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第一章 王の生まれ変わり
8 タリダスの過去
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「あのアルロー様の事を教えてください」
ユウタはあれから気まずい気持ちで散歩を終え、タリダスと別れた。夕食は昼食同様、侍女長マルサが運んでくると思ってきたが、部屋を訪れたのはタリダスだった。
ユウタはアルローの事を全く知らない。聖剣に触れる勇気もない。なので直接タリダスに聞く事にしたのだ。
「アルロー様の事を知りたいのですか?」
「はい。今の僕は何も知らないので」
タリダスは少し考えた後、口を開いた。
「本を読んでみませんか?アルロー様について書かれたものがあるのです」
「本ですか?」
この世界の本をユウタはまだ見たことがなかった。
文字が読めるのかという疑問もある。物語では異世界転生や転移の場合、言語能力は神様から与えらえる設定が多く、主人公たちは本を読めることが多い。
しかし、今のユウタは物語の主人公じゃない。現にトイレなど水洗トイレではなく、壺に小便をする形だった。大便の場合を考えたくないのだが、じきにその問題に接することになるのは時間の問題だった。
「まずは夕食を食べてください。その間にいくつか本を見繕ってきましょう」
「よ、よろしくお願いします」
文字について不安があるが、タリダスからの提案を断ることなんて今のユウタにはできなかった。アルローであれば、断れたはずだが。
「それではごゆっくりお召し上がりください」
テーブルに、パンと柔らかく煮込まれた魚、葡萄が一房おかれた。
タリダスは一礼をすると部屋を出ていく。
その背中を見送り、少し寂しい気持ちになったユウタは驚く。
彼は一人が好きだった。
誰かといると怒られるのではないか、嫌なことをされるのではないかと不安になるからだ。
けれども、タリダスに対しては少し違った。
助けてくれたからかもしれない。
彼の人生において助けてくれる人は誰もいなかった。同情の視線はくれても手を貸してくれる人は誰もいなかった。
「だけど、タリダスは僕がアルロー様だから優しいだけだ」
彼はユウタを見ていない。
名は呼んでくれるようになったが、彼を通してアルローを見ている。
それをユウタはわかっていた。
「……まだ死にたくない。だから、僕はアルロー様になる」
タリダスにアルローだと思われているうちはその庇護を受けることができる。
命を狙われていると知った今では、その庇護がなければ確実に死ぬ。タリダスによってから、他のものによってかだ。
身震いすると彼はフォークをとって食べ始めた。
*
「タリダス様。こちらにいらしゃいましたか」
書庫で本を探していると、執事ジョンソンが声をかけてきた。
「何か問題でも?」
「問題ではないのです。針子が見つかりました。明日来るように伝えましたがよろしいでしょうか?」
「ああ、それは助かる。寸法を測るときは私がそばにいたほうがいいだろう」
タリダスは自然とそう口にする。
ユウタは彼に対して時折怯えたような表情を見せる。しかし、信頼はされていると思っていた。
「ところで、どのような本をお探しでしょうか?私かマルサが代わりにお探ししましょうか?」
「それには及ばない。アルロー様について書かれた本を探している」
「ユータ様のためにでしょうか?」
「ああ」
「それなら、まずは簡単なものがよいではありませんか?この世界に来たばかりで文字など読めるのでしょうか?」
「そうだな。それを確かめるのを忘れていた」
タリダスは執事ジョンソンに盲点を指摘され、驚く。
自分らしくないのだ。
大体ユウタはタリダスからアルローの話を聞きたがっていた。しかし、彼は本を用意すると答えた。自身が話すと少し照れ気持ちがあったのだ。
「私がアルロー様についての簡単な本を用意させましょう。息子用に購入したものがあったはずです」
「そうか。助かる」
ジョンソンは破顔したタリダスに対して、目を見開く。
瞬きを繰り返してから、主人に見られていることに気が付き慌てて顔を作った。
「それでは明日お持ちしますね」
「ああ、よろしく頼む」
ジョンソンは笑った主人を見たのが十数年ぶりで戸惑っていた。けれども、それを悟られては機嫌を損ねてしまう。
そう思い、書庫から逃げるように立ち去る。
「明日か。ユータ様はアルロー様のことを知りたがっていた。私から、話せることは話そうか」
本人を前に本人について語ること。
記憶がないユウタは何も思わないだろうが、タリダスはかなり偏ったアルロー像を語るかもしれないと冷静に思っていた。
☆
「どうぞ」
扉をたたかれ、ユウタは反射的に返事を返す。
食事を終わらせ結構な時間がたった。
戻ってこないかもしれない。誰かに食事を終わったことを知らせるべきか、そんなことを考えていた矢先だった。
「お待たせしました」
