赴任先の俺様上司と私

ありま氷炎

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決断

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 ぱらり、ぱらりと会社から持って帰ってきたパンフレットをめくる。
 長い休みを取れることになり、旅行に行こうと決めた。
 久々の旅行で嬉しいはずなのに、なんだか悲しかった。
 ソファで横になり、天井を見上げる。

(もうだめかも)

 館林と一緒にいると辛かった。
 一緒にいると泣きそうになった。
 ユウコは大きく息を吐くと、パンレットをテーブルの上に置く。

(日本に帰ろう。帰って彼を忘れるんだ。有給を取るのを止め、代わりに異動願いを出そう。代わりの人が見つかるまでの我慢だ)

 ユウコはそう心に決めるとパソコンを開いた。

(明日、社長に渡そう)

 起動したパソコンの画面に表れたワードのアイコンをクリックすると、ユウコは異動願い書を作り始めた。

「異動願い?」

 翌日、一枚の紙をユウコから受け取り、館林は驚いた顔を見せた。

「どうしただ?」
「どうしてって、理由は書類に記載している通りです。やはり日本の方が過ごしやすく、私にはこの国は向いていません。すみません。出来るだけ早くお願いします」

 ユウコは俯いたまま、そう口にし、頭を下げる。館林がどんな表情で自分を見ているなど、知りたくもなかった。
 ただ早く彼の元から離れたかった。 

「……そうか。わかった。本社に連絡する。悪かったな」

 館林は乾いた声でそう言うと、書類を机の上に置き、画面のパソコンに目を向けた。それ以上何も言われることはなく、ユウコは自分の席に戻った。

(胸が痛い)

 泣きたくなる自分をなんとか叱咤して、その日を過ごした。
 やる事が山積みで、それが辛さを忘れさせてくれるようで助かった。

「鈴木、話がある。いいか?」

 アイリーンが帰った後、しんと静まり返った事務所で館林がそう切り出した。それは断れない調子の強い口調で、ユウコは頷くしかなかった。

 応接室にあるソファに館林は深く座ると、向かいに座ったユウコを見据える。そして口を開いた。

「日本に帰りたい理由は俺のせいか?」

 館林の少し茶色がかった瞳に囚われ、ユウコは胸が突かれるのがわかった。
 でもこの男に自分の本当の気持ちを伝えるつもりはなかった。
 ユウコは上司を見つめ返すと、息を小さく吐く。

「………そうです。私はあなたが嫌いなんです。あなたの態度、姿全てが嫌いなんです」
「そうか、そう思ってた」

 館林は部下の言葉に苦笑する。
 
(嘘つき。私もあなたも嘘ばかり。本当は気付いているくせに。でも絶対にあなたに言わない。私の本当の気持ちなんて)

「ご理解いただけてよかったです。そう言うわけで異動の件、よろしくお願いします」

 ユウコはソファから立ち上がると、館林に頭を下げ、背を向ける。
 館林の視線を感じたが、もう何も言うことはなかった。

 数日後、後任の者が決まり、ユウコは2週間後、帰国することになった。

「帰るのかあ。寂しくなるぅ~」
「うん。ごめんね。色々ありがとう」
「また遊びにきてよね」
「うん」 

 その週の日曜日、ルミに帰国することを伝えるため、昼食を一緒に取ることにした。

「でも、いいの?このままで」
「うん。いいの。知られたくないから」

(嫌いな男だった。嫌な男だった。そんな男に自分の弱みを握られたくなった)

「そう。あ、そうだ!送別会してあげるわよ。楽しくやりましょ」
「ありがとう」

 そうして次の土曜日に送別会が開かれることになった。

 その週、館林はユウコにいつもの態度で話しかけて来ることもなく、ユウコは仕事に集中した。引き続きができやすいように書類をまとめる。

 後任は日本で仕事も一緒にしたこともある形野ミユキだった。

(彼女、大丈夫かな。かなり適当だからなあ)

 引き続きに不安を思ったが、日本に戻るつもりだったので、あまり深く考えないようにした。

「こんにちは~」

 数日後、後任の形野ミユキが事務所にやってきた。
 26歳のミユキはすらりと手足が長く、美しい長い黒髪をもつ女性だった。
 どことなく、館林の彼女に似てるような気がして、ユウコは嫌な気分になった。

「館林さん~」

 ミユキは館林に一目ぼれしたらしく、わざとらしく甘えた声でそう呼んだ。
 その度に、ユウコは苛立ったが、必死で平常を装う。

「形野さん、これが来月の仕事の内容が入っているファイルで、あっちが……」

 そう説明するが、聞いている様子がなかった。
 これは細かく引き続きファイルを作る必要があるかも。
 頭痛を覚えながらも、自分が抜けたせいで会社に、館林に迷惑をかけるわけはいかないとユウコは気合を入れる。

「行かないのか?」
「あ、えっと、ちょっとまだ終わってないので。後で合流します」

 その夕方、ミユキが強引に歓迎会を開いてくれと言うのでその夜、飲みにいくことになった。アイリーンはバイトがあると冷たく言い、5時に帰宅、ユウコは行きたくない気持ちもあったが、本当に仕事が終わってなかったのでそう言った。

