赴任先の俺様上司と私

ありま氷炎

文字の大きさ
上 下
6 / 8

夜のデート

しおりを挟む
 そして土曜日がやってきた。
 この日のために洋服を買うのは癪だったので、ルミからおしゃれなワンピースを借りた。藍色のシルク生地で裾が斜めにカットされ、花が開いたようにフリルがついていた。
 ルミの家で試着して決めたのだが、いざ着て見るとなんだが館林を意識してるような自分が嫌になった。
 かといって今持っている服では高級レストランに行けそうな服はない。仕方ないのでそれで行くことを決め、髪を結いあげる。
 化粧も服に合わせていつもよりしっかり目にした。

 いつものくせで約束の5分前には支度を終わらせてしまう。現地にきて集合時間はぴったりその時間だと言うことを学んだ。
 おかげでユウコは5分ほど館林の車を待つことになった。

「へぇ。見違えるもんだな」

 車から顔を出した館林はにやにや笑いながらユウコを見た。

(くうぅう。なんか負けた感じだわ)

 心の中でそう思ったが、とりあえず一生のうちで最初で最後の経験だと、笑顔を作り、館林の車に乗り込む。
 車の中は煙草の匂いで充満してるかと思えばそうでもなく、ユウコはほっと胸を撫で下ろした。鼻につかない微かなラベンダーの香りがする。車の中で流れる曲はジャズだった。

(くやしいけど、完璧だ)

 まっすぐ前を見て、運転する館林をちらっと見て、ユウコは完全に白旗を上げた。身体にフィットする黒のジャケットを華麗に着こなし、館林は完璧にいい男だった。

「ん?俺がかっこよすぎて見とれたか?まあ、しょうがないがな」

 自分を見つめるユウコの視線に気づき、館林はにやりと笑う。
 
(むかつく。やっぱりこの男、嫌いだ)

 ユウコはぷいっと視線を窓の外に向ける。また見ていたら、俺に惚れるなよな、など言い出すに決まっている、ユウコはそう思いジャズを聴きながら、きらきらと輝く夜のネオンに目をやっていた。

 車を5分ほど走らせ、目的地に到着する。
 フロントで車を預け、館林は真っ赤な絨毯の上でユウコに手を差し出す。ユウコは一瞬だけ迷ったがその手を取る。

「行こうか」

 館林はユウコの手を掴み、引き寄せるとそう囁き歩き出した。
 ふわりと先日嗅いだコロンの香りがし、ユウコはどきりとした。しかし、隣の館林に悟られたくないと思い、顔をこわばらせる。

「緊張してるのか?大丈夫だ。取って食ったりはしない。部下に手を出すほど困ってはいない。単に先週のお礼に過ぎないんだ」

 館林は数人が乗り込んだエレベーターの中でユウコにそう囁く。耳元にかかる声とコロンの香りで、 ユウコは妙な気分になる自分を憎む。

「着いたみたいですね。行きましょう」

 最上階に到着し、ユウコはさっさとエレベーターを降りる。息がかかるくらいそばにいるのがつらかった。

(まずいかもしれない)

 ユウコは館林の行動を意識せずにいられない自分に嫌な予感を覚える。
 そしてそれは時間がたつにつれて確信と変わった。
 自信過剰の館林は実際上司という立場を忘れて話してみれば、鼻につくような男ではなかった。
 話す内容は下卑たことから政治のことなど、さまざまな引き出しを持つ男だった。
 時たま、その自信過剰な発言にいらいらすることはあっても、それは事実に基づいたものでユウコは完全に館林に参ってしまった。

(嫌な男、でも、いい男だ)

 二人で過ごす時間はあっという間に過ぎ、館林は腕時計を見ると手を上げて、ウエイターを呼んだ。

「鈴木、そろそろ帰る時間だ。家まで送ろう」
「……そうですね」

 まだ一緒にいたい、その気持ちを押し込めでユウコはできるだけ淡白に答える。
 自分の気持ちを館林に知られたくなかった。 
 知られて鼻で笑われるのが嫌だった。

「今日はありがとうございました」

 結局館林は飲むこともなく、すっかり健全な夕食だった。車でも二人の話は弾み、ユウコは思わずこのままどこかに行きませんかと言ってしまいそうになる自分の気持ちを殺すのに苦労した。

「俺も楽しかった。鈴木って面白い女だったんだな。その調子でいい男つかまえろよ」
「またそれですか」
「だって29歳で彼氏いないはやばいだろう?」

 
(この人は!)

