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華は根に、鳥は古巣に帰る
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新月の夜、雲に覆われた空には星影一つ見えない。
その下、王宮からは松明の明かりが煌々と燃え盛り、窓からは煙が立ち上っている。
仄暗い政務室では一人の男が床に膝を突き、拱手して頭を垂れていた。その男の対面には龍の装飾が施された椅子があり、そこには黄色の着物を纏った男が座っていた。
「王よ。申し上げたき儀がございます」
頭を下げている男が慇懃に話す。
「なんだ。申してみよ」
「はッ!」
床を見つめたまま男は話し始める。
「長きに亘る此度の戦で、軍事費が財政を圧迫しております。その額は膨大。もはや税金だけで賄える範疇ではございません。これ以上戦を続ける利があるとは到底言えませぬ」
彼の言葉に王は何も答えない。
「そして鳳が撤退した今……戦の切り上げ時ではございませぬか? 果たして此度の戦にまだ意義は残っているのでしょうか?」
「ふむ」
王は顎に手を当てて考えるそぶりをする。
「……其方の言い分は分かった」
パッと男は顔を上げる。
「だがの、雪峰よ。それこそここで引いてはこの戦の意味が無くなってしまうのではないか?」
雪峰の青白い顔から血の気が引く。
「王よ! 現実を見てくださいませ! 鳳からは同盟破棄の連絡が来ており、税の重さで民に餓死者が増えております!」
悲鳴じみた声で訴えると、胸元から数枚の木簡を取り出す。
「それに比べて修軍はあの女が来てから勢いを増すばかり。加えてあちらの国が困窮しているという情報も一切入ってきておりませぬ! こちらが修国の情勢です。ぜひ、その御目で! 御確認くださいませ!」
そう言って木簡を剛王に差し出す。それを受け取った王は松明係を近くに呼び寄せ、じっと読み進める。が、表情が変わることはなかった。
「……で? これがどうした」
「なッ!」
「こんなもの、とうに知っておるわ。その上で我は〝続ける〟と判断した。こちらには投石機があり、兵数も勝っておる。我らにとってあやつらなど……塵芥も同然よ」
「そう言い続けて五年が経っておるのですぞ!」
「…………」
その雪峰の陳情にも、王は首を縦に振らなかった。
「雪峰よ。この話は永祥と話し合ったことか?」
「! い、いえ、こちらは私だけの意見でございますが……」
「ならば永祥と協議してから再び来るのだな」
「……!」
無常なる言葉に雪峰は唇を噛み締める。
一方王は、右手で頬杖を突き、左手で軽く雪峰をあしらう。
「もう良い。下がるが良い」
「…………」
だが雪峰は動かない。
「どうした、聞こえなかったのか? 疾く下がれ」
「……これも、すべては国のため……」
小さな声が零れる。それに王は眉根を寄せて聞き取ろうとした、その瞬間。
「御免!」
カッ、と雪峰が叫ぶ。と同時に、ぞろぞろと兵たちが闖入してくる。
「な、なんだお前たち!」
王は驚いて立ち上がり、その拍子に椅子が倒れる。
「こんなことをして済む……ッ!」
激昂して叫ぼうとした。が、それは喉元に突きつけた雪峰の剣によって遮られた。
「……謀反か」
怒りに打ち震えながら王は雪峰に聞く。翻って雪峰は穏やかな声色だ。
「いいえ。謀反ではありませぬ」
青白い顔がうっすらと色づく。
「これこそが忠義でございます」
その下、王宮からは松明の明かりが煌々と燃え盛り、窓からは煙が立ち上っている。
仄暗い政務室では一人の男が床に膝を突き、拱手して頭を垂れていた。その男の対面には龍の装飾が施された椅子があり、そこには黄色の着物を纏った男が座っていた。
「王よ。申し上げたき儀がございます」
頭を下げている男が慇懃に話す。
「なんだ。申してみよ」
「はッ!」
床を見つめたまま男は話し始める。
「長きに亘る此度の戦で、軍事費が財政を圧迫しております。その額は膨大。もはや税金だけで賄える範疇ではございません。これ以上戦を続ける利があるとは到底言えませぬ」
彼の言葉に王は何も答えない。
「そして鳳が撤退した今……戦の切り上げ時ではございませぬか? 果たして此度の戦にまだ意義は残っているのでしょうか?」
「ふむ」
王は顎に手を当てて考えるそぶりをする。
「……其方の言い分は分かった」
パッと男は顔を上げる。
「だがの、雪峰よ。それこそここで引いてはこの戦の意味が無くなってしまうのではないか?」
雪峰の青白い顔から血の気が引く。
「王よ! 現実を見てくださいませ! 鳳からは同盟破棄の連絡が来ており、税の重さで民に餓死者が増えております!」
悲鳴じみた声で訴えると、胸元から数枚の木簡を取り出す。
「それに比べて修軍はあの女が来てから勢いを増すばかり。加えてあちらの国が困窮しているという情報も一切入ってきておりませぬ! こちらが修国の情勢です。ぜひ、その御目で! 御確認くださいませ!」
そう言って木簡を剛王に差し出す。それを受け取った王は松明係を近くに呼び寄せ、じっと読み進める。が、表情が変わることはなかった。
「……で? これがどうした」
「なッ!」
「こんなもの、とうに知っておるわ。その上で我は〝続ける〟と判断した。こちらには投石機があり、兵数も勝っておる。我らにとってあやつらなど……塵芥も同然よ」
「そう言い続けて五年が経っておるのですぞ!」
「…………」
その雪峰の陳情にも、王は首を縦に振らなかった。
「雪峰よ。この話は永祥と話し合ったことか?」
「! い、いえ、こちらは私だけの意見でございますが……」
「ならば永祥と協議してから再び来るのだな」
「……!」
無常なる言葉に雪峰は唇を噛み締める。
一方王は、右手で頬杖を突き、左手で軽く雪峰をあしらう。
「もう良い。下がるが良い」
「…………」
だが雪峰は動かない。
「どうした、聞こえなかったのか? 疾く下がれ」
「……これも、すべては国のため……」
小さな声が零れる。それに王は眉根を寄せて聞き取ろうとした、その瞬間。
「御免!」
カッ、と雪峰が叫ぶ。と同時に、ぞろぞろと兵たちが闖入してくる。
「な、なんだお前たち!」
王は驚いて立ち上がり、その拍子に椅子が倒れる。
「こんなことをして済む……ッ!」
激昂して叫ぼうとした。が、それは喉元に突きつけた雪峰の剣によって遮られた。
「……謀反か」
怒りに打ち震えながら王は雪峰に聞く。翻って雪峰は穏やかな声色だ。
「いいえ。謀反ではありませぬ」
青白い顔がうっすらと色づく。
「これこそが忠義でございます」
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