上 下
21 / 56
第一部

男爵令嬢、屋敷へ戻る。

しおりを挟む
 ホッパー家に到着し、玄関先で揉めたのだが、ジャスティーナが姿を現すと、すぐに屋敷に通される。 
 ハンクが馬車と共に去っていく気配を背後で感じ、心細い気持ちになった。けれども、彼女は小さく息を吐くとイザベラと共に中に入った。 
 
「ジャスティーナ!心配していたぞ」 
 
 顔が変わってしまった時とは一転して、ホッパー男爵は両手を広げて彼女を迎えた。 
 満面の笑みで、数日前に怒られたのが嘘のように思えるほどだった。 
 実際、呪いがかかる前は、父はいつもジャスティーナには甘く、甘すぎるほどだった。 
 父の隣には母のアビゲイルもいたが、無表情で何を考えているかわからない。 
 
 イザベラより、数日間の失踪は、彼女の仕業と説明される。ルーベル公爵のお抱えの魔女ということで、父が非難などするわけもなく、ただ呪いを解いてくれたことに感謝を述べる。 
 
 ――呪いを解いてくれたのは、イーサン様なのに。 
 
 心でそう思ったが、口に出すわけにもいかず、ジャスティーナは終始無言だった。 
 イザベラが屋敷を去り、彼女は部屋に戻る。 
 使用人達の態度は相変らず冷たいもので、戻ってきた彼女に優しい言葉をかける者は一人もいなかった。 
 
 ホッパー家の使用人の制服は誰の趣味がわからないが可愛らしいものだった。襟ぐりが大きく、ふわりと広がった袖、腰の部分はきゅっと絞られた赤茶色のワンピースに、レースを裾にあしらった白のエプロン。 
 帽子などをかぶる必要もなく、大概髪を一つにまとめているものが多かった。 
 
「ジャスティーナ様。お着替えをされますか?」 
 
 茶色の髪を編みこんだ使用人の一人が、にこりと笑うこともなく淡々と尋ねる。 
 
「ええ。お願いするわ」 
 
 ジャスティーナが微笑んで答えると驚いたような顔をされる。 
 
 ーー何か変だったかしら? 
 
 彼女は首をかしげたが、答えはでなかった。 
 ホッパー家では使用人達は必要最低限のことしか、ジャスティーナに話しかけない。だが、それに答える度に使用人に驚かれ、困惑する。 
 そうして、夕食が始まり、彼女は悟った。 
 
「ジャスティーナよ。どうしたのだ?お前らしくないな。いつも誇り高く、毅然としていて、使用人達に気など配ることはなかったのに。そんな謙(へりくだ)った態度では公爵夫人としてやっていけないぞ」 
 
 ――誇り高く、毅然として。そう。そういうことね。私は不遜で、いつも周りを省みなかった。だから、使用人達に気を配ることもなかったのだわ。 
 
 父の言葉で彼女は使用人達の不可解な反応に納得がいった。 
  
「お父様。婚約は破棄されたのでなかったの?」 
 
 公爵夫人と言われ、彼女は確かめるためにも父に聞き返す。 
 
「何を言っている。こうして、お前が元の美しい姿に戻ったのだ。婚約は続行だ。ルーベル公爵からも既に手紙が届いていて、明日シュリンプ様とわざわざ足をお運びくださるそうだ」 
「わ、私は会いたくないわ。婚約破棄するって言ってたじゃないの。今さら、おかしいわ」 
「ジャスティーナ。シュリンプ様のどこが不満なのだ。あのように身分が高くて、姿形も整っている方など、他にはいないぞ。お前も喜んでいたじゃないか」 
 
 ――喜んでいた。そう。確かに、シュリンプは見目素晴らしい人で、とても優しかったわ。私が喜びそうなものを贈ってくださったり。だけど、顔が変わると手の平を返したように変わったわね。そうだわ。顔すら合わせようとしなかった。 
 
「ジャスティーナ。どうしたのだ?」 
 
 突然笑い出した彼女にホッパー男爵が声をかける。 
 
 ――イーサン様も、私の顔が元に戻ったら会ってくれなくなったわね。シュリンプと同じ。おかしいけど。顔がそんなに重要なの?だって中身は全部一緒よ。外見だけの話なのに。 
 
「ジャスティーナ。なぜ泣く?どうしたのだ?」 
 
 今後は泣き出した彼女に、男爵はお手上げだとばかり、頭を抱え込んだ。 
 母のアビゲイルがその時ばかりは、珍しく動いた。 
 
「ジャスティーナ。戻ったばかりで疲れているでしょう。一晩ぐっすり寝たらきっと落ち着くわ。旦那様、早く彼女を休ませてあげましょう」 
「そ、そうだな。明日はルーベル公爵も来る。そうしよう」 
 
 そうして夕食は早めに切り上げられ、ジャスティーナは自室に返される。早々と寝間着の白いドレスに着替えるように促され、彼女はただ使用人にされるがまま、着替えを済ませる。 
 明かりこそ、消されなかったが、使用人は用事がすんだとばかり、部屋を退出した。 
 部屋の中は、見た目こそが豪華であったが、ごわごわしたシーツに硬い枕が置かれ、ジャスティーナはイーサンの屋敷を思い出す。 
 シーツはやわらかく、枕には安眠用の草が仕込まれ、とても快適に眠れた部屋だった。 
 
「こんな部屋で私は寝ていたのね」 
 
 当時は気がつかず、ただ生地の色鮮やかさ、模様の絢爛さに満足していた。 
  
「私は、何をしていたのかしら」 
 
 ――私の態度が、使用人達を遠ざけていた。きっとお母様の態度が変わったのも私のせい。どうすれば私に優しくしてくれるかしら。 
 
 昨日同様眠れない夜、朝方やっとベッドに横になったが、疲れがとれないまま、翌朝使用人に起こされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」

まほりろ
恋愛
【完結済み】 若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。 侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。 侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。 使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。 侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。 侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。 魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。 全26話、約25,000文字、完結済み。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにもアップしてます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...