10 / 56
第一部
やはり不思議な使用人達
しおりを挟む
「また遅いわ。お父さんったら、何を話してるのかしら」
モリーは広間で金切り声を上げる。
使用人としてどう考えても、マナー違反なのだが、ジャスティーナは徐々にこの家の使用人達の独特の雰囲気になれてきており、ただ、静かに出されたお茶を飲んでいた。
「ジャス様。呼んできますから。お待ちくださいませ」
鼻息荒くそう言い、彼女は屋敷の奥へ消えてしまった。
こうして、一人広間に取り残されるのは二度目。だが、昨日と違って不安は覚えなかった。
「あれ。ジャスティー、違った。ジャス様はお一人なんですか?」
親しげに声をかけてきたのは、先ほど外門で待っていたニコラスだ。彼は汚れてもよさそうな茶色の服から、こざっぱりと白い服に着替えており、これまた白い前掛けを腰に巻き、長細い白の帽子を被っていた。
こうしてニコラスに話しかけられたのは初めてで、緊張したジャスティーナは何も答えられず、ただ彼に視線だけを向けた。
「えっと、すみません。俺は、ニコラスと言います。ちゃんと挨拶していなくて、すみません!」
ニコラスは彼女の視線に微笑みを返し、元気よく頭を下げる。
「あの、私はジャスよ。馬小屋と料理を担当しているの?」
「ああ、そうですね。えっと、それから庭仕事もしますし、いろいろですね。何でもできますんで、モリーでも手におえないことがあったら、俺を呼んでください」
「あ、ありがとう」
なんとなくお礼を言ってから、ジャスティーナは気がついた。
「料理、そう料理。とてもおいしい料理をありがとう。初めてこんなにおいしい料理を食べた気がするわ。あなたは本当に腕がいいのね」
「え、そうですか?それは……、ありがとうございます!」
ニコラスは戸惑いながらも、頭を下げた。
「ニコラス!何してるのよ!」
そうこうしているうちにモリーが広間に戻ってきて、急ににぎやかになる。
「モリー。何怒っているんだよ。浮気なんかしないぜ。俺はモリー一筋なんだから」
「な、何言っているのよ!馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ。あ、すみませんね。ジャス様」
二人にとってはいつもの掛け合い。しかし今はジャスティーナの前である。ニコラスは呆気にとられたジャスティーナを視界に収め、すばやく謝った。それでモリーもやっと自分が仕出かした無作法振りを思い出し、深々と頭を下げた。
「気にしないで。モリー。あなた達本当に面白いわね。喜劇を見ているみたい」
「き、喜劇?」
「あの、舞台で見るような奴ですか?」
「ええ。歌はないけど、掛け合いとか、本当、劇を見ているみたいだわ」
「モリー聞いたか。俺たち役者みたいなんだって」
「ニコラス。そんな意味じゃないわよ」
二人はまた掛け合いを始めたが、すぐに雷が落とされ、広間は静まり返った。
「モリー、ニコラス!お前たち。ジャス様の目の前でなんてくだらない話をしているのだ。ニコラス、遊んでないで調理場に戻れ。モリーはさっさとお茶を運んできなさい。まったく」
声を荒げたのは執事であるハンクで、ニコラスは慌てて調理場に戻り、モリーは広間の奥の小さなテ-ブルで、お茶の準備をし始めた。
「ジャス様。本当に申し訳ありません。教育が行き届いておらず、このハンク、お詫び申しあげます」
「俺からも悪いな。使用人とは言え、どうも家族みたいなものでな。俺も甘くなってしまっていた」
「旦那様。旦那様のせいではございません!これは私の不甲斐なさが致すところ。つきましては、」
「だめだぞ。お前がいなくなっては大変だ。この屋敷が立ち行かない」
モリーとニコラスの後は、イーサンとハンクがジャスティーナそっちのけで話を始める。彼女は少しだけ疎外感を感じてしまい、反射的に手を膝の上におき、きゅっとドレスをつかんでしまった。
「ああ、まったく!私がいないと、本当にだめだねぇ。お客様ひとり、ちゃんともてなしできないんだから」
「マデリーン!」
ジャスティーナはマデリーンのあきれたような声に大きく反応し、思わず席を立ってしまう。広間に現れた彼女はモリー同様に白い大きな帽子、地味なワンピースに白いエプロン姿だ。
マデリーンの姿は朝食に一度見たが、その後見られず、モリーに聞いたら腰を痛くして、部屋に篭っていると聞いており心配していたのだ。
「マデリーン。お前は、また無理をして」
「無理をさせているのは誰なんだい。執事さん。モリー早くお茶を入れて、ニコラスには御菓子を持ってこさせなきゃ。執事さん。何を突っ立ているんだい。早く旦那様を椅子につかせるんだよ」
普段は命を出しているハンクが妻であるマデリーンに小言を言われている。彼達の死角になっているが、ジャスティーナからはモリーが声を押し殺して笑っている姿が見て取れた。
本当に飽きない使用人達で、ジャスティーナの口は緩みっぱなしだ。
「ジャス嬢。本当、使用人達が申し訳ない。煩いだろう」
彼女の斜め向かいの椅子に座ったイーサンが、「使用人の代わりに」そう謝り、それがおかしくて彼女はとうとうこらえきれなくなった。
湖で感じた彼の心の闇。けれどもこんな明るい使用人達に囲まれれば、それに囚われることもないのだろうと、ジャスティーナは困った顔をしているイーサンを少し羨ましく思った。
