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第一章 王の生まれ変わり
3 見知らぬ天井
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目を覚ますとユウタは見覚えのない場所にいることに気がついた。
体を起こしてさらりと青い布地が落ちて、思い出す。
母の男友達に襲われたこと。
そして突然現れた甲冑騎士がその友達を殺したこと。
「アルロー様。お目覚めになられたんですね!」
扉が勢いよく開けられて、背が高くがっちりとした西洋人の男が足早に駆けてくる。銀髪の髪は短く刈られ、瞳は黒に近い藍色の瞳の男は真っ直ぐユウタのベッドの側までやってきた。
彼は怖くなって、はらりと解けた青色のマントを再び掴み、己を包む。
「怖がらせてしまいましたか?昨日は甲冑を身につけていたからわかりませんか?タリダスです。あなたの騎士の」
「た、タリダス?」
眠ってるフリをしながら聞いていた会話を必死に思い出し、ユウタは突如現れた西洋人の男が、あの甲冑騎士であることを理解する。
兜をとった騎士は、優しげに見えた。
母の男友達を簡単に殺してしまうような騎士には思えなかった。しかし、彼は躊躇なく剣を振るい、ユウタはその光景を見ている。
だけど、その後、彼は終始ユウタを守る様な立場をとっていた。危害を加えるのであれば、すでに事は起きていたはずだった。なので、彼は少しだけタリダスに期待した。
「あの、どういう状況か説明してくださいますか?」
「いいでしょう。その前に着替えませんか?食事も用意させてあります」
タリダスはにこやかに微笑み、ユウタは戸惑う。
このように優しくされる理由が彼には思い当たらないからだ。
差し出された服は、ゆったりとしたシャツとズボン。タリダスが食事を取りに行ってる間にユウタは着替えた。
改めて下着しかつけていない状態だった事を確認して羞恥心が込み上げる。
下着は着たまま、シャツとズボンを身につける。ズボンには腰紐が付いてるため、かなり痩せてるユウタが着てもズレ落ちたりしない。シャツは大きすぎて袖先をまくった。
そうして再びベッドに座ると軽く扉が叩かれた。戻ってきたタリダスはトレイを持っており、湯気がほかほかと立ち上がる皿を載せていた。
「ミルク粥なら食べられると思いまして」
ベッドの上にトレイが置かれ、そこに載った皿から甘い香りが漂う。
ユウタにとってそれは初めて見るもので、思わず凝視する。
昨日の昼も夜も食事をとっていない。朝も賞味期限の切れた菓子パンを母親からもらっただけだった。
甘い香りに食欲が刺激される。
「食べてみますか?」
タリダスに問われ、彼は頷く。
トレイに置かれた木製のスプーンを使って、皿の中身を掬う。
「パンくず?」
「崩したパンが入ってます。消化に良いですよ」
説明を聞きながら、湯気が立つそれに息を何度か吹きかけ、口に入れる。
暖かくて甘い味わいが口の中に広まり、ユウタは自然と顔を綻ばせていた。
「美味しいですか?」
「はい」
「たくさん食べてくださいね」
下心を見せず大人に優しくされたのはいつだったか。
思い出せないくらい、ユウタは常に大人の中で翻弄されてきた。
こうして大人に無邪気に微笑まれるのは初めて、彼は戸惑う。
「昼はもう少し固いものを用意させましょう」
タリダスの言葉にユウタはただ頷く。
初めて会った自分に無条件に優しい大人。
なぜこんなに優しくされるのか、ユウタは理由を知るのが怖くなっていた。
*
タリダスが異世界から連れてきた少年、王アルローの生まれ変わりは常に怯えたようなそぶりを見せていた。それは日頃から虐待を受けていたことを現しており、異世界人への怒りが込み上げてくる。
彼が初めて王アルローに会ったのは、彼が十二歳。アルローが三十七歳の時だった。騎士より剣の手ほどきも受けており、時間があれば鍛錬を繰り返していたアルローは、今のタリダスよりは小柄だが華奢ではなかった。
目の前の少年は、とても華奢で少女と見間違えてもおかしくないくらいだった。その瞳は澄んだ緑色で、王家の色。現国王ロイも同じ色である。もちろんアルローの瞳も同じく緑色だ。髪色は輝くような金色。現国王ロイは王妃に似た蜂蜜色だが、アルローの髪色は陽の光を凝縮したような淡い金色の髪だった。
少年はアルローの容姿をすべて受け継いでおり、聖剣も反応を示している。彼がアルローの生まれ変わりであることは間違いがない。
タリダスがふと視線を感じて、少年に目を向けるとふいっと視線を逸らされる。その手元の皿に目をやると中身が空になっていた。
「まだありますよ。食べますか?」
彼がそう問うと、少年は首を横に振る。
「それでは片付けますね」
「あ、あの。理由を教えてください。あなたが僕に優しい理由。そしてここに連れてきた理由」
少年は勇気を振り絞ったのだろう。
緑色の瞳は少し涙で潤んでいて、指先が少しだけ震えていた。
「アルロー様。怯えてないでください。私はあなたの味方です」
思わずタリダスはそう口に出していた。
「ぼ、僕はアルローという名ではありません。なぜあなたは僕をそう呼ぶのですか?」
怯えるばかりではなく、少年には頑なな意志が宿っている様だった。それでこそアルローの生まれ変わりだと改めて思い、タリダスは口を開く。
「あなたは私が忠誠を誓った王、アルロー様の生まれ変わりなのです」
「う、生まれ変わり?」
「そうです」
少年は瞬きを何度も繰り返す。
「何かの、ま、間違いです。僕が王様の生まれ変わりなんて」
「いえ、間違いではありません。あなたの容姿はアルロー様と同じ。この聖剣もあなたに反応を示しています」
「せ、聖剣」
壁に立てかけてあった剣を掴み、タリダスは少年に見せる。
「僕が、王。ありえない。そんなこと」
「あなたはアルロー様です」
少年の視線は聖剣に固定され、顔色は青白い。
先ほど粥を食べ随分顔色が良くなった様に見えたのだが、また逆戻りだった。
理由を今話したことを少し後悔しつつ、タリダスは再び聖剣を壁に立てかける。
「まずはあなたの体調を元に戻しましょう。あなたは痩せすぎです。それではすぐに病気になってしまう。元気になってから、またこの話をしましょう」
タリダスは淡々をそう言いながら、自分自身に驚いていた。
彼はこの十四年間ずっとアルローの帰還を願っており、戻ったおりにはすぐに王位についてもらい、その騎士として仕えるつもりだった。
しかし、口から出た言葉は、少年の体調を気遣うもので、アルローの話は後回しだ。
「僕は、あなたに親切にされる理由がない。けれども、僕はもう行くところがありません。もし、アルロー様の生まれ変わりではなかった場合、あなたをがっかりさせるかもしれない。それが怖い」
「あなたはアルロー様です」
「違うと思います」
「いつか、何か思い出されるでしょう。聖剣をこちらに置いておきます。まずはゆっくり休んでください」
少年は頑なに自身がアルローであることを信じようとしなかった。
しかし、彼に違いないとタリダスは確信していた。
「あの、タリダスさん。僕のことはユウタと呼んでください。僕はアルロー様ではないので」
「ユータですか?」
「はい」
タリダスとしては、少年をアルロー以外の名前で呼ぶことに抵抗があった。彼にとって少年はアルローであるのだから。
しかし、瞳に浮かぶ真剣な思いに折れ、タリダスは彼をユータと呼ぶことにした。
記憶を取り戻すか、彼がアルローであることを自覚した際に、また呼び直せばよいと思ったからだ。
この時、彼はそう軽く思っていた。
「わかりました。ユータ様」
「様はいりません」
「それは譲れません。ユータ様」
「わかりました」
「それではユータ様。ゆっくりおやすみください」
空になった皿が載ったトレイを掴み、タリダスはベッドから離れる。
少年ユウタの物言いたげな視線を背中に感じたが、彼はそのまま部屋を出た。
体を起こしてさらりと青い布地が落ちて、思い出す。
母の男友達に襲われたこと。
そして突然現れた甲冑騎士がその友達を殺したこと。
「アルロー様。お目覚めになられたんですね!」
扉が勢いよく開けられて、背が高くがっちりとした西洋人の男が足早に駆けてくる。銀髪の髪は短く刈られ、瞳は黒に近い藍色の瞳の男は真っ直ぐユウタのベッドの側までやってきた。
彼は怖くなって、はらりと解けた青色のマントを再び掴み、己を包む。
「怖がらせてしまいましたか?昨日は甲冑を身につけていたからわかりませんか?タリダスです。あなたの騎士の」
「た、タリダス?」
眠ってるフリをしながら聞いていた会話を必死に思い出し、ユウタは突如現れた西洋人の男が、あの甲冑騎士であることを理解する。
兜をとった騎士は、優しげに見えた。
母の男友達を簡単に殺してしまうような騎士には思えなかった。しかし、彼は躊躇なく剣を振るい、ユウタはその光景を見ている。
だけど、その後、彼は終始ユウタを守る様な立場をとっていた。危害を加えるのであれば、すでに事は起きていたはずだった。なので、彼は少しだけタリダスに期待した。
「あの、どういう状況か説明してくださいますか?」
「いいでしょう。その前に着替えませんか?食事も用意させてあります」
タリダスはにこやかに微笑み、ユウタは戸惑う。
このように優しくされる理由が彼には思い当たらないからだ。
差し出された服は、ゆったりとしたシャツとズボン。タリダスが食事を取りに行ってる間にユウタは着替えた。
改めて下着しかつけていない状態だった事を確認して羞恥心が込み上げる。
下着は着たまま、シャツとズボンを身につける。ズボンには腰紐が付いてるため、かなり痩せてるユウタが着てもズレ落ちたりしない。シャツは大きすぎて袖先をまくった。
そうして再びベッドに座ると軽く扉が叩かれた。戻ってきたタリダスはトレイを持っており、湯気がほかほかと立ち上がる皿を載せていた。
「ミルク粥なら食べられると思いまして」
ベッドの上にトレイが置かれ、そこに載った皿から甘い香りが漂う。
ユウタにとってそれは初めて見るもので、思わず凝視する。
昨日の昼も夜も食事をとっていない。朝も賞味期限の切れた菓子パンを母親からもらっただけだった。
甘い香りに食欲が刺激される。
「食べてみますか?」
タリダスに問われ、彼は頷く。
トレイに置かれた木製のスプーンを使って、皿の中身を掬う。
「パンくず?」
「崩したパンが入ってます。消化に良いですよ」
説明を聞きながら、湯気が立つそれに息を何度か吹きかけ、口に入れる。
暖かくて甘い味わいが口の中に広まり、ユウタは自然と顔を綻ばせていた。
「美味しいですか?」
「はい」
「たくさん食べてくださいね」
下心を見せず大人に優しくされたのはいつだったか。
思い出せないくらい、ユウタは常に大人の中で翻弄されてきた。
こうして大人に無邪気に微笑まれるのは初めて、彼は戸惑う。
「昼はもう少し固いものを用意させましょう」
タリダスの言葉にユウタはただ頷く。
初めて会った自分に無条件に優しい大人。
なぜこんなに優しくされるのか、ユウタは理由を知るのが怖くなっていた。
*
タリダスが異世界から連れてきた少年、王アルローの生まれ変わりは常に怯えたようなそぶりを見せていた。それは日頃から虐待を受けていたことを現しており、異世界人への怒りが込み上げてくる。
彼が初めて王アルローに会ったのは、彼が十二歳。アルローが三十七歳の時だった。騎士より剣の手ほどきも受けており、時間があれば鍛錬を繰り返していたアルローは、今のタリダスよりは小柄だが華奢ではなかった。
