20 / 91
少女は戦場を駆け抜ける
20
しおりを挟む
「全軍!整列ッ!」
「応ッ!」
平原に男たちの野太い声が駆け巡る。同時に鐘の音が唸り声を上げ、兵士らの足音と鎧の金属音が合唱する。
曇天の下、二つの山を背にした二つの大軍が横に広がって向かい合っていた。
一定の距離が保たれた両者の間には殺伐とした空気が漂っている。当然だ。これから殺し合いを始めるのだから。
兵士たちが武器で地面を叩き始める。ドッ、ドッ、ドッと大地がゆさぶられ、心の臓を鼓舞する。熱気に包まれた肌で汗が珠に変わって滑っていく。
陣営の先頭には四頭の馬が繋がれた馬車があり、三人の人影が見える。
御者として中央に立つは浩源、矛を携えて右に立つは勇豪。そして左に立っていた子佑が叫ぶ。
"いざ!尋常にッ!"
すると敵陣営から
"勝負ッ!"
と聞こえた。
それを口火に、兵を率いるように馬車が駆け出す。兵士たちも一斉に雄叫びを上げながら走り始める。
たちまち戦場は土煙に包まれ、剣戟音が咆哮す。
泥と汗と、そして血に塗れた戦の火蓋が切られた。
そんな戦場に少女の小さな体が垣間見える。
少女、美琳は一番手として男たちの肉壁に迷わず突き進む。
隣国の兵士らは常の戦場では有り得ないその存在に気づき、驚き、そしてせせら笑う。
敵国はか弱い少女に不似合いな鎧を着せて何をさせようというのか。そんなのに頼らないといけない程に人手に困っているのか。
そういうことなら可愛がってやろう、とにやけ顔の敵兵らは、速度を緩めて少女を囲まんとする。
その油断を美琳は見逃さない。
美琳は手戟を一人の首に素早く掛け、あっ、という間も与えずに手前に引き抜く。
彼女の刃は肉に喰らいつき、骨まで噛み千切る。
男の首からは大量の血飛沫が弾け、少女の白肌を紅く彩る。
それは普通の少女なら一生味わうことのない感触だろう。不快で、無慈悲で、恐ろしい、命の刻印。
だが美琳の顔は微動だにしない。邪魔そうに男の体を転がすと、次の標的を見定めんと首を巡らす。
敵兵らは度肝を抜かれる。あんな細腕が、まさかそんな。
予想だにしなかった光景に一瞬、竦んだ。が、すぐさま武器を構え直し、勢いよく飛び掛かった。
どうせまぐれだ。知っていればやられるはずない。そこは兵士としての矜持があった。
されど彼らは等しく同じ末路を辿ることとなった。
瞬く間に美琳の足元に肉塊が貯まった。
近くにいた敵兵たちは異常事態を察知し、同時に少女を放っておいてはまずい、と本能が叫んだ。
彼らは傍にいた雑兵の相手を放り出すと、手汗で冷たくなった武器を固く握って彼女の元へ駆ける。
急に相手のいなくった兵らは目を瞠った。だが敵の矛先を見ると踵を返し他の敵を求めて戦地を走った。
なにせ彼女に助けは不要だから。
三十人余りの敵兵を相手取ることになった美琳。さしもの彼女も一度に捌ききれる数ではない。
一人を手戟で刈った傍から、横、上、後ろ、とたくさんの武器が襲ってくる。剣が、戟が、弓が、少女だけを狙っている。そこにはもう、嗤った顔などなかった。
そんな猛攻を美琳は小さな体を活かして、避けては刈り、蹴飛ばしては刈る。武器が折れると落ちたのを拾いすぐに次を刈る。
矢継ぎ早に美琳は動き続け、男たちは息つく暇もなかった。
少女を倒すべく集った彼らが全滅するのは、時間の問題だった。
そんな折、彼女に一瞬の隙が生まれた。
血眼になった兵がそれに気づかぬはずがない。
「くッそがぁぁぁぁ!これで終われぇぇぇぇ!」
兵は叫び、死に物狂いで斬り掛かる。
これ以上少女との戦いを長引かせたくない、悪夢のような彼女から早く解放されたい。
少女と刃を交えた男たちはそう一心に願い、実現すべく少女の体に武器を振るった。
ずぶ、と少女の体に刺さる。
一本、二本、三本……。
針山のように次々と突き立てられていく。
美琳は地に縫いつけられ、倒れ伏し、やがて動きが止まった。
兵士らは肩を激しく上下させて、静かになった少女の体を見下ろす。
「……殺った、よな」
「ああ……やっと、終わった。化け物みたいな強さだったが、こうなっちゃおしま……ッ?」
「?どうし、た……は?ちょっと待っ、嘘だろ?」
兵士らは目の前の光景に慄き、膝が震えた。戦場の只中だと言うのに、腰が抜けて尻餅をしてしまう。
目の前にいる少女が、蠢いている。だがそれは死の間際に見せる苦悶の動きではない。
はっきりと、意思を持って、動こうとしている。
倒れていた少女は自身の体に刺さった武器を掴むと、ぐっと力を込めて抜く。
一本、二本、三本……。
へたり込んだ兵士たちの足元に抜いた武器をカラン、と転がしていく。
矛のせいで穴が開いた体にはもうすでに傷はなく、着物には返り血だけが染まっている。
美琳はゆらりと立ち上がる。その顔に表情はない。
無言のまま手戟を構えると、切っ先を敵兵に向ける。
「ば、化け物……本物の、化け物だ……」
兵士たちは怯え、降参の構えを取る。そんな彼らの首すべてを美琳は無慈悲に刈り取った。
切り離された首からは非難する断末魔が迸った。
残されたのは、死体の山に立つ少女の姿だけだった。
その異様な姿を目の当たりにした敵兵たちは近寄ろうとしない。
あんな少女を相手にするくらいなら、普通の兵士の方がよっぽど良い。兵らは他の相手を探そうとその場を去っていった。
そうして美琳は、騒がしい中で一人静かに佇むことになった。
「……あなたたちだって、あたしのことを殺そうとしたじゃない。なんであたしばっかり責められなきゃいけないの」
美琳はぼそりと呟くと、血を吸って重くなった革鎧を脱ぎ去り、軽く着物を整え直す。そこでふと胸元を探る。
美琳の掌には小さなお守りが握られていた。
出発前にもらったときは、つぎはぎだらけでありながらどことなく清らかな装いだった。だが今や、血が滲んですっかり穢れていた。
「汚れちゃったなぁ……」
と言いながら美琳がこすっても、染みは広がるばかりである。
そこにぽつり、と透明な滴が落ちる。
ぽた、ぽた、と増えていく滴に気づいた美琳が顔を真上に向けると、どぶねずみ色の空から雨粒が零れていた。
雨は少女の血化粧を綺麗に落としていく。されど紅く染まった汚れを落とすことはない。
「……これで文生に近づけたんだもの。あたしは、間違ってない」
雨で冷えたお守りを美琳はぎゅっと握りしめた。
「応ッ!」
平原に男たちの野太い声が駆け巡る。同時に鐘の音が唸り声を上げ、兵士らの足音と鎧の金属音が合唱する。
曇天の下、二つの山を背にした二つの大軍が横に広がって向かい合っていた。
一定の距離が保たれた両者の間には殺伐とした空気が漂っている。当然だ。これから殺し合いを始めるのだから。
兵士たちが武器で地面を叩き始める。ドッ、ドッ、ドッと大地がゆさぶられ、心の臓を鼓舞する。熱気に包まれた肌で汗が珠に変わって滑っていく。
陣営の先頭には四頭の馬が繋がれた馬車があり、三人の人影が見える。
御者として中央に立つは浩源、矛を携えて右に立つは勇豪。そして左に立っていた子佑が叫ぶ。
"いざ!尋常にッ!"
すると敵陣営から
"勝負ッ!"
