永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

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華は根に、鳥は古巣に帰る

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「第二きさき美琳メイリン。不敬の罪によって其方そちを永久追放の刑に処す」
 文生ウェンシェンによって無情な宣告が下される。美琳は突然のことに言葉を失う。
「……え」
「護衛兵たち。その者を連れて行け」
「はッ!」
 二人の護衛兵に捕らえられた美琳は、彼らの手から逃れようともがく。
「文生、嘘よね? 嘘だと言って?」
「これは決定事項である」
「待って! せめて理由だけでも!」
「それがしきたりなのだ」
「そんな、貴方と離れるなんて。私が悪かったから、だから、そんなこと言わないでッ!」
「……護衛兵。矛で動きを封じろ」
「嫌、止めて、文生」
 兵の矛が振り上げられる。
「いやあぁぁ――――ッ‼」
 伸ばされた美琳の手は、ただ空を掴むだけであった。






 ――――前日。
 宮殿の大広間では、上級官吏かんりたちがつどっていた。
 彼らは空の玉座を見つめながらざわざわと話し合っている。
「昨日の美琳様の所業をお聞きになりましたか?」
「勿論ですとも。今王宮で知らぬ者はおらぬでしょう」
「なれば此度のことどうなると思われますかな?」
「やはり絞首刑が妥当でございましょう。あのような無礼な振る舞い。許しておいては王族の沽券に関わりますからな」
「しかし美琳様のお体では不可能でございましょう? 王はどのような御判断をされるのでしょうか」
「何。それも今に分かりましょう」
「おっと……」

 玉座の裏の間仕切り布が捲られる。そこからおごそかな足取りの文生が仁顺レンシュンを引き連れてやってきた。それに合わせて官吏たちは拱手きょうしゅの礼をする。
 椅子に座る文生。彼が片手を挙げると、官吏たちは礼を解く。そして文生の、かすかに赤くなっている片頬に注目が集まる。
 一人の官吏が一歩前に出る。
「恐れながら申し上げます。その御尊顔についてでございますが……」
「もう知れ渡っているようだな……そうだ、これは美琳の手によるものだ」
「噂はまことでございましたか。なんたる不敬。出自が分かるというものですな」
 肘掛けの上の文生の手が拳を作る。
 官吏は尚も問いかける。
「失礼ながらお訊ねします。王はどのような沙汰を下されるおつもりでございますか?」
 ごくり、と誰かが生唾を呑み込んだ。文生の低い声が答える。
「仁顺丞相じょうしょうと話し合った結果、美琳の処遇は永久追放が相応ふさわしいだろうということになった」
「なんと……!」
 一瞬で場がどよめく。
「それでは刑が軽すぎます。臣民に示しがつかぬではありませぬか」
 その言葉に文生は大きなため息をく。
「分かっておる。しかしそれ以外はどうしようもなかろう。理由は……説明した方が良いか?」
「けれどやはり「それに」
「それに?」
 文生は何事かを小さく呟く。
「何か仰られましたか?」
 その言葉を聞き取れなかった官吏は怪訝な顔で文生を見やる。
「いや、なんでもない」
 文生が小さく首を振って仁顺に視線を流すと、仁顺がよく通る声で宣言する。
「第二后、美琳様を不敬の咎で永久追放の刑に処す。刑の執行は明朝。これに異論がある者はおるか?」
 一堂に会した者たちは、皆長揖ちょうゆうして口を揃える。
「異議ございません。すべては王の御心のままに」









 ――――黒く淀んだ雲が空を覆っている。
 芯から凍える大粒の雨が都城とじょうに降り注ぎ、普段は賑わいを見せている大通りから人々を遠ざけている。
 その大通りの中心を、矛で胸を串刺しにされた少女が二人の兵に引きずられていく。
文生ウェンシェン! 文生! なんでなの? ただの夫婦喧嘩じゃない。それくらいでこんなことしなくても……」
 少女の問いに兵の一人が答える。
美琳メイリン様。王の御決定は覆ることはありません。貴女はもう后ではないのです」
「そんなこと文生が望んでいる訳ないわ。きっと仁顺レンシュンに誑かされたのよ。だって静端ジングウェンが……!」
「諦める他ないのです」
「~~ッうるさい浩源ハオヤン!」
 美琳の金切り声がビリビリと鼓膜を揺さぶる。しかし浩源は動じない。手にしている矛に力を込めると、共に体を押さえている兵に合図する。
君保ジュンバオさん。気にせず進みますよ」
 そう言われたものの、君保は戸惑いを見せる。
「で、でも、ここまでしなくても」
「いいから。これが私たちの仕事なのです」
「そうなんですけど……」
 君保は怖気づきながらも、抵抗し続ける美琳の動きを封じ込める。
 男二人に拘束された美琳は流石に身動き出来なくなった。が、なんとか抜け出すためにもがく。すると、パキ、パキ、と彼女の体から骨が折れる音がし始める。同時に骨はくっつき、また折れるのを繰り返す。
〝文生の元へ〟
 ただその一心が美琳を突き動かした。
「ひッ……!」
 その異様なまでの執念に君保は気圧けおされる。怯える声が小さく漏れ、力がわずかに弱まる。
「君保!」
 浩源の怒号が飛ぶと、君保はどうにか踏み留まる。
「う、は、はい……!」
 そうして二人掛かりで美琳を城壁の門まで連れて行く。彼らの足は更に外へ向かっていき、美琳が王宮へ戻るのは到底叶わなくなった。
 美琳は唇が裂けるまで噛む。そして王宮に向かって吠え猛る。
「私は決して忘れないわ! 貴方を愛したことを、貴方に裏切られたことを! 私から貴方を奪ったすべて壊すまで、絶対に許さない! たとえ貴方が忘れようとしても!」






 その絶叫は都城に虚しく木霊する。
「おっ母。おっ父。あのお姉ちゃんどうしたの」
 民家の中から子供の声がする。
 すると父親が答える。
「あの人は我々の国を救ったお人だよ。あの人がいたから俺は無事に帰って来れたんだ」
「そうなの? じゃあなんで連れて行かれるの?」
 今度は母親が答える。
「あんなやつ見ちゃいけません」
「どうして? お姉ちゃん泣いてるよ? 助けなくていいの?」
「あいつこそ戦の元凶なんだ。おっ父が戦に連れて行かれたのはあいつのせいさ」
「でもおっ父は……」
「いいんだよ。は人間じゃないから。あれは……」
〝化け物なんだから〟
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