上 下
24 / 43
第一章 王の生まれ変わり

24 茶会

しおりを挟む
「フロラン。例え宰相であろうとも王の私室に許可なく立ち入るとはどういうことだ?」

 ロイはフロランを睨み、先ほどの穏やかな声が嘘のように恫喝する。

「陛下。申し訳ありません。アルロー様がいらっしゃるとわかり、浮かれてしまいました」

 フロランは恫喝も物ともせず、悠々と言い返す。
 ユウタは口を挟みそうになったが、黙って見守ることにした。
 タリダス、ジニー、リカルドたちは王族同士の会話に口を挟むことができるわけがなく、頭を垂れたまま話を聞いていた。

「お前はいつもそうだ。言ってもしかたないことはわかっている。さて、客人を案内してくれ。フロランよ」
「畏まりました」

 諦めがちに溜息を吐き、ロイはフロランに命じた。
 そうして一行は、謁見の前に移動することになった。

 仕切り直しとばかり、型にはまった挨拶をしていると、前王妃のソレーヌが姿を現す。

「ずるいわ。私だけ除け者にするなんて」

 年齢は五十を超えているというのに、ソレーネの振る舞いは子供のようだった。ユウタはなつかしさと、なぜか少し憐れみのような感情をもってしまった。

「それは申し訳ありません」

 ロイは母の言葉に返すことはなかったが、大仰に返したのはフロランだった。

「ユータ。今日はずっと王宮にいなさいね。あなたにいろいろ着てほしい服があるの」
「それはいい。ユータ様。王宮にお泊りください。よい部屋を用意させましょう。タリダスもその護衛兵士も一緒にいかがかな?」
「母上、フロラン。ユータは屋敷の外に出たことがないと聞く。体もまだ完全に回復していないようだ。今日はこの辺で、タリダスの屋敷へ帰らせる」
「ロイ!」
「陛下」

 ソレーネもフロランも不満そうな声をあげたが、ロイは考えを曲げることはなかった。

「けれどお茶くらいいいしょ?」

 それでもソレーネがしつこく食い下がり、中庭でお茶を飲むことになった。

 お茶会に参加するのはユウタ、ロイ、ソレーネにフロランだ。ロイの妻である王妃は街の孤児院へ慰問に出かけており、不参加だった。
 タリダスとジニーは護衛としてユウタの背後に、リカルドはロイの、フロランの背後にはケイスが立つ。
  ユウタが自らの意識でケイスを見るのが今日は初めて。その姿を視界にいれるとアルローの思いが溢れてくる。そして彼の思い出が。感情の波に飲み込まれそうになり、ユウタは思わず後方のタリダスを探した。彼の姿を視界に入れると、アルローの思いの放流が止まり、ほっとした。動揺が顔に現れていたらしく、タリダスは心配そうにユウタを見つめていた。それに笑顔を返して、ユウタは再び前を見た。しかし再びアルローの感情に飲み込まれそうになるのが怖かったので、視線は伏せたままだ。

「やはりユータが疲れているようだ。茶会など次回にしてしまおう」
「ユータ。そうなの?」
「はい」

 ロイの気遣いに感謝しつつ、ユウタはソレーネの問いに返事した。

「まあ、しかたないわ」

 意外にもソレーネは食い下がることはせず、ロイに同意した。
 不満を覚えているのはフロランだけで、彼は一言も発することはなかった。

「次は是非、私が用意した服をきてちょうだいね」
「はい」

 ソレーネに答え、ロイの言葉を待ってその場から立ち上がろとしていると、フロランは口を開いた。

「次回はゆっくりお茶をしましょう。昔話でもしながら」

 フロランは作られた笑顔をユウタに向ける。

「そうですね」

 ユウタは微笑みを返して、その視線はフロランの首元、背後を見ないように注意する。
 昨日まで、ユウタはアルローの気持ちが記憶に振り回されることはなかった。しかし、今日はリカルドに会ったあたりから、アルローの記憶、感情がユウタを翻弄した。

