永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

文字の大きさ
上 下
1 / 91
少年は森で少女と出会う

1

しおりを挟む
 黒く淀んだ雲が空を覆っている。
 芯から凍える大粒の雨が都城とじょうに降り注ぎ、普段は賑わいを見せているはずの大通りから人々を遠ざけている。
 それは町の中心にそびえ立つ王宮も変わらない。しとどに濡れた巨大な宮殿も、今は息をひそめて気配を押し殺していた。
 すべての音が雨に飲み込まれる中、空気を切り裂く叫び声だけが木霊している。
 それは都城を囲む城壁の門から聞こえてくる。
 声の主である少女は、兵士たちに矛で胸を串刺しにされて引きずられている。だが彼女は息絶えることなく蠢き、心の底を吐き出すような悲痛な叫びを吠え続けている。
「私は決して忘れないわ!貴方を愛したことを、貴方に裏切られたことを!私から貴方を奪ったすべて壊すまで、絶対に許さない!たとえ貴方が忘れようとしても!」
 少女は門に向かって動こうともがいているが、兵士らがそれを制止し続ける。
 彼らは少女の張り裂けるような訴えを無視して歩き続け、都城の外へと突き進む。
 都城が遥か小さくなるまで歩き続けると、少女を貫いている矛を一本の木に縫い留め去っていく。

 一人残された少女は憔悴しきり、こうべを重く垂れ下げた。が、不意に胸から生えた矛を掴む。
 ぐっ、と力を込めると、そのまま横に薙ぎ払う。
 少女の肉は横一文字に抉られた。だが血が流れることはなく、傷は見る間に塞がっていく。
 されど少女はそんなことを気にしていない。
 一心不乱に呪詛の言葉を呟き、少女の頬を伝う涙は雨に溶けた。
 彼女の絶叫を雨は優しく包んでいった――――












 おぎゃあおぎゃあ、と赤ん坊の泣き声がする。

 柔らかな日差しに包まれた森の泉の近くで、一人の女が赤ん坊を抱いていた。女は涙を目に浮かべながらあやしている。されど赤ん坊は泣き止まない。
「ごめん、ごめんね。今年は不作でおまえを育てられないんだ。お願いだから許してちょうだい。あたしだって辛いんだ。せめてここなら地祇ちぎ*様に看取ってもらえると思うから……。」
 そう女は赤ん坊に語りかけると、傍にある祠の足元に赤ん坊を降ろす。
 赤ん坊はますます泣き叫び、女は名残惜しげに見つめる。が、意を決してその場を後にする。
 遠く離れていく背中を小さな命は引き留めようと泣き続ける。




 数刻後、森の獣たちが聞き慣れない音に気づき祠に集まってくる。
 彼らが音の正体を探ろうと赤ん坊に鼻を近づけていると、祠から黄金に光り輝くが出てくる。
 は人のような姿を形作り、獣の群衆を見やると彼らをすり抜けて注目の的に近寄る。すると、赤ん坊は光を見つけてぴたりと泣き止み、しばしの間光と見つめ合う。と、不意ににこりと微笑む。
 きゃっきゃと笑い声をあげながら赤ん坊が光に向かって手を伸ばすと、光は戸惑ったような動きで手を差し出す。だが手は光る指をすり抜け、驚いた赤ん坊はまたも泣き始める。
 光は一寸固まっていたが、つと指から光る小さな玉を数個生み出し、赤ん坊の頭上をくるくると回転させる。それを赤ん坊が興味深そうに見つめていう内に彼女は泣き止む。
 それを見守っていた光は和らいだ空気を醸すのであった。
 一人と一体の様子を大人しく見守っていた獣たちは場が落ち着いたのを感じると、我先にと赤ん坊に群がる。
 猿は我が子のように抱きあやし、猪は彼女を温めようと寄り添う。
 それを見た光は赤ん坊の頬に手を伸ばす。
 その手が触れることはなかったが、赤ん坊は嬉しそうに微笑み、そのまま眠りの世界へといざわわれていった。




