妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

文字の大きさ
9 / 27
2章 西の神殿

09 裏切り者

しおりを挟む


 夕方になり、一団は野営の準備を始めた。
 大きな天幕が張られ、江衣子はそこで休むことになる。ミリアともう一人の侍女に世話されるのももう慣れたもので、慣れとは怖いものだと思うようになっていた。
 生理現象もミリアに頼んで人が来ない場所で見張りに立ってもらい、したりして、こちらも慣れたものだった。

(ああ、文明が恋しい。本当に)

 作ってもらった寝床に江衣子はごろんと横になる。
 あれだけ休憩しながら動いているのにもかかわらず、やはり馬車の移動は慣れないもので、揺れない地面がありがたかった。

「聖女エイコー様。私は夕食を取りに行ってまいります。何かあればこのレニーにご用を申しつけください」
「ありがとう」

 (この人レニーっていう名なのね)

 そう思って、江衣子は自己紹介もしていなかったことに気が付く。
 江衣子は立ち上がってレニーに近づく。
 彼女は栗色の髪に茶色の瞳の女性だった。髪の毛を団子にしていて、ミリアよりも少しきつそうな目をしている。

「レニーっていうのね。私は……聖女よ。よろしく」

 エイコーと呼ばれるのは御免だったので、江衣子は笑顔で誤魔化しながら手を出す。
 レニーは出された手に反応を見せず、ただ頭を下げた。

(えっと、なんかあまり印象がよくない)

 少しだけ気分を害して、江衣子は再び寝床に戻った。変な沈黙が流れたが、がやがやと話し声が聞こえ、彼女は体を起こした。

「聖女様」

(この声はあの軽そうな神官のチェスター!)
 
 気まずい空気を破ってくれたのはありがたかったが、やってきたのがチェスターだと思って少しだけ江衣子は脱力してしまった。けれどもその背後にジャファードの姿を見て、なんだか少し安心してしまう。

「……何か御用ですか?」
「お加減うかがいでございます。聖女様」

 冷たく尋ねた彼女にチェスターは陽気に答えた。
 彼の隣のジャファードは、今日は笑顔を作ることなく仏頂面だ。
 変な笑顔を作られるよりよっぽどよくて、江衣子は思わず口元を綻ばせた。

「あ、聖女様。私よりやはりジャファードのほうがいいのですね」
「そ、そんなこと!」

(何を言うんだ。この人は!)

「聖女様は、この土地にきて心細いので、異世界へお迎えに上がった私を見ると安心するのでしょう」

 動揺する江衣子と違って、ジャファードは淡々と答えていた。

「そうか。そうだよな。聖女様。私はこのジャファードの友人です。何かあれば是非この私をお頼りください」

 友人という言葉に、ジャファードが眉を潜めた様子をしっかり見てしまった彼女は、複雑な心境に駆られてしまった。
 けれども社交儀礼として頷いた。




「ああ、お前も一緒に行ってくれてよかった。持つべきものは友だよな」

(友。いつから俺とチェスターは友達なんだろう)

 なぜか急に友達扱いされ始めジャファードはかなり複雑な気持ちになっていた。けれどもチェスターは機嫌よさそうにおしゃべりを続けている。

「聖女様って本当、何か信念が堅そうだな」

(信念っていうか、頑固で融通がきかないだけじゃ?)

 チェスターは江衣子を湛えるのだが、その度にジャファードは心の中でツッコミを入れる。そんなやり取りをしながら、二人は神官用の天幕に戻った。

「あ、夕食のこと忘れていた」
「じゃあ、私が取ってきますよ。お待ちください」

 ジャファード自身も夕食を取っておらず、二人分くらいなら持てそうだと思い、彼はそう申し出る。

「いや、それは悪い。俺も一緒にいく」

 チェスターにそう言われれば断ることもない。二人は食事が準備されているはずの野営地の中心に足を延ばす。

(あれは……)

 昼間目にした怪しい動きをした騎士の姿を目に入れ、ジャファードは立ち止まる。彼は周りを気にしながら森に入っていこうとしていた。

「チェスター様。先にいっていてください。私は少し用を足してから」
「そうか。じゃあな」

 生理現象と誤解してくれ、チェスターは手を振りジャファードから離れた。それを確認して、彼はゆっくりとその騎士の後を追う。
 騎士は森に入りかなり歩いたところで、周りを見渡してから口笛を吹いた。
 ジャファードは藪に身を隠して窺う。

「……準備は……」
「いつ……」

 
 距離が遠いのと、声が小さいことで言っていることが途切れ途切れしか聞こえなかった。なので、彼は忍び足で近づく。

「矢が合図だ」
「外に敵がいると思わせ、一気に内から襲い掛かれば大丈夫だ。狙いは聖女だから」

(聖女を狙う奴がいるのか?しかも手引する者がいる!)

 ジャファードは早く知らせようと踵を返そうとした。
けれども、彼は気がつくのが遅れてしまった。神官である彼は、馬は乗れても戦いには慣れていない。しかも9年も日本にいたせいで平和ボケも進んでいる。

「!」

 剣を振り上げた男が目の前に急に現れ、彼は必死に避ける。
 しかし、バランスを崩して地面を転げた。
 容赦なく振り下ろされる剣。それをもどうにか避けたが、背中を足で踏まれる。

「ちょこまか動きやがって」
「逃げろ!」

 男の体がジャファードの前から消える。
 チェスターが彼に体当たりを食らわせていた。

「何かやばい状況なんだろう?早く戻って伝えるんだ!」
「させるか!」

 ジャファードたちの動きに気が付き、裏切り者の騎士、荒くれものが集まってきていた。

「くそ、まずは逃げるぞ!」
 
 野営地側には逃げられない。
 なので、チェスターはジャファードの腕を引き、立たせると森の奥へ走りだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...