「いえ、そんなことは」
タリダスが申し訳なさそうにしており、ユウタは逆に恐縮する。
「まずは食器を片付けます。それからアルロー様のお話をしましょう。本については明日簡単なものを入手予定です」
「ありがとうございます」
彼がユウタの頼んだことを覚えていて少し嬉しくなった。そのため答えた声は少し弾んでいる。
するとタリダスは複雑そうな顔をしながら食器を片付けた。そして、一礼してから部屋を出ていく。
去り際の彼の表情に不安を覚えていたが、今後はすぐに戻ってきた。
「さて、アルロー様の前でアルロー様について語るのは少し難しいですが、私の話として語りますね」
タリダスの物言いで、ユウタは彼の複雑そうな表情の謎がとけ、ほっとする。
「難しいことを頼んでてすいません」
「難しくはありません。ただ少し恥ずかしいのです」
「恥ずかしい?」
「えっと、あの、話しますね」
タリダスの表情が随分柔らかくなり、幼く見えた。
それは聖剣によって見せられたタリダスの顔が重なる。
「私がアルロー様に会ったのは私が十二歳のとき。騎士団長に入る前で、母に連れられて王宮に来た時でした。アルロー様はとても優しくしてくれて、私は騎士団に入ってこの方を守ろうと思いました。それから騎士団に入り……二年後、アルロー様の小姓になりました」
「騎士団から小姓?」
ユウタは少し意味がわからなくて、問い返す。するとタリダスの顔がすっと冷たくなって、ユウタは怖くなった。
「事情があって、一時期騎士団をやめたのです。そんな時、アルロー様が私を小姓にしてくださいました」
「そうですか」
どうして、タリダスが怖い表情をしているのかわからず、それでも何も言わずにはいられないとそう返した。
「……ユータ様には話しましょうか。私はアルロー様に救っていただきました。あの時私は絶望して死にたいほどでしたから」
タリダスは、視線をユウタから逸らした後、再度彼に視線を戻す。
真摯でまっすぐな瞳を向けられる。
青い瞳はろうそくの明かりを受け、少し淡い色に輝く。
「な、何かがあったんですか?」
聞いてはいけないこと。
けれどもユウタはそう質問していた。
「……私は、見習い騎士から従騎士になり、ある騎士の世話をしてました。しかし、ある時、」
そこでタリダスが言葉を止め、ユウタは何があったが察することができた。
いや、詳細はわからない。
しかし、自分が受けてきたものと同じだと反射的にわかった。
「タリダス。もういいです。それ以上はいいですから。アルローはあなたの傷を癒してくれたのですね」
「ええ」
タリダスは心底安堵した表情で短く答えた。
ユウタはあれから気まずい気持ちで散歩を終え、タリダスと別れた。夕食は昼食同様、侍女長マルサが運んでくると思ってきたが、部屋を訪れたのはタリダスだった。
ユウタはアルローの事を全く知らない。聖剣に触れる勇気もない。なので直接タリダスに聞く事にしたのだ。
「アルロー様の事を知りたいのですか?」
「はい。今の僕は何も知らないので」
タリダスは少し考えた後、口を開いた。
「本を読んでみませんか?アルロー様について書かれたものがあるのです」
「本ですか?」
この世界の本をユウタはまだ見たことがなかった。
文字が読めるのかという疑問もある。物語では異世界転生や転移の場合、言語能力は神様から与えらえる設定が多く、主人公たちは本を読めることが多い。
しかし、今のユウタは物語の主人公じゃない。現にトイレなど水洗トイレではなく、壺に小便をする形だった。大便の場合を考えたくないのだが、じきにその問題に接することになるのは時間の問題だった。
「まずは夕食を食べてください。その間にいくつか本を見繕ってきましょう」
「よ、よろしくお願いします」
文字について不安があるが、タリダスからの提案を断ることなんて今のユウタにはできなかった。アルローであれば、断れたはずだが。
「それではごゆっくりお召し上がりください」
テーブルに、パンと柔らかく煮込まれた魚、葡萄が一房おかれた。
タリダスは一礼をすると部屋を出ていく。
その背中を見送り、少し寂しい気持ちになったユウタは驚く。
彼は一人が好きだった。
誰かといると怒られるのではないか、嫌なことをされるのではないかと不安になるからだ。
けれども、タリダスに対しては少し違った。
助けてくれたからかもしれない。
彼の人生において助けてくれる人は誰もいなかった。同情の視線はくれても手を貸してくれる人は誰もいなかった。
「だけど、タリダスは僕がアルロー様だから優しいだけだ」
彼はユウタを見ていない。
名は呼んでくれるようになったが、彼を通してアルローを見ている。
それをユウタはわかっていた。
「……まだ死にたくない。だから、僕はアルロー様になる」
タリダスにアルローだと思われているうちはその庇護を受けることができる。
命を狙われていると知った今では、その庇護がなければ確実に死ぬ。タリダスによってから、他のものによってかだ。
身震いすると彼はフォークをとって食べ始めた。
*
「タリダス様。こちらにいらしゃいましたか」
書庫で本を探していると、執事ジョンソンが声をかけてきた。
「何か問題でも?」
「問題ではないのです。針子が見つかりました。明日来るように伝えましたがよろしいでしょうか?」
「ああ、それは助かる。寸法を測るときは私がそばにいたほうがいいだろう」
タリダスは自然とそう口にする。
ユウタは彼に対して時折怯えたような表情を見せる。しかし、信頼はされていると思っていた。
「ところで、どのような本をお探しでしょうか?私かマルサが代わりにお探ししましょうか?」
「それには及ばない。アルロー様について書かれた本を探している」
「ユータ様のためにでしょうか?」
「ああ」
「それなら、まずは簡単なものがよいではありませんか?この世界に来たばかりで文字など読めるのでしょうか?」
「そうだな。それを確かめるのを忘れていた」
タリダスは執事ジョンソンに盲点を指摘され、驚く。
自分らしくないのだ。
大体ユウタはタリダスからアルローの話を聞きたがっていた。しかし、彼は本を用意すると答えた。自身が話すと少し照れ気持ちがあったのだ。
「私がアルロー様についての簡単な本を用意させましょう。息子用に購入したものがあったはずです」
「そうか。助かる」
ジョンソンは破顔したタリダスに対して、目を見開く。
瞬きを繰り返してから、主人に見られていることに気が付き慌てて顔を作った。
「それでは明日お持ちしますね」
「ああ、よろしく頼む」
ジョンソンは笑った主人を見たのが十数年ぶりで戸惑っていた。けれども、それを悟られては機嫌を損ねてしまう。
そう思い、書庫から逃げるように立ち去る。
「明日か。ユータ様はアルロー様のことを知りたがっていた。私から、話せることは話そうか」
本人を前に本人について語ること。
記憶がないユウタは何も思わないだろうが、タリダスはかなり偏ったアルロー像を語るかもしれないと冷静に思っていた。
☆
「どうぞ」
扉をたたかれ、ユウタは反射的に返事を返す。
食事を終わらせ結構な時間がたった。
戻ってこないかもしれない。誰かに食事を終わったことを知らせるべきか、そんなことを考えていた矢先だった。
「お待たせしました」
「いえ、そんなことは」
タリダスが申し訳なさそうにしており、ユウタは逆に恐縮する。
「まずは食器を片付けます。それからアルロー様のお話をしましょう。本については明日簡単なものを入手予定です」
「ありがとうございます」
彼がユウタの頼んだことを覚えていて少し嬉しくなった。そのため答えた声は少し弾んでいる。
するとタリダスは複雑そうな顔をしながら食器を片付けた。そして、一礼してから部屋を出ていく。
去り際の彼の表情に不安を覚えていたが、今後はすぐに戻ってきた。
「さて、アルロー様の前でアルロー様について語るのは少し難しいですが、私の話として語りますね」
タリダスの物言いで、ユウタは彼の複雑そうな表情の謎がとけ、ほっとする。
「難しいことを頼んでてすいません」
「難しくはありません。ただ少し恥ずかしいのです」
「恥ずかしい?」
「えっと、あの、話しますね」
タリダスの表情が随分柔らかくなり、幼く見えた。
それは聖剣によって見せられたタリダスの顔が重なる。
「私がアルロー様に会ったのは私が十二歳のとき。騎士団長に入る前で、母に連れられて王宮に来た時でした。アルロー様はとても優しくしてくれて、私は騎士団に入ってこの方を守ろうと思いました。それから騎士団に入り……二年後、アルロー様の小姓になりました」
「騎士団から小姓?」
ユウタは少し意味がわからなくて、問い返す。するとタリダスの顔がすっと冷たくなって、ユウタは怖くなった。
「事情があって、一時期騎士団をやめたのです。そんな時、アルロー様が私を小姓にしてくださいました」
「そうですか」
どうして、タリダスが怖い表情をしているのかわからず、それでも何も言わずにはいられないとそう返した。
「……ユータ様には話しましょうか。私はアルロー様に救っていただきました。あの時私は絶望して死にたいほどでしたから」
タリダスは、視線をユウタから逸らした後、再度彼に視線を戻す。
真摯でまっすぐな瞳を向けられる。
青い瞳はろうそくの明かりを受け、少し淡い色に輝く。
「な、何かがあったんですか?」
聞いてはいけないこと。
けれどもユウタはそう質問していた。
「……私は、見習い騎士から従騎士になり、ある騎士の世話をしてました。しかし、ある時、」
そこでタリダスが言葉を止め、ユウタは何があったが察することができた。
いや、詳細はわからない。
しかし、自分が受けてきたものと同じだと反射的にわかった。
「タリダス。もういいです。それ以上はいいですから。アルローはあなたの傷を癒してくれたのですね」
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