「じゃ、後で来いよな。場所はホワイト・ストリートのリック・バーだから」
「わかってます」
「館林さん、行きましょう」

 松葉づえの館林を支えるようにその側に立ち、ミユキは甘えた声を出す。ユウコはその様子に吐き気を覚え、視線をパソコンに戻した。

(行かない。行きたくない)

 1時間ほどして仕事に一段落がつき、今日はもう帰れる状態になった。
 行かないと決め、携帯電話でメールを送ろうとするとメールが届いていることに気づく。

 『来い、待ってるから。館林』

 そうメールが入っていて、ユウコは泣きそうになる。
 
 でも息を吐くと断りのメールを打ち始めた。
 メールを送って、携帯電話は鞄に放り込む。事務所の電気とエアコンを消して、外にでた。

「鈴木!」

 事務所に鍵をかけて、歩き出す。待っていたエレベーターに乗って上がって来たのは館林だった。

「社長?!形野さんは?」
「置いてきた」
「置いてきた?!」
「大丈夫だ。友達がいたから預けてきた」
「預けてきたって」

 ユウコは思わず呆れたような声を出す。

「鈴木。お前、俺のこと好きだろう?」
「?!じょ、冗談言わないでください!」
「だったら、なんで避ける?俺のこと嫌いなんて嘘だろう?」
 
(全く本当に嫌な男だ。信じられない)

「だったらどうなんですか?笑います?俺はいい男だから惚れらて当然だと思います?」

 今さら言い逃れは無理だと思い、ユウコは館林を睨みつける。
「………よかった。俺の勘はいつもだいたい間違ってないだが、今回は自信がなかった」

 珍しく自嘲した笑みを浮かべ、ユウコが驚く。

(この人がこんな表情見せるなんて……)

「鈴木。俺はお前が好きだ。だから、行かないでほしい。俺の側にいてくれ」
「そ、そんなの!」

 戸惑うユウコをぐいっと館林が抱きしめる。
 カランと松葉づえが落ち、一気に館林の体重がかかり、ユウコはその場に倒れ込む。

「おいしいシチュエーションだな」

 押し倒した格好になり、館林がにやりと笑う。

「どいてください!」

 ユウコは真っ赤になりながら、必死に館林から逃げようともがく。

「どかない。答えろ。どうなんだ?」

 至近距離でその茶色の瞳がユウコを見つめる。コロンの香りが鼻を刺激した。

「………残ります。だから、どいてください!」

 真っ赤な顔をしてユウコがそう叫ぶと、館林が体を動かす。ユウコは必死になってその下から抜けだし、立ち上がった。

「……まずい。動けん。助けてくれ」
「まったく!」

 ユウコは苦笑すると松葉づえを拾い、館林を抱き起こす。

「悪いな。ありがとう」
「本当、社長って見かけ倒しですよね」
「それを知ってるのお前だけだ」
「……そうですね」

 くすくすと笑いながらユウコは館林の横に立つ。

「さあ、これからどうする?」
「どうするって、バーに戻らないと。だいたい、社長、彼女がいるでしょ?」
「彼女?ああ、あれは彼女じゃない。商売友達だ」
「商売?」
「そう。もしかしてそれで焼いたのか。悪かったな」

(嫌な男)
 
 図星をさされ、ユウコはプイッと顔を背ける。

「俺は嬉しいな。そんなに俺が好きだったんだ。いつからだ?最初のことは明らかに俺のこと嫌いだっただろう?」
「知ってたんですか?」
「当たり前だろう。あれだけ嫌な顔されれば当然だ」
 
(ばれてたんだ)

 社会人として、大人げないなとユウコはちょっと反省する。

「ま、いいけど。今は好きだろう?」

 いつもの調子でそう聞かれ、ユウコはまた顔を背ける。

「素直じゃないよな。だから俺は気にいったんだけど……」

 ふいに館林はそう言った後、ユウコの肩を引き寄せる。

「ずっと抱きたいと思ってた。いいか?」

 ユウコはそう囁かれ、息が止まりそうになる。
 
(本当この人は…!)

「……だめに決まってるじゃないですか!物事には順番が、だいたい、部下に手を出さないって言ってたのは……」

 ユウコは噛みつくようにそう言い募るが、その口は館林の唇によって塞がれる。

「エロイです。本当」

 濃厚なキスをされ、ユウコは息切れ切れでそうつぶやく。

「じゃ、続きは俺の家で」
「続きって、ありえません。明日は仕事ですから」
「まったく」
「だいたい、その体じゃ無理だと思いますが」
「する気だったのか?」

 2人はそう言い合いながらエレベーターに乗り込む。

 そうして嫌な上司と出来る部下は仲良く、建物を後にする。

「社長!そういや形野さんは!?」
「ああ、大丈夫。今頃俺の友達と仲良くやってるはずだから」
「仲良くって!日本人女性を軽く扱われたくないって言ってたのは社長じゃないですか!」
「大丈夫。友達は女だ。彼女が色々気を使ってるはずだ」

 館林はそう言いながらそっとユウコにキスをする。
 今度は軽いキスでユウコは幾分ほっとした。

 夜のネオンが美しく輝く街の空には、その明るさに対抗するように丸い月が輝いていた。
 眠らない街に2人の姿が消えていく。

 日本から遠く離れたこの地で2人はこれから新しい生活を始めようとしていた。



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