57 / 97
花は根に、鳥は古巣に帰る
57
しおりを挟む
空にかかる薄雲に、紅紫色が侵食する。それは目を覚まそうとしていた星々すら呑み込み、紫黒色へと導かんとしている。
冬支度を始めた森の傍近くでは、剛と修、そして鳳の三か国が入り乱れて争っている。
十万近い兵たちは平野を駆け、弩の矢が四方八方に飛び交う。枯れ始めの草原の上には真っ赤な血飛沫が咲き、ぬかるんでいる地面では死体が嵩んでいく。
命と命を削り合う、一進一退の攻防が日々繰り返され、気付けば戦が始まってから三か月が経っていた。
長きに亘る泥沼の戦いは、兵士たちの体を疲弊させ、心を空模様と同化させていった。
「全軍! 撤退!」
「こちらも下がるぞ!」
指揮官たちの声が響く。その声を合図に、兵たちは息も絶え絶えに自陣へ走り帰るのであった。
夜が戦場を覆い尽くした頃。
剛陣営のとある天幕から松明の明かりが漏れている。
その中には華美な鎧を着た男と、白髪混じりの髭を生やした体格の良い男、そして血色の悪い瓜実顔の男の三人が集まっていた。
鎧の男は様々な文様のあしらわれた椅子に座り、残り二人は地面に胡坐をかいて座っている。と、髭面の男――永祥が座上の男に話しかける。
「王が即位されてからは初戦でございますが……。戦の御感想は如何ですかな?」
永祥に呼ばれた男は肘掛けに頬杖を突き、大きな溜息を吐く。
「まったくもって面白くないの。こうも同じ状況が続くと、なんの刺激にもならん」
「ふ……はははは!」
永祥は豪胆に笑う。
「そうでしょうな! いやはや、面目次第もございませぬ」
笑みを崩さぬまま言う永祥に、瓜実顔の男――雪峰が声を上げる。
「笑っておる場合か! このままではただ兵たちを消耗するだけではないか! 負け戦をしに来た訳ではないのだぞ!」
「まあまあ、落ち着かれよ雪峰殿。お主はいつも性急すぎる」
永祥は耳の穴をほじりながら言う。
「例の物がそろそろ届く頃合いよ。そう心配するでない」
「……! お主は……いつも報告が遅い。戦のときと同じくらい早く動けぬのか?」
「こればかりは致し方なかろう。あれは移動に時間がかかる故な」
「ふッ。それもそうだな」
口角を吊り上げた雪峰につられて、王もほくそ笑む。
「遅れてやってくるからこそ、有難味が増すというものよ」
三人は揃って笑い出す。その声は天幕の外まで響くのであった。
薄い雲が早い風に流されていく。その隙間から朝陽が滲み出す。
「おお、今日は綺麗さ晴れでぐれそうだね。泥で足がどられねぁで済みそうだ」
修陣営には、全身に泥と血がこびりついた忠山が立っていた。
彼は眩しそうに目を細めながら空を見上げている。彼の隣にいる勇豪も、茜色を手で遮りながら笑みを浮かべる。
「そうだな。これでこの寒ささえなけりゃ最高なんだがな」
ぶるり、とわざとらしく体を震わせる勇豪。その仕草に忠山は吹き出す。
「あはは! 確がにそうだね。こんた日は水仕事だげはしたぐねぁね」
「そりゃ間違いねぇや」
勇豪が生真面目な口振りで言うと、忠山はますます笑う。そんな二人の笑顔は、薄汚れた姿であることを忘れさせた。
一頻り笑い合った後。つと、勇豪は剛陣営の方をじっと見つめ、眉根を寄せる。忠山は急に笑みの消えた勇豪を不審がる。
「勇豪様、どうがしたが?」
「…………やっぱり今日は荒れるかもしんねぇな」
「え? あんたに晴れでらのに?」
「あそこ、見てみろ」
「……?」
忠山は勇豪が指を指している方を見る。と。
「な、なんだがあれ?」
彼らの視線の先。朝靄の中には、巨大な影が霞んでいるのであった。
――うわぁぁッ!
