2 / 56
第一部
森で出会った昆虫男爵
しおりを挟む
「お、面白い顔ってなによ!あなたなんて、昆虫みたいな顔してるくせに!」
ジャスティーナは己の顔が醜いことを知っていたが、自分より醜い、醜いを超え人間の顔すらしていない男に「面白い」と言われたことに腹を立て、気がつくと言い返していた。
すると男の目が見開かれる。
口がゆっくりと開き、ジャスティーナは怒らせたとすぐに後悔した。
だが、男は怒るどころか、笑い出す。
「な、なにがおかしいのよ!私は、あなたを侮辱したのよ!」
「侮辱?侮辱でもないさ。俺の顔は本当に昆虫に似ている。昆虫男爵と呼ばれるくらいだからな」
「こ、昆虫男爵……?」
それは怪物の類として語られる名前であり、幼少から悪いことをすると昆虫男爵に浚われると母に言われてきた。
まさか、実際に存在した人物だとは思っておらず、ジャスティーナはまじまじと彼を見てしまう。
「珍しいか?」
「ええ。とても。でも面白い顔」
そう答えてしまい、彼女は慌てて口を押さえた。
「あなたもな」
「それは、そうかもしれない」
「面白い」=醜いに置き換えていたのだが、彼の昆虫そっくりの顔を面白いと思ってから、なんだか面白いと言われても不快に感じることがなくなっていた。
しかも初めて今の自分の顔に対して、負の感情を含まない言葉をかけてもらった気がする。
「ありがとう」
顔が変えられてから初めて嬉しい気持ちになり、ジャスティーナは素直にそう礼を述べていた。
「おかしな奴だな」
初めて会った相手、しかもお礼など言われることをしていないので昆虫男爵は口を歪める。
「面白い顔ね。見ていて飽きないわ」
「そうか。そんなこと初めて言われた」
「飽きないわよ。本当。だって、くるくる動く目玉に、微妙に動く口。面白いわ」
「それはあまり嬉しくない表現だな」
「あ、ごめんなさい。そうよね」
ジャスティーナはあまりに不躾だったと素直に謝る。
謝罪などほとんどしない彼女にしては珍しいことで、屋敷の者が知ったら仰天もの。だが彼はそんなことは知らないので、ただ頷き、再び口を開く。
「日が暮れる。屋敷まで送っていこう。いや心配しなくていい。私の屋敷の者に送らせよう」
「や、屋敷。帰りたくないわ。帰ってもどうせ、部屋から出るなって言われて、あのルーベル公爵に謝れって言われるだけだもの」
「ルーベル公爵?もしかしてあなたはホッパー男爵令嬢か?」
「そうよ。そう、あなたも知っているのね。そうよね!魔女を怒らせ呪いをかけられた馬鹿な娘の話なんて面白可笑しく伝えられてるのでしょう!」
彼が事情を知っているという事で、さっきまで感じていた暖かい気持ちが一気の霧散する。
ジャスティーナは踵を返すと歩き出した。
「おい、待て!急に何だ?もう日が暮れ始めている。一人で歩くのは危険だ!」
昆虫男爵は彼女の腕を掴み、まくし立てる。
「離して!あんな家なんて絶対戻らないから!」
「旦那様!」
二人が揉み合っていると、嗄れた声が間に入った。
「何をなさってるんですか!」
現れた老爺はジャスティーナより小柄。けれども背中はピンと伸びて、険しい視線を昆虫男爵に向けていた。
「ハンク。誤解をするな。俺は何もしていない」
「え、誤解!そうよ。私は何もされていないわ。ただ、腕を掴まれて」
「腕を、旦那様。おいたわしい。好いた娘がいないと仰ってましたが、実はいらっしゃったんですね。お嬢様。旦那様は、それはそれは不器用な方で、」
「ハンク!何を言っているんだ」
「そうよ!この、こ、この人とは今さっき会ったばかりなのよ!」
突然、老爺ことハンクがハンカチを取り出し、泣きながら語り始めたので、二人は慌てるしかなかった。
勘違い、誤解だと、二人は懸命に言い返す。
「お二人とも、つもる話はお屋敷でいかがでしょうか?」
ハンクは涙をハンカチでふき取ると、突然に二人に一転してにこやかに問いかけた。
「ハンク!お前」
「屋敷?こ、この方の?」
「そうです。わが主、デイビス男爵の屋敷でごさいます」
ハンクはその格好から、彼の使用人に違いない。
しかし昆虫男爵こと、デイビス男爵は慌てふためいていて、ジャスティーナはおかしくなって笑いがこみ上げてきた。
久しぶり、いや初めて、こんなおかしい気分になったと彼女は声を立てて笑う。
「何がおかしいんだ。いったい」
デイビス男爵――イーサン・デイビスは、ジャスティーナがおかしくたまらないとばかり涙を浮かべて笑い続ける様に、頭を抱えるしかなかった。
ジャスティーナは己の顔が醜いことを知っていたが、自分より醜い、醜いを超え人間の顔すらしていない男に「面白い」と言われたことに腹を立て、気がつくと言い返していた。
すると男の目が見開かれる。
口がゆっくりと開き、ジャスティーナは怒らせたとすぐに後悔した。
だが、男は怒るどころか、笑い出す。
