永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

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道はまだ、交わらない

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「どういうことなのよ!……ハッ!」
「どうもこうも、ありのままを言ったまでだぜ?これ以上何を言えってんだ……そこ!脇が甘ぇ!」
「くっ!」
 カァン、と弾けるような音が、会話の合間を縫って激しく鳴り響く。
 小柄な少女が巨躯きょくの男と剣を交えている。だが少女の剣はなかなか当たらない。
 かと言って少女が完全なる劣勢かと言えばそうでもない。男の方が優位なことに違いはないが、二人の実力が拮抗しているのもまた事実であった。



 夏の空気に少し肌寒さが混ざっている夕焼けの中、美琳メイリン勇豪ヨンハオが訓練場で青銅の剣を使って手合わせをしていた。
 初めの頃は棕熊勇豪子猫美琳をあしらうような有様だったが、今では他の兵士が混ざれる余地がない程に高度なものになっていた。
 周りにいる兵士らは二人の激しい剣戟を呆けたように見守る他なく、二人が何を話しているかなど気にする者はいなかった。
 勇豪は凄まじい攻撃をしているにもかかわらず普段通りの調子で美琳の問いに答えている。
子佑ジヨウ殿が褒賞を授かる。この決定は覆らねぇって何度言わせりゃ気が済むんだッオラッ!」
 勇豪が重い一撃を放ち、美琳は間一髪で避けて転がり立ち上がる。
「だったらッなんであたしの功績が……フッ!認められなかったのか、教えてッくださいッ!せいッ!」
 勇豪に一瞬の隙が生まれたのを狙って、美琳は彼の横腹に向けて大きく剣を振る。
 少女の細腕がしなって空気を切り裂くと同時に、兵士らが息を飲む音が聞こえた。
 そんな渾身の一撃を、勇豪は盾を使って難なくかわす。弾みで美琳は吹き飛ばされ、派手な音を立てて倒れ伏す。
 美琳は悔しそうな表情を浮かべると、落とした剣を拾うと手を伸ばす。が、勇豪が美琳の足に剣を突き刺したことで美琳の手はそれ以上進めなくなった。

 身動きが取れなくなった美琳は剣を抜こうともがいたが、勇豪は力を込めてそれを阻止する。
 はたから見ると残酷極まりない所業だったが、訓練場では見慣れた光景だった。近頃の兵舎では勇豪が美琳を縫い留めるのが訓練の終わりの合図となっていたからだ。
 他の兵士たちは二人の様子を視認すると、各々休憩し始めるのであった。
 美琳は勇豪に吠える。
「まだ話は終わってないんですけど!」
「ふんッ!そんな分かり切ったことをわざわざ説明させるんじゃねぇ!」
「なんであんな奴に褒章が与えられたのかぐらい教えてよ!」
 勇豪はため息を零すと、美琳の足から剣を抜いてやる。
「雑兵をたくさん殺せるだけの兵ならごまんといるんだよ。お前がどれだけ殺そうが、上にとっちゃ関係ねぇ。戦を勝利に導いた大将が褒章を授かるのが通例で、ちょっと活躍したくらいの平民がもらうなんてありえねぇんだよ」
 その言葉に美琳はますます怒りを膨らませる。
「でもあたしはあいつの首を斬れそうだったじゃない!」
、だろう?」
「ッ!」
 拘束を解かれたはずの美琳だったが、地面を睨みつけたまま動かない。

 勇豪は血のついてない剣を腰に差す。
「ま、俺に一太刀も当てられないようじゃ、まだまだ遠い夢だな」
 すべて言い終えたとばかりに立ち去ろうとした勇豪だったが、何かが着物の裾を引っ張ったことに気づき立ち止まる。
「……そんな駄々こねたって何も変わんねぇんだよ。世の中はそうやって回ってるんだ」
 勇豪はしゃがんで美琳と顔を突き合わせるような姿になる。
 少女の小さな手は着物の裾を掴んだまま離さない。その手は微かに震えていたが、それ以上に着物を引き裂かんとする強い力が働いていた。
 大男は少女が泣いている気がして下から顔を覗き込む。と、少女の顔は泣く寸前の子供のそれであった。
 されどその瞳に浮かんでいるのは涙ではなかった。

「どうすれば……どうすれば早く褒章をもらえるの?ただ見廻りをしていたら出来ないんでしょう?いくさが起こればいいの?次こそあいつを殺せばいいの?」
 美琳メイリンは瞳を泳がせる。
 勇豪ヨンハオは呆れた表情をすると、美琳の頭をくしゃくしゃと撫でる。驚いた美琳は勢いよく顔を上げる。
「ちょっと!子供扱いしないでくれます?!」
 美琳は勇豪の手をける。
「お前のはガキの我儘以外の何物でもねぇよ」
 その声にはどこか慈愛の響きが含まれていた。いや、同情に近い気もする。

