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3章 神隠れ

15 旅の帰路

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「聖女暗殺は失敗しました。聖女が生きている限り、異世界の門は開かず代わりの者を連れてくることができません」

 江衣子の殺害を企てた顔の綺麗な男は、主に淡々と報告していた。

「しかたない。それでは別の計画を実行しようではないか。聞けば御しやすそうな娘だ。これといって秀でているところもないのに、聖女とはなあ」
「はい」

 主の言葉に男はただ頷く。

「まあよい。鏡が選んだものが聖女であり、異世界の門が開かないということは娘が聖女であることに違いない。すぐにあの計画を実行しろ」
「畏まりました」

 男は礼をとり、踵を返して部屋を出て行く。

「かの者が王となり、神になるのも近い」

 男の主はザカリー・グーデレン。
 義理の息子は、現国王の弟のウォーレンだ。
 彼は権力を握るため、ウォーレンを即位させることを狙っていた。そのため西の神殿長を利用し、聖女暗殺。新しい聖女を異世界より招き、新国王の神託をさせるつもりだった。
 暗殺は失敗し、彼は別の計画を進めつつあった。



(どうして接していいかわからない)

 ジャファードに元のようにタメ語で話すように言ったのはいいが、江衣子自身が戸惑っていた。

(なんで、かっこよく見えてくるのか。これ、なにつり橋効果ってやつ?まあ、夫であったから、その何なんだけど)

 馬車の窓から江衣子は時折ジャファードの様子を覗く。
 髪を一つに結び颯爽と馬に乗る様子は様になっている。
 
(まあ、その隣のチェスターのほうが王子っぽいんだけど)

 チェスターとジャファードは何か話しているように見えた。

「聖女エイコー様。体調がいかがですか?」
「大丈夫よ。なんか行くときみたいに気持ち悪くないから」
「それでしたらよかったです」
「ね、ミリア。あの、ミリアはチェスターが好きなの?」
「とんでもございません」

 江衣子の質問にミリアは手を大仰に振って否定する。

「嘘だ~」
「嘘ではございません。それよりも聖女エイコー様はかなりジャファード様と親しいようですけど、そちらのほうが」
「ははは!親しい、親しいといえばそうね。ほら、日本、異世界まで迎えにきてもらったでしょ?その時によくしてもらったから」

 慌ててそう答えるが、ミリアは疑わしそうに見えている。

「あの時、滝に一緒に飛び込むなど並みの覚悟ではできません」

 ミリアは少しだけ悲しそうな顔をしながらそう言う。

「あ、う。あれは感謝してる。死にそうだったから。ほら、神官だから。聖女のことを大切にしてるんでしょ?」
「私は侍女であるのに、何も」
「あ、ミリア。泣かないで。大丈夫。ほら、ミリアは私を庇おうとしてくれたでしょ?だから」

 まるでミリアの代わりのように江衣子が先に滝に落とされたことが、彼女のトラウマになっているようで、何かと思い出して泣いてしまう。江衣子はその度に必死に慰めていた。

(こういう時チェスターがいてくれたら楽そうなんだけど。ああ、なんで帰りはまったく話しかけてこないのかしら)

 江衣子はミリアを慰めながら、窓からジャファードとチェスターの姿を睨んだ。



「なあ、話せよな。どうして聖女様とそんなに親しいのか?迎えにいっただけじゃわからないだろう」
「……後で話します。他の人に聞かれたくありませんから」

 チェスターの問いにジャファードをそう答え、馬車の方へ目を向ける。帰りの旅の途中、江衣子の視線を感じることがあった。
ジャファードは視線が合わないようにしていたのだが、その度にチェスターがからかう。
 
「理由は後にじっくり聞くことにして。そんなに好きなら近くにいって話しかければいいだろう?聖女様もお前のこと気にしているみたいだし」
「それは……」
「うーん。よくわからないなあ。まっ、聖女様をよく見ていたほうがいいのは確かだぞ。主犯は見つかっていない」
「あなたもそう思いますか?」
「ああ。だって、あの西の神殿長、絶対に自害なんてないだろう。俺たちに行き先も話した後も、なんかぶつぶつ言ってたしな」
「そうですよね。私たちが部屋を出た後、誰かに殺されたとみたほうがよさそうですね」
「遺書まで書かされてな。西の神殿長をそういう風に扱うなんて、なかなかいないぞ」
「敵はかなり厄介な人なんでしょうね」
「ああ、面倒。まあ、大神殿に戻ったらちょっと実家に戻って兄貴に聞いてみる」
「兄上?」
「おお。まあ詳しくは話せないけど、兄貴なら知ってそうだ」

 チェスターはそう言って肩を叩く。

「だから聖女様のことよろしくな。大神官には別のやり方でなることにする。見込みのない勝負はやらない主義だからな。聖女様のことはお前に頼むよ」

 ジャファードはすっかり関係を誤解、正確には誤解ではないのだが、チェスターが物分かりがよすぎるようになってしまい、逆に困っていた。

(よろしくって言われても。まあ。目を離さないようにしてほうがいいのだろうな)

 馬車を見ると、奥で何か話しているようで、窓から何も見えない。

(対応に困る。丁寧語は禁止されたし、タメ口だと要(かなめ)であった時のように接してしまう)

 16歳時のジャファードに戻り、要(かなめ)であった時の記憶は時折彼を混乱させた。一番の困惑は江衣子のことで、彼女が絡むと反射的に体が動いていた。

(それだけ、要(俺)が江衣子を好きだったってことか)

 知っていたが認めたくないような不思議な気持ちが沸き起こる。
 それを吹き飛ばしたくて、ジャファードは大きな息を吐いた。
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