目の前の少年は、とても華奢で少女と見間違えてもおかしくないくらいだった。その瞳は澄んだ緑色で、王家の色。現国王ロイも同じ色である。もちろんアルローの瞳も同じく緑色だ。髪色は輝くような金色。現国王ロイは王妃に似た蜂蜜色だが、アルローの髪色は陽の光を凝縮したような淡い金色の髪だった。
少年はアルローの容姿をすべて受け継いでおり、聖剣も反応を示している。彼がアルローの生まれ変わりであることは間違いがない。
タリダスがふと視線を感じて、少年に目を向けるとふいっと視線を逸らされる。その手元の皿に目をやると中身が空になっていた。
「まだありますよ。食べますか?」
彼がそう問うと、少年は首を横に振る。
「それでは片付けますね」
「あ、あの。理由を教えてください。あなたが僕に優しい理由。そしてここに連れてきた理由」
少年は勇気を振り絞ったのだろう。
緑色の瞳は少し涙で潤んでいて、指先が少しだけ震えていた。
「アルロー様。怯えてないでください。私はあなたの味方です」
思わずタリダスはそう口に出していた。
「ぼ、僕はアルローという名ではありません。なぜあなたは僕をそう呼ぶのですか?」
怯えるばかりではなく、少年には頑なな意志が宿っている様だった。それでこそアルローの生まれ変わりだと改めて思い、タリダスは口を開く。
「あなたは私が忠誠を誓った王、アルロー様の生まれ変わりなのです」
「う、生まれ変わり?」
「そうです」
少年は瞬きを何度も繰り返す。
「何かの、ま、間違いです。僕が王様の生まれ変わりなんて」
「いえ、間違いではありません。あなたの容姿はアルロー様と同じ。この聖剣もあなたに反応を示しています」
「せ、聖剣」
壁に立てかけてあった剣を掴み、タリダスは少年に見せる。
「僕が、王。ありえない。そんなこと」
「あなたはアルロー様です」
少年の視線は聖剣に固定され、顔色は青白い。
先ほど粥を食べ随分顔色が良くなった様に見えたのだが、また逆戻りだった。
理由を今話したことを少し後悔しつつ、タリダスは再び聖剣を壁に立てかける。
「まずはあなたの体調を元に戻しましょう。あなたは痩せすぎです。それではすぐに病気になってしまう。元気になってから、またこの話をしましょう」
タリダスは淡々をそう言いながら、自分自身に驚いていた。
彼はこの十四年間ずっとアルローの帰還を願っており、戻ったおりにはすぐに王位についてもらい、その騎士として仕えるつもりだった。
しかし、口から出た言葉は、少年の体調を気遣うもので、アルローの話は後回しだ。
「僕は、あなたに親切にされる理由がない。けれども、僕はもう行くところがありません。もし、アルロー様の生まれ変わりではなかった場合、あなたをがっかりさせるかもしれない。それが怖い」
「あなたはアルロー様です」
「違うと思います」
「いつか、何か思い出されるでしょう。聖剣をこちらに置いておきます。まずはゆっくり休んでください」
少年は頑なに自身がアルローであることを信じようとしなかった。
しかし、彼に違いないとタリダスは確信していた。
「あの、タリダスさん。僕のことはユウタと呼んでください。僕はアルロー様ではないので」
「ユータですか?」
「はい」
タリダスとしては、少年をアルロー以外の名前で呼ぶことに抵抗があった。彼にとって少年はアルローであるのだから。
しかし、瞳に浮かぶ真剣な思いに折れ、タリダスは彼をユータと呼ぶことにした。
記憶を取り戻すか、彼がアルローであることを自覚した際に、また呼び直せばよいと思ったからだ。
この時、彼はそう軽く思っていた。
「わかりました。ユータ様」
「様はいりません」
「それは譲れません。ユータ様」
「わかりました」
「それではユータ様。ゆっくりおやすみください」
空になった皿が載ったトレイを掴み、タリダスはベッドから離れる。
少年ユウタの物言いたげな視線を背中に感じたが、彼はそのまま部屋を出た。
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