モリーは広間で金切り声を上げる。
使用人としてどう考えても、マナー違反なのだが、ジャスティーナは徐々にこの家の使用人達の独特の雰囲気になれてきており、ただ、静かに出されたお茶を飲んでいた。
「ジャス様。呼んできますから。お待ちくださいませ」
鼻息荒くそう言い、彼女は屋敷の奥へ消えてしまった。
こうして、一人広間に取り残されるのは二度目。だが、昨日と違って不安は覚えなかった。
「あれ。ジャスティー、違った。ジャス様はお一人なんですか?」
親しげに声をかけてきたのは、先ほど外門で待っていたニコラスだ。彼は汚れてもよさそうな茶色の服から、こざっぱりと白い服に着替えており、これまた白い前掛けを腰に巻き、長細い白の帽子を被っていた。
こうしてニコラスに話しかけられたのは初めてで、緊張したジャスティーナは何も答えられず、ただ彼に視線だけを向けた。
「えっと、すみません。俺は、ニコラスと言います。ちゃんと挨拶していなくて、すみません!」
ニコラスは彼女の視線に微笑みを返し、元気よく頭を下げる。
「あの、私はジャスよ。馬小屋と料理を担当しているの?」
「ああ、そうですね。えっと、それから庭仕事もしますし、いろいろですね。何でもできますんで、モリーでも手におえないことがあったら、俺を呼んでください」
「あ、ありがとう」
なんとなくお礼を言ってから、ジャスティーナは気がついた。
「料理、そう料理。とてもおいしい料理をありがとう。初めてこんなにおいしい料理を食べた気がするわ。あなたは本当に腕がいいのね」
「え、そうですか?それは……、ありがとうございます!」
ニコラスは戸惑いながらも、頭を下げた。
「ニコラス!何してるのよ!」
そうこうしているうちにモリーが広間に戻ってきて、急ににぎやかになる。
「モリー。何怒っているんだよ。浮気なんかしないぜ。俺はモリー一筋なんだから」
「な、何言っているのよ!馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ。あ、すみませんね。ジャス様」
二人にとってはいつもの掛け合い。しかし今はジャスティーナの前である。ニコラスは呆気にとられたジャスティーナを視界に収め、すばやく謝った。それでモリーもやっと自分が仕出かした無作法振りを思い出し、深々と頭を下げた。
「気にしないで。モリー。あなた達本当に面白いわね。喜劇を見ているみたい」
「き、喜劇?」
「あの、舞台で見るような奴ですか?」
「ええ。歌はないけど、掛け合いとか、本当、劇を見ているみたいだわ」
「モリー聞いたか。俺たち役者みたいなんだって」
「ニコラス。そんな意味じゃないわよ」
二人はまた掛け合いを始めたが、すぐに雷が落とされ、広間は静まり返った。
「モリー、ニコラス!お前たち。ジャス様の目の前でなんてくだらない話をしているのだ。ニコラス、遊んでないで調理場に戻れ。モリーはさっさとお茶を運んできなさい。まったく」
声を荒げたのは執事であるハンクで、ニコラスは慌てて調理場に戻り、モリーは広間の奥の小さなテ-ブルで、お茶の準備をし始めた。
「ジャス様。本当に申し訳ありません。教育が行き届いておらず、このハンク、お詫び申しあげます」
「俺からも悪いな。使用人とは言え、どうも家族みたいなものでな。俺も甘くなってしまっていた」
「旦那様。旦那様のせいではございません!これは私の不甲斐なさが致すところ。つきましては、」
「だめだぞ。お前がいなくなっては大変だ。この屋敷が立ち行かない」
モリーとニコラスの後は、イーサンとハンクがジャスティーナそっちのけで話を始める。彼女は少しだけ疎外感を感じてしまい、反射的に手を膝の上におき、きゅっとドレスをつかんでしまった。
「ああ、まったく!私がいないと、本当にだめだねぇ。お客様ひとり、ちゃんともてなしできないんだから」
「マデリーン!」
ジャスティーナはマデリーンのあきれたような声に大きく反応し、思わず席を立ってしまう。広間に現れた彼女はモリー同様に白い大きな帽子、地味なワンピースに白いエプロン姿だ。
マデリーンの姿は朝食に一度見たが、その後見られず、モリーに聞いたら腰を痛くして、部屋に篭っていると聞いており心配していたのだ。
「マデリーン。お前は、また無理をして」
「無理をさせているのは誰なんだい。執事さん。モリー早くお茶を入れて、ニコラスには御菓子を持ってこさせなきゃ。執事さん。何を突っ立ているんだい。早く旦那様を椅子につかせるんだよ」
普段は命を出しているハンクが妻であるマデリーンに小言を言われている。彼達の死角になっているが、ジャスティーナからはモリーが声を押し殺して笑っている姿が見て取れた。
本当に飽きない使用人達で、ジャスティーナの口は緩みっぱなしだ。
「ジャス嬢。本当、使用人達が申し訳ない。煩いだろう」
彼女の斜め向かいの椅子に座ったイーサンが、「使用人の代わりに」そう謝り、それがおかしくて彼女はとうとうこらえきれなくなった。
湖で感じた彼の心の闇。けれどもこんな明るい使用人達に囲まれれば、それに囚われることもないのだろうと、ジャスティーナは困った顔をしているイーサンを少し羨ましく思った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる