上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む


 お茶会の日。
 仮病を使う暇もなく、早い時間にクレインはやってきた。
 なぜか花束を抱えて。

「クレイン。どうしたの?」
「カナリア。俺と結婚してくれ」
「は?」

 何言ってるの?クレイン。

「どうしたの?頭でも打った?」
「一年社交の場を経験した。伯爵令息として、もらった本を参考に振る舞ってみた」
「もらった本?」
「ほら、カナリアがずっと前にくれた本があっただろう。そこに書かれていた伯爵令息が理想とかなんとか」
「あ!」

 思い出した。
 クレインがずっと前に何か本を貸してくれっていうから、私の恋愛小説コレクションから、一冊適当に探して貸したことがあった。あ、でもあげた記憶はないけど。今のいままで忘れていたから、返してもらわなくもいいかも。

「その本、なんて題名?」
「『侯爵令嬢はスパダリの伯爵令息に溺愛される』」
「いやあああ」

 私はそのまま頭を打って気を失いたかった。
 あまりにも大きな声だったので、客間に人が集まってくる。

「どうした?」
「何かされたのか?」
「あらあ、大胆ね」

 最後のお母様の言葉、意味がわかりません。

「申し訳ありません。あまりにも驚いたので大声出してしまいました。お父様、今日はとても気分が悪いので、王妃様のお茶会を欠席させてもらえないでしょうか」

 無茶なことを言っているのはわかっているけど、もう居た堪れない。
 なんて本を私は貸しているのよ。クレインに!
 それじゃ、まるで私が彼のことを好きみたいじゃない。
 クレインの顔が怖くて見れなかった。
 そして、今日花束持ってきたのも、わかった。
 あの本のせいだ。

「……わかった。ただごとじゃなさそうだ」
「父上。私が王妃様へお詫びに行きましょう。クレイン、君も来るんだ」
「俺も、ですか?」
「そうだ。病気なのはカナリアだけだ。お前はお茶会に参加すべきだ。カナリアのためにも」

 ごめんなさい。
 みんなに迷惑かけている。
 だけど、だけど、無理なものは無理。
 クレインの顔、怖くて見れない。

「カナリア。さあ、部屋に戻りましょう。後は頼んでもいいかしら」
「ああ」
「安心して」
「力を尽くします」

 お母様が私の肩を抱いて部屋まで送ってくれる。
 お父様、兄上、クレインはお母様の言葉にしっかり返事をして、何やら打ち合わせをし始めたよう。
 ごめんなさい。

「まあ、何があったかは詳しくはわからないけど。大丈夫。王妃様ならわかってくださるわ」
「はい。ご迷惑かけてすみません」
「ゆっくり休みなさい。そして考えて」

 うん。
 しっかり考える。
 クレイン、ごめんなさい。
 まさか、私がそんな本を彼に貸していたなんて。
 告白みたいじゃないの!
 違うのに!

 着替えを終わらせてベッドで悶え始めた私に、お母様は何も言わずに部屋を出ていく。
 使用人も一緒に退室して、部屋に一人で取り残される。

「どうしよう。どうしよう。私のせいで、クレインが無理してたみたい!」

 クレインが優しい、貴公子みたいになったのは、いつからだったかしら。
 もう覚えていない。
 社交界デビュー前のお茶会。
 そこでクレインは全く違う人のように振る舞っていた気がする……。
 私の前ではいつもの彼。
 彼は無理して、スパダリ伯爵令息を演じていたのね。
 ごめんなさい。

 それよりも『侯爵令嬢はスパダリ伯爵令息に溺愛される』というタイトルの本を貸すってことは、私、侯爵令嬢はあなたのことが好き。だから私のスパダリになってって意味になっちゃうよね?

「いやあああ」

 耐えれなくてもう一回叫んでしまったけど、誰も部屋に入ってくることはなかった。

「どうしよう、どうしよう」

 部屋を意味なく歩き回る。どれくらいそうしていたかわからない。
 ふいに扉が叩かれた。

「俺だけど、入っていい?」
「だめ!絶対にだめ」
「なんでだ?いつもなら全然平気だろう?」
「今はだめ。落ち着いてないから」
「俺がプロポーズしたの、そんなにショックだったか?」
「そうじゃないの!私が、あなたにそんな本を貸していたことがショックだったの!」
「ああ、そのこと。別にあの本にあなたの意図があったとは思っていない」
「そ、そうなの?」

 そうなんだ。
 よかった。

「カナリア。中にいれてくれ。顔を見て話がしたい」

 落ち着いた、でも有無を言わせない声で言われてしまい、私はしぶしぶ扉を開けた。

「ひっでぇ格好。なんていうか」
「あ!そうだったわ。出て行って、今すぐ」
「あっちみてるから、何か羽織って。それでいいから」

 寝巻きは薄めの生地の大きめのシャツに、スカート。体の線が透けるくらい薄い生地。
 本当はこのまま帰ってほしいけど、多分、彼は納得しない。
 私はガウンを羽織った。

「こっち見ても大丈夫よ。髪とか割と酷いけど」
「そうだな。でも気にしないから」

 うん。クレインは本当気にしないもんね。
 私はベッドの上に座り、彼に椅子をすすめる。

「王妃様のところから早かったね」
「俺は行っていない。レイヴィン兄があなたと話した方がいいって言ったから」
「そっか。王妃様の事、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう?あの二人だし」

 うん。大丈夫かな。
 王妃様もいい方だし。
 私がどういう理由で欠席したことになったのか、気になるけど。

「それよりも、俺のプロポーズの返事は決まった?」
「いきなりそれを聞くの?」
「だって気になるのはそれだから」
「ちょっと待って。あまりにも突然だし。私混乱している。でもあの本のせいじゃないの?」
「違う。スパダリ伯爵令息?演じてみたらどうなるかなあと思ってやり始めたら、びっくりするほど効果的だった。普通の令嬢が求めている男がどんなものかわかったよ。だけど、俺の気持ちは変わらないかった。どんな令嬢に言い寄られても、そういう気分になれなかった」
「……そうなんだ」
 
 言い寄られ、そうよね。
 この一年モテてたし。

「あなたにふらふらと近づく男がいて、むかついたから何度かシメてやった」
「はあ?」
「驚きすぎだ。別に普通だろう?好きな女に近づく男は許せない。あの小説でもそうだったし」
「そ、そうだけど」
「でも、俺はあなたの前では演じたくない。本来の俺を見てほしい。だから態度を変えなかった。ショックを受けていたのも知ってる。だけど、演じたくなかった」

 クレインが私を食い入るように見ていた。
 その青い瞳は少し薄暗い部屋では、いつもの輝きはない。
 ちょっとそれが怖く見える。

「カナリア。俺はあなたと結婚したい。ずっと一緒に側にいてほしい。だから俺の婚約者になってくれ」
「……うん」
「いっぱい食べさせてやるからな」
「それは余計」

 私たちは弾けるように笑い合う。

 それからもクレインは演じるのをやめなかった。
 身分を盾に彼に迫ったと言われないように、ちょっと頑張った。
 
「痩せすぎ。胸も小さくなったじゃないか」
「クレイン!」

 そう、私は少し痩せて、化粧や侯爵令嬢としての振る舞いに気をつけた。 
 二年後結婚して、人前で完璧な夫婦と呼ばれているようになった私たち。
 だけど屋敷に戻ると悪態をつき合うちょっと意地の悪い夫婦だ。
 
 私たちの物語は、これからも続く。
 物語のようにはいかないかもしれないけど、きっと幸せに暮らすでしょう。

 
 Happily Ever After


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

メリザンドの幸福

下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。 メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。 メリザンドは公爵家で幸せになれるのか? 小説家になろう様でも投稿しています。 蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...