彼氏なんてありえない

ありま氷炎

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クリスマスの夜

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「乾杯!」

 まずは缶ビールを空け、みんなで乾杯する。冬といえどもやっぱりビールで始めたい。
 ビールを煽ってシュワシュワとその炭酸を味わい、ちらっと恐る恐る王さんを見た。久々にみた彼はやっぱり綺麗だった。何か話したいときっかけを考えていたら、ふと、彼が持ってきたお酒――白酒が視界に入る。
 これだ。

「王さん、白酒ってうまいの?」

 俺がそう聞くと、彼はにっこりと微笑む。

「おいしいですよ」

 うわっつ。やっぱり綺麗だ。
 これは道はずしちゃうよな。勇。
 そう思っていると忠史が俺の揚げた鶏もも肉の唐揚げを食べて歓声をあげる。

「うまーい!」

 美味しそうに肉を頬張った奴の笑顔は本当に喜んでて俺は嬉しくなった。

「うん、マジでうまい。灘すごいなあ」

 勇も、もも肉をかじり、感心してくれる。

「そう?よかった」

 2人に感激してもらって俺は満足感たっぷりに笑う。

 休んだかいがあった。
 やっぱり食べてもらって喜んでもらえるのが一番嬉しいよな。

 その後も、俺の作った料理はみんなに好評で、あの王さんも美味しいといってくれたのでほっとした。
 2時間くらいすぎて、俺は忠史のケーキを食べたくなった。
 お酒で味がわからなくなるうちに堪能したい。

「よっし。ケーキ食べようぜ」

 俺はそう言って、キッチンに行き冷蔵庫から忠史のケーキを取り出す。

「え?手作り?」
「そうだぜ。忠史が作ったんだ」

 勇の問いに俺が胸を張って答える。すると忠史は笑い俺はちょっとだけ恥ずかしくなった。

「紀原くん、すごいなあ。ケーキとか作れるんだ」
「本当ですね。そんな才能があったは知りませんでしたよ」

 そうだ。忠史はすごいんだぞ。プロみたいだったんだから。
 なんだか、2人が感心してて、俺は自分のことのように嬉しくなる。

「神業みたいだったぜ。さあ、食べよう」
「あ、皿は俺がとってきます」

 俺が包丁を持ち、切ろうとすると、気の効く奴はそう言って台所に走り、4人分の皿とフォークを持ってきた。
 
 本当に店のものみたいで、切るのはもったいなかったが俺はええいっと4人分にざっくり切る。

「いっただきまーす」

 そうして俺達は食べ始めた。
 フォークでちょっとすくって食べる。ふわふわと柔らかいスポンジに、チョコ生クリームがぎゅっと詰まってて、ケーキというよりプリンとかを食べてるみたいに口の中で蕩けた。 

「うっまーい」
「うん。美味しい」

 そう思ったのは俺だけではなかった。勇も感激しているのがわかった。

「あ、本当だ。よかった」 

 俺達の様子に忠史は自分で試し満足そうに笑い、俺も嬉しくなる。

 ケーキを食べ終わり、王さんが勧めるので白酒を試してみた。
 香りは芳醇。グラスについだ白酒の香りを嗅ぎ、その香りのよさにつられて一気に煽った。

「きっつー。でもうまい」

 喉を通ったときに痛みが走った。でも味は最高で、俺は空いたグラスにまた注いだ。

「あ、灘さん。そんな一気に飲んだらやばいですよ」

 そんな俺を見て、忠史が慌てて口を挟む。

「そうだ。灘。この酒はやばいから。ちびちび飲む方がいいんだ」

 勇もそんなことをいったが、奴も一気に煽っていた。顔がすこし赤らんでて酔っているのがわかる。
 勇が酔うなんてめずらしいな。
 そういや、俺もちょっと気分がいいぞ。一杯だけなのに。
 すごいな白酒。

 今日はクリスマスだ。もっと飲んで騒ぎたい。
 その気持ちも手伝って俺はぐいぐい飲んだ。

「いやあ。気分は最高!」
「灘、それってどこかで聞いたことある言葉」
 
 それから記憶が少しあいまいだ。
 めちゃめちゃ気分がよかった。
 
 
「さあ、私達は帰りますかね。もう少ししたら吐いてしまうかもしれないですし」

 王さんがそう言い、勇の側に近づいた。

「え、帰る?いやだ。俺はもう少し飲みたい」
「そうだぜ。クリスマスの夜。一緒に楽しもうぜ」

 せっかくいい気分なのに、このまま一緒にここにいて俺と騒いでほしかった。

「悪いですけど、明日も仕事ですし。帰ります」

 しかし、王さんがぴしゃりと言って、勇の腰を引き寄せて。何かを囁く。するとあいつは顔を真っ赤にさせた。

 何、言ったんだ。
 王さん。
 勇はそれで帰る気になったようで、顔を赤らめながら黙って王さんの側で立っていた。
 いや、凄く気になるような、知りたくないような。

 俺は複雑な心境で帰り支度を始めた二人を見守る。忠史が玄関に向かう二人を見て椅子から立ち上がった。俺は急に自分だけが置いていかれるような錯覚に陥る。
 
「忠史も帰るのか?」

 気がついたら子供みたいにそう聞いていた。
 奴は驚いた顔をした後、しばらく考える。

「えっと、俺はしばらくいます。片付けとかも大変そうだし」
「そうか?ありがとう!」

 忠史の言葉に俺はなんだか救われたような気分になった。
 馬鹿だと思う。でも今日のこの日、一人になるのは嫌だった。
 
「じゃ、メリークリスマス~」

 俺と忠史は二人を玄関先で見送る。

「はい」

 王さんは艶やかなに微笑み、

「灘、悪いなあ。今度またな~」

 勇は朗らかに笑うと手を振る。

 思ったよりあいつは酔っていたみたいだった。足元が危うい勇を王さんが支え、歩いている。

 やっぱり帰ったほうがよかったんだな。
 王さんはちゃんと勇の限界を見てたんだな。
 
 彼の勇への愛情を確認でき、俺はなんだか安堵する。
 付き合ってると知って、反対した。
 俺が最初に二人を邪魔し、王さんが勇を中国に連れて行かないように牽制したこともあった。でも今の二人をみると本当に、俺は邪魔だったんだなと思う。

 二人の姿が小さくなり、開けっ放しにしていた玄関からびゅっと風が入ってきた。急に酔いが冷めた感じがして、俺は体を震わす。

「じゃ、飲みなおそうぜ」

 お酒でも飲んで、また楽しい気分に浸りたかった。
 
 リビングルームに戻るとしんと静まり返っていて、俺は反射的に両腕をぎゅっと掴んでしまった。すると奴がテレビのスイッチを入れ、部屋に音が溢れだす。
 陽気なクリスマスソングは部屋を一気に賑やかにした。

 俺はテーブルから白酒の入ったグラスを取ると、ソファに座る。テレビを見ながら、酒を煽り、なんだかどんどん寂しい気持ちになった。
 忠史はなぜか手持ち無沙汰に座ってて、俺は奴がこのまま帰ってしまって、取り残されるような恐怖に駆られる。

「忠史、今日泊まっていく?」

 気が付くと俺はそう聞いていた。

「え?!いや、いいですよ。まだ終電ありますし」

 奴はぎょっとして、両手を振る。

「そうか」

 そう答えながら、俺は泣きそうな気分だった。
 忠史が帰って俺一人ぼっちになる。
 なんだか絶望的な気持ちで、ますますお酒を口にした。
 
「……なんかさあ、クリスマスの夜を一人で過ごすのって苦手なんだ。お祭りのときは大概人と一緒にいないと落ち着かない。取り残されたような気分になるのが嫌なんだ。だから去年も勇に付き合ってもらった。きっとちゃんとした彼女がいればいいんだけど、いつもイベント前に振られるんだよな」
「………」

 酔っ払ってる。多分そうだったんだろう。
 忠史を困らせるだけなのに、俺はそんなことを話す。

「わかりました。俺今日泊まります」
 
 奴にそう言われ、俺は心底ほっとする。一人じゃない。傍に人がいてくれる。それが嬉しかった。
 サンタクロースは俺に彼女とのクリスマスの夜をプレゼントしてくれなかったけど、こうして他の人と楽しく過ごす機会を与えてくれた。
 両親に置いて行かれた俺が、一人にならないように。
 さびしくないように。

「サンタクロースって本当にいるのかな」

 それは質問というより、独り言に近かった。

 忠史は驚き、目を丸くしてが、答えてくれた。

「いるんじゃないですか?だからそういう物語が作られる」

 酔っ払いの戯言に真面目に答える奴。
 律義な奴だな。
 本当に。

 テレビではサンタクロースが現れ、人々が幸せそうに笑っていた。

「いたらいいよな。その方が楽しいし、幸せだ」

 この映画みたいに、サンタクロースが実際にいたらいい。そしたらみんな幸せになれるのに。
  
「あ、俺トイレに行ってきます」

 そう声をかけられ、俺ははっとして顔を上げる。テレビに集中していたみたいで、時間間隔が全くつかめなかった。

「あ、うん」

 俺はぼうっとしたまま、立ち上がった忠史の背中を目で追う。


 その後の記憶はない。
 微かな物音が聞こえて目を覚ました。
 初めは自分がどこにいるかわからず、目だけで周りを見渡す。
 電源が入っていないテレビ、見覚えのあるテーブルが見えて、俺は自分の家にいることがわかる。
 体を起こすとキッチンに忠史の姿が見えた。
 
