永遠の伴侶

白藤桜空

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猫の額にあるものを鼠が窺う

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 フェン国王城の敷地内のとある一画。
 まるで隅に追いやられたように、城内の壁沿いに小屋が建てられている。
 小屋のところどころからは、プギプギと甲高いしゃがれ声がやかましく入り乱れている。その耳障りな声の隙間を縫って、十数人の兵たちが意見を交わす声が飛んでくる。
「おいおい、本当にやるのかよ? 流石に酷いんじゃねえか?」
「馬鹿。が決めたことなんだ、下っ端の俺たちが逆らえる訳ねぇだろうが」
「でもよぉ、それにしたってここまでしなくてもいいんじゃないか?」
「それだけの大罪を犯したってことだよ、この馬鹿女が、よッ!」
 どかッ、と一人の兵士が荒々しく小屋の柵越しに少女を放り込む。彼女はぐったりと……最早もはやぴくりとも動かずに床に転がされ、豚たちが突然の闖入者ちんにゅうしゃに驚き慌てふためく。その後を追うように男たちも小屋に入ると、数人の男が豚たちを壁際に追い詰め、残りの男たちが豚の中から一匹を捕まえる。
「やれ」
 一人の男が合図すると、豚を捕らえた男の一人が短剣を取り出す。と、豚の首に短剣を振り落とす。
「プギィィ!」
 豚は断末魔をほとばしらせると同時に、派手な音を立てて倒れ込む。
「うへぇ。臭くてたまんねえや」
 血みどろになった男が口をひん曲げる。だが表情とは裏腹に、淡々と短剣を持ち変えて豚の陰茎を切り落とす。
「これでいいですか」
 と、その男が豚の陰茎を掲げると、初めに指示を出した男が頷く。
「じゃあやるか」
 陰茎を持った男も首肯する。……しかし、彼は突然動きを停止させる。その異変を、先程命じた男が不審がる。
「どうした? 早くやれよ。臭くてかなわねぇんだ、さっさと終わらせようぜ」
「そうなんだけどよ……。これ・・勿体もったいなくないか?」
「……何がだ?」
「いやさ、こんな上物の女、今後二度とお目にかかれると思うか?」
 男が豚の陰茎で少女を指差す。それに合わせて周りにいた男たちも彼女に注目する。
 床に転がっている少女の姿は生者しょうじゃのそれではなかった。
 全身は土気色に染まり、首元には筋状のうっ血痕けつこんがぐるりと回っている。顔の至る所には殴打された痕があり、手足の指はあらぬ方向にじ曲げられている。
 その姿から、彼女が極限まで痛めつけられてから殺されたことがうかがえた。が、それにも関わらず、彼女は生前の美しさを損なっていなかった。
「……こんなの突っ込む前に、俺たちで使わない・・・・か?」
 男が陰茎をぶらぶらさせながら言うと、他の者は皆一様に瞠目する。
「お前……正気か? もう死んでるんだぜ? そんな女犯して何が楽しいんだよ」
「こんな美人だとしてもそれだけは無いだろう。もう一回ちゃんと見ろよ。気味が悪いぜ」
「そうだぞ、冷静になれって。それにそんなことが上にバレたらどうするんだ。これが終わったらガンにこいつを送り返すんだぜ? その前に絶対上に調べられるって」
 周囲の男たちが口々に否定する。が、その男はへらへらと笑いながら言い返す。
「上の意向はただ単に〝極限までけがせ〟だろ? だったら俺らで使っても問題無いだろう」
「……理論上はそうだが」
 その場にいる男たちはお互いに目配せし合う。そしてもう一度少女の遺体を見つめる。と、誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
「お、俺、一番手がいいや。誰かの後なんてごめんだからよ」
「はあ? お前までそんな……」
「いやいや、その権利は言い出しっぺの俺にあるだろ」
「何言ってるんだ。先輩である俺が優先だろう」
「おい、お前たち、止めないか」
「ヤるならさっさとヤっちまおうぜ。ぐずぐずしてるなら俺が先にもらうぜ」
「は? だったら俺が先に……」
 我先にと男たちは少女の遺体に群がり始め、誰かがをずり下ろしてたける男根を彼女の陰部に近付けた、その瞬間。
「ぎゃあぁぁ!」
「⁈」
 突然、男根を取り出した男が悲鳴を上げ、その場にいる男たちに動揺が走る。彼らは悲鳴を上げた男を見る。と、男が股間を押さえて悶絶もんぜつしていた。
「お、おい、どうし、うッ!」
 彼の元へ駆け寄ろうとした男が、目にも留まらぬ速さの何か・・に吹き飛ばされる。
「なんだ、何が、グハッ!」
 もう一人が狼狽うろたえ、きょろきょろと周囲を見回したその次の瞬間、首がへし折られる。
「ひぃッ!」
 一気に三人もの兵士が倒され、その場にいた全員が恐れおののく。彼らの内の一人は、あまりのことに恐慌状態に陥ってへたり込む。
「あ、あ、こんな、こんな馬鹿なことが……」
 男たちが倒されたその中心には、死んでいたはずの少女が立っていた。
 先程まで、確かにむごたらしく殺されていたはずの少女の体は、新品同然の輝きを放っている。
 彼女は無表情で動き出す。と、彼女の濡れ羽色の髪と白い肌が螺旋らせんを描き、嵐のように男たちの命を散らしていく。
 男たちは何が起きたのか理解出来なかった。だがこのまま何もしなければ、ただ己の命が掻き消えるだけなのは分かった。
 彼らは数人がかりで少女に飛び掛かり、そしてその一瞬のちに床に転がり果てた。
「…………」
 少女は何を言うでもなく、男たちの死体を眺めやる。すると不意に、小さく柵が動く音がした。
 ハッと少女は振り返った。が、一歩遅かった。
 何時いつの間にか逃げ出していた兵の姿は、もうすでに遠くなっており、追いつくのは厳しい距離になっていた。
「……まあいいか」
 少女は興味無さそうに呟く。そこでふと、豚舎にいる豚たちが壁沿いで身を寄せ合っておびえているのに気付く。
 彼女は豚たちに近付くと、そっと手を差し出す。一瞬、豚たちは竦んだ。だが鼻を寄せてスンスンと彼女の手を嗅ぐと、そのまますり寄る。少女は豚たちを一通り撫で終えると、死んだ兵士のぐるみをぐ。そしてそれを身に付けると、一目散に豚舎の外へと出ていくのであった。
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