「な、なにがおかしいのよ!私は、あなたを侮辱したのよ!」
「侮辱?侮辱でもないさ。俺の顔は本当に昆虫に似ている。昆虫男爵と呼ばれるくらいだからな」
「こ、昆虫男爵……?」
それは怪物の類として語られる名前であり、幼少から悪いことをすると昆虫男爵に浚われると母に言われてきた。
まさか、実際に存在した人物だとは思っておらず、ジャスティーナはまじまじと彼を見てしまう。
「珍しいか?」
「ええ。とても。でも面白い顔」
そう答えてしまい、彼女は慌てて口を押さえた。
「あなたもな」
「それは、そうかもしれない」
「面白い」=醜いに置き換えていたのだが、彼の昆虫そっくりの顔を面白いと思ってから、なんだか面白いと言われても不快に感じることがなくなっていた。
しかも初めて今の自分の顔に対して、負の感情を含まない言葉をかけてもらった気がする。
「ありがとう」
顔が変えられてから初めて嬉しい気持ちになり、ジャスティーナは素直にそう礼を述べていた。
「おかしな奴だな」
初めて会った相手、しかもお礼など言われることをしていないので昆虫男爵は口を歪める。
「面白い顔ね。見ていて飽きないわ」
「そうか。そんなこと初めて言われた」
「飽きないわよ。本当。だって、くるくる動く目玉に、微妙に動く口。面白いわ」
「それはあまり嬉しくない表現だな」
「あ、ごめんなさい。そうよね」
ジャスティーナはあまりに不躾だったと素直に謝る。
謝罪などほとんどしない彼女にしては珍しいことで、屋敷の者が知ったら仰天もの。だが彼はそんなことは知らないので、ただ頷き、再び口を開く。
「日が暮れる。屋敷まで送っていこう。いや心配しなくていい。私の屋敷の者に送らせよう」
「や、屋敷。帰りたくないわ。帰ってもどうせ、部屋から出るなって言われて、あのルーベル公爵に謝れって言われるだけだもの」
「ルーベル公爵?もしかしてあなたはホッパー男爵令嬢か?」
「そうよ。そう、あなたも知っているのね。そうよね!魔女を怒らせ呪いをかけられた馬鹿な娘の話なんて面白可笑しく伝えられてるのでしょう!」
彼が事情を知っているという事で、さっきまで感じていた暖かい気持ちが一気の霧散する。
ジャスティーナは踵を返すと歩き出した。
「おい、待て!急に何だ?もう日が暮れ始めている。一人で歩くのは危険だ!」
昆虫男爵は彼女の腕を掴み、まくし立てる。
「離して!あんな家なんて絶対戻らないから!」
「旦那様!」
二人が揉み合っていると、嗄れた声が間に入った。
「何をなさってるんですか!」
現れた老爺はジャスティーナより小柄。けれども背中はピンと伸びて、険しい視線を昆虫男爵に向けていた。
「ハンク。誤解をするな。俺は何もしていない」
「え、誤解!そうよ。私は何もされていないわ。ただ、腕を掴まれて」
「腕を、旦那様。おいたわしい。好いた娘がいないと仰ってましたが、実はいらっしゃったんですね。お嬢様。旦那様は、それはそれは不器用な方で、」
「ハンク!何を言っているんだ」
「そうよ!この、こ、この人とは今さっき会ったばかりなのよ!」
突然、老爺ことハンクがハンカチを取り出し、泣きながら語り始めたので、二人は慌てるしかなかった。
勘違い、誤解だと、二人は懸命に言い返す。
「お二人とも、つもる話はお屋敷でいかがでしょうか?」
ハンクは涙をハンカチでふき取ると、突然に二人に一転してにこやかに問いかけた。
「ハンク!お前」
「屋敷?こ、この方の?」
「そうです。わが主、デイビス男爵の屋敷でごさいます」
ハンクはその格好から、彼の使用人に違いない。
しかし昆虫男爵こと、デイビス男爵は慌てふためいていて、ジャスティーナはおかしくなって笑いがこみ上げてきた。
久しぶり、いや初めて、こんなおかしい気分になったと彼女は声を立てて笑う。
「何がおかしいんだ。いったい」
デイビス男爵――イーサン・デイビスは、ジャスティーナがおかしくたまらないとばかり涙を浮かべて笑い続ける様に、頭を抱えるしかなかった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた
せいめ
恋愛
伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。
大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。
三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?
深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。
ご都合主義です。
誤字脱字、申し訳ありません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる