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少年は森で少女と出会う
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黒く淀んだ雲が空を覆っている。
芯から凍える大粒の雨が都城に降り注ぎ、普段は賑わいを見せているはずの大通りから人々を遠ざけている。
それは町の中心に聳え立つ王宮も変わらない。しとどに濡れた巨大な宮殿も、今は息をひそめて気配を押し殺していた。
すべての音が雨に飲み込まれる中、空気を切り裂く叫び声だけが木霊している。
それは都城を囲む城壁の門から聞こえてくる。
声の主である少女は、兵士たちに矛で胸を串刺しにされて引きずられている。だが彼女は息絶えることなく蠢き、心の底を吐き出すような悲痛な叫びを吠え続けている。
「私は決して忘れないわ!貴方を愛したことを、貴方に裏切られたことを!私から貴方を奪ったすべて壊すまで、絶対に許さない!たとえ貴方が忘れようとしても!」
少女は門に向かって動こうともがいているが、兵士らがそれを制止し続ける。
彼らは少女の張り裂けるような訴えを無視して歩き続け、都城の外へと突き進む。
都城が遥か小さくなるまで歩き続けると、少女を貫いている矛を一本の木に縫い留め去っていく。
一人残された少女は憔悴しきり、頭を重く垂れ下げた。が、不意に胸から生えた矛を掴む。
ぐっ、と力を込めると、そのまま横に薙ぎ払う。
少女の肉は横一文字に抉られた。だが血が流れることはなく、傷は見る間に塞がっていく。
されど少女はそんなことを気にしていない。
一心不乱に呪詛の言葉を呟き、少女の頬を伝う涙は雨に溶けた。
彼女の絶叫を雨は優しく包んでいった――――
おぎゃあおぎゃあ、と赤ん坊の泣き声がする。
柔らかな日差しに包まれた森の泉の近くで、一人の女が赤ん坊を抱いていた。女は涙を目に浮かべながらあやしている。されど赤ん坊は泣き止まない。
「ごめん、ごめんね。今年は不作でおまえを育てられないんだ。お願いだから許してちょうだい。あたしだって辛いんだ。せめてここなら地祇*様に看取ってもらえると思うから……。」
そう女は赤ん坊に語りかけると、傍にある祠の足元に赤ん坊を降ろす。
赤ん坊はますます泣き叫び、女は名残惜しげに見つめる。が、意を決してその場を後にする。
遠く離れていく背中を小さな命は引き留めようと泣き続ける。
数刻後、森の獣たちが聞き慣れない音に気づき祠に集まってくる。
彼らが音の正体を探ろうと赤ん坊に鼻を近づけていると、祠から黄金に光り輝くモノが出てくる。
光は人のような姿を形作り、獣の群衆を見やると彼らをすり抜けて注目の的に近寄る。すると、赤ん坊は光を見つけてぴたりと泣き止み、しばしの間光と見つめ合う。と、不意ににこりと微笑む。
きゃっきゃと笑い声をあげながら赤ん坊が光に向かって手を伸ばすと、光は戸惑ったような動きで手を差し出す。だが手は光る指をすり抜け、驚いた赤ん坊はまたも泣き始める。
光は一寸固まっていたが、つと指から光る小さな玉を数個生み出し、赤ん坊の頭上をくるくると回転させる。それを赤ん坊が興味深そうに見つめていう内に彼女は泣き止む。
それを見守っていた光は和らいだ空気を醸すのであった。
一人と一体の様子を大人しく見守っていた獣たちは場が落ち着いたのを感じると、我先にと赤ん坊に群がる。
猿は我が子のように抱きあやし、猪は彼女を温めようと寄り添う。
それを見た光は赤ん坊の頬に手を伸ばす。
