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2章 西の神殿

11 西の神殿

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「嘘つき野郎。嘘つき野郎。初めからできていたないんて」
「……で、できてなんかないです!あれは、あの安心してしまいまして」
 
 まさかあちらの世界で夫婦だったとバレるわけにもいかないとジャファードは必死にチェスターに弁解する。

(油断した。なんで俺はあそこで)

 ジャスファードはかなり後悔していた。
 今まで冷たい態度を取り続け距離を置いていたことがすべて水の泡になってしまったわけだ。
 だが、彼はまだ意地をはっており、「熱い抱擁」が終わってからは江衣子と話してはいない。

 副団長はジャファードとチェスターから報告を受け、決断を迫られた。
 大神殿に戻るか、このまま西の神殿を目指すか。
 江衣子の安全を考えれば、大神殿に戻る道を選ぶほうがよかった。まだ神隠れの時期まで2週間もある。
 そういうことで、一行は大神殿への道へ方向転換したが、彼女らの前に西の神殿から迎えがきて、状況は一変した。
 そうして、江衣子たちは西の神殿へ再び向かうことになった。
 馬車に乗るのは江衣子と侍女二人。
 さすがに副団長を歩かせるわけにはいかないと、ジャファードが馬を譲り、彼は列の後尾を歩いていた。チェスターも自分より上の位の神官に馬を貸して、ジャファードの隣で彼を詰り続けている。
 そんな感じで旅を続け、翌日一行は西の神殿へたどり着いた。
 襲撃された後だったせいもあり村に寄らず直接神殿に向かったため、かなり行程が短縮されたようだった。
 

 襲撃事件から江衣子は少し考えを改めた。
 己を守るために、騎士と神官がかなり命を落とした。ジャファードもチェスターも危なかったという話を聞いて、彼女は聖女という立場が以下に重要かを理解しつつあった。
 経典を手に入れ、それを暗唱すればいいとだけ考えていた江衣子は、聖女という役割と向き合うようになった。
 人々が彼女を聖女だと信じているなら、それにふさわしい自分になろう。それが亡くなった人への償いだと考えるようになっていた。

(要(かなめ)は聖女という存在がどんなものか知っていた。神官だから当然よね。そのために日本に来たのだから。でも彼は私と結婚してしまった。それはあれだけ動揺する気持ちもわかる)

 江衣子は買い物から戻るとかなり常軌を逸した状態の要(かなめ)を思い出し、なんだかおかしくなってしまった。

(いいわ。聖女になる。その方が要のためにもなるし。亡くなった人の供養にもなるはずだから)

「聖女エイコー様?」
「ごめんなさい。準備はできたの?」
「はい。湯あみをされてから、神殿長にお会いください」

 西の神殿で手厚く迎えられた一行はまずは旅の疲れを癒すことを勧められた。それは聖女の江衣子も例外なく、すぐに部屋に案内された。湯あみをし、疲れをとってから、西の神殿長に会う予定だった。

 


「聖女の様子はどうだった?」
「普通の女です」
「やはりそうか。神などいない」

 栗色の髪の女から報告を受け、男は頷く。

「やはり、聖女などただの伝承にすぎない。異世界というのも嘘に違いない。神隠れか。神など元からいないものの。闇に染まりし世界で、人々が絶望し、神がいないことを悟る。民衆の目を覚まさせるのはこの時しかない」
「はい。神殿長様」
「神殿長か。そのような役職名はもう今後必要なくなるだろう。神など存在しないのに、神殿など意味があるものか」

 男は、大神官によく似た格好をしていた。
 ただ上着の色は青色で、その手に握るのは経典と呼ばれる祈りの文言が書かれている書物だ。

「今この時をもって、この経典を破棄する。聖女も神という名も共に滅ぼしてしまおう」

 男はそう言い燃え盛る炎の中に書物を投げ込む。
 炎は一段激しく燃えると、くべられたものを食らいつくすように燃え続けた。
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