「帰りはケイスに送らせましょう」
「宰相閣下。私の屋敷にもどるだけですので、見送りは無用です」

 フロランの親切な申し出は、タリダスの素早い返しで却下する。フロランはおかしそうに微笑み、ユウタの心にざわめきが広がった。

「フロラン。戯れはその辺にしろ。ユータ。タリダスとジニーを連れて戻るがい。リカルド。お前が案内しろ」
「陛下?」
「私は大丈夫だ」
「畏まりました」

 ロイに言われ、リカルドは不平不満という表情を押し殺し、返事をした。




「本日はお疲れ様でした」
「タリダス」

 無事にタリダスの屋敷に戻り、ユウタは部屋にいた。
 侍女長のマルサに湯あみの準備を頼んだ後、タリダスがすぐに部屋を出ていこうとしたので、ユウタは彼を引き止めた。

「大丈夫?」
「大丈夫とは?」
「もしかしてタリダスは僕に何か言いたことある?」

 リカルドが賊を真似て、馬車に乗り込んできてから、タリダスの態度が少しおかしい気がしていた。
 薄暗い秘密の通路では心配して手を握ってくれたことから、彼の優しさには変わりがない。しかし、タリダスの物憂げな表情が気になっていた。

「別になにもありません」
「本当?」

 ユウタはタリダスの表情からそれが嘘だとわかっていた。
 
「……ユータ様は、ユータ様なのですか?」
「え?」
「アルロー様がユータ様の振りをしているのではありませんか?」
「何言っているの?僕だよ」
「……失礼しました」

 タリダスは深々と頭を下げ、ユウタには彼の表情がわからなかった。

「タリダス。なんでそんなことを言うの?僕がアルロー様の記憶を見れるようになったから?アルロー様の感情に振り回されるから?」
「そうなのですか?」
「うん。前と違って、僕の中にアルロー様の記憶が流れ込んでくるんだ。だから、リカルドの顔をみてわかったし。ロイ、王様の顔を見て懐かしい気持ちになった」
「そう、そういうことですか」
「僕だってわからないんだ。急に流れてこんでくるから。あのケイスって人を見た時だって、アルロー様の感情が僕の中でいっぱいになる。だから、僕は、あの時、あなたを見たんだ。そうしないと、どうにかなりそうだったから」
「ユータ様」
「タリダス。僕から離れないで。僕は、僕でいたい。確かに僕はアルロー様の生まれ変わりだよ。だけど、僕は」
「ユータ様」
「タリダス?」

 頭二つ分ほど大きいタリダスがユータを守るように包み込んでいた。

「すみません。不安にさせてしまいました。私は常にあなたの傍にいます」
「えっと、あの、ごめんなさい。僕はそんなつもりでいったんじゃ」

 確かに傍にいてほしかった。
 しかし、彼が騎士団長であることも知っている。
 彼の傍にずっといられるわけがない。
 ユウタは慌ててそう言って、彼から離れようとした。
 しかし、タリダスはユウタをその胸に抱いたまま、離さなかった。

「騎士団長は返上します。私は、あなただけの騎士になります」
「タリダス。それは、ダメだよ。だめ!」

 嬉しい気持ちがユウタの心を満たす。
 けれどもすぐに理性が、王であったアルローの記憶がユウタを動かす。

「あなたはこの国には必要な人だ。騎士団長でいてください」
「けれども、私は」
「タリダス。お願いします」

 ユウタが強く言うと、タリダスは溜息を吐いて、腕も下した。

「ありがとう」
「けれども、私はあなたの騎士です。お忘れないように」
「分かっているから。ありがとう」

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

裏切られた腹いせで自殺しようとしたのに隣国の王子に溺愛されてるの、なぁぜなぁぜ?

柴傘
BL
「俺の新しい婚約者は、フランシスだ」 輝かしい美貌を振りまきながら堂々と宣言する彼は、僕の恋人。その隣には、彼とはまた違う美しさを持つ青年が立っていた。 あぁやっぱり、僕は捨てられたんだ。分かってはいたけど、やっぱり心はずきりと痛む。 今でもやっぱり君が好き。だから、僕の所為で一生苦しんでね。 挨拶周りのとき、僕は彼の目の前で毒を飲み血を吐いた。薄れ行く意識の中で、彼の怯えた顔がはっきりと見える。 ざまぁみろ、君が僕を殺したんだ。ふふ、だぁいすきだよ。 「アレックス…!」 最後に聞こえてきた声は、見知らぬ誰かのものだった。 スパダリ溺愛攻め×死にたがり不憫受け 最初だけ暗めだけど中盤からただのラブコメ、シリアス要素ほぼ皆無。 誰でも妊娠できる世界、頭よわよわハピエン万歳。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 俺の死亡フラグは完全に回避された! ・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ラブコメが描きたかったので書きました。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

処理中です...