91 / 97
刀折れ矢尽きる
91
しおりを挟む
永祥が死んでも尚、戦は終わらなかった。
剛は美琳が前線に出張り続けていたことで戦線を保ち、一方の修は文生自ら指揮を執って剛を攻め続けた。
戦況は膠着状態が続き、先の見えない戦いに兵たちは摩耗していった。彼らの心には鬱憤が溜まり、怒りの捌け口を探し求めるようになっていく。やがて永祥を失った剛軍では、その矛先が美琳に向かい始めていった。
ある日の戦が終わった夜。
赤々と燃える松明の下で、泥だらけの剛兵二人が胡坐をかいて座っている。すると片割れが、隈の濃い目で隣の兵に小さな声で尋ねる。
「なぁおい。お前さ、最近の美琳殿についてどう思う?」
突然の問いに彼は困惑する。
「どう……って、凄い人だな、としか」
「それは分かってるよ」
「じゃあ、綺麗な人?」
「いやそうじゃなくて……」
落ち窪んだ目をしている男は大きな溜息を吐くと、惚けた調子の男の肩に手を回して額を寄せる。
「永祥様がお亡くなりになってからあの人が指揮してるけど……。なんで俺らはあの人に従ってるんだ?」
「え? だって強いから」
「そうじゃなくて……元々は修出身って話じゃねえか」
「そうらしいけど、それがなんだ?」
「いやさ、今の戦が終わらないのって美琳殿の仕業じゃねえのか、って思ってよ」
「ええ⁉ そうなのか⁈」
男の素頓狂な声が剛陣営に響く。その声に反応して、まだ起きていた兵士たちが一斉に振り向く。
「ば、馬鹿! そんなでかい声で言う奴があるか!」
そう言って男は腕に力を込めて彼の首を絞め、首を絞められている男は首元の腕をバシバシと叩きながら〝ごめん〟を連呼する。
それを余所に、落ち窪んだ目の男は周りを見回しながらへらへらと作り笑いを浮かべる。すると、周囲の兵たちは彼らがただふざけ合っていたと思い、興味を無くすのであった。
そこに来てやっと首の拘束を解くと、男は小声で彼を叱り飛ばす。
「美琳殿の耳に入ったらどうすンだよ! こんなの聞かれたら打ち首になるかもしれないじゃないか!」
やっと解放された男は、うっすらと赤くなっている喉を摩りながら聞く。
「ゲホッ、そ、そうなのか?」
「ちょっと考えりゃ分かるだろうが。お前の頭には何が詰まってるんだ?」
「? 脳味噌」
「~~ッ!」
問うた男は、不思議そうにしながら答えた男の頭を叩く。叩かれた男は自らの頭を撫でながら問い返す。
「でもよ、美琳殿が戦を続けてどんな得があるんだ? もし俺たちを苦しめるためとかだったら、さっさと負けた方が早くないか?」
「うぐ……た、確かに、そうなんだがよぉ」
その言葉に男はぐうの音も出ない。するともう一人が頭から手を離して、誇らしげに鼻を膨らます。
「そんな心配するなって。きっと鳳のときみたいになんとかしてくれるさ。俺たち雑兵は言われた通りのことをしてりゃいいんだよ」
あっけらかんと言ってのけた男。その姿に落ち窪んだ目の男は口をへの字にさせると、重たそうに腰を上げる。
「……お前に話した俺が馬鹿だったよ。俺はもう寝る」
と言って、スタスタと歩き始める。と、もう一人が慌てて追いかける。
「あ、待ってくれよぉ。俺ら一緒の天幕じゃないかぁ」
そうして二つの影は、同じ天幕へと入っていくのであった。
剛は美琳が前線に出張り続けていたことで戦線を保ち、一方の修は文生自ら指揮を執って剛を攻め続けた。
戦況は膠着状態が続き、先の見えない戦いに兵たちは摩耗していった。彼らの心には鬱憤が溜まり、怒りの捌け口を探し求めるようになっていく。やがて永祥を失った剛軍では、その矛先が美琳に向かい始めていった。
ある日の戦が終わった夜。
赤々と燃える松明の下で、泥だらけの剛兵二人が胡坐をかいて座っている。すると片割れが、隈の濃い目で隣の兵に小さな声で尋ねる。
「なぁおい。お前さ、最近の美琳殿についてどう思う?」
突然の問いに彼は困惑する。
「どう……って、凄い人だな、としか」
「それは分かってるよ」
「じゃあ、綺麗な人?」
「いやそうじゃなくて……」
落ち窪んだ目をしている男は大きな溜息を吐くと、惚けた調子の男の肩に手を回して額を寄せる。
「永祥様がお亡くなりになってからあの人が指揮してるけど……。なんで俺らはあの人に従ってるんだ?」
「え? だって強いから」
「そうじゃなくて……元々は修出身って話じゃねえか」
「そうらしいけど、それがなんだ?」
「いやさ、今の戦が終わらないのって美琳殿の仕業じゃねえのか、って思ってよ」
「ええ⁉ そうなのか⁈」
男の素頓狂な声が剛陣営に響く。その声に反応して、まだ起きていた兵士たちが一斉に振り向く。
「ば、馬鹿! そんなでかい声で言う奴があるか!」
そう言って男は腕に力を込めて彼の首を絞め、首を絞められている男は首元の腕をバシバシと叩きながら〝ごめん〟を連呼する。
それを余所に、落ち窪んだ目の男は周りを見回しながらへらへらと作り笑いを浮かべる。すると、周囲の兵たちは彼らがただふざけ合っていたと思い、興味を無くすのであった。
そこに来てやっと首の拘束を解くと、男は小声で彼を叱り飛ばす。
「美琳殿の耳に入ったらどうすンだよ! こんなの聞かれたら打ち首になるかもしれないじゃないか!」
やっと解放された男は、うっすらと赤くなっている喉を摩りながら聞く。
「ゲホッ、そ、そうなのか?」
「ちょっと考えりゃ分かるだろうが。お前の頭には何が詰まってるんだ?」
「? 脳味噌」
「~~ッ!」
問うた男は、不思議そうにしながら答えた男の頭を叩く。叩かれた男は自らの頭を撫でながら問い返す。
「でもよ、美琳殿が戦を続けてどんな得があるんだ? もし俺たちを苦しめるためとかだったら、さっさと負けた方が早くないか?」
「うぐ……た、確かに、そうなんだがよぉ」
その言葉に男はぐうの音も出ない。するともう一人が頭から手を離して、誇らしげに鼻を膨らます。
「そんな心配するなって。きっと鳳のときみたいになんとかしてくれるさ。俺たち雑兵は言われた通りのことをしてりゃいいんだよ」
あっけらかんと言ってのけた男。その姿に落ち窪んだ目の男は口をへの字にさせると、重たそうに腰を上げる。
「……お前に話した俺が馬鹿だったよ。俺はもう寝る」
と言って、スタスタと歩き始める。と、もう一人が慌てて追いかける。
「あ、待ってくれよぉ。俺ら一緒の天幕じゃないかぁ」
そうして二つの影は、同じ天幕へと入っていくのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる