赴任先の俺様上司と私

ありま氷炎

文字の大きさ
上 下
2 / 8

仮装パーティ

しおりを挟む
「仮装パーティー?」
「そう。明日なんだけど興味あるか?」

 夕飯はチャーハンだった。お茶を入れることになり、応接室で結局ユウコは館林と食事を共に取ることになった。
 必然的に話をする必要もあり、ユウコは嫌々ながら館林の話を聞いていた。

「残業続きで出会いとかないだろう?いい年なんだからやっぱり結婚したいんだろうし、いい出会いの場になると思うが?」
「!」
 
 なんて失礼な上司なんだ。
 ユウコは怒りを抑えて、無理やり笑顔を浮かべる。

「そうですね。いい歳なので、そういう出会いの場は必要かもしれませんね」
「そうそう。じゃ、決まりだな。仮装する服あるか?すっちーの服とかなら友達がもってるから貸すぞ」 

 嫌味で返した台詞を館林は二コリを笑って言い返した。

 まじ、むかつく。

 明らかに意図に気づいているはずなのに、そう言う館林にユウコは苛立つ。

「アイリーンもそこで歌うからちょうどいい機会だ。聞くといいぞ」
「?!」

 断ろうと口を開こうとするユウコをさえぎるように館林がそう言い、結局断る機会を失った。


 翌日、とりあえず友人から借りた浴衣を着て、会場のホテルに向かった。
 館林の姿は一目でわかり、口さえ悪くなければ素敵な男性だと再認識する。館林は仮装パーティーというのに、燕尾服を纏った普通の格好だった。

 まあ、普通がアロハシャツだから、印象はかなり違うけど。

「鈴木。なーんだ浴衣か。やっぱりすっちーの服貸せばよかったな」
「いえいえ、ご迷惑かけるわけにもいかないので。ところでアイリーンの歌はいつ始まるんですか?」
「8時だ。あと30分ある。ドリンクとか飲んで待ってようか」

 館林はにこりと笑うと手をユウコに差し出す。ユウコは迷ったが、今日はパーティーだと思ってその手をとった。
 肌ががさがさする手だった。しかし思ったより大きく、ユウコはおかしなトキメキを覚える。

「あ、そろそろだ」

 真っ赤な液体の入ったグラスを持ち、二人は壁際に立つ。照明が消され、司会が話を始める。そしてアイリーンの歌が始まった。

「すごいだろう?アイリーンは歌手を本気で目指している。オーディションにも行ってるがチャンスに恵まれてないんだ」

 館林はユウコの耳元でそうささやく。耳元にかかる息に館林のつけるコロンの香りがして、ユウコは心臓が跳ね上がるのがわかった。

 むかつく。
 こんな嫌な上司、絶対に意識なんてしないから。

 早鐘を打つ心臓を押さえ、顔色を変えないように必死に気持ちを押しとどめ、ユウコはアイリーンの歌を聴く。

 恋人のために歌っているのがその声音は切なく、ユウコはいつの間にその歌に引き込まれていた。

 歌が終わり、わっと会場が沸く。

 そして、バンド演奏が始まった。アイリーンはステージから姿を消す。

「……もう終わり?」
「そう。今回のメインはお祭り騒ぎだ。アイリーンもうるさいお客の前で歌うのも嫌だろうし」
「そうですね」

 会場はバンド演奏がかき消されるくらい、人々の話し声で騒がしいパーティー会場と化していた。

「鈴木。いい男みつけろよ」

 館林は喧騒にかき消されないようにユウコの耳元でそうささやくと、人々が集う場所に消えていった。

 どうしようか。
 別に出会いとか期待してないし。
 
 
 ユウコは昨日売られた喧嘩を買うように参加の意志をみせたが、アイリーンの歌にも興味があったので参加しただけだった。
 帰ろうと迷っているユウコの視線の先では、着飾った女性陣と楽しげに話す館林がいる。