 以前であれば張り飛ばしたく台詞も今日はなんだか館林らしいと苦笑するだけにとどまる。そんな自分の気持ちに変化にユウコは愕然としながらも、笑顔を絶やさなかった。

「じゃ、月曜日に。風邪を引かないようにしてくださいね」

 車から降り、ユウコが頭を下げると、館林は一度クラクションを鳴らし、車を走らせた。
 ユウコはコンドミニアムの階下で館林の車が門から完全に消えるまで見送った。


「……それって好きになったってこと?」
「うん」

 部屋に戻り、化粧を落とし、シャワーを浴びて、テレビを見ていたら、なんだか急に人と話したくなった。そしてルミに電話した。
 旦那と一緒にいるはずなのだが、ルミは電話に出てくれた。

「あーまずい。それはまずいと思うわ。だって、相手は上司でしょ。しかもたらし。絶望的。うまくいっても苦労する。まずセフレどまりかもね」
「セフレ……」
「もう、あきらめなさいよ。今ならそんなにどっぷりはまってないんでしょ?別の人を探す、そうだ!うちの旦那の友達を紹介するわ!明日、うちでバーベキューパーティするのよ。こない?」
「いいの?」
「もちろん。かわいい格好してきてよね」
「うん、がんばってみる」

 そうして、翌日の日曜日、ユウコはルミの家、市内にあるコンドミニアムに向かった。いろいろ準備や、もって行く飲み物などを買っていたら予定より1時間ほど遅れた。
 しかしこの国らしく、遅れてくるもの多く、パーティーにはまだ数人しかきてなかった。

「ユウコ!」 

 キャミソールにホットパンツという格好をしたルミはユウコの姿を見つけると手を振る。

「ごめん。とりあえず何持ってきていいかわからなかったから。自分の好きなお酒買ってきちゃった」
「ありがとう!」

 ルミはユウコからお酒の入った紙袋を受け取ると、夫のエリック、そして友人のビクターにユウコを紹介した。
 ビクターはユウコより2歳年下で、かわいい顔をした華橋だった。
 付き合う相手というより、弟って感じかも、そういう印象を持ちながらもユウコは取り合えず、話をしてみた。
 そしてやっぱり、館林と比べ、その幼さにがっかりする自分に気がついた。
 結局、気持ちは乗らないまま、ユウコは悪いと思いながらもパーティを中座して、家に戻った。

 部屋にはいり、着替えもせず、ソファに座り込む。 

(ああ、まずい。最悪、あいつだけは好きになりたくないと思ってたのに)

 ビクター以外にも何人か独身男性があり、ルミが気を利かせて紹介してくれた。でも誰もぴんと来る人はいなかった。

(重症……。だめ、やっぱりだめ)

 ソファに横になり、目を閉じる。
 あのコロンの香り、自信過剰な笑みなど、昨日の晩のことを思い出し、ユウコは胸が痛くなるのがわかった。

(なんで、あの男なの?よりにもよって)

 涙が出そうになったので、両手で顔を覆う。
 
 ツルルル、ツルルル。

 かすかな携帯電話の着信音が聞こえ、鞄が小刻みに揺れる。
 ユウコは体を起こすと鞄から電話を取り出し、番号を確認せず出る。

「鈴木?」
「社長?!」

 自分の声が素っ頓狂な声であるのがわかった。
 昨日話したばかりで、あんなに嫌いだった男の声が、耳に心地よかった。

「悪いけど、事務所にきてくれないか?」
「……いいですけど、どうしたんですか?」
「訳は後で話す」

 珍しく困った声でそう話し館林の様子が気になり、ユウコは事務所に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件

アバターも笑窪
恋愛
\甘えたイケメン×男前系お姉さんラブコメ/ ーーーーーーーーーーーー 今年三十歳を迎える羽多野 真咲は、深夜の自宅でべろべろに酔った部下を介抱していた。 二週間前に配属されたばかりの新しい部下、久世 航汰は、 「傾国」などとあだ名され、 周囲にトラブルを巻き起こして異動を繰り返してきた厄介者。 ところが、ふたを開けてみれば、久世は超がつくほどしっかりもので、 仕事はできて、真面目でさわやかで、しかもめちゃくちゃ顔がいい! うまくやっていけそうと思った矢先、酒に酔い別人のように甘えた彼は、 醜態をさらした挙句、真咲に言う。 「すきです、すきすぎる……おれ、真咲さんと、けっこん、したい!」 トラブルメーカーを抱えて頭の痛い真咲と、真咲を溺愛する年下の部下。 真咲の下した決断は── ※ベリーズカフェ、小説家になろうにて掲載中の完結済み作品です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

王手☆スイーツたっぷりオフィスラブ ~甘い恋愛なんて将棋しか取柄の無い根暗な私にはマジ無理な世界だよ~

御実ダン
恋愛
 大手菓子メーカーMGに務める『紀国 安奈(きのくに あんな)』は、本日付けで広報宣伝部に異動となった。  同じく大手ライバル菓子メーカーGCに対抗するべく、会社の宣伝戦略として、部署のメンバーそれぞれの『得意分野』で商品(お菓子)の宣伝をしなければならない。  私みたいな将棋しか取柄の無い根暗な女に得意分野なんてものがある訳が……あ、部長が近づいてくる。  「いいか、紀国! ユーザーネームを『キノコの山』にして、ネット将棋で日本一を取れ!」  ――今、私の知らない所で、会社の存続の危機でも何でもないのに、戦争が始まろうとしていた。 【作中の将棋表記について】 ・先手番を▲、後手番を△で表す。 ・横を筋すじ、縦を段だんと言い、段には一、二、三……と言う漢数字が、筋には1、2、3……と言う数字が盤面の右側から付けられている。この二つの数字を使い、全ての駒の動きを表して行く。 ※将棋の詳しいルール説明については省略させていただきます。なるべく、ルールを知らない方でも読み進められるように配慮しています。ご了承いただけたら幸いです。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

処理中です...