「……忠史?悪い!」

 散らかっていたテーブルはほとんど片付いていた。
 俺は慌ててキッチンに走る。

「もう終わりましたから」

 奴は慌てて俺に柔らかく笑う。
 イケメンの笑顔は目に眩しく、なんだか俺は恥ずかしくなった。

「明日仕事ですよね。もう寝ましょう」
 
 しかしその言葉で、むっとしてしまう。
 片づけまでしてもらって、寝ましょうと言われて腹が立つなんて、あほみたいだ。酔っていたと思う。
でもクリスマスの夜に、早く寝るなんて嫌だった。

「嫌だ。俺は起きてる」

 子供っぽい俺。
 でも俺はそう言うとソファに座りこんだ。
 奴が呆れたように目を細めているのがわかる。

「忠史は俺のベッド借りていいから。俺、リビングで寝る」

 そんなに寝たければ先に寝ればいい。俺は家に一人じゃなければ平気だ。すぐ隣の部屋にいるとわかれば、不安も感じない。
 
「え?!俺がリビングで寝ますよ」
「いや、俺がリビング。見たい映画もあるし」
「じゃあ、そうします」
 
 これ以上言っても無駄だと思ったのだろう。奴はすんなりそう言うと俺の寝室へ入っていった。
 
 残された俺は不機嫌なまま、リモコンを握り締め次々にチャンネルを変えていく。すると陽気なクリスマス映画を見つけ、それを見ることにした。

 テレビの中のサンタクロースは作りものとはいえ、俺を楽しい気分にさせてくれた。

「あ、俺も見てもいいですか?」

 だから、ふいに声をかけられぎょっと驚く。
 寝てたんじゃなかったのか。
 他人の家で眠りづらいのかな?

「あ、うん」

 酔いも覚めたせいか、俺は素直に奴がテレビを見やすいように端っこに移動する。

「そこ、見えますか?もしかして警戒してます?大丈夫です。俺、ゲイですけど。節度はありますから」

 そんなつもりに見えたのか?

「悪い。ごめん」

 俺は苦笑してソファに座った忠史の少し近くに座りなおす。そしていつもの癖でひざを抱え、テレビに目を向けた。

 サンタクロース。
 本当いたらいいよな。

 大きなもみの木。色鮮やかな飾り、ゆっくりと舞い落ちる雪。
 たくさんの笑顔、笑い声、軽快な音楽……。

 メリークリスマス。
 そう言って、みんなが互いの幸せを願う。

 ふと視線を横に向けると、忠史が食い入るようにテレビを見ていた。
 
 本当、横から見てもイケメンだな。
 俺とは大違いだ。


「?」
 次に気が付いたのは、真っ暗な部屋。
 いつ寝たのかわからない。
 暖かい枕の上にいた。
 目を凝らすと見えたのは忠史の顔。
 すうっと通った鼻筋、かなり長いまつげに、綺麗に整えられた眉毛。
精悍はあごのラインは彼を男らしく見せていた。
 中性的ではなく、男らしい凛々しい顔つき。

 ふと、そこまで奴の顔をじっと見つめて、俺は事態に気がつく。

 俺、俺膝枕してもらってる?
 奴の膝で?
 ありえない!
 いつ?
 
 覚えてない。

 動揺しているうちに、寝ていた奴が目を覚まし、俺と視線がかち合う。

「すみません」

 奴は俺が動揺していることに責任を感じたのか、謝った。
 俺はなんと言っていいか、わからず逃げるように部屋に駆け込む。

 それかも、どうやって彼に接していいかわからず、俺は部屋から出なかった。すると奴は、部屋に篭ったままの俺に「じゃ、帰ります」とドア越しにいうと帰っていった。

 忠史には悪いと思っている。
 でも俺はめちゃくちゃ恥ずかしかった。

 男に、しかもゲイに膝枕をしてもらうなんて。
 奴がそういう風に俺を見てないことはわかってる。
 でも俺は、どうしていいかわからず、それから5日間、連絡を取らなかった。

 運命のいたずらか、俺が忠史に再び電話することになったのは、5日後の大晦日の日だった。
 

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