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花は根に、鳥は古巣に帰る
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ぽつり、と一粒の雫が落ちる。
その雫は窓辺に置かれている白い手に触れ、彼女にその存在を知らしめる。
「あ……」
「どうされましたか? 美琳様」
「……? ああ、静端」
美琳は窓の外から目を離し、深紅の寝間着を花弁のように翻して振り返る。
「雨が降り始めたみたい」
そう言われた静端は灯を頼りに外を見やる。
「空は晴れているようでございますが……」
「今ちょうど私の手に雨粒が落ちたの」
「そういうことでございましたか」
静端は頷きながら目尻に皺を寄せ、じっと美琳の顔を見つめる。
「…………美琳様の麗しいご尊顔。五年前から色褪せませんね」
「ふふ。それ、戻ってきてから色んな人に言われたわ。もう耳に胼胝が出来たんじゃないかしら」
〝確かめてみてくれる?〟と悪戯っぽく笑いながら、美琳は耳を静端に見せる。静端もくすりと笑って言う。
「あら、それでしたら私の小言も聞いていただけなくなってしまいますね。残念でなりませんわ」
すると美琳は小さく目を見張り、そしてわざとらしくそっぽを向く。
「それなら元から聞いてないから大丈夫よ」
彼女の言に静端は大きく溜息を吐く。
「何も大丈夫じゃありませんよ。まったく……。そんなところまでお変わりないなんて、嘆かわしいですわ」
と大真面目な顔で言う静端。だが少しすると、ぷっ、と小さく吹き出す。それは美琳にも伝播し、彼女もにやけ顔を誤魔化しきれなくなった。
「うふふ。あなたとこんな風に話せるのも懐かしいわね」
「そうでございますね。お懐かしゅうございます」
「またよろしくね?」
「はい。承りました」
二人は揃ってクスクスと笑い合う。と、不意にパタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。そして現れた侍女が彼女らに告げる。
「美琳様。本日はこちらに御渡りだそうでございます」
「そう。分かったわ」
淡々と述べる美琳。その言葉とは裏腹に表情がうっとりとしていた。
「……やっと会えるのね。きっと首を長くして待っていたわよね。都城に帰ってきてから全然会えなくて寂しかったの。でももうすぐなのね」
蕩ける程に甘い美琳の声。しかし静端と侍女は、ただ静かに頭を垂れるだけであった。
その雫は窓辺に置かれている白い手に触れ、彼女にその存在を知らしめる。
「あ……」
「どうされましたか? 美琳様」
「……? ああ、静端」
美琳は窓の外から目を離し、深紅の寝間着を花弁のように翻して振り返る。
「雨が降り始めたみたい」
そう言われた静端は灯を頼りに外を見やる。
「空は晴れているようでございますが……」
「今ちょうど私の手に雨粒が落ちたの」
「そういうことでございましたか」
静端は頷きながら目尻に皺を寄せ、じっと美琳の顔を見つめる。
「…………美琳様の麗しいご尊顔。五年前から色褪せませんね」
「ふふ。それ、戻ってきてから色んな人に言われたわ。もう耳に胼胝が出来たんじゃないかしら」
〝確かめてみてくれる?〟と悪戯っぽく笑いながら、美琳は耳を静端に見せる。静端もくすりと笑って言う。
「あら、それでしたら私の小言も聞いていただけなくなってしまいますね。残念でなりませんわ」
すると美琳は小さく目を見張り、そしてわざとらしくそっぽを向く。
「それなら元から聞いてないから大丈夫よ」
彼女の言に静端は大きく溜息を吐く。
「何も大丈夫じゃありませんよ。まったく……。そんなところまでお変わりないなんて、嘆かわしいですわ」
と大真面目な顔で言う静端。だが少しすると、ぷっ、と小さく吹き出す。それは美琳にも伝播し、彼女もにやけ顔を誤魔化しきれなくなった。
「うふふ。あなたとこんな風に話せるのも懐かしいわね」
「そうでございますね。お懐かしゅうございます」
「またよろしくね?」
「はい。承りました」
二人は揃ってクスクスと笑い合う。と、不意にパタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。そして現れた侍女が彼女らに告げる。
「美琳様。本日はこちらに御渡りだそうでございます」
「そう。分かったわ」
淡々と述べる美琳。その言葉とは裏腹に表情がうっとりとしていた。
「……やっと会えるのね。きっと首を長くして待っていたわよね。都城に帰ってきてから全然会えなくて寂しかったの。でももうすぐなのね」
蕩ける程に甘い美琳の声。しかし静端と侍女は、ただ静かに頭を垂れるだけであった。
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