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白き羽根を抱く濡烏
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一面に広がる粟畑の中から鵲の鳴き声が聞こえる。
キョ―キョーキョー、と少し掠れた声は薄曇りの空に響き渡り、木蘭色の粟の穂を掻き分ける。
畑で何かを探しているのだろうか。声の主は時折鳴くのを止めては、跳ねるように動き回っている。
そこへ突然、けたたましい叫び声の烏が襲来する。
驚いた鵲は一瞬竦んだ。が、すぐさま反撃の姿勢に転じる。
二羽は激しく諍い、攻め合い、そして傷ついていく。全身がズタボロになり、羽根は抜け落ち、飛ぶのもままならなくなってもいがみ合うのを止めない。
どちらかが死ぬまでこの戦いは続くのではないか。そう思ったとき。
カチカチカチカチ、という声が二羽の間を駆け抜けた。途端、満身創痍なはずの鵲が目にも留まらぬ速さで飛び去っていく。
彼女が向かった先には大柄な鵲が待っていた。
鵲の番は互いを見つめ合うと、傷ついた片割れを庇うようにしてその場を後にする。
小さくなった彼らの姿を、烏は呆然と見守る他なかった――――――
都城を覆うような霧雨がしとしとと降っている。
粟畑は水気を嫌うように首を重く垂れ、昼下がりの町とは思えない陰鬱な空気が漂っていた。
「永祥殿!一体これはどういうことなのだ!」
美琳たちの国の宮殿よりも大きな宮殿の一室から金切り声が聞こえる。
部屋の中を覗くと、血色の悪い細面の男が立派な髭を蓄えた男に一枚の木簡を突きつけていた。
瓜実顔の男は見かけによらずかなり強い語気で詰っている。それを髭面の男、永祥はどこ吹く風と受け流す。
「見たままだ。どうもこうもなかろう」
「私は此度の戦で一万もの兵を駆り出す理由を聞いておるのだ!」
「雪峰殿、落ち着くが良い」
永祥は雪峰と呼んだ男を柔い声で宥める。が、一向に意味を成さなかったようだ。
「これが落ち着いていられようか!ただでさえ彼の国から二万もの兵を借り受けるのだぞ?それを……今の我が国にそこまでの余裕はない!あんな国如きにそこまでは割けん!」
雪峰のこめかみには青筋が浮かんでいる。その血管は今にも張り裂けそうで、彼の怒りの程が窺い知れた。
「そうは申してもな、もう決まったことだ。兵たちにも下知を下してある」
「なッ!」
彼の口は怒りのあまり戦慄いている。
「私の許可も得ずにそのような暴挙、永祥殿でも許されぬぞ!」
「はははは。心配無用。疾うに王の許しはもろうておるわ」
その言葉を聞いた途端、雪峰は口を噤む。
「……それを疾く言うが良い」
「儂は端から落ち着けと申していたではないか」
「ならば、何故軍師たるこの私にすぐに報告せぬのだ。戦も間近という今時分になって報告が上がってくるなどおかしいではないか」
「そんなの決まっておろう。お主が姑のように口煩いから言うに言えんかったのだ」
永祥は小指でほじった耳垢をふっと吹き飛ばすと、宮殿の外に目を向けた。
彼の瞳には雨降る町を出歩く人影が映っている。
商店は軒並み閑古鳥が鳴き、農具を持ち運ぶ庶人はほとんど見かけない。雨だから、というにしては少な過ぎるその光景はどこか不気味な匂いを纏っていた。
反面、工業地帯には様々な音が集まっていた。
人々の掛け声、鉄を叩く音、炎が爆ぜる音。
それらすべてがないまぜになった轟音が弱々しい雨音を打ち消し、遠く離れた宮殿まで届いていた。
その音は本来なら活気に溢れている人々の営みを知らせるものである。だが雨を切り裂くそれからは悲痛な訴えが含まれているように思えた。
雪峰が乾いた唇を舐めて潤す。
「もう始まるまで幾ばくも無いというのに、連日作らせてもまだ足りぬ。それもこれも永祥殿が彼の国の武器を我が国で受け持つことを交換条件にした故ぞ?」
「そのおかげで二万も借り受けられたのであろう?」
ヒク、と雪峰の隈の濃い目元が引き攣る。
「それはこちらが五千だけの兵で済ませるためだ。一万も出しては意味がない」
彼は結髪をガシガシと掻き崩すと、丸めた人差し指の背で手に持っていた木簡を小突く。
「王が“良い”と仰ったのなら“良い”のであろう。その代わり……それだけの価値はあるんだろうな?」
「無論」
そう言った永祥の瞳が鈍く光る。
「あそこには一万もの兵など惜しくないものが在る。アレさえ手に入れれば……この国は安泰よ」
「安泰、のう?」
「……雪峰殿、何か言いたいのならば言うが良い。お主の小言には慣れておるでな」
「なれば何を言われるかくらいは分かっておろう」
「らしくない、とでも言うつもりであろう?」
永祥は皺が浮かんだ目尻を少し下げる。
「だがの、儂は変わっておらぬよ」
「ほう?」
「儂は“我が国が強くあること”を信条に掲げておる。それは後にも先にも変わらん」
「ああ、知っているとも。永祥殿がどんな手段も厭わないことも」
永祥の髭が持ち上がる。
「お主もアレを一目見れば分かろう。アレの値打ちはお主ならすぐに理解するだろうからな」
「ふむ……永祥殿をそこまで言わしめるとは。一体どれ程の男なのか」
「ふッ……」
「?何がおかしい?もしや、新型の武器かそれとも……」
「ははは。いやいや、お主の見立て通り兵士なのは合っているのだがの?」
くつくつくつ、と永祥は小さく笑いを堪える。
「あやつが猛者であることも保証しよう。事実、先の負け戦はあやつが敗因であったのは間違いない」
「では何故笑う」
永祥の笑い皺が深くなる。
「あやつは男ではない。そも、人であるかも分からぬ」
「なッ!」
雪峰は大きく息を飲み込む。
「あやつは仙女か、精霊か、はたまた……」
永祥は雪峰に振り返る。
「化け物か」
――――いつの間にか雨は止んでいた。
キョ―キョーキョー、と少し掠れた声は薄曇りの空に響き渡り、木蘭色の粟の穂を掻き分ける。
畑で何かを探しているのだろうか。声の主は時折鳴くのを止めては、跳ねるように動き回っている。
そこへ突然、けたたましい叫び声の烏が襲来する。
驚いた鵲は一瞬竦んだ。が、すぐさま反撃の姿勢に転じる。
二羽は激しく諍い、攻め合い、そして傷ついていく。全身がズタボロになり、羽根は抜け落ち、飛ぶのもままならなくなってもいがみ合うのを止めない。
どちらかが死ぬまでこの戦いは続くのではないか。そう思ったとき。
カチカチカチカチ、という声が二羽の間を駆け抜けた。途端、満身創痍なはずの鵲が目にも留まらぬ速さで飛び去っていく。
彼女が向かった先には大柄な鵲が待っていた。
鵲の番は互いを見つめ合うと、傷ついた片割れを庇うようにしてその場を後にする。
小さくなった彼らの姿を、烏は呆然と見守る他なかった――――――
都城を覆うような霧雨がしとしとと降っている。
粟畑は水気を嫌うように首を重く垂れ、昼下がりの町とは思えない陰鬱な空気が漂っていた。
「永祥殿!一体これはどういうことなのだ!」
美琳たちの国の宮殿よりも大きな宮殿の一室から金切り声が聞こえる。
部屋の中を覗くと、血色の悪い細面の男が立派な髭を蓄えた男に一枚の木簡を突きつけていた。
瓜実顔の男は見かけによらずかなり強い語気で詰っている。それを髭面の男、永祥はどこ吹く風と受け流す。
「見たままだ。どうもこうもなかろう」
「私は此度の戦で一万もの兵を駆り出す理由を聞いておるのだ!」
「雪峰殿、落ち着くが良い」
永祥は雪峰と呼んだ男を柔い声で宥める。が、一向に意味を成さなかったようだ。
「これが落ち着いていられようか!ただでさえ彼の国から二万もの兵を借り受けるのだぞ?それを……今の我が国にそこまでの余裕はない!あんな国如きにそこまでは割けん!」
雪峰のこめかみには青筋が浮かんでいる。その血管は今にも張り裂けそうで、彼の怒りの程が窺い知れた。
「そうは申してもな、もう決まったことだ。兵たちにも下知を下してある」
「なッ!」
彼の口は怒りのあまり戦慄いている。
「私の許可も得ずにそのような暴挙、永祥殿でも許されぬぞ!」
「はははは。心配無用。疾うに王の許しはもろうておるわ」
その言葉を聞いた途端、雪峰は口を噤む。
「……それを疾く言うが良い」
「儂は端から落ち着けと申していたではないか」
「ならば、何故軍師たるこの私にすぐに報告せぬのだ。戦も間近という今時分になって報告が上がってくるなどおかしいではないか」
「そんなの決まっておろう。お主が姑のように口煩いから言うに言えんかったのだ」
永祥は小指でほじった耳垢をふっと吹き飛ばすと、宮殿の外に目を向けた。
彼の瞳には雨降る町を出歩く人影が映っている。
商店は軒並み閑古鳥が鳴き、農具を持ち運ぶ庶人はほとんど見かけない。雨だから、というにしては少な過ぎるその光景はどこか不気味な匂いを纏っていた。
反面、工業地帯には様々な音が集まっていた。
人々の掛け声、鉄を叩く音、炎が爆ぜる音。
それらすべてがないまぜになった轟音が弱々しい雨音を打ち消し、遠く離れた宮殿まで届いていた。
その音は本来なら活気に溢れている人々の営みを知らせるものである。だが雨を切り裂くそれからは悲痛な訴えが含まれているように思えた。
雪峰が乾いた唇を舐めて潤す。
「もう始まるまで幾ばくも無いというのに、連日作らせてもまだ足りぬ。それもこれも永祥殿が彼の国の武器を我が国で受け持つことを交換条件にした故ぞ?」
「そのおかげで二万も借り受けられたのであろう?」
ヒク、と雪峰の隈の濃い目元が引き攣る。
「それはこちらが五千だけの兵で済ませるためだ。一万も出しては意味がない」
彼は結髪をガシガシと掻き崩すと、丸めた人差し指の背で手に持っていた木簡を小突く。
「王が“良い”と仰ったのなら“良い”のであろう。その代わり……それだけの価値はあるんだろうな?」
「無論」
そう言った永祥の瞳が鈍く光る。
「あそこには一万もの兵など惜しくないものが在る。アレさえ手に入れれば……この国は安泰よ」
「安泰、のう?」
「……雪峰殿、何か言いたいのならば言うが良い。お主の小言には慣れておるでな」
「なれば何を言われるかくらいは分かっておろう」
「らしくない、とでも言うつもりであろう?」
永祥は皺が浮かんだ目尻を少し下げる。
「だがの、儂は変わっておらぬよ」
「ほう?」
「儂は“我が国が強くあること”を信条に掲げておる。それは後にも先にも変わらん」
「ああ、知っているとも。永祥殿がどんな手段も厭わないことも」
永祥の髭が持ち上がる。
「お主もアレを一目見れば分かろう。アレの値打ちはお主ならすぐに理解するだろうからな」
「ふむ……永祥殿をそこまで言わしめるとは。一体どれ程の男なのか」
「ふッ……」
「?何がおかしい?もしや、新型の武器かそれとも……」
「ははは。いやいや、お主の見立て通り兵士なのは合っているのだがの?」
くつくつくつ、と永祥は小さく笑いを堪える。
「あやつが猛者であることも保証しよう。事実、先の負け戦はあやつが敗因であったのは間違いない」
「では何故笑う」
永祥の笑い皺が深くなる。
「あやつは男ではない。そも、人であるかも分からぬ」
「なッ!」
雪峰は大きく息を飲み込む。
「あやつは仙女か、精霊か、はたまた……」
永祥は雪峰に振り返る。
「化け物か」
――――いつの間にか雨は止んでいた。
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