 その後と動物と赤ん坊は穏やかな日々を過ごす。だが平和な日々があっけなく終わりを告げた。
 動物たちの乳は赤ん坊には合わず、飲んでは吐きを繰り返した。
 丸かった頬は次第にけ、腹を空かして泣く声はただ掠れた呼吸音になる。やがて彼女はまぶたを閉じて冷たくなった。
 光は赤ん坊の頭上で玉を回す。しかし赤ん坊の瞳はそれを映さない。
 のっぺらぼうな光の顔が赤ん坊を見つめる。
 目も口もない顔からはなんの表情も伺えない。
 静寂が森を包む。
 数秒だろうか。数分だろうか。はたまた何時間か。
 光は微動だにしなかった。
 ……不意に、光の頬から一筋の水滴が滴る。
 雫が徐々に増えると森に雨が降り始める。赤ん坊と動物たちも濡れ、やがて雨は激しくなっていく。
 祠の傍の泉からは水が溢れ、次々に森の木をぎ倒していく。
 動物たちは慌てて逃げ惑い、散り散りに去っていった。



 祠の傍には光と赤ん坊だけになった。
 濁流は彼らだけを避けて森を駆けていく。
 光は赤ん坊の頬を撫でる。青白い顔は温かな光で照らされた。
 頬を撫ぜていた光は指先から一粒の光の玉を生み出すと、赤ん坊の口にそっと含ませる。
 すると赤ん坊の体から白い光が放たれ、眩い輝きが辺り一面に広がる。
 赤ん坊の放つ光と黄金のが混じり溶け合ったかと思うと、瞬く間に白い光と赤ん坊が消え、一人の少女の姿が現れたのだった。

 一糸纏わぬ姿の少女は、赤ん坊と同じ場所で寝転び瞼を閉じている。
 光が少女の頬に触れると、少女は目を開き光の顔を見つめる。そしてにこっと顔を綻ばせると起き上がり光の手に自身の手を重ねる。
 少女の手はしっかりと光の手に触れていた。光はそれが嬉しいのか、仄かに点滅を繰り返す。
 そのまま一人と一体は手を繋ぐと、いつのまにか雨が止んだ森を駆けていくのだった。




 *地祇ちぎ…山、川などの土地の神の名称。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの
歴史・時代
突然お家が断絶し、離れ離れになった4兄妹。 長男新一郎は、剣術道場。次男荘次郎は商家。三男洋三郎は町医者。末妹波蕗は母親の実家に預けられた。 十年後、浪人になっていた立花新一郎は八丁堀同心から、立花家の家宝刀花ふぶきのことを聞かれ、波蕗が持つはずの刀が何者かに狙われていることを知る。 姿を現した花ふぶき。 十年前の陰謀が、再び兄弟に襲いかかる。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

妖精のお気に入り

豆狸
ファンタジー
羽音が聞こえる。無数の羽音が。 楽しげな囀(さえず)りも。 ※略奪女がバッドエンドを迎えます。自業自得ですが理不尽な要素もあります。

牢獄の夢

平坂 静音
歴史・時代
王妃ブランシュは、死の床にいた。 寂しく暗い牢獄で、思い出すのは幼い日の楽しかった日々、宿敵への憎悪、遠い日の青春のほのかなきらめき。 愛しい人への禁じられた想い。 歴史の波に消えた一途な想い……。 カスティーリャ王妃 ブランシュ・ド・ボルボン。 歴史のなかに幾人かいた悲劇の王妃の物語です。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香
歴史・時代
これは小説ではない。物語である。 平安時代。 雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。 宿命の恋。 陰謀、呪い、戦、愛憎。 幻の楽器・七絃琴(古琴)。 秘曲『広陵散』に誓う復讐。 運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男…… 平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。 ───────────── 七絃琴は現代の日本人には馴染みのない楽器かもしれません。 平安時代、貴族達に演奏され、『源氏物語』にも登場します。しかし、平安時代後期、何故か滅んでしまいました。 いったい何があったのでしょうか? タイトルは「しちげんかんじょうけちみゃく」と読みます。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...