17 / 27
3章 神隠れ
17 チェスターの兄
しおりを挟む「ジャファード様」
廊下を歩いているとミリアとすれ違う。
「ミリアでしたか。もう聖女様はお休みになられたのですか?」
「えっと、まだだと思うのですが。すみません。あの、聖女エイコー様がもういいからとおっしゃって……」
ミリアは少し後ろめたそうにしていた。
(この侍女は江衣子の味方だ。大方彼女は無理にこの侍女を帰したのだろう)
「私が後は様子をみるから心配ありません。気を付けて」
「……ありがとうございます」
ミリアは少しだけ間を置いて、顔を赤くすると逃げるようにいなくなってしまった。
(何か、変なこと思われているのか?)
ジャファードはミリアの前で、江衣子と抱き合ったり、素で言い合いしていたところを見られていた。
(江衣子から話すことはないからばれていないとして……誤解されている?)
色々考えてしまったが、悩んでいても仕方ないので、ジャファードは江衣子の元へ急いだ。
聖女の部屋は一番奥の部屋になる。
大きな扉に太陽を模した絵が描かれているのが目印で、一礼してから彼は扉を叩く。
何も反応がなく、逆に心配になり部屋に入り込んだ。
(鍵がないっていうのは危険だな。前はそう思わなかったけど、今は神殿内の誰が裏切り者がわからない。誰か信用できるものを守りつけたほうがいいのか。というか、大神殿へ戻る道すがら誰も襲ってこなかった。騎士団の力を恐れてか?それとも別の狙いがあるのか?)
ジャファードは考え事をしながら、部屋の中を進む。
窓から月明かりが入ってきていて、闇に眼が慣れなくても部屋全体を見渡すことができた。
静かな寝息が聞こえてきて、ベッドで熟睡している江衣子を見つける。
(本当、神経図太いよな。この状況下で眠れるなんて)
彼女の近づき、その安らかな寝顔を見る。
(まだ細いな。こっちにきて少し太ると思ったのに)
16歳の江衣子はかなり痩せ気味で、この世界に来て上げ膳据え膳の生活をすれば少し肉が付くと思った。けれども、西の神殿への旅は波乱に満ち溢れていて、食べるどころではなかった。
「明日からしっかり食べろよな」
ジャファードはそう言いながら彼女の頬に触れる。
少しかさついていて、これも旅のせいかと思う。
9年前、彼からすると9年前だ。
鏡の中で江衣子の姿を見て、なんて貧弱な少女だと思った。その目も力がなく、自分の好みとはかけ離れていた。
街で本物の彼女を見つけた。
鏡の中よりも、もっと痩せているようで、俯き加減で歩いていた。
(早く保護して、ルナマイールに連れて帰る)
そう決めて、彼は彼女を追った。
「聖女の務めが終わったら、日本に戻るのか?でも……」
日本での彼女は幸せそうじゃなかった。
(でも3年前、会社で見かけた彼女はとても元気そうだった。きっと、どうにか道を切り開いたのだろう。あの強い生命力に惹かれた。太陽のような……。記憶はなかったのにおかしなものだ)
「……でも覚えていたかもしれないな」
今となってはそう思えることが多々あった。
一度見た彼女を忘れられず、連絡先を聞いてしまった。
その後も、要(かなめ)としても、ジャファードとしても信じられない行動をとった。
「今もそうか……」
彼女のために滝に飛び込んだりと、自分の行動を思い出し、苦笑する。
「……要(かなめ)?」
ふいに江衣子が目を覚ます。
けれども半覚醒とばかり、うつろな視線だ。
「本当、酷い。もうコロッケ作んないから」
「悪い。悪かった」
「なら許す」
夢うつつなのに、会話が成り立ち、彼女はまた寝息を立てて寝てしまった。
「ああ、なんだかなあ」
ジャファードは胸が熱くなり、片手で顔を覆う。
言葉にならない感情が押し寄せてきて、唇を噛んだ。
*
チェスターの家名はアレナスという。
両親が早く亡くなり、長男のケビンが家を継いでいる。
ケビンは王直属の組織に属しているのだが、詳細はチェスターにはわからない。
けれども、彼はケビンがこの件について何か知っていると思っていた。
聖女召喚の話が出て、チェスターに小剣を送ったのはケビンだった。神官になると決めたのは9歳の時なのだが、ケビンは彼に武術を習わせた。
おかげで騎士になるほどではないが、自分の身くらいは守れる術は身に着けた。
(森では多勢に無勢だったから全然役に立たなかったけどな)
無謀な戦いを挑むのは馬鹿だとケビンから小さいときから言われてきていた。
今日戻ることも知らないはずなのに、家に戻ると彼が帰ってくるのを事前に知らせてあるように準備が整えてあった。こういう事はいつもなので驚かず、彼は兄との面談のため、湯あみをしたり軽い食事をとったりと機会を待つ。
執事から呼び出しを受け、執務室に行くと兄が座って待っていた。
「久しぶりだな」
「はい」
兄は探るような眼を向けてくるので苦手であったが、彼は聞かなければならないことがあると、気合を入れる。
「兄貴、」
「兄上だ。チェスター」
「はい。兄上。それで」
「聖女の件だろう。その件で神殿とはすでに話をつけている。チェスター。お前はしばらく屋敷に残れ。神隠れの祈りの儀式が終わったら戻るといい」
「兄貴、いえ、兄上。それはどういうことですか?」
「お前は知らなくていい。安心しろ。聖女が傷つけられることはない」
「兄上!何かが起きるのですか?いったい」
「私たちはこの時を待っていた。向こうも同じだ。お前が動くと失敗する。だから」
「俺は何もしません。だから真相だけでも教えてください」
「……聞けば、神官をやめて私の部下になってもらうぞ。いいのか?」
兄に睨まれ、チェスターは顔を強張らせる。
(神官という職業に憧れていた。けれども本当にそうなのか?ただ、この兄の下で働きたくなかっただけじゃないのか?)
自問自答したが答えはでなかった。
それを否定と受け取り、ケビンは立ち上がった。
「夜も遅い。今日はゆっくりと休むがいい」
「……ありがとうございます」
即答できない自身に対して様々な感情が渦巻く。
けれども彼はおとなしく部屋に戻ることにした。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる