
「ちょ、お父さん!?」
アキナが動揺したように席を立つが、ハルナは身体の向きを変えて父と対峙した。席に座るハルナを見下ろすようにして立つアキツグ。
「……分かっているんだ。ハルナが折れないってことは。現に、ハルナは実力で魔法騎士学園へ入学した。筆記も実技も通過して、入学する資格を手に入れてきた。……それだけの努力をしてきたことは俺達が一番知っている。誇らしいよ、父親として」
「お父さん……」
「だが、それでも心配なんだ。娘が行こうとしている道は、たとえ夢だとしても茨の道だ。どんな未来が待っているか、大人の俺にだって想像できない。想像できないからこそ、怖いし、本当は行かせたくない」
アキツグが顔を歪ませる。本当に心配してくれているのが伝わってきて、言葉を挟むことができない。アキツグもまた、言葉を詰まらせていた。言いたいことは無限にあって、無限に終わらないのだと思う。
その言葉達を全て飲み込んで、アキツグは膝をつく。
そして、手に持っていた刀をハルナへと差し出した。
「だからせめて、この刀を持って行ってくれ。俺の魂を込めた。娘を傍で守り続けてほしいと願って作った。どうか、俺の魂も連れて行ってくれ」
「これ……」
父は鍛冶屋だった。だから、鉄を打つことに何の違和感もなく、最近も夜遅くまで仕上げていたのは知っている。
だが、まさか自分の為に作ってくれていたとは知らなかった。
刀を受け取る。両手にのしかかるその重量感にアキツグの想いが込められているような気がした。
それは打ち刀だった。制服とのバランスを考えてくれたのか柄は赤く、鍔は花の形。鞘は黒の下地に赤と白の装飾が施されており、ハルナの髪と同じ淡い桃色の紐が巻かれている。
「……抜いてみても、いい?」
ハルナの問いに、アキツグは無言で頷く。
抜いてみると、食卓の光すらも神々しく反射する美しい刃が姿を現した。逆丁子が刃先に向かって伸びており、刀身が全体的に薄っすらと紅色だった。峰は赤黒く、刃は白にほんの僅かに赤が差したよう。
ハルナの為を想って作ってくれたのだと分かる、美しい打ち刀だった。
「本当は使う時が来ないに越したことはないんだが、もしもの時にハルナを守れる武器が必要だろう。ハルナが毎日木刀で素振りしていたのは知っているから、それに似た形にしてみた。軽いと壊れやすいが、重すぎてもハルナの動きの邪魔をしてしまうだろうから、その間を狙ってみたんだが――ってハルナ!?」
一応と解説していたアキツグが見た時、ハルナはぽろぽろと涙を零していた。早速もらった刀身に彼女の涙が落ちる。
「……私も、本当は不安だったの」
騎士になることが夢だから、当然退く気はない。でも、不安がないわけでも、怖くないわけでもなかった。
何より、ずっと一緒だった家族と離れるのが悲しかった。
「でも、傍に居てくれるって分かったから、もう大丈夫!」
「ハルナ……」
「ありがとう、お父さん……!」
刀を納め、そのまま父へギュッと抱きつく。これからの分を溜めるように、力強く抱きしめ続ける。すぐに父も抱きしめ返してくれた。その温もりが心に触れて、余計に涙が溢れてきた気がした。
どれだけそうしていたか、やがて離れたハルナの瞳に映ったのは、幸せそうに微笑みながら気を失っている父親の姿だった。
愛してくれているのは分かるけれど、恰好のつかない父に苦笑せざるを得なかった。
「ハルナ」
呼ばれて振り向くと、ハルリアが傍に来ていた。その手には黒い刀袋。その端に淡い桜の花が描かれていた。
「これは私から。お父さんが刀を渡すって言ってたから、作っておいたの」
「お母さん……!」
母とも抱擁を交わす。ハルリアも目尻に涙を溜めていた。
「ちゃんとご飯食べるのよ」
「うん」
「手紙も書いてね」
「うんっ」
「ずっとこの家があなたの居場所であり続けるわ。だから、ちゃんと帰ってくるのよ」
「うんっ……!」
名残惜しくもハルリアと離れ、最後に愛しの妹の元へ視線を向ける。そこで、アキナは既に涙目だった。瞳を潤ませて輪郭を曖昧にしながら、それでも想いを伝えようと掌を差し出してくる。
そこには髪ゴムが乗せられていた。黒い輪に赤が基調のリボンが付けられている。
「お、お姉ちゃん動くとき、いっつも髪結んでるから、だから、あったら便利、かなって……」
「ありがとう! アキナ、大好きだよ」
差し出された掌をギュッと握りしめ、そのまま強く抱きしめる。アキナも決して涙は零すまいと我慢していたようだが、すぐに決壊してしまった。
強く抱きしめ返しながら、アキナがわんわん泣き始める。
「お姉ちゃあああん、行かないでえええ!」
「ごめんね、アキナ。寂しい思いさせちゃうね……」
「うわああああああああん!!」
背中を優しくさすりながら、ハルナも涙を零す。少女の真っすぐな想いを聞いて、声を聞いて泣かずにはいられなかった。
アキナが落ち着くまで背中をさすり、抱きしめ続ける。制服は早速妹の涙で濡れてしまった。今日まで汚れないように大切に保管していたというのに全然気にならなかった。
早速アキナに貰った髪ゴムで縛ってみる。横髪を少し残しながら首が見えるくらいの高さで束ねて赤いリボンの位置を調整する。
「ねえ、どう!」
「うん、最高に可愛いぞ、お姉ちゃん!」
「お母さんも?」
「もちろんよ。これは男の子たちが放っておかないわね」
「何だと!?」
気絶していたはずの父親が凄い勢いで起きたのを見て、親子で笑い合う。そして、そう言えばまだご飯の続きだったと慌てて座って朝ごはんを再開。
刀に刀袋、それに髪ゴム。
貰えると思っていなかったから、本当に嬉しい。
道への旅立ちとして、これ程までに最高な始まりはないだろう。
「私、すっごい頑張ってくるから!」
食べていたご飯を飲み込んでから宣言するように、ハルナが元気に言う。その様子に家族は微笑んでくれて。
この家に生まれて良かった。
行ってきます。
そうして、ハルナは家族での団欒を噛みしめるように味わうのだった。
※※※※※
ガラガラ、ガラガラガラと音を立てて馬車が街道を進んで行く。
「……」
馬車に揺られながら、街道の景色に目を奪われる。別に生まれ育ったタタルム村から一歩も出たことがないわけではないが、それでも故郷を離れる回数は多くない。春だからだろう、花畑の上には蝶々の姿も見え、涼しくも心地よい風が髪を揺らす。四季折々の顔を見せてくれる風景にハルナの心は高揚していた。
「――それにしても、あのハルナちゃんが遂に騎士学校へ通うようになるとはねぇ、何だか感慨深いものがあるなぁ」
「ありがとうございます、スミスおじさん」
風景に向けていた視線を前へと戻す。手綱を握りながら、嬉しそうに声をかけてくれたのは顔馴染みのスミス。行商で街から街へと行き来しながら、物の売買や配達を行っていて、たまにタタルム村にも来てくれるのである。仕事柄、荷馬車の中はさまざまな商品でごった返しており、その内の木箱の一つにハルナは座っていた。
その傍らには少し大きめのバッグ。大体の荷物は事前に送っているため、大した荷物は持っていない。そして、両親からもらった大切な刀と袋が立てかけてある。
遺伝なのか歳なのか、すっかり禿げてしまった頭頂部を叩きながらスミスは言葉を続ける。
「昔っから言ってたもんなぁ、騎士になりたいってよ! よく夢を叶えたもんだ!」
「まだ騎士になったわけではないですけどね……でも、ようやくスタートラインです!」
「制服も可愛いしな!」
「はいっ」
改めてハルナは自分の来ている制服に目を落とした。白が眩しい制服。それに外套として上半身を隠すような白色のフード付きポンチョも各生徒に与えられていた。制服同様に赤系統の色で装飾されていて、これまた可愛い。男性用とは制服の仕様があちこち違うようだが、女性用は前部を赤い紐で蝶々結びにすることで留めていた。
「ところで、朝早く乗ってもらったはいいが、御覧の通りもう少しで夕暮れ時だ。こんな調子で間に合うのか?」
スミスはタタルム村で一泊した後、朝早くにハルナを乗せて出発した。それでも目当ての土地へはほぼ丸一日かかってしまう。ちなみに昼食はハルリアのお手製お弁当を二人揃っていただいた。
ハルナが頷く。
「はい! 入学式は明後日からなので、急がなくても大丈夫です! 入寮も今日か明日中に出来れば問題ないそうなので!」
「そうかぁ……じゃあ何でもう制服着てるんだ? 別に着なきゃいけないわけじゃないだろう?」
「それは……来ていた方が受付の人に新入生だと伝えやすいですし、それに……」
「それに?」
「……だって、早く着たかったんですもん」
少し恥ずかしいのか縮こまるようにして、ハルナがぼそっと言う。はしゃいでいたのを窘められているかのようだ。
彼女の様子にスミスが豪快に笑う。
「あっはっはっは! 別にいいじゃねえか、それくらい! そりゃ着てぇよな!」
「うぅ~……」
少しずつ陽が落ちてきて、青から橙へと色を変えていく世界。それでもハルナの顔の赤さを隠すにはまだ色合いが足りなかった。
「なら、早く着いてやらねえとな! さぁもう少し頑張ってくれよぉ!」
スミスの言葉を理解しているのか、荷馬車を牽く馬が嘶く。
「あと少しで見えてくるはずだ! マハドマ大陸最大の騎士国家ディアルタルカ王国が!」
ディアルタルカ王国。
ある意味ハルナにとって始まりの地であり、そしてこれから始まる地でもあった。
※※※※※
ディアルタルカ王国は先に述べたように最大規模の騎士国家である。魔法騎士学園自体は、ディアルタルカ王国以外の他国に多く存在しているが、《騎士》という立場に何よりも重きを置いている、という点でディアルタルカ王国の右に出る国はない。
騎士とは、貴族達にとっての職業の一つでしかない。騎士以外にも貴族達が選ぶことのできる職業は多く、実際のところ騎士は常に危険と隣り合わせであるという点から選ばない貴族も少なくなかった。
しかし、ディアルタルカ王国における若者貴族の騎士志願率は驚異の73%である。無論、志願した全員が騎士になるわけではないが、その数字は半数も超えない他国と比べても恐るべきものだった。
そこまで志願率が高いのは何故か。決して他の職業と比べて優遇されているわけではない(危険性から多少は良い扱いであるものの)。
死亡率も他より高いことを承知で、それでも志願する多くの者が口を揃えて言う。
あのお方のお姿に憧れない者はいないだろう。
ディアルタルカ王国にある魔法騎士学園《ローディナス》は倍率も高く、年々不合格となる貴族も多々いる。だが他の学園ではなく、若くして一浪二浪を決意してまで若者達はこの国の騎士学校に入ろうとするのだ。
それ程盲目的に、彼ら彼女らは憧れて止まない者がいるのだった。
かく言うハルナも、その一人である。
「ありがとうございました!」
通ってきた道とは別の方向へ向かっていくスミスへと手を振る。どうやらディアルタルカ王国にはただ寄ってくれただけで、用があるのは他の土地だったようだ。わざわざハルナの為にディアルタルカ王国を経由してくれたのかもしれない。
スミスの荷馬車が見えなくなるまで街道を見つめる。すっかり陽も落ちてしまい、夜空に月が見え始めていた。だが、生憎星空は目に映らない。
なぜなら、目の前に広がる広大な国が煌びやかに明かりを灯しているからだろう。
「いらっしゃい、いらっしゃいっ! 今ではこの魔導掃除機がなんと――」
「ねぇ、早く次のお店行こうよっ」
「早く帰って娘に会わねえと……!」
「それでは一曲聞いてください、『黄昏の鎮魂歌』」
「……!」
大門を抜けて国内に入ったハルナを待っていたのは、遅い時間帯でなお活気づいた街並み、そして国民だった。大通りは人でごった返し、あちこちの露店から客を招く声が響き渡る。この人の多さに驚いてしまいそうだが、多くの家屋に明かりが灯っているところを見るに、既に帰宅した国民達も多そうだ。昼の時間帯や夕暮れ時はもっと混んでいることだろう。
そして、その人混みの中に見える白い甲冑を着た者達。揺れるマントの裏地は青く、より甲冑の白さを強調している。
そう、騎士である。
騎士は常に二人で行動しており、露店の商人たちと楽しそうに話しながらも街を巡回していく。国民の誰もが、騎士の存在に安心感を抱き、より一層この時間を楽しく過ごすことができていた。
変わらない、ハルナの知っている光景だった。
来たんだ、ディアルタルカ王国に……!
これからこの国で生活していくことになるのだ。タタルム村での暮らしも凄く好きだったけれど、あの村にはなかったものがこの国にはたくさんある。
込み上げてくる興奮を抑えるように拳を握りしめ、ハルナは栄えある第一歩を踏み出した。
……早速迷子になった。
「あれ、お、おかしいな……」
これでもディアルタルカ王国には何度か訪れたことがあるし、ローディナス魔法騎士学園にも毎回訪れていた。だから道も分かるし何も問題はない、と思っていたのだが。
人波に抗うのもあれだし、久しぶりで街中を見て回りたいからと最初は敢えて遠回りしていたのだが、そうこうしている内に方向感覚が狂ってしまい、気付けばあんなに多かった人だかりが鳴りを潜め、人っ子一人いない。
明るかった大通りから一転、窓から差し込む光しかない袋小路にハルナは佇んでいた。
目の前に高くそびえる家屋の壁に首を傾げるも、まぁ迷ってしまったものは仕方がない。
来た道を引き返そうと振り向いたハルナへ。
「何だ、本当に迷子だったのか」
「っ!?」
真正面から声がかけられた。袋小路の唯一の出口を塞ぐように、何者かが立っている。光がなく詳しくは分からないが、その影から大人というよりは青少年辺りに見える。
一瞬肩から下げている刀袋へ手を伸ばそうとしたが、声に敵意も不快感も感じなかったので、ぎりぎりで何とか堪える。しかしその姿勢で止まったせいで、臨戦態勢に見えなくもない。
相手もそう感じたのか、慌てたように手で制止を促してきた。
「ま、待て! 別に怪しい者じゃない!」
「じゃあ……ストーカー?」
「だから違うって!」
ふと、小さな炎が彼の手に生み出され、袋小路に光が差す。
そこに青年がいた。ハルナよりも背は高そうだが、歳は大して変わらなそう。端正な顔立ちをした彼は私服に身を包んでいて、黒いTシャツの上に白いパーカーを着ていた。寝ぐせなのか元々なのか、あちこち跳ねた黒髪はどこか少し青がかっている。
「お前、ローディナスの新入生だろ」
「な、何で分かったんですか!? や、やっぱりストー――」
「だから違えって! その制服見たら分かるだろ!」
言われて自分の制服姿を見てみる。
「あのなぁ、旅行用みたいなバッグにうちの制服着てたら、国外から来た入学もしくは編入生しかいないだろ。第一、基本的に寮生はもう少しで門限なんだよ。こんなところでふらふらなんてしてない」
「そ、そう言えばそうやって書いてあったような……」
昨日までに入学案内には全て暗記できるくらい目を通していた。その中に門限についても書いてあったが……。
「って、時間!?」
腕時計に慌てて目を通す。可愛らしい白色のベルトの中心で時を刻むそれは、確かにその門限とやらへのタイムリミットを刻々と表していた。
「ど、どうしよう、門限過ぎたらきっと入寮も許してくれない、よね。ってなったら宿を探さないと……でもでも――」
今度はハルナが慌てる番だった。つい街並みに興奮して時間を忘れてしまっていた。入学式自体は明後日だが、問題は宿に泊まるお金がないこと。……正確には多少両親から持たされたが、今すぐ使いたくはなかった。ただでさえ入学には多額の費用が必要で、両親にも無理して工面してもらって金銭的にもどうにかなった。その上渡されたこのお金を、今すぐここで使ってもいいものなのだろうか。
……悩んでいる暇はない!
ハルナはずんずんと青年へ近づいていき、その手を両手で取った。近づいて改めて分かったことだが、整った顔立ちではあるが、少し大きな瞳が幼げに揺れていた。切れ長の睫毛の中で動揺する青と灰色が入り混じったような色の瞳。どこか大人っぽいのに、子供っぽいような瞳。
「す、すみません! あって早々お願いすることでもないんですが、わ、私を学園まで急ぎエスコートしていただけませんか!」
懇願するように言葉を向ける。ワインレッドの大きな瞳に、彼の慌てぶりが映っていた。
「お、おまえさっきはストーカー扱いしてたのに――」
「でも、ストーカーじゃないんですよね!」
「ま、まぁそりゃあそうだけど……ていうか、手――」
「お願いできませんか! 人助けだと思って! 必ず借りは返しますから!!」
捲くし立てるハルナ。その勢いに、青年は断ることは不可能だと悟っていた。
「わ、わかったわかった! わかったから、ちょっと近いんだよ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい……!」
言われてみると、確かに青年へと詰めてしまっていた。慌てたせいで距離感を間違えてしまったらしい。手を離して少し後ろへと退く。
「……お前結構強引なのな」
「じょ、状況が状況なもので……」
「まぁいいや。仕方ねえ、なっ」
青年が指をパチンと鳴らす。すると、明かり代わりだった炎が消えると共に、青年の身体がふわりと宙に浮いた。
いや、青年だけではない。ハルナの身体もだ。荷物ごと宙に浮き始めている。
「え、わっ」
ふわりと靡くスカートを慌てて上から押さえる。そんなつもりじゃなかったのだろう、青年は少しそっぽを向いていた。
二人の身体はそのまま家屋の屋根にまで運ばれていく。
「回り道なんかより、直線で走った方が早く着くだろ」
そう言って青年が屋根を駆ける。すると、魔法で強化されているのか速く、且つ跳躍力も向上していた。家屋の屋根から屋根へと飛び移って見せている。
「ほら、どうした! 門限に間に合わないぞ!」
「えっ、えと――」
「同じ魔法をお前にも付与してるんだ!」
「あ!」
自分の身体を見つめてみる。言われてみれば、うっすらと風が身を包んでいた。
「……よし!」
意を決して、ハルナも屋根の上を駆け始める。青年の言う通り身体が軽くなっており、速度も跳躍力も確かに向上していた。まるで風そのものになったみたいで、夜の街をふわりと越えていく。
ハルナが追いついてきたのを見て、青年が頷いた。
「へえ、流石騎士学校の新入生。良い身体の身のこなしだな!」
「あ、ありがとうございます! そちらも、素敵な魔法をありがとうございます!」
「どういたしまして!」
青年のすぐ後ろについて、夜の空を羽ばたくように駆ける。ディアルタルカ王国に訪れた初日からどうなるものかと思っていたが、良い出会いをしたものだ。キラキラ光る街の上を走る様は、まるで天の川を駆けているみたい。
上から見下ろす美しい夜の街並み。きっとこの光景を忘れることはない。
「私、ハルナ・ミューテリスと言います! 明後日からローディナスの新入生です!」
「俺はナツキ! よろしくな、ハルナ!」
「はい!」
段々と坂の上へと駆けていく二人。確かに魔法騎士学園は坂の上にあったなとハルナは思い出す。迷子になった、というより興奮していて忘れていただけなのかもしれない。
屋根の上へと飛び上がりながら、ハルナは尋ねてみる。
「でも、どうしてナツキさんはあんなところにいたんですか?」
「どうしてって……わざわざ休日に制服でうろつく奴なんて気になるだろ。それに、すんごい楽しそうに周囲を見てるのはいいが、だんだんと学園から離れていくと来た。さっきも言ったように、姿から察するに学園に用があるのは間違いないのに、な」
「……」
「運悪く騎士たちの巡回にも被らないし、だんだん人気のいないところまで行くし。迷子か悪事を企んだ何者か、って感じだったな」
「ご、ご心配をおかけしました……」
「まぁいいさ、俺もちょうど寮に戻るつもりだったからな」
巨大な国をナツキの魔法で横断していく。坂の上にまで辿り着くと、ようやく魔法騎士学園《ローディナス》が見えてくる。家屋が並んでいたのに、そこを更地にしたかのように、途端に大きな敷地が姿を現した。
ディアルタルカ王国には城が二つあると言われている。一つは王族ディアルタルカが住んでいる王城ゼアルム。そして、もう一つは魔法騎士学園の学び舎であった。城のように作られている学舎は王城に劣らないほどの煌びやかさだった。あちこちの窓ガラスがステンドグラスになっていて、尖塔がいくか見える。学者から少し離れたところには大きな建物。確か、あそこが寮だったはず。グラウンドも見えるし、その他学者から続く渡り通路の先に大きな体育館も見えた。
まさに至れり尽くせり。ただの学園とは思えないほど施設は充実しているようである。
「……てことは、やっぱりナツキさんも学園の生徒なんですか?」
「ん、ああ。ハルナと同じ、明後日から入学する、な」
「あ、同い歳だったんですね!」
「そういうこと。……ところで、どうしてハルナはわざわざこの学園に来たんだ? この国出身じゃないんだろ?」
「あー、えーっと……」
ナツキの問いに、ハルナは言葉を詰まらせた。
自分は平民出身だと伝えて、ナツキの態度が変わってしまうかもしれない。折角良い思い出で終われそうなのに、それが少し怖かった。
「……私、実はタタルム村っていう領土の端から来たんです」
「領土の端って……じゃあハルナは――」
「……」
それでも嘘は言えなかった。育ってきた半生に、支えてくれた家族に、過ごしてきた故郷に嘘はつきたくなかった。
平民として生まれて後悔したことなど、一度もないのだから。
ナツキの背を見る。言葉なく夜空を駆ける彼が何を考えているのか分からない。何だか胃がキリキリしてきたかもしれない。
「……頑張ったな」
「え?」
でも、ナツキがかけてきた言葉は想像以上に温かかった。
振り向くことなくナツキは言葉を続ける。
「平民という生まれでローディナスに入学なんて前代未聞だ。それを成すだけの努力をしてきたんだろ」
「ナツキさん……」
「俺は……凄いと思う。同い歳にそういう奴がいるって誇らしいよ。――俺も……」
目の前を走るナツキの手が強く握りしめられていた。彼にも何か事情があるのだろうか。その掌に何も込められていないようには見えなかった。
そのせいだろう、先程まで追っていた背に何かが背負わされているように見えて。
「ありがとうございます!」
意識的にも、それでいて無意識的にも明るい声で感謝を述べた。
嬉しかった。平民だと分かっても変わらず接してくれることが、凄いと言ってくれることが。
「不安だったんです。期待と同じくらい怖かったんです……でも、ナツキさんが払拭してくれました! だから、ありがとう!」
「……おう!」
駆けながら一度振り向いて、ナツキがニッと笑う。
多くを伝えなくても、きっとナツキはこちらの不安を理解してくれた気がする。
「それにしても、噂の新入生がまさかハルナだったとはな!」
「え、噂のって……?」
いつの間にか魔法騎士学園《ローディナス》に到着していた。長いようで短かった屋根上移動も終わり。久々に大地に足をつける。ここは噴水広場のようで、その前にローディナスは広がっていた。
「そりゃ噂になるさ。言ったろ、前代未聞だって。平民が入学するなんて、それだけで話のネタだよ」
ナツキの言葉に呆然とする。
「わ、私……もしかしてもう有名人、ですか?」
「ああ、良くも悪くもな。けど、あんま心配すんな。否定的な言葉もあるだろうが、そればっかりじゃないさ」
ローディナスの敷地へと続く正門。敷地を壁が囲んでいて、屋根上を移動していた時とは違い、今では中身が見えない。
「ようこそ、ハルナ! ローディナスへ!」
少し芝居がかった様子でナツキがハルナへ振り向く。同時に正門が開き、ハルナの夢への道も開かれる。
魔法騎士学園《ローディナス》。
ハルナの学園生活が今始まる。
※※※※※
何とか時間内には間に合ったようで、正門にいた番兵に事情を伝えると寮側に先に連絡を取ってくれた。このまま寮へ行けば無事登録を済ませられるとのこと。
番兵にお礼を言い、ナツキと連れ立って寮へと向かう。正門から道は二手に分かれていて、一つは城の見た目で豪華絢爛な学舎へ、そしてもう片方は寮へと続いていた。
辿り着いてみると、改めて寮の大きさに驚いてしまう。学舎に負けず劣らずの高さで、パッと見てみても十階建ては超えていそう。それだけの人数が《ローディナス》に通っているということだろう。
勇気を出して寮の扉を開けると、一階はエントランスホールとなっていた。くつろげるようなスペースもあり、実際に恐らく生徒なのであろう私服の若者たちが羽目を外していた。
ナツキが言うように、わざわざ制服を着てくるというのはどこか不思議なことのようで、入って早速好奇の眼差しがハルナへ向けられていた。スミスもわざわざ今日から着なくてもいいんじゃないかと言っていたが、なるほど確かに着なくても良かったのかもしれない。
でも、着たかったんです!
今更考えてもどうしようもないので、気にしないようにしながら最奥にある受付へ。ナツキも手続きまでは一緒にいてくれるようだった。
「こんばんは、入寮の手続きですね」
「あ、そうです」
受付の女性に、何も言っていないのに入寮の手続きと言われてしまう。誰がどう見ても最早そうなのだろう。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「えっと、ハルナ・ミューテリスです!」
「……!」
ハルナが名前を告げると、受付の女性は驚いたようにハルナを見た。
「じゃあ、あなたが噂の……」
噂、というのは貴族が通う魔法騎士学園に平民が入学する、という話だろう。ナツキからも事前に聞いているので驚きはしないが、やはり噂が回っているのだなと実感する。
一瞬驚きはしていたものの、変わらずすぐに手続きをしてくれる。案外難しいことは必要なく、名前などの必要事項を記入するだけで良かった。
「それでは、こちらが部屋の鍵になります」
そう言って渡されたのは一枚のカード。赤を基調とした模様が描かれていて、中心に「1107」と書かれていた。その番号が自分の部屋なのだと思う。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、受付の女性が小さく手招きするので顔を寄せる。すると、小声で受付の女性が優しく言った。
「頑張ってね、大変なこともあると思うけれど、私は応援してる。いつでも相談に乗るからね」
「えっ」
今度はこちらが驚く番で、思わず顔を見つめる。受付の女性はこちらへウィンクしてきていた。
「ここの受付、それに食事の準備や掃除など、その他の仕事は平民の人達がしてくれているんだ。学園の運営に平民の人達は協力してくれてるんだよ」
声が聞こえていたのか、ナツキが後ろから補足を入れてくれる。なるほど、つまり受付の女性も平民なのか。
「頑張ってね、私達の希望!」
き、希望って……。
何を指して言っているのか分からないけれど、兎にも角にも応援してくれているらしい。ナツキに続いて、これ程嬉しいことはなかった。
「はい!」
元気に答えて受付を後にする。男子寮と女子寮は左右で違うらしく、女子寮は左だったのでナツキとも別れた。別れる際に改めて今日の礼を告げると、ナツキは気にするなと笑って去っていった。
一階は基本的にお風呂や洗濯などがメインで、実際の部屋は二階かららしい。部屋番号は「1107」なので恐らく十一階だろう。階段とエレベーターがあったが、折角始めてきたのだ。階段をのぼりながら各階の様子を見て回ることにした。
パッと見た感じではあるが、階が上に行くほど年齢も下がっている気がした。上級生であればあるほど下で、対して下級生は上の階なのだと思う。
何とか階段を上り十一階まで到着する。先程までは廊下にも人の姿があったが、このフロアには人の姿が見当たらない。たぶん自分と同じく新入生ばかりなのだろう。慣れない寮で、見知らぬ人ばかりの場所でわざわざ廊下に出ることはないのかもしれない。
「えーっと、私は1107だから……」
人気のない廊下を歩きながら、左右にある扉の番号を調べる。思ったよりもすぐに自分の部屋は見つかった。
「ふー……よしっ」
意を決して、鍵となる赤いカードをドアノブの上にある黒い場所に当てる。すると電子音と共に開錠された。
なぜここまで緊張した面持ちでいるかというと、実はこの寮、一部屋に二人の生徒が割り当てられるのである。
つまり、ハルナにもルームメイトがいるということだった。
当然、ルームメイトも貴族だ。ナツキは優しくしてくれたけれど、もしかするとルームメイトは平民を毛嫌いしている可能性だってある。
これから毎日の寝泊まりを共にする相手。緊張しても仕方がないだろう。
「こ、こんばんは~……」
扉を開けながら恐る恐る声をかける。開けると玄関で、その先に通路が伸びている。更にその先が少し開けているので机やベッドはそちらにあるのだろう。
扉を閉めて、玄関で靴を脱ぐ。声をかけてから既に時間が経過しているが、まだ言葉は返って来なかった。
もしかすると、明日入寮する生徒なのかもしれない。流石に部屋にいるのに無視してくるような癖の強い人ではない……はず。
つまりはまだ自分一人なのだろうと、ハルナは少し安堵した様子で一歩踏み出した。
「っ!?」
その瞬間に感じる確かな気配。
誰か、いる。
通路の先、その右の曲がり角に誰かいる。一瞬気のせいかと思ったが、何度集中しても結果は変わらない。
挨拶を返してくれない誰かが、部屋の中にいる。そう言えば、入った時から部屋の明かりは点いていた。それなのに靴は見当たらなかった。
……もしかして、不審者?
先程の考えからルームメイトが挨拶を無視するとは考えにくい。ということは、何か疚しいことがあるせいで挨拶を返せない人、ということ。それにわざわざ曲がり角で待っているということは、こちらを襲おうとしている可能性もある。
「……」
ゆっくりと荷物を下ろし、母の作ってくれた刀袋から刀を取り出す。赤い柄、花形の鍔に赤と白の混じった鞘。父親が作ってくれた大切な刀を左腰に携える。
狭い通路をゆっくりと進みながら、鍔を左手の親指で軽く押し、いつでも抜刀できるように構える。
一歩踏み出すごとに床の板が少し軋む。まだ向こうは曲がり角から動くつもりはないらしい。なら、タイミングはこちらで決めさせてもらおう。
「――っ」
ダンっと強く床を踏み一気に通路を抜ける。そのまま右に向かって身体を捻った。
「《刹月華(せつげっか)――》」
素早く抜刀し、目の前の不審者へと叩きつける。
「《――雪し……》」
「ばああああああ――ってぎゃああああああああ!?」
開けた視界に映るは少女の驚いた顔だった。両手を前にして飛び掛かるような真似をしているようで、こちらを驚かせようとしたのが伝わってくるが、ハルナの持つ刀を見て返って叫んでいた。
「わわっ」
咄嗟にほぼ抜きかけていた刀を止める。同時に少女は驚きと共に尻餅をついていた。少女は小柄で、それは可愛らしい部屋着を着ていた。ボーダーもこもこのパーカーに、同系統のショートパンツ。アキナも似たような部屋着、というか寝着を持っていた。
アキナと違うのは、燃えるような赤髪であること。腰より下に届くくらい髪は長く、シュシュで二つにまとめていた。
「……」
お互い驚いたように見つめ合う。
「こ、こんばんは……」
「う、うん、こんばんは……」
改めて告げた挨拶にようやく返事が返ってくる。
これがルームメイト、ミカ・リーエスとの出会いだった。
※※※※※
寮の部屋内はさほど大きいわけではない。見えていたが通路の先には勉強机が二つ並んでおり、その背後には二段ベッドが置いてあった。間の窓の下には箪笥があり、その正面には背の低いテーブルが。床には淡い薄紅色の絨毯が引いてある。
ハルナとミカは、テーブルに向かい合って座っていた。
胡坐をかきながらミカが苦笑する。
「たははー、ごめんごめん! ちょっと驚かせるつもりだったんだけど、いらん心配させたな!」
「い、いえこちらこそ。初対面で刀を向けてすみませんでした……」
対してハルナは正座の状態でミカへと頭を下げる。何という第一印象か。一緒に過ごすルームメイトに刀を振ろうとしたなんて、印象最悪じゃないか。
「いや、いいって! それこそ、こっちこそだって! 折角ルームメイトになる人だから、最初の距離感大事だなと思ったんだけど、失敗だったな!」
楽しそうに笑うミカ。いや、最初の距離感大事だと思って驚かせようとするという思考回路がよく分からないけれど。そのためにわざわざ靴も隠していたらしい。
とにかくミカは凄い元気なタイプのようだ。なんだか見た目も相まって妹を思い出すというか。背はアキナの方が高いけれど。
「私、ハルナ・ミューテリスです! これからよろしくお願いします!」
「あたしはミカ・リーエス! 同い歳なんだし、敬語なしで行こうぜ!」
「っ、うん!」
お互いに握手を交わす。ほんの少し一緒に過ごしていただけで分かる。どうやら最高のルームメイトに出会ってしまったらしい。
と思っていたが、重要なことをまだミカに伝えていないことを思い出した。
「あ、あのね、ミカ……」
「ん、どうした急に畏まって」
握手を終えたかと思うと急に委縮するように縮こまったハルナを見て、ミカが首を傾げる。
本当はもっといろんなことを話したいけれど、まず伝えるべきはこれだろう。
「わ、私平民なのっ!」
「おう、そうか」
ハルナの告白を、ミカは軽々と受け入れていた。あまりにリアクションがないものだから、むしろハルナの方が困惑してしまうくらいだ。
「いや、あの、えっと、だから、平民……」
「いや、分かったって。ハルナが平民出なんだろ? まぁ珍しいっちゃ珍しいが別に気にすることでもないだろ」
あっけらかんとした様子でミカが語る。何か変なこと言っているかと、またもや首を傾げている始末だ。
ナツキも確かに言っていた。
あんま心配すんな。否定的な言葉もあるだろうが、そればっかりじゃないさ。
ここは騎士を養成する学園。人々を救う、誰かを助ける、そんな志の人達が集まる場所。
平民だからと忌み嫌ってくるような、そんな人達がいるわけではなかった。
平民であるハルナ達が、勝手に被害妄想していただけに過ぎないのである。
「……ありが、とうっ」
「いや、え、何で泣いてんだ!?」
ミカの言う通り、ハルナは涙を流していた。これまでの勘違いに苦笑しながら、ナツキを始めとする今日出会った人たちの優しさを思い出して涙が出てしまったのである。
「なんでも、ない。これは嬉し泣きだから」
「いや待て! 何が嬉しかったのか分からん!」
ミカが慌てたように隣に回ってきて背中をさすってくれる。その優しさに余計に涙が溢れてしまいそうだ。
お父さん、お母さん、アキナ。
私達が思っていた以上に、きっと素敵な学園生活が待っているのだと思います。
だからどうか、心配しないで。
私、頑張れそうですっ!
人の命とはかくも儚きものなのか。
ひた、ひた、ひた。薄暗がりの中を裸足が進んでいく。洞窟内は整地されているとは言い難く、小石で凹凸が激しくなっているが、少女は痛みを感じることなく、紅い瞳を通路の先へ向けて歩いていた。
身を隠すのに最適な場所と言えば、やはり地下だろう。地上に出ない限り人間に会うことはなく、地下を探ろうとする突飛な人間も存在しないのだから。
それを分かっていて、入り口を魔法で見えなくしている自分自身に思わず苦笑してしまう。
《死なない身体》でありながら意外にも臆病で慎重な性格をしているのだと、何千年生きているのに初めて知った気分だった。
「……臆病にもなろうさ」
通路を抜け、広い空間に出る。通路とは違い、暗闇にいくらかの色が浮かんでいる。赤、青、緑。点滅しているものもあれば、光を放ち続けているものもある。
少女は何を一瞥するでもなく、目の前で眠る《彼女》だけを視界に収めていた。そして、指を鳴らして炎を生み出し広間を照らす。
宙にふよふよと漂う炎が、筒状のガラスの中で緑色の液体に浸された彼女の存在を明らかにする。自分で掘った洞窟内には家具一つなく、あるのは自分と彼女、そして彼女にとっての揺り籠、いや生命線とも言える機械の数々だけだった。
筒状のガラスからは太い管が何本も伸びており、隣にある同じ型の管に繋がっている。
「お主を失う訳にはいかぬのだ」
愛おしい彼女に触れようと手を伸ばしてもガラスが邪魔をする。忌々しいその存在を思わず割りたくなるが、それのお陰で《彼女は今まだ死んではいない》のだ。割ってしまえば、死なないと分かっていても自分を殺し続けたくなるだろう。
万が一が起こらないように、人に見つからない地下で、更に魔法によって秘匿しながらここにいる。
彼女を復活するためにここにいる。
そして今日、ようやく大願を果たす時が来た。
二つの筒の前にある機械を操作する。最終確認、調整を徹底的に行う。これで上手く行かなければ、自分も彼女も死んでしまう。
あってはならない、彼女の死だけは回避しなければならない。
問題がないことを確認し、纏っていた黒いローブを全て脱いで彼女の隣にある空いたガラスの中へと足を踏み入れる。そして魔力で機械を動かして閉じ、だんだんと緑色の液体で満たしていった。足元から冷たいドロッとした液体が絡みついてきて不愉快極まりないが、自分で配合した延命装置である。
身体を襲う不快感を堪えながら、最期に、と隣のガラスを見つめる。
緑の液体の中で、《彼女の首》だけが浮いていた。
胴体は存在しない。文字通りこの世にない。
首だけの存在だとなった彼女は眼を閉じて眠っていた。とてもではないが、生きているとは言い難く、眠るという形容がどれだけ正しいことか。だが、いずれ目を覚ますのだ。眠ると言っても構うまい。
「――ナ」
ガラスに手を添え愛しい彼女の名を呼ぶ。呼べる日はきっともう来ないだろうから。
気のせいだろう、応えるように彼女の髪が揺れた気がした。
「全く……このワシが、こんな最期を迎えるとはのぅ」
その様子に満足して、前を向き自分も目を閉じる。
これまで、何の為に《不死身》であるかをずっと考えてきた。一向に答えは出ず、答えなどありやしないと思っていたが。
ようやく答えに辿り着けそうだ。
「じゃが、一片の後悔もない。終わりよければ全て良しとはよく言ったものじゃ」
この命、この魂、この身体全てを捧げることで今。
もう一度彼女に生を。
「愛しているぞ、ハルナ」
全身が液体に満たされると共に、少女は意識を手放した。
第一章第一話
ブンッ、と空気を裂く音が何度も何度も響いていく。
木漏れ日を斬るように、木刀が素早く振るわれる。縦に、横に、斜めに。途中突きを入れながら、何度も何度も空を木刀は斬り続けた。
木刀を振る動きに合わせて、後ろで束ねられた桃色の髪が元気に揺れる。朝日が額から流れる汗を輝かせていた。
「947――968――981っ」
少女は朝の日課である素振りを何度も何度も続ける。時刻は早朝。昔は朝早く起きるのが苦手だったけれど、今では慣れたものだった。Tシャツにショートパンツという軽装に木刀というどこか変な組み合わせであるが、この服装での素振りもまた日課である。
「ハルナー! あと少しでご飯よー!」
木々の下で鍛えていた彼女を呼ぶ母親の声。
木々のすぐ横に建てられた二階建ての木造建築から、母ハルリアが元気に手を振っていた。その動作に合わせて母の長髪もまた元気そうに揺れる。
「――1000! 今行く!」
最後の一振りを終え、切り株に置いていたタオルを拾って汗を拭う。すぐにシャワー浴びないと、今日乗る予定の馬車に間に合わないかしれない。
馬車に乗って、それから――。
「~~~っ」
今後のことを考えると居ても立っても居られず、少女は木漏れ日を駆け抜け、笑顔で陽の下へと飛び出していく。
ハルナ・ミューテリス。
生まれ育った小さな村タタルムを出て、本日から魔法騎士学園へと通う十六歳である。
※※※※※
急いでシャワーを浴びて着替える。
「……」
着替える、のだが……。
ハルナは脱衣所で下着姿のまま、ずっと制服をうっとりした様子で見つめていた。
今日から通う魔法騎士学園の制服は上下ともに白を基調としていた。上着はところどころ赤く装飾されており、下は膝上くらいの純白スカート。折れ目一つないのは、これまでハルナが大切に大切に保管していたからである。そして、少し暗めのYシャツに赤、白、黒が交互に混じったネクタイが用意されていた。
まさに騎士の清廉潔白さを出しているようで、ハルナは制服の色合いが大変お気に入りであった。
今日からこれを着て魔法騎士学園へと通う。そう思うだけで小躍りしたくなる。実際にハルナは制服を見つめながら小躍りを踊っていた。
「えへ、えへへ、今日からなんだ、今日から……!」
小躍りに合わせて微かに胸が揺れる。少しずつ成長してきていることに加え、ただでさえ下着姿なのだ。世界の男子達が見たら卒倒するであろう一幕である。
「ちょっと、お姉ちゃん! まだー!?」
世の男子を救った(邪魔した)のは、妹のアキナだった。脱衣所の先から急かすようにハルナを呼ぶ。
「もう皆座ってるよ!」
「い、今すぐ行くから!」
妹の言葉で我に返ったハルナは急いで制服姿に着替えた。鏡越しに自分の姿を見てみる。初めて着るわけではないけれど、やはり今日は特別。制服に身を包むだけで幸福だった。
髪を乾かして、すぐに居間へと急ぐ。アキナの言う通り母も父アキツグも食卓の前に座っていた。アキナが黄色いポニーテールを揺らしながら怒る。
「もう、遅いよお姉ちゃん! どうせまた制服に見惚れてたんでしょ!」
「あ、あはは、正解……でも、やっぱり可愛いでしょ!」
そう言って、ハルナはその場で一回りして見せた。肩上辺りで揃えた桃髪が優しく揺れ、スカートがふわりと持ちあがる。
「そうねえ、本当に可愛いわ。ねぇお父さん」
「……」
ハルリアに声をかけられるも、アキツグは答えない。腕を組み、そしいて白目を剥きかけていた。その様子にハルリアはため息をつく。
「ハルナ、ご飯食べる前にお父さん気絶しちゃうから、ほどほどにしなさい」
「あ、はぁい」
席に着くハルナ。残念ながらハルリアの言葉通りアキツグは既に気を失っていた。娘の可愛さに精神を保てなかったのである。
「それじゃ……いただきます!」
アキナの号令で、ハルナ達も手を合わせた後ご飯を食べ始める。最初見た時から思っていたことだが、今日は朝ごはんだと言うのに非常に品数が多く、いつもより豪勢だった。
理由は聞かなくとも分かる。ハルナが今日からこの村を離れてしまうからだろう。
朝は食が細い方だが、今日が最後だと思うと不思議と食欲もわいてくる。
母の手料理に舌鼓を打ちながら言葉をかける。
「ごめんね、お母さん。ただでさえ今日はいつもより朝早いのに」
「気にしないで。むしろ、当分ハルナに食べてもらえないと思ったら寂しくていっぱい作っちゃった。無理しないでいいからね」
「お姉ちゃん、寮生活本当にできるの?」
アキナが少し呆れるように言ってくるが、そこは安心してほしい。
「もちろん! お母さんにレシピ教えてもらったし、ちゃんと整理整頓も早寝早起きもできるもん!」
「そうねぇ、それに関してはアキナより心配していないわ」
「え、なんで!?」
「だってあなた、起こさないと起きないでしょ?」
「ぐぬぬ……」
反論できないとアキナが悔しそうにしながら箸を伸ばす。その様子にハルナもハルリアも笑っていた。
今日から通う魔法騎士学園は基本的に全寮制。だから、長期休み以外は実家に帰ってくることはない。
「……アキナが言いたいのは、何もそこじゃないんだろう」
「あれ、いつ復活を……」
声の先、いつの間にか回復していたアキツグが、ハルナを心配そうに見つめていた。
「ハルナがしっかりしているのは分かってるよ」
「……」
「……だが、ハルナが通う学園に――平民出はいないだろ?」
アキツグの一言で食卓の空気が変わった気がした。アキナもハルリアも意識して触れなかったことに、父は触れた。ハルナも箸をおいて父へと姿勢を向けた。
「別に貴族と平民の関係が悪いわけじゃない。貴族にしかできないことがあり、平民にしかできないことがある。両者は持ちつ持たれつ。そうやって世界は回っているからな」
例えば貴族は経済の流れをある程度管理できるが、その経済に回す物を作るのは平民である。言わば平民は労働力を提供し、代わりに貴族は資金を提供している形だ。もちろん、資金提供とは言うが貴族が不利益を被ることはなく、持ちつ持たれつと言えど貴族の方が階級的にも上であることは間違いない。だが、貴族も平民もそれぞれの存在に助けられているのは間違いなかった。
「だが、騎士はそれこそ貴族にしかできないことの一つだ。ハルナも知っているだろ?」
「……」
騎士。世を救い、世の悪を裁くことのできる者。騎士は法に則って悪人を捕まえることができる。どの国にも必ず騎士は多く存在しており、貴族の職業の一つと言える。
この世界は騎士の存在によって平和が保たれているが、その全てが貴族なのである。
何故騎士になれるのは貴族だけなのか。
アキツグが辛いこと承知で言う。
「貴族と平民じゃ、そもそも扱える魔力量が違うんだ」
世界には魔力が満ちている。視覚で捉えることはできないが、あちこちに魔力が漂っている。人々はその魔力を操ることで《魔法》を使うが、その操れる量が貴族と平民で違うのである。
それが血脈による者なのか、あるいは別の要因なのかはまだ明らかになっていない。
しかし、必ず貴族と平民には力量差がある。それだけは事実であった。
守る力は圧倒的に貴族の方が持っているからこそ、騎士は貴族の職業なのである。
「それでも、ハルナは騎士になるのか?」
「なりますっ」
ハルナは即答した。迷いなく、覚悟を決めてはっきりとアキツグへ告げた。
この問答は今日に限らず度々アキツグとしてきたことだ。時にはハルリアとも、アキナとも話してきた事柄だった。
三人とも自分を心配して言ってくれているのは良く分かる。きっと貴族しかいない学園で過ごすというのは、想像以上に大変なのだと自分でも思う。
けれど、これだけは譲れない。
ハルナが胸の辺りに手を当て、制服の中に仕舞っている大切なものに触れる。首から下げているそれに制服越しに触れるだけで、勇気が出てくる。
これが決意の証であり、約束の証だ。
「ずっと、ずっと騎士になることが私の夢だから」
「……」
ハルナの真っすぐな瞳を見つめ返すアキツグ。だが、やがて観念したように溜息をつくと、席を立って自室へ入ってしまった。
ハルナは少し心配したようにハルリアを見たが、安心させるようにハルリアは微笑んだ。
それほど待たずして、アキツグが姿を見せる。
その手には刀を携えていた。
「ちょ、お父さん!?」
アキナが動揺したように席を立つが、ハルナは身体の向きを変えて父と対峙した。席に座るハルナを見下ろすようにして立つアキツグ。
「……分かっているんだ。ハルナが折れないってことは。現に、ハルナは実力で魔法騎士学園へ入学した。筆記も実技も通過して、入学する資格を手に入れてきた。……それだけの努力をしてきたことは俺達が一番知っている。誇らしいよ、父親として」
「お父さん……」
「だが、それでも心配なんだ。娘が行こうとしている道は、たとえ夢だとしても茨の道だ。どんな未来が待っているか、大人の俺にだって想像できない。想像できないからこそ、怖いし、本当は行かせたくない」
アキツグが顔を歪ませる。本当に心配してくれているのが伝わってきて、言葉を挟むことができない。アキツグもまた、言葉を詰まらせていた。言いたいことは無限にあって、無限に終わらないのだと思う。
その言葉達を全て飲み込んで、アキツグは膝をつく。
そして、手に持っていた刀をハルナへと差し出した。
「だからせめて、この刀を持って行ってくれ。俺の魂を込めた。娘を傍で守り続けてほしいと願って作った。どうか、俺の魂も連れて行ってくれ」
「これ……」
父は鍛冶屋だった。だから、鉄を打つことに何の違和感もなく、最近も夜遅くまで仕上げていたのは知っている。
だが、まさか自分の為に作ってくれていたとは知らなかった。
刀を受け取る。両手にのしかかるその重量感にアキツグの想いが込められているような気がした。
それは打ち刀だった。制服とのバランスを考えてくれたのか柄は赤く、鍔は花の形。鞘は黒の下地に赤と白の装飾が施されており、ハルナの髪と同じ淡い桃色の紐が巻かれている。
「……抜いてみても、いい?」
ハルナの問いに、アキツグは無言で頷く。
抜いてみると、食卓の光すらも神々しく反射する美しい刃が姿を現した。逆丁子が刃先に向かって伸びており、刀身が全体的に薄っすらと紅色だった。峰は赤黒く、刃は白にほんの僅かに赤が差したよう。
ハルナの為を想って作ってくれたのだと分かる、美しい打ち刀だった。
「本当は使う時が来ないに越したことはないんだが、もしもの時にハルナを守れる武器が必要だろう。ハルナが毎日木刀で素振りしていたのは知っているから、それに似た形にしてみた。軽いと壊れやすいが、重すぎてもハルナの動きの邪魔をしてしまうだろうから、その間を狙ってみたんだが――ってハルナ!?」
一応と解説していたアキツグが見た時、ハルナはぽろぽろと涙を零していた。早速もらった刀身に彼女の涙が落ちる。
「……私も、本当は不安だったの」
騎士になることが夢だから、当然退く気はない。でも、不安がないわけでも、怖くないわけでもなかった。
何より、ずっと一緒だった家族と離れるのが悲しかった。
「でも、傍に居てくれるって分かったから、もう大丈夫!」
「ハルナ……」
「ありがとう、お父さん……!」
刀を納め、そのまま父へギュッと抱きつく。これからの分を溜めるように、力強く抱きしめ続ける。すぐに父も抱きしめ返してくれた。その温もりが心に触れて、余計に涙が溢れてきた気がした。
どれだけそうしていたか、やがて離れたハルナの瞳に映ったのは、幸せそうに微笑みながら気を失っている父親の姿だった。
愛してくれているのは分かるけれど、恰好のつかない父に苦笑せざるを得なかった。
「ハルナ」
呼ばれて振り向くと、ハルリアが傍に来ていた。その手には黒い刀袋。その端に淡い桜の花が描かれていた。
「これは私から。お父さんが刀を渡すって言ってたから、作っておいたの」
「お母さん……!」
母とも抱擁を交わす。ハルリアも目尻に涙を溜めていた。
「ちゃんとご飯食べるのよ」
「うん」
「手紙も書いてね」
「うんっ」
「ずっとこの家があなたの居場所であり続けるわ。だから、ちゃんと帰ってくるのよ」
「うんっ……!」
名残惜しくもハルリアと離れ、最後に愛しの妹の元へ視線を向ける。そこで、アキナは既に涙目だった。瞳を潤ませて輪郭を曖昧にしながら、それでも想いを伝えようと掌を差し出してくる。
そこには髪ゴムが乗せられていた。黒い輪に赤が基調のリボンが付けられている。
「お、お姉ちゃん動くとき、いっつも髪結んでるから、だから、あったら便利、かなって……」
「ありがとう! アキナ、大好きだよ」
差し出された掌をギュッと握りしめ、そのまま強く抱きしめる。アキナも決して涙は零すまいと我慢していたようだが、すぐに決壊してしまった。
強く抱きしめ返しながら、アキナがわんわん泣き始める。
「お姉ちゃあああん、行かないでえええ!」
「ごめんね、アキナ。寂しい思いさせちゃうね……」
「うわああああああああん!!」
背中を優しくさすりながら、ハルナも涙を零す。少女の真っすぐな想いを聞いて、声を聞いて泣かずにはいられなかった。
アキナが落ち着くまで背中をさすり、抱きしめ続ける。制服は早速妹の涙で濡れてしまった。今日まで汚れないように大切に保管していたというのに全然気にならなかった。
早速アキナに貰った髪ゴムで縛ってみる。横髪を少し残しながら首が見えるくらいの高さで束ねて赤いリボンの位置を調整する。
「ねえ、どう!」
「うん、最高に可愛いぞ、お姉ちゃん!」
「お母さんも?」
「もちろんよ。これは男の子たちが放っておかないわね」
「何だと!?」
気絶していたはずの父親が凄い勢いで起きたのを見て、親子で笑い合う。そして、そう言えばまだご飯の続きだったと慌てて座って朝ごはんを再開。
刀に刀袋、それに髪ゴム。
貰えると思っていなかったから、本当に嬉しい。
道への旅立ちとして、これ程までに最高な始まりはないだろう。
「私、すっごい頑張ってくるから!」
食べていたご飯を飲み込んでから宣言するように、ハルナが元気に言う。その様子に家族は微笑んでくれて。
この家に生まれて良かった。
行ってきます。
そうして、ハルナは家族での団欒を噛みしめるように味わうのだった。
※※※※※
ガラガラ、ガラガラガラと音を立てて馬車が街道を進んで行く。
「……」
馬車に揺られながら、街道の景色に目を奪われる。別に生まれ育ったタタルム村から一歩も出たことがないわけではないが、それでも故郷を離れる回数は多くない。春だからだろう、花畑の上には蝶々の姿も見え、涼しくも心地よい風が髪を揺らす。四季折々の顔を見せてくれる風景にハルナの心は高揚していた。
「――それにしても、あのハルナちゃんが遂に騎士学校へ通うようになるとはねぇ、何だか感慨深いものがあるなぁ」
「ありがとうございます、スミスおじさん」
風景に向けていた視線を前へと戻す。手綱を握りながら、嬉しそうに声をかけてくれたのは顔馴染みのスミス。行商で街から街へと行き来しながら、物の売買や配達を行っていて、たまにタタルム村にも来てくれるのである。仕事柄、荷馬車の中はさまざまな商品でごった返しており、その内の木箱の一つにハルナは座っていた。
その傍らには少し大きめのバッグ。大体の荷物は事前に送っているため、大した荷物は持っていない。そして、両親からもらった大切な刀と袋が立てかけてある。
遺伝なのか歳なのか、すっかり禿げてしまった頭頂部を叩きながらスミスは言葉を続ける。
「昔っから言ってたもんなぁ、騎士になりたいってよ! よく夢を叶えたもんだ!」
「まだ騎士になったわけではないですけどね……でも、ようやくスタートラインです!」
「制服も可愛いしな!」
「はいっ」
改めてハルナは自分の来ている制服に目を落とした。白が眩しい制服。それに外套として上半身を隠すような白色のフード付きポンチョも各生徒に与えられていた。制服同様に赤系統の色で装飾されていて、これまた可愛い。男性用とは制服の仕様があちこち違うようだが、女性用は前部を赤い紐で蝶々結びにすることで留めていた。
「ところで、朝早く乗ってもらったはいいが、御覧の通りもう少しで夕暮れ時だ。こんな調子で間に合うのか?」
スミスはタタルム村で一泊した後、朝早くにハルナを乗せて出発した。それでも目当ての土地へはほぼ丸一日かかってしまう。ちなみに昼食はハルリアのお手製お弁当を二人揃っていただいた。
ハルナが頷く。
「はい! 入学式は明後日からなので、急がなくても大丈夫です! 入寮も今日か明日中に出来れば問題ないそうなので!」
「そうかぁ……じゃあ何でもう制服着てるんだ? 別に着なきゃいけないわけじゃないだろう?」
「それは……来ていた方が受付の人に新入生だと伝えやすいですし、それに……」
「それに?」
「……だって、早く着たかったんですもん」
少し恥ずかしいのか縮こまるようにして、ハルナがぼそっと言う。はしゃいでいたのを窘められているかのようだ。
彼女の様子にスミスが豪快に笑う。
「あっはっはっは! 別にいいじゃねえか、それくらい! そりゃ着てぇよな!」
「うぅ~……」
少しずつ陽が落ちてきて、青から橙へと色を変えていく世界。それでもハルナの顔の赤さを隠すにはまだ色合いが足りなかった。
「なら、早く着いてやらねえとな! さぁもう少し頑張ってくれよぉ!」
スミスの言葉を理解しているのか、荷馬車を牽く馬が嘶く。
「あと少しで見えてくるはずだ! マハドマ大陸最大の騎士国家ディアルタルカ王国が!」
ディアルタルカ王国。
ある意味ハルナにとって始まりの地であり、そしてこれから始まる地でもあった。
※※※※※
ディアルタルカ王国は先に述べたように最大規模の騎士国家である。魔法騎士学園自体は、ディアルタルカ王国以外の他国に多く存在しているが、《騎士》という立場に何よりも重きを置いている、という点でディアルタルカ王国の右に出る国はない。
騎士とは、貴族達にとっての職業の一つでしかない。騎士以外にも貴族達が選ぶことのできる職業は多く、実際のところ騎士は常に危険と隣り合わせであるという点から選ばない貴族も少なくなかった。
しかし、ディアルタルカ王国における若者貴族の騎士志願率は驚異の73%である。無論、志願した全員が騎士になるわけではないが、その数字は半数も超えない他国と比べても恐るべきものだった。
そこまで志願率が高いのは何故か。決して他の職業と比べて優遇されているわけではない(危険性から多少は良い扱いであるものの)。
死亡率も他より高いことを承知で、それでも志願する多くの者が口を揃えて言う。
あのお方のお姿に憧れない者はいないだろう。
ディアルタルカ王国にある魔法騎士学園《ローディナス》は倍率も高く、年々不合格となる貴族も多々いる。だが他の学園ではなく、若くして一浪二浪を決意してまで若者達はこの国の騎士学校に入ろうとするのだ。
それ程盲目的に、彼ら彼女らは憧れて止まない者がいるのだった。
かく言うハルナも、その一人である。
「ありがとうございました!」
通ってきた道とは別の方向へ向かっていくスミスへと手を振る。どうやらディアルタルカ王国にはただ寄ってくれただけで、用があるのは他の土地だったようだ。わざわざハルナの為にディアルタルカ王国を経由してくれたのかもしれない。
スミスの荷馬車が見えなくなるまで街道を見つめる。すっかり陽も落ちてしまい、夜空に月が見え始めていた。だが、生憎星空は目に映らない。
なぜなら、目の前に広がる広大な国が煌びやかに明かりを灯しているからだろう。
「いらっしゃい、いらっしゃいっ! 今ではこの魔導掃除機がなんと――」
「ねぇ、早く次のお店行こうよっ」
「早く帰って娘に会わねえと……!」
「それでは一曲聞いてください、『黄昏の鎮魂歌』」
「……!」
大門を抜けて国内に入ったハルナを待っていたのは、遅い時間帯でなお活気づいた街並み、そして国民だった。大通りは人でごった返し、あちこちの露店から客を招く声が響き渡る。この人の多さに驚いてしまいそうだが、多くの家屋に明かりが灯っているところを見るに、既に帰宅した国民達も多そうだ。昼の時間帯や夕暮れ時はもっと混んでいることだろう。
そして、その人混みの中に見える白い甲冑を着た者達。揺れるマントの裏地は青く、より甲冑の白さを強調している。
そう、騎士である。
騎士は常に二人で行動しており、露店の商人たちと楽しそうに話しながらも街を巡回していく。国民の誰もが、騎士の存在に安心感を抱き、より一層この時間を楽しく過ごすことができていた。
変わらない、ハルナの知っている光景だった。
来たんだ、ディアルタルカ王国に……!
これからこの国で生活していくことになるのだ。タタルム村での暮らしも凄く好きだったけれど、あの村にはなかったものがこの国にはたくさんある。
込み上げてくる興奮を抑えるように拳を握りしめ、ハルナは栄えある第一歩を踏み出した。
……早速迷子になった。
「あれ、お、おかしいな……」
これでもディアルタルカ王国には何度か訪れたことがあるし、ローディナス魔法騎士学園にも毎回訪れていた。だから道も分かるし何も問題はない、と思っていたのだが。
人波に抗うのもあれだし、久しぶりで街中を見て回りたいからと最初は敢えて遠回りしていたのだが、そうこうしている内に方向感覚が狂ってしまい、気付けばあんなに多かった人だかりが鳴りを潜め、人っ子一人いない。
明るかった大通りから一転、窓から差し込む光しかない袋小路にハルナは佇んでいた。
目の前に高くそびえる家屋の壁に首を傾げるも、まぁ迷ってしまったものは仕方がない。
来た道を引き返そうと振り向いたハルナへ。
「何だ、本当に迷子だったのか」
「っ!?」
真正面から声がかけられた。袋小路の唯一の出口を塞ぐように、何者かが立っている。光がなく詳しくは分からないが、その影から大人というよりは青少年辺りに見える。
一瞬肩から下げている刀袋へ手を伸ばそうとしたが、声に敵意も不快感も感じなかったので、ぎりぎりで何とか堪える。しかしその姿勢で止まったせいで、臨戦態勢に見えなくもない。
相手もそう感じたのか、慌てたように手で制止を促してきた。
「ま、待て! 別に怪しい者じゃない!」
「じゃあ……ストーカー?」
「だから違うって!」
ふと、小さな炎が彼の手に生み出され、袋小路に光が差す。
そこに青年がいた。ハルナよりも背は高そうだが、歳は大して変わらなそう。端正な顔立ちをした彼は私服に身を包んでいて、黒いTシャツの上に白いパーカーを着ていた。寝ぐせなのか元々なのか、あちこち跳ねた黒髪はどこか少し青がかっている。
「お前、ローディナスの新入生だろ」
「な、何で分かったんですか!? や、やっぱりストー――」
「だから違えって! その制服見たら分かるだろ!」
言われて自分の制服姿を見てみる。
「あのなぁ、旅行用みたいなバッグにうちの制服着てたら、国外から来た入学もしくは編入生しかいないだろ。第一、基本的に寮生はもう少しで門限なんだよ。こんなところでふらふらなんてしてない」
「そ、そう言えばそうやって書いてあったような……」
昨日までに入学案内には全て暗記できるくらい目を通していた。その中に門限についても書いてあったが……。
「って、時間!?」
腕時計に慌てて目を通す。可愛らしい白色のベルトの中心で時を刻むそれは、確かにその門限とやらへのタイムリミットを刻々と表していた。
「ど、どうしよう、門限過ぎたらきっと入寮も許してくれない、よね。ってなったら宿を探さないと……でもでも――」
今度はハルナが慌てる番だった。つい街並みに興奮して時間を忘れてしまっていた。入学式自体は明後日だが、問題は宿に泊まるお金がないこと。……正確には多少両親から持たされたが、今すぐ使いたくはなかった。ただでさえ入学には多額の費用が必要で、両親にも無理して工面してもらって金銭的にもどうにかなった。その上渡されたこのお金を、今すぐここで使ってもいいものなのだろうか。
……悩んでいる暇はない!
ハルナはずんずんと青年へ近づいていき、その手を両手で取った。近づいて改めて分かったことだが、整った顔立ちではあるが、少し大きな瞳が幼げに揺れていた。切れ長の睫毛の中で動揺する青と灰色が入り混じったような色の瞳。どこか大人っぽいのに、子供っぽいような瞳。
「す、すみません! あって早々お願いすることでもないんですが、わ、私を学園まで急ぎエスコートしていただけませんか!」
懇願するように言葉を向ける。ワインレッドの大きな瞳に、彼の慌てぶりが映っていた。
「お、おまえさっきはストーカー扱いしてたのに――」
「でも、ストーカーじゃないんですよね!」
「ま、まぁそりゃあそうだけど……ていうか、手――」
「お願いできませんか! 人助けだと思って! 必ず借りは返しますから!!」
捲くし立てるハルナ。その勢いに、青年は断ることは不可能だと悟っていた。
「わ、わかったわかった! わかったから、ちょっと近いんだよ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい……!」
言われてみると、確かに青年へと詰めてしまっていた。慌てたせいで距離感を間違えてしまったらしい。手を離して少し後ろへと退く。
「……お前結構強引なのな」
「じょ、状況が状況なもので……」
「まぁいいや。仕方ねえ、なっ」
青年が指をパチンと鳴らす。すると、明かり代わりだった炎が消えると共に、青年の身体がふわりと宙に浮いた。
いや、青年だけではない。ハルナの身体もだ。荷物ごと宙に浮き始めている。
「え、わっ」
ふわりと靡くスカートを慌てて上から押さえる。そんなつもりじゃなかったのだろう、青年は少しそっぽを向いていた。
二人の身体はそのまま家屋の屋根にまで運ばれていく。
「回り道なんかより、直線で走った方が早く着くだろ」
そう言って青年が屋根を駆ける。すると、魔法で強化されているのか速く、且つ跳躍力も向上していた。家屋の屋根から屋根へと飛び移って見せている。
「ほら、どうした! 門限に間に合わないぞ!」
「えっ、えと――」
「同じ魔法をお前にも付与してるんだ!」
「あ!」
自分の身体を見つめてみる。言われてみれば、うっすらと風が身を包んでいた。
「……よし!」
意を決して、ハルナも屋根の上を駆け始める。青年の言う通り身体が軽くなっており、速度も跳躍力も確かに向上していた。まるで風そのものになったみたいで、夜の街をふわりと越えていく。
ハルナが追いついてきたのを見て、青年が頷いた。
「へえ、流石騎士学校の新入生。良い身体の身のこなしだな!」
「あ、ありがとうございます! そちらも、素敵な魔法をありがとうございます!」
「どういたしまして!」
青年のすぐ後ろについて、夜の空を羽ばたくように駆ける。ディアルタルカ王国に訪れた初日からどうなるものかと思っていたが、良い出会いをしたものだ。キラキラ光る街の上を走る様は、まるで天の川を駆けているみたい。
上から見下ろす美しい夜の街並み。きっとこの光景を忘れることはない。
「私、ハルナ・ミューテリスと言います! 明後日からローディナスの新入生です!」
「俺はナツキ! よろしくな、ハルナ!」
「はい!」
段々と坂の上へと駆けていく二人。確かに魔法騎士学園は坂の上にあったなとハルナは思い出す。迷子になった、というより興奮していて忘れていただけなのかもしれない。
屋根の上へと飛び上がりながら、ハルナは尋ねてみる。
「でも、どうしてナツキさんはあんなところにいたんですか?」
「どうしてって……わざわざ休日に制服でうろつく奴なんて気になるだろ。それに、すんごい楽しそうに周囲を見てるのはいいが、だんだんと学園から離れていくと来た。さっきも言ったように、姿から察するに学園に用があるのは間違いないのに、な」
「……」
「運悪く騎士たちの巡回にも被らないし、だんだん人気のいないところまで行くし。迷子か悪事を企んだ何者か、って感じだったな」
「ご、ご心配をおかけしました……」
「まぁいいさ、俺もちょうど寮に戻るつもりだったからな」
巨大な国をナツキの魔法で横断していく。坂の上にまで辿り着くと、ようやく魔法騎士学園《ローディナス》が見えてくる。家屋が並んでいたのに、そこを更地にしたかのように、途端に大きな敷地が姿を現した。
ディアルタルカ王国には城が二つあると言われている。一つは王族ディアルタルカが住んでいる王城ゼアルム。そして、もう一つは魔法騎士学園の学び舎であった。城のように作られている学舎は王城に劣らないほどの煌びやかさだった。あちこちの窓ガラスがステンドグラスになっていて、尖塔がいくか見える。学者から少し離れたところには大きな建物。確か、あそこが寮だったはず。グラウンドも見えるし、その他学者から続く渡り通路の先に大きな体育館も見えた。
まさに至れり尽くせり。ただの学園とは思えないほど施設は充実しているようである。
「……てことは、やっぱりナツキさんも学園の生徒なんですか?」
「ん、ああ。ハルナと同じ、明後日から入学する、な」
「あ、同い歳だったんですね!」
「そういうこと。……ところで、どうしてハルナはわざわざこの学園に来たんだ? この国出身じゃないんだろ?」
「あー、えーっと……」
ナツキの問いに、ハルナは言葉を詰まらせた。
自分は平民出身だと伝えて、ナツキの態度が変わってしまうかもしれない。折角良い思い出で終われそうなのに、それが少し怖かった。
「……私、実はタタルム村っていう領土の端から来たんです」
「領土の端って……じゃあハルナは――」
「……」
それでも嘘は言えなかった。育ってきた半生に、支えてくれた家族に、過ごしてきた故郷に嘘はつきたくなかった。
平民として生まれて後悔したことなど、一度もないのだから。
ナツキの背を見る。言葉なく夜空を駆ける彼が何を考えているのか分からない。何だか胃がキリキリしてきたかもしれない。
「……頑張ったな」
「え?」
でも、ナツキがかけてきた言葉は想像以上に温かかった。
振り向くことなくナツキは言葉を続ける。
「平民という生まれでローディナスに入学なんて前代未聞だ。それを成すだけの努力をしてきたんだろ」
「ナツキさん……」
「俺は……凄いと思う。同い歳にそういう奴がいるって誇らしいよ。――俺も……」
目の前を走るナツキの手が強く握りしめられていた。彼にも何か事情があるのだろうか。その掌に何も込められていないようには見えなかった。
そのせいだろう、先程まで追っていた背に何かが背負わされているように見えて。
「ありがとうございます!」
意識的にも、それでいて無意識的にも明るい声で感謝を述べた。
嬉しかった。平民だと分かっても変わらず接してくれることが、凄いと言ってくれることが。
「不安だったんです。期待と同じくらい怖かったんです……でも、ナツキさんが払拭してくれました! だから、ありがとう!」
「……おう!」
駆けながら一度振り向いて、ナツキがニッと笑う。
多くを伝えなくても、きっとナツキはこちらの不安を理解してくれた気がする。
「それにしても、噂の新入生がまさかハルナだったとはな!」
「え、噂のって……?」
いつの間にか魔法騎士学園《ローディナス》に到着していた。長いようで短かった屋根上移動も終わり。久々に大地に足をつける。ここは噴水広場のようで、その前にローディナスは広がっていた。
「そりゃ噂になるさ。言ったろ、前代未聞だって。平民が入学するなんて、それだけで話のネタだよ」
ナツキの言葉に呆然とする。
「わ、私……もしかしてもう有名人、ですか?」
「ああ、良くも悪くもな。けど、あんま心配すんな。否定的な言葉もあるだろうが、そればっかりじゃないさ」
ローディナスの敷地へと続く正門。敷地を壁が囲んでいて、屋根上を移動していた時とは違い、今では中身が見えない。
「ようこそ、ハルナ! ローディナスへ!」
少し芝居がかった様子でナツキがハルナへ振り向く。同時に正門が開き、ハルナの夢への道も開かれる。
魔法騎士学園《ローディナス》。
ハルナの学園生活が今始まる。
※※※※※
何とか時間内には間に合ったようで、正門にいた番兵に事情を伝えると寮側に先に連絡を取ってくれた。このまま寮へ行けば無事登録を済ませられるとのこと。
番兵にお礼を言い、ナツキと連れ立って寮へと向かう。正門から道は二手に分かれていて、一つは城の見た目で豪華絢爛な学舎へ、そしてもう片方は寮へと続いていた。
辿り着いてみると、改めて寮の大きさに驚いてしまう。学舎に負けず劣らずの高さで、パッと見てみても十階建ては超えていそう。それだけの人数が《ローディナス》に通っているということだろう。
勇気を出して寮の扉を開けると、一階はエントランスホールとなっていた。くつろげるようなスペースもあり、実際に恐らく生徒なのであろう私服の若者たちが羽目を外していた。
ナツキが言うように、わざわざ制服を着てくるというのはどこか不思議なことのようで、入って早速好奇の眼差しがハルナへ向けられていた。スミスもわざわざ今日から着なくてもいいんじゃないかと言っていたが、なるほど確かに着なくても良かったのかもしれない。
でも、着たかったんです!
今更考えてもどうしようもないので、気にしないようにしながら最奥にある受付へ。ナツキも手続きまでは一緒にいてくれるようだった。
「こんばんは、入寮の手続きですね」
「あ、そうです」
受付の女性に、何も言っていないのに入寮の手続きと言われてしまう。誰がどう見ても最早そうなのだろう。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「えっと、ハルナ・ミューテリスです!」
「……!」
ハルナが名前を告げると、受付の女性は驚いたようにハルナを見た。
「じゃあ、あなたが噂の……」
噂、というのは貴族が通う魔法騎士学園に平民が入学する、という話だろう。ナツキからも事前に聞いているので驚きはしないが、やはり噂が回っているのだなと実感する。
一瞬驚きはしていたものの、変わらずすぐに手続きをしてくれる。案外難しいことは必要なく、名前などの必要事項を記入するだけで良かった。
「それでは、こちらが部屋の鍵になります」
そう言って渡されたのは一枚のカード。赤を基調とした模様が描かれていて、中心に「1107」と書かれていた。その番号が自分の部屋なのだと思う。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、受付の女性が小さく手招きするので顔を寄せる。すると、小声で受付の女性が優しく言った。
「頑張ってね、大変なこともあると思うけれど、私は応援してる。いつでも相談に乗るからね」
「えっ」
今度はこちらが驚く番で、思わず顔を見つめる。受付の女性はこちらへウィンクしてきていた。
「ここの受付、それに食事の準備や掃除など、その他の仕事は平民の人達がしてくれているんだ。学園の運営に平民の人達は協力してくれてるんだよ」
声が聞こえていたのか、ナツキが後ろから補足を入れてくれる。なるほど、つまり受付の女性も平民なのか。
「頑張ってね、私達の希望!」
き、希望って……。
何を指して言っているのか分からないけれど、兎にも角にも応援してくれているらしい。ナツキに続いて、これ程嬉しいことはなかった。
「はい!」
元気に答えて受付を後にする。男子寮と女子寮は左右で違うらしく、女子寮は左だったのでナツキとも別れた。別れる際に改めて今日の礼を告げると、ナツキは気にするなと笑って去っていった。
一階は基本的にお風呂や洗濯などがメインで、実際の部屋は二階かららしい。部屋番号は「1107」なので恐らく十一階だろう。階段とエレベーターがあったが、折角始めてきたのだ。階段をのぼりながら各階の様子を見て回ることにした。
パッと見た感じではあるが、階が上に行くほど年齢も下がっている気がした。上級生であればあるほど下で、対して下級生は上の階なのだと思う。
何とか階段を上り十一階まで到着する。先程までは廊下にも人の姿があったが、このフロアには人の姿が見当たらない。たぶん自分と同じく新入生ばかりなのだろう。慣れない寮で、見知らぬ人ばかりの場所でわざわざ廊下に出ることはないのかもしれない。
「えーっと、私は1107だから……」
人気のない廊下を歩きながら、左右にある扉の番号を調べる。思ったよりもすぐに自分の部屋は見つかった。
「ふー……よしっ」
意を決して、鍵となる赤いカードをドアノブの上にある黒い場所に当てる。すると電子音と共に開錠された。
なぜここまで緊張した面持ちでいるかというと、実はこの寮、一部屋に二人の生徒が割り当てられるのである。
つまり、ハルナにもルームメイトがいるということだった。
当然、ルームメイトも貴族だ。ナツキは優しくしてくれたけれど、もしかするとルームメイトは平民を毛嫌いしている可能性だってある。
これから毎日の寝泊まりを共にする相手。緊張しても仕方がないだろう。
「こ、こんばんは~……」
扉を開けながら恐る恐る声をかける。開けると玄関で、その先に通路が伸びている。更にその先が少し開けているので机やベッドはそちらにあるのだろう。
扉を閉めて、玄関で靴を脱ぐ。声をかけてから既に時間が経過しているが、まだ言葉は返って来なかった。
もしかすると、明日入寮する生徒なのかもしれない。流石に部屋にいるのに無視してくるような癖の強い人ではない……はず。
つまりはまだ自分一人なのだろうと、ハルナは少し安堵した様子で一歩踏み出した。
「っ!?」
その瞬間に感じる確かな気配。
誰か、いる。
通路の先、その右の曲がり角に誰かいる。一瞬気のせいかと思ったが、何度集中しても結果は変わらない。
挨拶を返してくれない誰かが、部屋の中にいる。そう言えば、入った時から部屋の明かりは点いていた。それなのに靴は見当たらなかった。
……もしかして、不審者?
先程の考えからルームメイトが挨拶を無視するとは考えにくい。ということは、何か疚しいことがあるせいで挨拶を返せない人、ということ。それにわざわざ曲がり角で待っているということは、こちらを襲おうとしている可能性もある。
「……」
ゆっくりと荷物を下ろし、母の作ってくれた刀袋から刀を取り出す。赤い柄、花形の鍔に赤と白の混じった鞘。父親が作ってくれた大切な刀を左腰に携える。
狭い通路をゆっくりと進みながら、鍔を左手の親指で軽く押し、いつでも抜刀できるように構える。
一歩踏み出すごとに床の板が少し軋む。まだ向こうは曲がり角から動くつもりはないらしい。なら、タイミングはこちらで決めさせてもらおう。
「――っ」
ダンっと強く床を踏み一気に通路を抜ける。そのまま右に向かって身体を捻った。
「《刹月華(せつげっか)――》」
素早く抜刀し、目の前の不審者へと叩きつける。
「《――雪し……》」
「ばああああああ――ってぎゃああああああああ!?」
開けた視界に映るは少女の驚いた顔だった。両手を前にして飛び掛かるような真似をしているようで、こちらを驚かせようとしたのが伝わってくるが、ハルナの持つ刀を見て返って叫んでいた。
「わわっ」
咄嗟にほぼ抜きかけていた刀を止める。同時に少女は驚きと共に尻餅をついていた。少女は小柄で、それは可愛らしい部屋着を着ていた。ボーダーもこもこのパーカーに、同系統のショートパンツ。アキナも似たような部屋着、というか寝着を持っていた。
アキナと違うのは、燃えるような赤髪であること。腰より下に届くくらい髪は長く、シュシュで二つにまとめていた。
「……」
お互い驚いたように見つめ合う。
「こ、こんばんは……」
「う、うん、こんばんは……」
改めて告げた挨拶にようやく返事が返ってくる。
これがルームメイト、ミカ・リーエスとの出会いだった。
※※※※※
寮の部屋内はさほど大きいわけではない。見えていたが通路の先には勉強机が二つ並んでおり、その背後には二段ベッドが置いてあった。間の窓の下には箪笥があり、その正面には背の低いテーブルが。床には淡い薄紅色の絨毯が引いてある。
ハルナとミカは、テーブルに向かい合って座っていた。
胡坐をかきながらミカが苦笑する。
「たははー、ごめんごめん! ちょっと驚かせるつもりだったんだけど、いらん心配させたな!」
「い、いえこちらこそ。初対面で刀を向けてすみませんでした……」
対してハルナは正座の状態でミカへと頭を下げる。何という第一印象か。一緒に過ごすルームメイトに刀を振ろうとしたなんて、印象最悪じゃないか。
「いや、いいって! それこそ、こっちこそだって! 折角ルームメイトになる人だから、最初の距離感大事だなと思ったんだけど、失敗だったな!」
楽しそうに笑うミカ。いや、最初の距離感大事だと思って驚かせようとするという思考回路がよく分からないけれど。そのためにわざわざ靴も隠していたらしい。
とにかくミカは凄い元気なタイプのようだ。なんだか見た目も相まって妹を思い出すというか。背はアキナの方が高いけれど。
「私、ハルナ・ミューテリスです! これからよろしくお願いします!」
「あたしはミカ・リーエス! 同い歳なんだし、敬語なしで行こうぜ!」
「っ、うん!」
お互いに握手を交わす。ほんの少し一緒に過ごしていただけで分かる。どうやら最高のルームメイトに出会ってしまったらしい。
と思っていたが、重要なことをまだミカに伝えていないことを思い出した。
「あ、あのね、ミカ……」
「ん、どうした急に畏まって」
握手を終えたかと思うと急に委縮するように縮こまったハルナを見て、ミカが首を傾げる。
本当はもっといろんなことを話したいけれど、まず伝えるべきはこれだろう。
「わ、私平民なのっ!」
「おう、そうか」
ハルナの告白を、ミカは軽々と受け入れていた。あまりにリアクションがないものだから、むしろハルナの方が困惑してしまうくらいだ。
「いや、あの、えっと、だから、平民……」
「いや、分かったって。ハルナが平民出なんだろ? まぁ珍しいっちゃ珍しいが別に気にすることでもないだろ」
あっけらかんとした様子でミカが語る。何か変なこと言っているかと、またもや首を傾げている始末だ。
ナツキも確かに言っていた。
あんま心配すんな。否定的な言葉もあるだろうが、そればっかりじゃないさ。
ここは騎士を養成する学園。人々を救う、誰かを助ける、そんな志の人達が集まる場所。
平民だからと忌み嫌ってくるような、そんな人達がいるわけではなかった。
平民であるハルナ達が、勝手に被害妄想していただけに過ぎないのである。
「……ありが、とうっ」
「いや、え、何で泣いてんだ!?」
ミカの言う通り、ハルナは涙を流していた。これまでの勘違いに苦笑しながら、ナツキを始めとする今日出会った人たちの優しさを思い出して涙が出てしまったのである。
「なんでも、ない。これは嬉し泣きだから」
「いや待て! 何が嬉しかったのか分からん!」
ミカが慌てたように隣に回ってきて背中をさすってくれる。その優しさに余計に涙が溢れてしまいそうだ。
お父さん、お母さん、アキナ。
私達が思っていた以上に、きっと素敵な学園生活が待っているのだと思います。
だからどうか、心配しないで。
私、頑張れそうですっ!
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