その手が触れることはなかったが、赤ん坊は嬉しそうに微笑み、そのまま眠りの世界へと誘われていった。
その後光と動物と赤ん坊は穏やかな日々を過ごす。だが平和な日々があっけなく終わりを告げた。
動物たちの乳は赤ん坊には合わず、飲んでは吐きを繰り返した。
丸かった頬は次第に痩け、腹を空かして泣く声はただ掠れた呼吸音になる。やがて彼女は瞼を閉じて冷たくなった。
光は赤ん坊の頭上で玉を回す。しかし赤ん坊の瞳はそれを映さない。
のっぺらぼうな光の顔が赤ん坊を見つめる。
目も口もない顔からはなんの表情も伺えない。
静寂が森を包む。
数秒だろうか。数分だろうか。はたまた何時間か。
光は微動だにしなかった。
……不意に、光の頬から一筋の水滴が滴る。
雫が徐々に増えると森に雨が降り始める。赤ん坊と動物たちも濡れ、やがて雨は激しくなっていく。
祠の傍の泉からは水が溢れ、次々に森の木を薙ぎ倒していく。
動物たちは慌てて逃げ惑い、散り散りに去っていった。
祠の傍には光と赤ん坊だけになった。
濁流は彼らだけを避けて森を駆けていく。
光は赤ん坊の頬を撫でる。青白い顔は温かな光で照らされた。
頬を撫ぜていた光は指先から一粒の光の玉を生み出すと、赤ん坊の口にそっと含ませる。
すると赤ん坊の体から白い光が放たれ、眩い輝きが辺り一面に広がる。
赤ん坊の放つ光と黄金の光が混じり溶け合ったかと思うと、瞬く間に白い光と赤ん坊が消え、一人の少女の姿が現れたのだった。
一糸纏わぬ姿の少女は、赤ん坊と同じ場所で寝転び瞼を閉じている。
光が少女の頬に触れると、少女は目を開き光の顔を見つめる。そしてにこっと顔を綻ばせると起き上がり光の手に自身の手を重ねる。
少女の手はしっかりと光の手に触れていた。光はそれが嬉しいのか、仄かに点滅を繰り返す。
そのまま一人と一体は手を繋ぐと、いつのまにか雨が止んだ森を駆けていくのだった。
*地祇…山、川などの土地の神の名称。
芯から凍える大粒の雨が都城に降り注ぎ、普段は賑わいを見せているはずの大通りから人々を遠ざけている。
それは町の中心に聳え立つ王宮も変わらない。しとどに濡れた巨大な宮殿も、今は息をひそめて気配を押し殺していた。
すべての音が雨に飲み込まれる中、空気を切り裂く叫び声だけが木霊している。
それは都城を囲む城壁の門から聞こえてくる。
声の主である少女は、兵士たちに矛で胸を串刺しにされて引きずられている。だが彼女は息絶えることなく蠢き、心の底を吐き出すような悲痛な叫びを吠え続けている。
「私は決して忘れないわ!貴方を愛したことを、貴方に裏切られたことを!私から貴方を奪ったすべて壊すまで、絶対に許さない!たとえ貴方が忘れようとしても!」
少女は門に向かって動こうともがいているが、兵士らがそれを制止し続ける。
彼らは少女の張り裂けるような訴えを無視して歩き続け、都城の外へと突き進む。
都城が遥か小さくなるまで歩き続けると、少女を貫いている矛を一本の木に縫い留め去っていく。
一人残された少女は憔悴しきり、頭を重く垂れ下げた。が、不意に胸から生えた矛を掴む。
ぐっ、と力を込めると、そのまま横に薙ぎ払う。
少女の肉は横一文字に抉られた。だが血が流れることはなく、傷は見る間に塞がっていく。
されど少女はそんなことを気にしていない。
一心不乱に呪詛の言葉を呟き、少女の頬を伝う涙は雨に溶けた。
彼女の絶叫を雨は優しく包んでいった――――
おぎゃあおぎゃあ、と赤ん坊の泣き声がする。
柔らかな日差しに包まれた森の泉の近くで、一人の女が赤ん坊を抱いていた。女は涙を目に浮かべながらあやしている。されど赤ん坊は泣き止まない。