悲鳴が耳をつんざく。
――ドスン。ドスン。
という地響きが鳴ると同時に、血溜まりが地面に広がる。
剛によって新たに持ち込まれた大型兵器――投石機。文字通り巨大な岩を戦場に放り込むそれは、弩の力で拮抗していた戦況を大幅に変える力を持っていた。
「チッ! やっぱりおかしいと思ったんだ……!」
勇豪は舌打ちをしながら前線を駆ける。彼は質素な革鎧であるというのを忘れたように、巨岩の吹き荒ぶ嵐の真っ只中を突き進む。その後ろでまた数人、肉塊と成り果てる。
「ッたく、あんなもん隠してやがったなんてなッ!」
悪態を吐きながら勇豪は手戟を振るう。その武器は、勇豪の図体で持つには些か小さく感ぜられ、彼の動きは他の兵士と比べて格段に速いものの、扱いにくいようだった。そのせいでときたま隙が生じる。
「勇豪様!」
「……! おりゃ!」
勇豪は、自分を呼ぶ声に素早く反応して振り返り、背後に忍び寄っていた敵兵の胴を貫く。
「危ながっただね!」
「おう! ありがと、よッ!」
振り向き様に新たな敵を倒しながら、勇豪は隣にいる忠山に感謝を述べる。
「どういだしまして!」
忠山はえくぼを浮かべつつ、淡々と敵の首を斬る。
「しっかし、キリがねぇ! たたでさえ数が多いってのに、あれまで気にしなきゃなんねぇなんて面倒ったらありゃしねぇ!」
「んだね!」
勇豪は苛立ちを口に出しながら尚も前に進み続け、その後ろを忠山が付き従う。
二人は息の合った動きで代わる代わる前線を押し進めた。が、
「ッ! 皆、逃げれ!」
忠山が叫ぶ。
その声に修兵らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。直後、ズン……と、いう重い地響きと共に、彼らがいた場所に巨石が落ちた。
「あ、危ながったぁ」
後退した忠山はその岩を見つめる。その下には敵兵の押し潰された死体があった。
「敵味方関係ねぁのが……」
ぽつり、と零す。そこへ勇豪の怒号が飛ぶ。
「何ぼさッとしてやがる! 死にてぇのか!」
クン、と腕を引かれて退いた忠山のすぐ横を、凄まじい勢いの矢が通り過ぎる。背後では、矢に当たった兵の悲鳴が上がった。
勇豪はパッと忠山の腕を離すと、すかさず駆け出し、近付いてきた敵兵を片手で投げ飛ばす。猛々しいその姿は〝棕熊〟の名に相応しかった。
「おお! 〝棕熊〟は健在であったか! 嬉しいのう!」
「!」
聞き馴染みのある声と共に、勇豪の頬を矢が掠める。
勇豪は薄く流れる血を無造作に拭うと、眼前の馬車に立っている髭面の男に顔を向ける。
「……大将がこんな雑兵に構ってていいのか? 永祥殿」
暗に揶揄された永祥。一瞬目を見開いた直後、どっと笑い出す。
「ははははは! 何を言うかと思えば……。お主のような雑兵がいて堪るか」
「ふッ。残念ながら事実なんだなァ!」
カァン!
と、鈍い金属音が鳴る。勇豪の攻撃が盾に阻まれた音が。
「クソッ!」
勇豪は武器を素早く引く。その姿に永祥は満足そうににやける。
「助かったぞ雪峰殿」
「何を白々しい……。余裕で避けられた癖に」
隣で盾を構えていた雪峰が肩越しに永祥を睨む。が、すぐに興味を無くしたように構えを解く。
「永祥殿。この者の言う通りだ。たかが一兵士に時間をかけている暇はない。さっさと押し進めるぞ」
「お主はせっかちだのう。旧交を温めさせてはくれぬのか」
嘆く素振りを見せる永祥。その横から勇豪が口を挟む。
「お前と友になった記憶はないぞ」
「何を言う。あんなにも熱く交わったのに」
「殺し合いの間違いだろ。俺たちの間にはそれくらいしかねぇ」
「はっはっは! それは違いない!」
二人は軽い口振りで話していると、雪峰のこめかみに青筋が浮かぶ。
「戯れている場合ではないと言っておろうが」
雪峰はこめかみを押さえながら、御者に指示を出す。と、御者が手綱を振るい、馬が方向転換をし始める。
「いやはや手厳しい」
頭を掻きながら零す永祥。だがその眼光からふざけた気配は消え去っていた。
馬が完全に向きを変え、二人の乗っている馬車が動き出そうとした、その瞬間。
突然、手戟の刃が永祥に迫る。彼は間一髪で避けて振り向く。すると勇豪の獰猛な目とかち合った。
「逃がすかよ」
唸る勇豪。それを永祥は一蹴する。
「逃げてはおらん。優先度の差よ」
バチ、と二人の間に稲妻が走る。
「……残念ながらこれまでだ」
永祥が片手を挙げると、再び御者が手綱を操り、馬車が進み始める。
すかさず勇豪は追いかける。
「逃がさなッ」
「勇豪様!」
刹那、勇豪は押し退けられる。
「ッ!」
「忠山⁈」