と聞こえた。
それを口火に、兵を率いるように馬車が駆け出す。兵士たちも一斉に雄叫びを上げながら走り始める。
たちまち戦場は土煙に包まれ、剣戟音が咆哮す。
泥と汗と、そして血に塗れた戦の火蓋が切られた。
そんな戦場に少女の小さな体が垣間見える。
少女、美琳は一番手として男たちの肉壁に迷わず突き進む。
隣国の兵士らは常の戦場では有り得ないその存在に気づき、驚き、そしてせせら笑う。
敵国はか弱い少女に不似合いな鎧を着せて何をさせようというのか。そんなのに頼らないといけない程に人手に困っているのか。
そういうことなら可愛がってやろう、とにやけ顔の敵兵らは、速度を緩めて少女を囲まんとする。
その油断を美琳は見逃さない。
美琳は手戟を一人の首に素早く掛け、あっ、という間も与えずに手前に引き抜く。
彼女の刃は肉に喰らいつき、骨まで噛み千切る。
男の首からは大量の血飛沫が弾け、少女の白肌を紅く彩る。
それは普通の少女なら一生味わうことのない感触だろう。不快で、無慈悲で、恐ろしい、命の刻印。
だが美琳の顔は微動だにしない。邪魔そうに男の体を転がすと、次の標的を見定めんと首を巡らす。
敵兵らは度肝を抜かれる。あんな細腕が、まさかそんな。
予想だにしなかった光景に一瞬、竦んだ。が、すぐさま武器を構え直し、勢いよく飛び掛かった。
どうせまぐれだ。知っていればやられるはずない。そこは兵士としての矜持があった。
されど彼らは等しく同じ末路を辿ることとなった。
瞬く間に美琳の足元に肉塊が貯まった。
近くにいた敵兵たちは異常事態を察知し、同時に少女を放っておいてはまずい、と本能が叫んだ。
彼らは傍にいた雑兵の相手を放り出すと、手汗で冷たくなった武器を固く握って彼女の元へ駆ける。
急に相手のいなくった兵らは目を瞠った。だが敵の矛先を見ると踵を返し他の敵を求めて戦地を走った。
なにせ彼女に助けは不要だから。
三十人余りの敵兵を相手取ることになった美琳。さしもの彼女も一度に捌ききれる数ではない。
一人を手戟で刈った傍から、横、上、後ろ、とたくさんの武器が襲ってくる。剣が、戟が、弓が、少女だけを狙っている。そこにはもう、嗤った顔などなかった。
そんな猛攻を美琳は小さな体を活かして、避けては刈り、蹴飛ばしては刈る。武器が折れると落ちたのを拾いすぐに次を刈る。
矢継ぎ早に美琳は動き続け、男たちは息つく暇もなかった。
少女を倒すべく集った彼らが全滅するのは、時間の問題だった。
そんな折、彼女に一瞬の隙が生まれた。
血眼になった兵がそれに気づかぬはずがない。
「くッそがぁぁぁぁ!これで終われぇぇぇぇ!」
兵は叫び、死に物狂いで斬り掛かる。
これ以上少女との戦いを長引かせたくない、悪夢のような彼女から早く解放されたい。
少女と刃を交えた男たちはそう一心に願い、実現すべく少女の体に武器を振るった。
ずぶ、と少女の体に刺さる。
一本、二本、三本……。
針山のように次々と突き立てられていく。
美琳は地に縫いつけられ、倒れ伏し、やがて動きが止まった。
兵士らは肩を激しく上下させて、静かになった少女の体を見下ろす。
「……殺った、よな」
「ああ……やっと、終わった。化け物みたいな強さだったが、こうなっちゃおしま……ッ?」
「?どうし、た……は?ちょっと待っ、嘘だろ?」
兵士らは目の前の光景に慄き、膝が震えた。戦場の只中だと言うのに、腰が抜けて尻餅をしてしまう。
目の前にいる少女が、蠢いている。だがそれは死の間際に見せる苦悶の動きではない。
はっきりと、意思を持って、動こうとしている。
倒れていた少女は自身の体に刺さった武器を掴むと、ぐっと力を込めて抜く。
一本、二本、三本……。
へたり込んだ兵士たちの足元に抜いた武器をカラン、と転がしていく。
矛のせいで穴が開いた体にはもうすでに傷はなく、着物には返り血だけが染まっている。
