永遠の伴侶(改定前)

尾羽打ち枯らす

55

　式典から数日。
　文生ウェンシェンは政務室で雑務をこなしていた。すると不意に、若い青年の声が外から聞こえてくる。
「失礼致します！　戦いくさの報告に参りました！」
　文机ふづくえから顔を上げた文生は、隣にいた仁顺レンシュンに頷く。と、仁顺が許可を出す。
「入るが良い」
「はッ！」
　呼びかけられた青年兵は、間仕切り布を捲って入室する。
「して、如何様いかような状況じゃ？」
　青年兵は部屋の中央に歩み出ると、片膝を突いて拱手きょうしゅの礼をする。
「現在我々は優位な立場にあるとのことです」
「ほう」
　仁顺が白髭を撫でつける。
「どうやら新兵器が役に立っておるようじゃの。被害はどれくらいじゃ？」
「兵は二千。弩どは十五。その他武器は今補充に向かわせております」
「相手の戦力は如何程いかほど削れた？」
「三千五百と思われます」
「そうか……これからも逐一報告するように」
「はッ！」
　青年兵の言葉を聞き終えると、文生が片手を上げて彼を下がらせる。



　文生と仁顺だけの二人になる。と、文生が口を開く。
「思ったよりも幸先良いな。やはり弩の威力は目覚ましい物のようだな」
「そのようでございますな」
　首肯する仁顺。だがその顔ばせは良いとは言えない。陰鬱な声で話し始める。
「……此度の戦にも永祥ヨンシャン将軍が出陣しておるはずです。だのに、これだけの被害で済むなど……」
「ふむ。確か強いと噂の者であったな。されどその者はあまり若くはないのであろう？」
「その通りでございます」
「ならば指揮の能力が落ちてきているだけではないのか？　先の戦の二度ともその者が率いておったのだろう？」
「……であれば良いのですが」
　文生は眉間に皺を寄せる。
「まだ油断出来ぬとは言え、今は素直に喜べば良いではないか。こちらとて何もしてこなかった訳ではないのだから」
　その言葉に仁顺は何も答えない。
「何。このままいけばすぐに決するであろう。美琳メイリンに兆しがない今、我が出ることなく済めば何よりではないか」
　途端、仁顺はいつもと同じ、温厚な笑顔を浮かべる。
「と、突然どうした」
「いえいえ、王の仰る通りだと思ったまででございます」
「そうか……？」
　文生は怪訝な顔をした。が、こ・う・なってしまった仁顺を追及しても意味がないことは疾とうに知っていた。
「そろそろ先程の続きを始めましょうかの」
「ああ、そうだな。早急に東側の河川工事を進めさせないと。氾濫してからでは遅いからな」
「今は男手も減っている分、工夫が必要になりますな」
「うむ。何かいい案はあるか？」
　すると仁顺は首を縦に振り、文机に一枚の木簡もっかんを置くのであった。