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第一章 王の生まれ変わり
1 虐げられた王の生まれ変わり
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「私を探せ。聖剣が私の居場所を示してくれるだろう」
国王アルローは、タリダスに聖剣を渡しながら、そう言い残した。
タリダスは国王の小姓で、その母方の親戚にもあたる。
彼はわずか十五歳でありながら、体躯は成人男性のように逞しかった。小姓というよりも護衛のような存在であった。
十四歳で騎士団に入団したタリダスは、当初騎士団副団長の小姓をしていたが、ある日副団長に怪我を負わせた。理由は語られず、その後行き先を失った彼がアルローの小姓に命じられる。
「陛下。どうか死なないでください」
仕えて一年、国王アルローは突然の病によって倒れ、床に臥した。
彼は自身の体調も顧みず国王の看病をした。しかし、彼の願いは叶わず、国王は息を引き取る。
享年四十歳だった。
「陛下、陛下!」
取り乱すタリダスは護衛騎士によって部屋から排除される。
慌ただしい王室で、彼が握っていた聖剣に目を向ける者などいなかった。
国王アルローには男子がおり、後継には不安はない。唯一の不安は、その子ロイが聖剣を使うことができなかったことだ。王アルローしか聖剣の鞘を抜くことができなかったのだ。
「私は生まれ変わる。私を探せ。聖剣が私の居場所を示してくれるだろう」
国王アルローの最後の言葉は、タリダスによって王太子ロイや王妃、大臣たちへ伝えられた。
神に愛された者だけが、転生を許される。
王であったアルローは神の子、愛されないはずがない。
王国は総力を上げて、アルローの生まれ変わりを探した。けれども聖剣は誰にも反応を示さなかった。
アルローの子ロイが新たな王になり、王国は安寧の時代を迎える。聖剣を抜くことができなかった彼だが、父に倣い強固に国を治めた。
ロイの治世が落ち着き、アルローの生まれ代わりを探すことは最優先ではなくなった。月日が経つにつれて、ロイ自身や周りが生まれ変わりを探すことに積極性を欠き始めた。
当然だろう。
アルローの生まれ代わりが見つかれば、彼が王に成り代わる。
ロイの地位は脅かされるのだから。
そうしてアルローの死から十四年が過ぎ、聖剣が反応を示す。
疎まれ始めた聖剣は、その日、地下の神殿に奉納される予定だった。
聖剣を移動中に誤ってある扉に近づけたのが始まりだった。
扉はどこにでもあるような木製の扉。しかし異世界に通じていると伝えられている扉であった。開けたものは誰一人もなく、常に固く閉じられている。けれども聖剣が近づいたとたん、扉が開き、聖剣が輝き始めた。光は扉の中を射していた。
数名の騎士によって聖剣が扉から遠ざけられると、扉は再び閉じた。
城は騒ぎに包まれる。
前国王アルローの生まれ変わりは、扉の向こう側、異世界にいると判断された。しかし現国王ロイを始め誰も異世界に行くことをよしとしなかった。
アルローの生まれ変わりを探すことは断念し、聖剣は当初の通り地下に奉納する。そう決定が下る前、当時のアルローの小姓であったタリダスが声を上げた。彼は今や二十九歳。騎士団長になっていた。扉の向こう側、異世界に行くなど正気の沙汰ではない。周りが止めたにも関わらず、タリダスはアルローに託された聖剣を抱え、扉を開けた。
*
十四年前、とある病院で鈴木ユウタは誕生した。
母親の体内から生まれ落ち、その瞳を開けた瞬間、病室に奇妙な沈黙が訪れる。
普通分娩で、予定日通りに生まれた赤子。
けれども取り上げた産婦人科医と看護婦は、顔を見合わせた。
「……お、男の子ですか?」
「はい」
「見せてください」
出産を終えたばかりの母親が弱々しい声で願いを告げる。
看護婦が一瞬産婦人科医に目配せをする。
頷いたのを確認して、母親に赤子を見せた。
赤子の開かれた目は緑色。
次の瞬間、母親はどこにそんな力が残っていたのか、切り裂くような悲鳴を上げた。
鈴木ユウタ。
日本人に多い苗字で、赤ちゃんの名前ランキングにも上がる名前。
彼は職場恋愛で結ばれた夫婦の間に生まれた普通の男の子だった。
両親もその家族も容姿は平均的な日本人。
けれども、ユウタの容姿は両親や祖父母、誰にも似ていなかった。
金色の髪に、緑色の瞳。
肌色は白人に近く、日焼けをすると赤く腫れる。
父親は母親の浮気を疑い、DNA鑑定も行われた。
結果、ユウタは紛れもなく二人の子だった。
小さい時から、父親には無視され、母親からは叩かれたり、怒鳴られたりしてきた。
学校で他の子が親のことを話しているのを聞いて、羨ましく思ったことが何度もあった。
物心ついた時から、彼は両親やその親戚から嫌われていた。周りと違う容姿、黒髪と黒目の周りに比べ自身は金色の髪に緑色の瞳の容姿だった。そんな中、優しくしてくれたおじさんやおばさんがいて、可愛いねとお菓子をくれたりした。しかし、数日後、彼は絶望を味わうことになった。
髪を触られ、体を触られ、キスを強要されたり。
怖くなって叫んだら殴られた。そして他の親戚に言ったら殺すと脅された。両親がそんな彼の境遇に気がついたのか、はたまた親戚に自分達に全く似ていない子供を見せたくなかったのか。親戚の集まりに彼を連れて行くことはなくなり、彼がおかしな大人に会うことは少なくなった。大人に対して不信感を持ち、距離を持つようになったことも逆に彼を守ったかもしれない。
彼が十歳の時に、父親がとうとう耐えきれず、離婚を切り出した。
慰謝料をもらえるということで母親は離婚に合意。しかし離婚後、母親の稼ぎではろくな生活もできず、食事を抜かれる日もあった。ユウタは元から痩せていたのだが、母子家庭になり更に痩せた。そうしてその美しい容姿は見る影もなくなった。
人間不信に陥っていた彼だが、学校ではいじめられることはなかった。けれども外人と呼ばれたり、じっと見られたりするのが苦手だった。また小さい時に親戚から受けた性的虐待が尾を引いており、人に近寄るのが怖かった。
母親は働くことに忙しく、放置されることが多くなったが、男を連れ込むようになり、変わった。二人でユウタを虐めるようになったのだ。
「ユウタ。お前、本当に可愛いなあ」
ある日、母親が用事で出かけ、ユウタは男と二人きりになった。
ニタニタと笑う男の顔は、小さい時の親戚のおじさんの顔を思い起こさせる。
心の底から恐怖が込み上げてきて、ユウタは逃げようと試みた。
けれども、体格は男が上。
しかもユウタには十分な食事が与えられておらず、十四歳というのにガリガリに痩せて、中学生というよりも小学生のような体つきだった。
「肌も白くて、目をおっきいなあ。本当に、お前、男か?確認させろ」
「近寄るな!変態!」
「ひっでぇなあ」
ユウタが悲鳴をあげても誰も助けてくれない。
付近の住人たちはどれも似たり寄ったりの人間で溢れていて、悲鳴なんて日常茶飯事の場所にユウタたちは住んでいた。
「どれどれ」
男がユウタのズボンに触れ、脱がせようとした。
「やめて!嫌だ!」
十四歳の彼は十分な栄養が足りていないせいか、まだ声変わりもしていない。
ユウタの甲高い悲鳴は、男の嗜虐心を刺激したようだ。おかしそうに笑いながら、ズボンの留め金に手をかけ、かちりと外して一気に引き下ろした。
「次はパンツだな。おかしなパンツ履いてやがるな」
ユウタのパンツは、母親が安物を購入しており、変な柄が多い。外国産で、意味がよくわからない英語が書かれているパンツ。色も奇抜だ。
「やめろ!」
そう言ったのはユウタではなかった。
パンツに手をかけようとした男は、その姿勢のまま、ユウタの背後に現れた存在を見つめる。
天井を突き破るのではないかという大きさ。美術館の展示物のような白銀の甲冑がそこにあった。
ユウタは背後に現れた存在のことはよくわからなかった。けれども男が呆然としている隙をついて、逃げ出した。
「この!」
追いかけようとした男に切っ先が向けられた。
「ひっ!」
置物だと思っていたものが動き、剣を向けられ、男はぴたりと動きを止める。
逃げ出したユウタは今後こそ、自身の背後に現れたものを見ることができて、驚きのまま動けなかった。
甲冑の兜が動く。ユウタは睨まれた気がして、小さな悲鳴をあげた。
「貴様は!我が主になんてことを!」
甲冑が発した言葉の意味を、ユウタも男も理解できなかった。
男に向けられた剣が一度引かれ、安堵したのも一瞬。男は悲鳴をあげる間もなく絶命した。
首を失った体が床に崩れ落ちる。飛ばされた首は壁に鈍い音を立てて激突した。ぐちゃっと嫌な音、血飛沫が飛び、匂いが充満する。
ユウタの悲鳴が響き渡る。
「アルロー様。このタリダスがお迎えに上がりました。戻りましょう。あなた様の国へ」
甲冑の騎士タリダスは剣を納めた。
それからあられもない姿のユウタに羽織っていたマントを纏わせる。ショックで動けない彼を抱き上げると、部屋の真ん中に現れた木製の扉を開けた。
国王アルローは、タリダスに聖剣を渡しながら、そう言い残した。
タリダスは国王の小姓で、その母方の親戚にもあたる。
彼はわずか十五歳でありながら、体躯は成人男性のように逞しかった。小姓というよりも護衛のような存在であった。
十四歳で騎士団に入団したタリダスは、当初騎士団副団長の小姓をしていたが、ある日副団長に怪我を負わせた。理由は語られず、その後行き先を失った彼がアルローの小姓に命じられる。
「陛下。どうか死なないでください」
仕えて一年、国王アルローは突然の病によって倒れ、床に臥した。
彼は自身の体調も顧みず国王の看病をした。しかし、彼の願いは叶わず、国王は息を引き取る。
享年四十歳だった。
「陛下、陛下!」
取り乱すタリダスは護衛騎士によって部屋から排除される。
慌ただしい王室で、彼が握っていた聖剣に目を向ける者などいなかった。
国王アルローには男子がおり、後継には不安はない。唯一の不安は、その子ロイが聖剣を使うことができなかったことだ。王アルローしか聖剣の鞘を抜くことができなかったのだ。
「私は生まれ変わる。私を探せ。聖剣が私の居場所を示してくれるだろう」
国王アルローの最後の言葉は、タリダスによって王太子ロイや王妃、大臣たちへ伝えられた。
神に愛された者だけが、転生を許される。
王であったアルローは神の子、愛されないはずがない。
王国は総力を上げて、アルローの生まれ変わりを探した。けれども聖剣は誰にも反応を示さなかった。
アルローの子ロイが新たな王になり、王国は安寧の時代を迎える。聖剣を抜くことができなかった彼だが、父に倣い強固に国を治めた。
ロイの治世が落ち着き、アルローの生まれ代わりを探すことは最優先ではなくなった。月日が経つにつれて、ロイ自身や周りが生まれ変わりを探すことに積極性を欠き始めた。
当然だろう。
アルローの生まれ代わりが見つかれば、彼が王に成り代わる。
ロイの地位は脅かされるのだから。
そうしてアルローの死から十四年が過ぎ、聖剣が反応を示す。
疎まれ始めた聖剣は、その日、地下の神殿に奉納される予定だった。
聖剣を移動中に誤ってある扉に近づけたのが始まりだった。
扉はどこにでもあるような木製の扉。しかし異世界に通じていると伝えられている扉であった。開けたものは誰一人もなく、常に固く閉じられている。けれども聖剣が近づいたとたん、扉が開き、聖剣が輝き始めた。光は扉の中を射していた。
数名の騎士によって聖剣が扉から遠ざけられると、扉は再び閉じた。
城は騒ぎに包まれる。
前国王アルローの生まれ変わりは、扉の向こう側、異世界にいると判断された。しかし現国王ロイを始め誰も異世界に行くことをよしとしなかった。
アルローの生まれ変わりを探すことは断念し、聖剣は当初の通り地下に奉納する。そう決定が下る前、当時のアルローの小姓であったタリダスが声を上げた。彼は今や二十九歳。騎士団長になっていた。扉の向こう側、異世界に行くなど正気の沙汰ではない。周りが止めたにも関わらず、タリダスはアルローに託された聖剣を抱え、扉を開けた。
*
十四年前、とある病院で鈴木ユウタは誕生した。
母親の体内から生まれ落ち、その瞳を開けた瞬間、病室に奇妙な沈黙が訪れる。
普通分娩で、予定日通りに生まれた赤子。
けれども取り上げた産婦人科医と看護婦は、顔を見合わせた。
「……お、男の子ですか?」
「はい」
「見せてください」
出産を終えたばかりの母親が弱々しい声で願いを告げる。
看護婦が一瞬産婦人科医に目配せをする。
頷いたのを確認して、母親に赤子を見せた。
赤子の開かれた目は緑色。
次の瞬間、母親はどこにそんな力が残っていたのか、切り裂くような悲鳴を上げた。
鈴木ユウタ。
日本人に多い苗字で、赤ちゃんの名前ランキングにも上がる名前。
彼は職場恋愛で結ばれた夫婦の間に生まれた普通の男の子だった。
両親もその家族も容姿は平均的な日本人。
けれども、ユウタの容姿は両親や祖父母、誰にも似ていなかった。
金色の髪に、緑色の瞳。
肌色は白人に近く、日焼けをすると赤く腫れる。
父親は母親の浮気を疑い、DNA鑑定も行われた。
結果、ユウタは紛れもなく二人の子だった。
小さい時から、父親には無視され、母親からは叩かれたり、怒鳴られたりしてきた。
学校で他の子が親のことを話しているのを聞いて、羨ましく思ったことが何度もあった。
物心ついた時から、彼は両親やその親戚から嫌われていた。周りと違う容姿、黒髪と黒目の周りに比べ自身は金色の髪に緑色の瞳の容姿だった。そんな中、優しくしてくれたおじさんやおばさんがいて、可愛いねとお菓子をくれたりした。しかし、数日後、彼は絶望を味わうことになった。
髪を触られ、体を触られ、キスを強要されたり。
怖くなって叫んだら殴られた。そして他の親戚に言ったら殺すと脅された。両親がそんな彼の境遇に気がついたのか、はたまた親戚に自分達に全く似ていない子供を見せたくなかったのか。親戚の集まりに彼を連れて行くことはなくなり、彼がおかしな大人に会うことは少なくなった。大人に対して不信感を持ち、距離を持つようになったことも逆に彼を守ったかもしれない。
彼が十歳の時に、父親がとうとう耐えきれず、離婚を切り出した。
慰謝料をもらえるということで母親は離婚に合意。しかし離婚後、母親の稼ぎではろくな生活もできず、食事を抜かれる日もあった。ユウタは元から痩せていたのだが、母子家庭になり更に痩せた。そうしてその美しい容姿は見る影もなくなった。
人間不信に陥っていた彼だが、学校ではいじめられることはなかった。けれども外人と呼ばれたり、じっと見られたりするのが苦手だった。また小さい時に親戚から受けた性的虐待が尾を引いており、人に近寄るのが怖かった。
母親は働くことに忙しく、放置されることが多くなったが、男を連れ込むようになり、変わった。二人でユウタを虐めるようになったのだ。
「ユウタ。お前、本当に可愛いなあ」
ある日、母親が用事で出かけ、ユウタは男と二人きりになった。
ニタニタと笑う男の顔は、小さい時の親戚のおじさんの顔を思い起こさせる。
心の底から恐怖が込み上げてきて、ユウタは逃げようと試みた。
けれども、体格は男が上。
しかもユウタには十分な食事が与えられておらず、十四歳というのにガリガリに痩せて、中学生というよりも小学生のような体つきだった。
「肌も白くて、目をおっきいなあ。本当に、お前、男か?確認させろ」
「近寄るな!変態!」
「ひっでぇなあ」
ユウタが悲鳴をあげても誰も助けてくれない。
付近の住人たちはどれも似たり寄ったりの人間で溢れていて、悲鳴なんて日常茶飯事の場所にユウタたちは住んでいた。
「どれどれ」
男がユウタのズボンに触れ、脱がせようとした。
「やめて!嫌だ!」
十四歳の彼は十分な栄養が足りていないせいか、まだ声変わりもしていない。
ユウタの甲高い悲鳴は、男の嗜虐心を刺激したようだ。おかしそうに笑いながら、ズボンの留め金に手をかけ、かちりと外して一気に引き下ろした。
「次はパンツだな。おかしなパンツ履いてやがるな」
ユウタのパンツは、母親が安物を購入しており、変な柄が多い。外国産で、意味がよくわからない英語が書かれているパンツ。色も奇抜だ。
「やめろ!」
そう言ったのはユウタではなかった。
パンツに手をかけようとした男は、その姿勢のまま、ユウタの背後に現れた存在を見つめる。
天井を突き破るのではないかという大きさ。美術館の展示物のような白銀の甲冑がそこにあった。
ユウタは背後に現れた存在のことはよくわからなかった。けれども男が呆然としている隙をついて、逃げ出した。
「この!」
追いかけようとした男に切っ先が向けられた。
「ひっ!」
置物だと思っていたものが動き、剣を向けられ、男はぴたりと動きを止める。
逃げ出したユウタは今後こそ、自身の背後に現れたものを見ることができて、驚きのまま動けなかった。
甲冑の兜が動く。ユウタは睨まれた気がして、小さな悲鳴をあげた。
「貴様は!我が主になんてことを!」
甲冑が発した言葉の意味を、ユウタも男も理解できなかった。
男に向けられた剣が一度引かれ、安堵したのも一瞬。男は悲鳴をあげる間もなく絶命した。
首を失った体が床に崩れ落ちる。飛ばされた首は壁に鈍い音を立てて激突した。ぐちゃっと嫌な音、血飛沫が飛び、匂いが充満する。
ユウタの悲鳴が響き渡る。
「アルロー様。このタリダスがお迎えに上がりました。戻りましょう。あなた様の国へ」
甲冑の騎士タリダスは剣を納めた。
それからあられもない姿のユウタに羽織っていたマントを纏わせる。ショックで動けない彼を抱き上げると、部屋の真ん中に現れた木製の扉を開けた。
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