美琳はゆらりと立ち上がる。その顔に表情はない。
無言のまま手戟を構えると、切っ先を敵兵に向ける。
「ば、化け物……本物の、化け物だ……」
兵士たちは怯え、降参の構えを取る。そんな彼らの首すべてを美琳は無慈悲に刈り取った。
切り離された首からは非難する断末魔が迸った。
残されたのは、死体の山に立つ少女の姿だけだった。
その異様な姿を目の当たりにした敵兵たちは近寄ろうとしない。
あんな少女を相手にするくらいなら、普通の兵士の方がよっぽど良い。兵らは他の相手を探そうとその場を去っていった。
そうして美琳は、騒がしい中で一人静かに佇むことになった。
「……あなたたちだって、あたしのことを殺そうとしたじゃない。なんであたしばっかり責められなきゃいけないの」
美琳はぼそりと呟くと、血を吸って重くなった革鎧を脱ぎ去り、軽く着物を整え直す。そこでふと胸元を探る。
美琳の掌には小さなお守りが握られていた。
出発前にもらったときは、つぎはぎだらけでありながらどことなく清らかな装いだった。だが今や、血が滲んですっかり穢れていた。
「汚れちゃったなぁ……」
と言いながら美琳がこすっても、染みは広がるばかりである。
そこにぽつり、と透明な滴が落ちる。
ぽた、ぽた、と増えていく滴に気づいた美琳が顔を真上に向けると、どぶねずみ色の空から雨粒が零れていた。
雨は少女の血化粧を綺麗に落としていく。されど紅く染まった汚れを落とすことはない。
「……これで文生に近づけたんだもの。あたしは、間違ってない」
雨で冷えたお守りを美琳はぎゅっと握りしめた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
織姫道場騒動記
鍛冶谷みの
歴史・時代
城下の外れに、織姫道場と呼ばれる町道場があった。
道場主の娘、織絵が師範代を務めていたことから、そう呼ばれていたのだが、その織姫、鬼姫とあだ名されるほどに強かった。道場破りに負けなしだったのだが、ある日、旅の浪人、結城才介に敗れ、師範代の座を降りてしまう。
そして、あろうことか、結城と夫婦になり、道場を譲ってしまったのだ。
織絵の妹、里絵は納得できず、結城を嫌っていた。
気晴らしにと出かけた花見で、家中の若侍たちと遭遇し、喧嘩になる。
多勢に無勢。そこへ現れたのは、結城だった。
漂泊
ムギ。
歴史・時代
妖怪、幽霊が当たり前のように身近で囁かれていた時代。
江戸は薬研堀に店を構える商人、嘉助は巷では有名な妖怪馬鹿。
ある日、お供の六弥太を連れて諸国漫遊の旅に出た。もちろん目当ては各地の妖怪。
二人を待ち受ける妖怪は如何に。
※数年前になろうで笹山菖蒲の名前で連載していたものを加筆修正したものです※
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
神速艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
「我々海軍は一度創成期の考えに立ち返るべきである」
八八艦隊計画が構想されていた大正3年に時の内閣総理大臣であった山本権兵衛のこの発言は海軍全体に激震を走らせた。これは八八艦隊を実質的に否定するものだったからだ。だが山本は海軍の重鎮でもあり八八艦隊計画はあえなく立ち消えとなった。そして山本の言葉通り海軍創成期に立ち返り改めて海軍が構想したのは高速性、速射性を兼ねそろえる高速戦艦並びに大型巡洋艦を1年にそれぞれ1隻づつ建造するという物だった。こうして日本海軍は高速艦隊への道をたどることになる…
いつも通りこうなったらいいなという妄想を書き綴ったものです!楽しんで頂ければ幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる