社畜バーゲンセール

ありま氷炎

文字の大きさ
上 下
4 / 5

しおりを挟む
 翌朝の食事はパンとスクランブルエッグとハム、サラダだった。
 ウェリントンは忙しいとかで面会できず、仕方なく与えられた職場に行く。
 そこで聞かされた話は、ハッチさんこと鉢部が日本へ戻った事だった。
 がっかりする面々とは違って、喜んでいたのは前野一人だ。
 日本に帰った人がいるのだ。それなら自分も帰れる、そんな希望が生まれる。
 日本で肩身が狭くとも、日本は彼の故郷で親もまだ存命だ。ずっと実家に戻ってなかったが、少し恋しい気持ちも生まれている。
 そんなに感傷に浸りながら、ウェリントンを待ったが、午前中、彼の姿を見る事はなかった。

「あれ?鉢部さ、いや違う」

 昼食は後で食べるという同僚達を置いて前野は食堂に来ていた。そこにいたのは、鉢部ではない日本人だった。

「あ!日本人の方ですね。うわあ、本当にいたんだ!」

 前野に気がつくと、ブンブンと手を振る。走ってきそうな勢いだったので、彼はその元気のいい若者がいる日本食コーナー「居酒屋ハッチ」に行く。看板はそのままだった。

「僕、佐藤と言います。昨日の夜に召喚されました!なんでもハッチさんと言う方が日本に戻ったって事で。僕、数ある調理人から宰相閣下が僕を選んでくれた事、めっちゃ嬉しいんです。頑張って働くのでよろしくお願いします!」

 元気のいい若者ーー佐藤はぺこりと頭を下げた。
  
「俺は前野。よろしくな」

 佐藤に勧められ、魚のフライ定食を食べて職場に戻る。4人の日本人は脇目もふらずに仕事をしている。
 一人だけ昼食を取った事に罪悪感を覚えたが、ふと何がいけないのか前野は思う。日中、朝から夕方まで働くのだ。昼食時間は必要なもので何も悪くない。
 逆に昼食抜きなのが異常なのだ。
 そう考えに至って、彼は後輩の言葉を思い出す。確かに前野も昼食を抜いて仕事してた事があった。それでのんびり昼食に行った奴らを睨んだ事もあった。
 あの時は仕事をサボりやがってと勝手に思っていたが、とんだ勘違いだった。

「きゃー!」
「田辺さん!」
「早く医者を!」

 どさっと言う音と共に怒声と悲鳴が聞こえてきて前野の考えが中断される。
 音と声が上がった場所を見ると、田辺が倒れていた。
 くも膜下出血か脳卒中かもしれないと彼が駆け寄ると、がたいのいい騎士が田辺を抱えるところだった。
    
「脳卒中かもしれない。そんな風にして運んだら!」

 前野が抗議したが無意味で、騎士は田辺を連れて部屋を出て行った。
  
「タナベさんは大丈夫ですよ」

 しばらくして宰相のウェリントンがやって来た。彼の知らせに同僚達が安堵の声を上げる。
 前野だけが疑惑の視線を彼に送っていた。

「それなら様子を見たいのですが」
「今は眠ってらっしゃるので、後にしてください」

 ウェリントンは笑顔でそう答え、前野はますます疑いを深める。けれどもそれ以上食い下がる事はなかった。

 ☆

 午後6時、前野は腕時計で時間を確認して、帰宅の挨拶をした。他の3人は田辺の事を最初は気にしていたが、そのうち無言で各々の仕事に集中し始めた。終業時間を過ぎていても、残ってるのはいつもの事だ。
 もう帰るのかと責めてるような視線を浴びて、げんなりしたが、部屋を後にする。
 そうして前野は再び既視感(デジャヴ)を覚える。
 定期で帰ろうとする後輩に、視線だけではなく、実際「もう帰るのか」と問いた事もある。
 今やっと後輩の気持ちが分かり、あの様な陰口を叩かれても仕方ないと納得する。
 だが日本に戻ったら、もうあんな態度はとらないと心に決めた。

 職場を出た後、前野は医務室を探す。急に倒れた場合は脳卒中かくも膜下出血だと彼は思っている。
 騎士があんなにも早く現れ田辺を連れて行った事が納得出来なかった。まるで部屋の外で待機していたようで、気持ち悪い。
 ウェリントンの笑顔も白々しく、彼は田辺の様子を自分の目で確認したかった。

「すみません。体調が少し悪いのですが、医務室はどこでしょうか?」

 闇雲に探してもらちがあかないと、前野は通りすがりのメイドに場所を聞く。

「ここから真っ直ぐ行ったところの突き当たりです」
「ありがとうございます」

  一緒に行ってくれるかもしれないと期待してみたが、メイドは行き先だけを教えるといなくなってしまった。
 前方に真っ直ぐ伸びた 廊下は窓がないたか、薄暗い。
 ゴクリと唾を飲み込んだ後、彼は足を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

消えた少年は異世界で魔王になっていた。

ありま氷炎
ファンタジー
散歩している途中に光に導かれて、異世界転移した女子高生のミオ。魔王を倒すと日本に戻れると信じて魔界へ向かう。 魔界では魔王ーー5年前に日本から異世界転移したきた元少年ユキトが勇者を迎え撃とうとしていた。 作者が主催する「第7回月餅企画」の参加作品になります。カクヨム、ノベプラ、アルファポリス、待ラノ、ツギクル、エブリスタ、pixivでも投稿。

処理中です...