「ごめん、ごめんね。今年は不作でおまえを育てられないんだ。お願いだから許してちょうだい。あたしだって辛いんだ。せめてここなら地祇*様に看取ってもらえると思うから……。」
そう女は赤ん坊に語りかけると、傍にある祠の足元に赤ん坊を降ろす。
赤ん坊はますます泣き叫び、女は名残惜しげに見つめる。が、意を決してその場を後にする。
遠く離れていく背中を小さな命は引き留めようと泣き続ける。
数刻後、森の獣たちが聞き慣れない音に気づき祠に集まってくる。
彼らが音の正体を探ろうと赤ん坊に鼻を近づけていると、祠から黄金に光り輝くモノが出てくる。
光は人のような姿を形作り、獣の群衆を見やると彼らをすり抜けて注目の的に近寄る。すると、赤ん坊は光を見つけてぴたりと泣き止み、しばしの間光と見つめ合う。と、不意ににこりと微笑む。
きゃっきゃと笑い声をあげながら赤ん坊が光に向かって手を伸ばすと、光は戸惑ったような動きで手を差し出す。だが手は光る指をすり抜け、驚いた赤ん坊はまたも泣き始める。
光は一寸固まっていたが、つと指から光る小さな玉を数個生み出し、赤ん坊の頭上をくるくると回転させる。それを赤ん坊が興味深そうに見つめていう内に彼女は泣き止む。
それを見守っていた光は和らいだ空気を醸すのであった。
一人と一体の様子を大人しく見守っていた獣たちは場が落ち着いたのを感じると、我先にと赤ん坊に群がる。
猿は我が子のように抱きあやし、猪は彼女を温めようと寄り添う。
それを見た光は赤ん坊の頬に手を伸ばす。
その手が触れることはなかったが、赤ん坊は嬉しそうに微笑み、そのまま眠りの世界へと誘われていった。
その後光と動物と赤ん坊は穏やかな日々を過ごす。だが平和な日々があっけなく終わりを告げた。
動物たちの乳は赤ん坊には合わず、飲んでは吐きを繰り返した。
丸かった頬は次第に痩け、腹を空かして泣く声はただ掠れた呼吸音になる。やがて彼女は瞼を閉じて冷たくなった。
光は赤ん坊の頭上で玉を回す。しかし赤ん坊の瞳はそれを映さない。
のっぺらぼうな光の顔が赤ん坊を見つめる。
目も口もない顔からはなんの表情も伺えない。
静寂が森を包む。
数秒だろうか。数分だろうか。はたまた何時間か。
光は微動だにしなかった。
……不意に、光の頬から一筋の水滴が滴る。
雫が徐々に増えると森に雨が降り始める。赤ん坊と動物たちも濡れ、やがて雨は激しくなっていく。
祠の傍の泉からは水が溢れ、次々に森の木を薙ぎ倒していく。
動物たちは慌てて逃げ惑い、散り散りに去っていった。
祠の傍には光と赤ん坊だけになった。
濁流は彼らだけを避けて森を駆けていく。
光は赤ん坊の頬を撫でる。青白い顔は温かな光で照らされた。
頬を撫ぜていた光は指先から一粒の光の玉を生み出すと、赤ん坊の口にそっと含ませる。
すると赤ん坊の体から白い光が放たれ、眩い輝きが辺り一面に広がる。
赤ん坊の放つ光と黄金の光が混じり溶け合ったかと思うと、瞬く間に白い光と赤ん坊が消え、一人の少女の姿が現れたのだった。
一糸纏わぬ姿の少女は、赤ん坊と同じ場所で寝転び瞼を閉じている。
光が少女の頬に触れると、少女は目を開き光の顔を見つめる。そしてにこっと顔を綻ばせると起き上がり光の手に自身の手を重ねる。
少女の手はしっかりと光の手に触れていた。光はそれが嬉しいのか、仄かに点滅を繰り返す。
そのまま一人と一体は手を繋ぐと、いつのまにか雨が止んだ森を駆けていくのだった。
*地祇…山、川などの土地の神の名称。
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