11 / 27
2章 西の神殿
11 西の神殿
しおりを挟む「嘘つき野郎。嘘つき野郎。初めからできていたないんて」
「……で、できてなんかないです!あれは、あの安心してしまいまして」
まさかあちらの世界で夫婦だったとバレるわけにもいかないとジャファードは必死にチェスターに弁解する。
(油断した。なんで俺はあそこで)
ジャスファードはかなり後悔していた。
今まで冷たい態度を取り続け距離を置いていたことがすべて水の泡になってしまったわけだ。
だが、彼はまだ意地をはっており、「熱い抱擁」が終わってからは江衣子と話してはいない。
副団長はジャファードとチェスターから報告を受け、決断を迫られた。
大神殿に戻るか、このまま西の神殿を目指すか。
江衣子の安全を考えれば、大神殿に戻る道を選ぶほうがよかった。まだ神隠れの時期まで2週間もある。
そういうことで、一行は大神殿への道へ方向転換したが、彼女らの前に西の神殿から迎えがきて、状況は一変した。
そうして、江衣子たちは西の神殿へ再び向かうことになった。
馬車に乗るのは江衣子と侍女二人。
さすがに副団長を歩かせるわけにはいかないと、ジャファードが馬を譲り、彼は列の後尾を歩いていた。チェスターも自分より上の位の神官に馬を貸して、ジャファードの隣で彼を詰り続けている。
そんな感じで旅を続け、翌日一行は西の神殿へたどり着いた。
襲撃された後だったせいもあり村に寄らず直接神殿に向かったため、かなり行程が短縮されたようだった。
*
襲撃事件から江衣子は少し考えを改めた。
己を守るために、騎士と神官がかなり命を落とした。ジャファードもチェスターも危なかったという話を聞いて、彼女は聖女という立場が以下に重要かを理解しつつあった。
経典を手に入れ、それを暗唱すればいいとだけ考えていた江衣子は、聖女という役割と向き合うようになった。
人々が彼女を聖女だと信じているなら、それにふさわしい自分になろう。それが亡くなった人への償いだと考えるようになっていた。
(要(かなめ)は聖女という存在がどんなものか知っていた。神官だから当然よね。そのために日本に来たのだから。でも彼は私と結婚してしまった。それはあれだけ動揺する気持ちもわかる)
江衣子は買い物から戻るとかなり常軌を逸した状態の要(かなめ)を思い出し、なんだかおかしくなってしまった。
(いいわ。聖女になる。その方が要のためにもなるし。亡くなった人の供養にもなるはずだから)
「聖女エイコー様?」
「ごめんなさい。準備はできたの?」
「はい。湯あみをされてから、神殿長にお会いください」
西の神殿で手厚く迎えられた一行はまずは旅の疲れを癒すことを勧められた。それは聖女の江衣子も例外なく、すぐに部屋に案内された。湯あみをし、疲れをとってから、西の神殿長に会う予定だった。
*
「聖女の様子はどうだった?」
「普通の女です」
「やはりそうか。神などいない」
栗色の髪の女から報告を受け、男は頷く。
「やはり、聖女などただの伝承にすぎない。異世界というのも嘘に違いない。神隠れか。神など元からいないものの。闇に染まりし世界で、人々が絶望し、神がいないことを悟る。民衆の目を覚まさせるのはこの時しかない」
「はい。神殿長様」
「神殿長か。そのような役職名はもう今後必要なくなるだろう。神など存在しないのに、神殿など意味があるものか」
男は、大神官によく似た格好をしていた。
ただ上着の色は青色で、その手に握るのは経典と呼ばれる祈りの文言が書かれている書物だ。
「今この時をもって、この経典を破棄する。聖女も神という名も共に滅ぼしてしまおう」
男はそう言い燃え盛る炎の中に書物を投げ込む。
炎は一段激しく燃えると、くべられたものを食らいつくすように燃え続けた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる