上 下
30 / 48
恋をしてみようか

2-9 作戦会議

しおりを挟む

「団長、いってらっしゃい」

 翌日の夕方、悔しそうに顔をゆがめるメリアンヌに見送られ、私はエッセ家の屋敷に向かう。
 来週からアンが視察にくることで、城が混乱に陥ることはなかった。ただ、ミラナが直接お詫びをしたいと言っていて、これは人を介せないことなどで、アンに会った時に時間が取れないか聞こうと思っていた。
 そういえば、私たちカサンドラ騎士団は城の警備が主だからいいのだが、ユアンは忙しいのではないか。昨日の特訓でかなりいい線までいった気がしているので、彼の邪魔はしたくないな。
 用はアンの前で恋人同士ではないとバレなければいいだけの話だから。
 
 屋敷に到着すると、客間に通される。
 円卓に歪なクッキーが置かれていてお腹が痛くなった。
 すでにソファに腰を下ろしているユアンは蒼白な顔をしている。
 
 あのクッキーだな。

 しかし私の顔を見ると顔色が良くなった。
 微笑がとても甘くて、思わず顔を逸らしてしまう。

「ジュネ。今日は私も特訓に加わるから。出会いとか、告白とかそういう話のすり合わせも必要でしょ?」
 
 そうだった。
 聞かれて答えられないとまずい。
 さすが、ファリエス様はよく考えてらっしゃる。
 感心している私の前で、なぜかユアンが落ち込んでいた。

「さて。クッキーは別に恋人の手から食べたくてもいいからね。あとケーキも」
「え?」
「恋人の唇が汚れていても拭う必要はないし」
「え?」
 
 それって。
 私は昨日のユアンの言葉を思い出し、彼に視線を投げかける。
 ……逃げてる?
 私の視線から避けるようにあさっての方向をみており、私は急に恥ずかしくなった。
 あれは、全部嘘なんだ。
 馬鹿みたいに素直に信じて。
 恥ずかしすぎる!

「黒豹。ジュネに何か言うことあるわよね」
「……ジュネ。昨日はやりすぎた。すまなかった」

 思わず手があがりかけたが、どうにか抑えた。
 迷惑をかけているのはこっちだ。
 少しの間違いくらい許してやるべきだろう。少しばかりでないがな。

「それでは、名前を敬称なしで呼ぶというのも必要ないのですか?」
「それは必要だ」

 ユアンがはっきり答えたが、信用できず、ファリエス様に目を向けた。

「ええ。それは合ってるわ」

 ……名前はやっぱり呼び捨てか。
 もう呼ぶのは慣れてしまったが、呼ばれるほうはまだ少し照れくさかったりする。しかも耳元で囁かれると変な気持ちになるし。

「さあ、昨日のことはもういいわよね。さっそく、刷りあわせを始めるわよ」


 ☆

「……ファリエス様。これは」
「無理があると思うぞ」

 私たちが付き合ったきっかけと時期について、ファリエス様がご丁寧にも紙に書いてくださっていた。
 しかし内容は……どうなんだろうか。

 アンが王都に戻ってから半年後、本屋で偶然の再会を果たす私とユアン。そのときはただ挨拶を交わすだけだったが、次に会ったのは狐亭で、食事をともにすることになる。三度目は劇場で、話が合い、結局二人で観劇した。その夜、お酒を飲みながら意気投合。そして、付き合うことになった。
 
 微妙に事実が入ってますが……。
 というか偶然が多すぎ。三度も偶然に会うなんてありえないと思うんだが。
 最後はお酒を飲んで意気投合で、どうやったら付き合うことになるんだ? 
 
「じゃあ、こっちは?」

 不服そうな私たちに、今度はファリエス様は別の紙を見せる。

 アンが王都に帰ってから半年……、ここは同じ設定だ。
 街で困っている女性を助けようとしたら偶然に再会。助けた女性に請われるまま食事に誘われ、三人で食事を楽しむ。
 それから数日後、今後は劇団付近で困っている女性を助けようとして再会。そしてお礼とまた食事に誘われる。
 それから二人は意識をするようになり、付き合うことになる。

「……同じじゃないですか?」
「ああ、出来事は少し違うが、同じ気がする」
「ああ、煩いわね。だったら自分たちで考えて!」

 ファリエス様は口を尖らし、紙を破いてしまう。
 ああ、怒らせてしまったぞ。

「ユアン。とりあえず、二番目の話で進めましょう。折角ファリエス様が考えてくださったんだし」
「そう?やっぱりジュネは話がわかるわねぇ。ちなみに女性たちの名前も考えてあるの。裏を取られると困るから、私の知り合いに頼むつもりよ」

 ファリエス様は機嫌を直してくださり、輝く笑顔を取り戻した。

 ……うん。これでいい。まあ、困った女性を助けるとか、私らしいから。嘘だとばれにくいかもしれない。

「ジュネが納得しているのであれば、俺もそれでいいが」
「じゃあ、時期とか、そういう細かい打ち合わせしましょう。二人ともしっかり覚えてね。これ紙とペン」

 ファリエス様は戸棚から紙と羽ペン、インクを取り出し、卓上に置く。
 そうして、私たちの打ち合わせは城の門限ぎりぎりまで続いた。

 
 ☆

「うん。まあ、これで大丈夫じゃないの」

 アンがラスタに到着する前夜、私とユアンはファリエス様の屋敷にいた。
 家主であるトマス・エッセ様は今日も不在で、この家に通って一週間になるが、まだ会った事はなかった。
 今度改めてお礼にきたほうがいいかもしれない。

 私とユアンは照れることもなく、ソファに横に並んで座っている。毎日のようにそうすると慣れるらしく、私は頬を赤らめることもなくなっていた。

「ジュネ」
 
 ただ、彼が耳元で囁くときだけ、心臓が跳ねて、頬を染める。

「私で遊ぶのはやめてください」

 ユアンは私が動揺するのが楽しいらしく、油断をしていると仕掛けてくる。何度もされているのに、こればかりは慣れなかった。

「黒豹。自重してちょうだいね。あくまでもふりなのよ」

 そんなユアンにファリエス様が小言を言ってくれた。
 自重、とかはわからないが、あくまでもふりなんだから、過度な接触は必要ないと思う。

「わかりました。ファリエス様」

 ユアンは不服そうに返事をして、少し離れてくれた。私はほっとしたが、彼は残念そうだ。
 そんなに私をからかうのは好きなのか?
 悪趣味だな。

「さあ。二人とも。本番の謁見は、明日の午後だから!」
「へ?明日?明日到着予定ですよね?」
「そう。どうしても早く会いたいらしいのよ。場所はここだから」
「え?」
「滞在先のマンダイの屋敷では嫌だとごねたらしくてね。ナイゼルの家よりも、トマスのほうが家柄は上だからね」
「まあ、慣れているほうがいいですけど」
「やっぱりそうよね。だから、私も少し手伝えそうなのよ」

 ファリエス様は、それは本当に嬉しそうに微笑み、私とユアンは嫌な予感しかしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

処理中です...