「俺だってお前が今回の戦に貢献してくれたのは分かっちゃいるさ。浩源ハオヤンですらお前をねぎらってやれ、なんて言ってたぜ」
 “ま、俺への当てつけな気もするが”と美琳に聞こえないように小さく呟く。
「そんなの、何の意味もないわよ」
「いや?こういうのは案外大事なもんだぜ?」
「……どういうことですか」
「お前さ、何で剣を教えてると思う?」
「え?手戟てぼこを壊しすぎたからでしょ?」
「はははは!まぁそれもあんな。でもよ、剣なんて貴重なもん、一番手の奴に使わせると本気で思ってんのか?そのくらいはさすがにこの一年で覚えただろ?」
 美琳は眉根を寄せて思案した。が、答えが分かった表情は浮かばない。

「お前なぁ……」
 勇豪は手で顔を覆った。
「基本的に剣は王族や貴族を護衛するときにしか使わん。戦じゃ近接戦より手戟やげきを使う方が安全だしな」
「……?それって」
「あぁ。俺はお前を護衛兵に昇格させてやろうと思ってんのさ。幸いたった一か月で物になったしな。来月からは下っ端から始めてもらう」
 美琳はぱぁっと顔を綻ばせる。
「本当?本当の本当?」
「嘘ついてどうする」
「じゃあいつかは文生ウェンシェンのごッ!」
「馬鹿!ここでその名前を言うんじゃねぇ!」
 勇豪は美琳の頭に思いっきり拳骨を食らわせる。美琳は面倒くさそうに乱れた髪を直す。
「いつかは王の護衛も出来るんですか?」
「そこは断言出来ないが、見廻りの仕事よりは可能性は高いな」
 美琳は拳をぐっと握った。
「少しは、前進出来たってことよね」
「そういうこった。先月は死体処理も頑張ってくれたしな。軍の中じゃもう反対する奴はいねぇ」



 勇豪ヨンハオはすっくと立ち上がると軽く腰を反らし、沈み始めた太陽を目をすぼめて見やる。
「逆に言やぁ、貴族連中で女が軍にいるってのに快く思う奴なんぞ一人だっていない。実力がありゃいいってもんじゃねぇからな」
 “子佑ジヨウ殿の件が分かりやすい例だな”と勇豪は付け加える。
「そこで今度からお前にゃ男として過ごしてもらう。つッても成人前の男に見えりゃ御の字って感じだが、何もやらないよりはマシだろ」
「今更?男物の着物なら着てきたじゃない。これ以上あたしは何を変えればいいのよ」
。そのなよなよした言葉遣い。せめて“あたし”じゃなくて“私”くらい使え」
 美琳メイリンが戸惑った様子で勇豪を見上げると、勇豪は気まずそうに首に手をかける。
「はぁ……まさかお前がここまでやれるとは思っちゃいなかったんだよ。本当なら庶人を護衛につけるつもりなんてさらさらなかったが、お前の実力で見廻りのままじゃもったいねぇ」

 地面の影が濃く長く伸びる。二人の顔半分が影で塗り潰され、お互いの表情が見えづらくなる。
「正直な話、戦や日照りで人手が足りてねぇってのもある。王が祈祷したのに日照りが続くなんて誰も思わなかったし、今回ので王に不信感を抱いて襲いに来る奴も増えた」
「町の人たちからもよく愚痴を聞くようになりましたもんね」
「そうらしいな。浩源ハオヤンの報告でもそればっかり来る」
 美琳は落ちていた剣を拾って立ち上がると大きく息を吸う。
「あたし……私がそんなの吹き飛ばしてやりますよ。恐ろしく強い“少年”がいるってんで誰も王宮に近づきたくなくなるようにしてやる」
 勇豪は少し目を瞠る。それと同時に口角を上げた。
「はッ!随分と大きく出たな!精々気張るんだな」

 そう言った勇豪ヨンハオは今度こそその場を立ち去ろうと動いた。が、ふと大事なことを思い出す。
「そうだ、お前の名前な。親に女の名前を付けられてしまって不服に思ってる、ってことにしておけ」
 美琳メイリンは苦虫を噛み潰したように、眉間に深いしわを寄せる。
「……まぁ、そうなりますよね」
「出身地によっては逆の名前を付けるらしいからな。そんなに疑われないだろ」
「分かりました。気を付けます」
 美琳は不承不承ふしょうぶしょうといった様子で聞き入れると、用は済んだとばかりにさっさと歩き去る。
 勇豪は夕陽に染まったその背中を見送ると、自分も帰路にくのであった。



 美琳は不機嫌な足取りで食堂に向かう。その心中では小さな嵐が吹きすさんでいた。
(これは文生ウェンシェンの元に行くために仕方ないことなのよ。こらえるのよ、美琳)
 ……少女にとって『美琳』という名前は一番の宝物であった。
 何故なら『美琳』は文生からもらったものの中で何よりも尊いものであるからだ。
 これがあるからこそ少女は『美琳』としての人生を歩め、文生に存在を認識してもらえるのだ。
 そんな大切なものを、嘘でも嫌がっているだなんて言いたくなかった。
「仕方ない、仕方ないのよ」
 美琳は小さく呟きながら陽の沈んだ道を進んでいった。
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