永遠の伴侶

花は根に、鳥は古巣に帰る

61

　新月の夜、雲に覆われた空には星影一つ見えない。
　その下、王城からは松明たいまつが煌々こうこうと燃え盛り、窓からは煙が立ち上っている。
　仄暗い政務室では一人の男が床に膝を突き、拱手きょうしゅして頭こうべを垂れていた。その男の対面には龍の装飾が施された椅子があり、そこには黄色の着物を纏った男が座っていた。
「王よ。申し上げたき儀がございます」
　頭を下げている男が慇懃いんぎんに話す。
「なんだ。申してみよ」
「はッ！」
　床を見つめたまま男は話し始める。
「長きに亘わたる此度の戦で、軍事費が財政を圧迫しております。その額は膨大。もはや税金だけで賄える範疇はんちゅうではございません。これ以上戦を続けても利がある、とは到底言えませぬ」
　彼の言葉に王は何も答えない。
「そして鳳フェンが撤退した今……戦の切り上げ時ではございませぬか？　果たして此度の戦にまだ意義は残っているのでしょうか？」
「ふむ」
　王は顎に手を当てて考える素振りをする。
「……其方そちの言い分は分かった」
　パッと男は顔を上げる。
「だがの、雪峰シェンフォンよ。それこそここで引いてはこの戦の意味が無くなってしまうのではないか？」
　雪峰の青白い顔から更に血の気が引く。
「王よ！　現実を見てくださいませ！　鳳からは同盟破棄の連絡が来ており、税の重さで餓死する民が増えております！」
　悲鳴じみた声で訴えると、胸元から数枚の木簡もっかんを取り出す。
「それに比べて修シュウ軍はあの・・女が来てから勢いを増すばかり。加えてあちらの国が困窮こんきゅうしているという情報も一切入ってきておりませぬ！　こちらが修の情勢です。ぜひ、その御目で！　御確認くださいませ！」
　そう言って雪峰は木簡を剛王に差し出す。それを受け取った王は松明係を近くに呼び寄せ、じっと読み進める。が、その表情が変わることはなかった。
「……で？　これがどうした」
「なッ！」
「こんなもの、とうに知っておるわ。その上で我は〝続ける〟と判断した。こちらには投石機があり、兵数も勝っておる。我らにとってあやつらなど……塵ちり芥あくたも同然よ」
「ッ、そう言い続けて五年が経っておるのですぞ！」
「…………」
　その雪峰の陳情ちんじょうにも、王は首を縦に振らない。
「雪峰よ。この話は永祥ヨンシャンと話し合ったことか？」
「！　い、いえ、これは私だけの意見でございますが……」
「ならば永祥と協議してから再び来るのだな」
「……！」
　唇を噛み締める雪峰。それを見た王は、右手で頬杖を突き、左手で軽く彼をあしらう。
「もう良い。下がるが良い」
「…………」
　だが雪峰は動かない。
「どうした、聞こえなかったのか？　疾とく下がれ」
「……これも、すべては国のため……」
　小さな声が零れる。かすか過ぎるその声に、王は眉根を寄せて聞き取ろうとした。その瞬間。
「御免！」
　カッ、と雪峰が叫ぶ。と同時に、ぞろぞろと兵たちが闖入ちんにゅうしてくる。
「な、なんだお前たち！」
　王は驚いて立ち上がり、その拍子に椅子が倒れる。
「こんなことをして済む……ッ！」
　激昂して叫ぼうとした。が、それは喉元に突きつけられた雪峰の剣によって遮られた。
「……謀反か」
　怒りに打ち震えながら王は雪峰に聞く。翻ひるがえって雪峰は穏やかな声色だ。
「いいえ。謀反ではありませぬ」
　青白い顔がうっすらと色付く。
「これこそが忠義でございます」