 むかつくけど、やっぱりいい男よね。
 あの性格さえなければ、一回くらい抱かれてみてもいいかも。

 ふとユウコはそんな思いにとらわれ、顔を険しくさせる。あんな男、しかも上司とそういう関係になることを考えた自分に腹が立った。

 きっとアイリーンの歌のせいだわ。
 あとあのコロンかな。

 タバコの匂いを消すためか、酔わせるようなコロンの香りが館林からした。

 普段はそんなに近づいたこともなかったし、社内ではつける必要もないと思ってたか、初めて嗅いだ香りだった。

 ああ、なんか嫌な気持ち。
 やっぱり帰ろう。

 ユウコはぐいっと持っていたグラスを煽り、テーブルに空いたグラスを置いた。そして会場を出ようと出口に向かって歩いていると一人の男が近づいてきた。
 バットマンに変装した男は背が高く、衣装に負けない体つきをしていた。

「日本人デスカ?」

 姿に似合わぬやわらかい物言いにユウコは苦笑してしまう。

「Sorry, I just started learning Japanese It is funny?」
「 No, it is not funny」

 英語でそういわれ、ユウコは慌ててそう答える。

 浴衣を着てるから日本人だと思って話しかけてきたのに、失礼だったわ。

「I am Japanese. How about you?」
「I’m Batman 」

 男がそう答え、ユウコは笑った。

 カウンターの席に座り、ユウコと男は飲み物を注文する。男は現地出身で、日本語を勉強中だということだった。
 男は頼んでおいたウィスキーを口に含むと、かぶっていた仮面をはずす。
 現れた顔は彫りの深い中東系のハンサムな顔だった。黒い瞳はきらきらと輝き、ユウコを見つめる。不敵に笑う笑顔がなんだか館林を重なり、ユウコは男に見とれるのがわかった。
 
 結局ユウコは帰る機会を失い、男と1時間ばかりカウンターで話し込んだ。男のウィットに富んだ会話でユウコは笑い、甘いカクテルを水のように飲んだ。
 久々に飲んだお酒はユウコの思考を少しずつ奪い、ユウコは男の顔に潜む下卑た笑みに気づくことができなくなっていた。

「Can you come to my home and drink again?」

 そう聞かれ、ユウコはぼんやりとした意識でうなずく。
 男は支払いを済ませるとユウコの腰に手を当て、足元のふらつくユウコを連れて歩く。

 ふわふわとした意識の中、男と共に歩いているのがわかった。
 頭の中がとろけるようになり、ユウコはただ楽しかった。

 男の背中に手を回し、そういえば最後に付き合った男はいつだったけと考える。

「Excuse me. She is my girlfriend」
「Really?」

 ふいに声をかけられ、男がぎょっとして振り向く。その英語のイントネーションから館林が日本人とわかる。

「おい、ユウコ。帰るぞ」

 男に支えられているユウコを奪うように抱きかかえると館林は戸惑う男に背を向けてタクシーを拾う。
 そして乱暴にユウコを後部座席に押し込むと自分もその隣に腰掛ける。

「こら、イエローキャブ。起きろ!家はどこだ。送って行ってやる!」
「むにゃ?だれ?館林?まじでむかつく~!29歳が歳なの?!あほ!」

 ユウコは館林を焦点の合わない瞳でじっと見るとそのまま、ぱたりと座席に倒れた。

「おい、鈴木。おい!」

 館林がユウコを揺するが起きる様子はなく、むにゃむにゃとなにやら寝言を言っている。

「しょうがないな」
「Where do you go?」
「Green street please 」

 館林はため息を交じりにタクシードライバーにそう答えると、座席に深く座った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

しっかりした期待の新人が来たと思えば、甘えたがりの犬に求婚された件

アバターも笑窪
恋愛
\甘えたイケメン×男前系お姉さんラブコメ/ ーーーーーーーーーーーー 今年三十歳を迎える羽多野 真咲は、深夜の自宅でべろべろに酔った部下を介抱していた。 二週間前に配属されたばかりの新しい部下、久世 航汰は、 「傾国」などとあだ名され、 周囲にトラブルを巻き起こして異動を繰り返してきた厄介者。 ところが、ふたを開けてみれば、久世は超がつくほどしっかりもので、 仕事はできて、真面目でさわやかで、しかもめちゃくちゃ顔がいい! うまくやっていけそうと思った矢先、酒に酔い別人のように甘えた彼は、 醜態をさらした挙句、真咲に言う。 「すきです、すきすぎる……おれ、真咲さんと、けっこん、したい!」 トラブルメーカーを抱えて頭の痛い真咲と、真咲を溺愛する年下の部下。 真咲の下した決断は── ※ベリーズカフェ、小説家になろうにて掲載中の完結済み作品です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

処理中です...