勇豪に体当たりをしてきた忠山。彼は眉根に皺を寄せ、横腹を押さえている。
「お前、俺を庇ったのか……⁉」
わずかによろめく忠山。勇豪は彼を支え、顔を覗き込む。と、忠山が荒く息をしながら優しく尋ねる。
「勇豪様、お怪我はねぁか?」
「ああ。けどお前が……」
「へ、平気だこれぐらい。それよりも、は、早ぐ追いがげねぁど」
その言葉に勇豪は顔を上げると、馬車が小さくなっていくのが見えた。
「……いいんだ。今はお前の方が大事だ」
「勇豪様……」
忠山は勇豪を仰ぎ、そして支えを振り解く。
「ゾンシャ「おいのことは気にしねぁでください」
脇腹から手を離した忠山は、落としていた武器を拾う。そしていつもと同じえくぼを見せる。
「そろそろあれが降ってくる頃だ。足止めでだらいげねぁ」
その言葉に勇豪は瞠目し、言葉に詰まる。が、すぐに眦をきつくすると、強く手戟を握り直す。
「そうだな。進むしかねぇな」
「んだな」
二人は再び勇猛に走り出す。まるで二人で一人のように、一体となった姿で。
彼らは次々に敵を薙ぎ倒していき、全身が返り血に染まっていく。
――その血化粧の中で、忠山の着物の内側からは血が滲み続けているのであった。
冬支度を始めた森の傍近くでは、剛と修、そして鳳の三か国が入り乱れて争っている。
十万近い兵たちは平野を駆け、弩の矢が四方八方に飛び交う。枯れ始めの草原の上には真っ赤な血飛沫が咲き、ぬかるんでいる地面では死体が嵩んでいく。
命と命を削り合う、一進一退の攻防が日々繰り返され、気付けば戦が始まってから三か月が経っていた。
長きに亘る泥沼の戦いは、兵士たちの体を疲弊させ、心を空模様と同化させていった。
「全軍! 撤退!」
「こちらも下がるぞ!」
指揮官たちの声が響く。その声を合図に、兵たちは息も絶え絶えに自陣へ走り帰るのであった。
夜が戦場を覆い尽くした頃。
剛陣営のとある天幕から松明の明かりが漏れている。
その中には華美な鎧を着た男と、白髪混じりの髭を生やした体格の良い男、そして血色の悪い瓜実顔の男の三人が集まっていた。
鎧の男は様々な文様のあしらわれた椅子に座り、残り二人は地面に胡坐をかいて座っている。と、髭面の男――永祥が座上の男に話しかける。
「王が即位されてからは初戦でございますが……。戦の御感想は如何ですかな?」
永祥に呼ばれた男は肘掛けに頬杖を突き、大きな溜息を吐く。
「まったくもって面白くないの。こうも同じ状況が続くと、なんの刺激にもならん」
「ふ……はははは!」
永祥は豪胆に笑う。
「そうでしょうな! いやはや、面目次第もございませぬ」
笑みを崩さぬまま言う永祥に、瓜実顔の男――雪峰が声を上げる。
「笑っておる場合か! このままではただ兵たちを消耗するだけではないか! 負け戦をしに来た訳ではないのだぞ!」
「まあまあ、落ち着かれよ雪峰殿。お主はいつも性急すぎる」
永祥は耳の穴をほじりながら言う。
「例の物がそろそろ届く頃合いよ。そう心配するでない」
「……! お主は……いつも報告が遅い。戦のときと同じくらい早く動けぬのか?」
「こればかりは致し方なかろう。あれは移動に時間がかかる故な」
「ふッ。それもそうだな」
口角を吊り上げた雪峰につられて、王もほくそ笑む。
「遅れてやってくるからこそ、有難味が増すというものよ」
三人は揃って笑い出す。その声は天幕の外まで響くのであった。
薄い雲が早い風に流されていく。その隙間から朝陽が滲み出す。
「おお、今日は綺麗さ晴れでぐれそうだね。泥で足がどられねぁで済みそうだ」
修陣営には、全身に泥と血がこびりついた忠山が立っていた。
彼は眩しそうに目を細めながら空を見上げている。彼の隣にいる勇豪も、茜色を手で遮りながら笑みを浮かべる。
「そうだな。これでこの寒ささえなけりゃ最高なんだがな」
ぶるり、とわざとらしく体を震わせる勇豪。その仕草に忠山は吹き出す。
「あはは! 確がにそうだね。こんた日は水仕事だげはしたぐねぁね」
「そりゃ間違いねぇや」
勇豪が生真面目な口振りで言うと、忠山はますます笑う。そんな二人の笑顔は、薄汚れた姿であることを忘れさせた。
一頻り笑い合った後。つと、勇豪は剛陣営の方をじっと見つめ、眉根を寄せる。忠山は急に笑みの消えた勇豪を不審がる。
「勇豪様、どうがしたが?」
「…………やっぱり今日は荒れるかもしんねぇな」
「え? あんたに晴れでらのに?」
「あそこ、見てみろ」
「……?」
忠山は勇豪が指を指している方を見る。と。
「な、なんだがあれ?」
彼らの視線の先。朝靄の中には、巨大な影が霞んでいるのであった。
――うわぁぁッ!
悲鳴が耳をつんざく。
――ドスン。ドスン。
という地響きが鳴ると同時に、血溜まりが地面に広がる。
剛によって新たに持ち込まれた大型兵器――投石機。文字通り巨大な岩を戦場に放り込むそれは、弩の力で拮抗していた戦況を大幅に変える力を持っていた。
「チッ! やっぱりおかしいと思ったんだ……!」
勇豪は舌打ちをしながら前線を駆ける。彼は質素な革鎧であるというのを忘れたように、巨岩の吹き荒ぶ嵐の真っ只中を突き進む。その後ろでまた数人、肉塊と成り果てる。
「ッたく、あんなもん隠してやがったなんてなッ!」
悪態を吐きながら勇豪は手戟を振るう。その武器は、勇豪の図体で持つには些か小さく感ぜられ、彼の動きは他の兵士と比べて格段に速いものの、扱いにくいようだった。そのせいでときたま隙が生じる。
「勇豪様!」
「……! おりゃ!」
勇豪は、自分を呼ぶ声に素早く反応して振り返り、背後に忍び寄っていた敵兵の胴を貫く。
「危ながっただね!」
「おう! ありがと、よッ!」
振り向き様に新たな敵を倒しながら、勇豪は隣にいる忠山に感謝を述べる。
「どういだしまして!」
忠山はえくぼを浮かべつつ、淡々と敵の首を斬る。
「しっかし、キリがねぇ! たたでさえ数が多いってのに、あれまで気にしなきゃなんねぇなんて面倒ったらありゃしねぇ!」
「んだね!」
勇豪は苛立ちを口に出しながら尚も前に進み続け、その後ろを忠山が付き従う。
二人は息の合った動きで代わる代わる前線を押し進めた。が、
「ッ! 皆、逃げれ!」
忠山が叫ぶ。
その声に修兵らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。直後、ズン……と、いう重い地響きと共に、彼らがいた場所に巨石が落ちた。
「あ、危ながったぁ」
後退した忠山はその岩を見つめる。その下には敵兵の押し潰された死体があった。
「敵味方関係ねぁのが……」
ぽつり、と零す。そこへ勇豪の怒号が飛ぶ。
「何ぼさッとしてやがる! 死にてぇのか!」
クン、と腕を引かれて退いた忠山のすぐ横を、凄まじい勢いの矢が通り過ぎる。背後では、矢に当たった兵の悲鳴が上がった。
勇豪はパッと忠山の腕を離すと、すかさず駆け出し、近付いてきた敵兵を片手で投げ飛ばす。猛々しいその姿は〝棕熊〟の名に相応しかった。
「おお! 〝棕熊〟は健在であったか! 嬉しいのう!」
「!」
聞き馴染みのある声と共に、勇豪の頬を矢が掠める。
勇豪は薄く流れる血を無造作に拭うと、眼前の馬車に立っている髭面の男に顔を向ける。
「……大将がこんな雑兵に構ってていいのか? 永祥殿」
暗に揶揄された永祥。一瞬目を見開いた直後、どっと笑い出す。
「ははははは! 何を言うかと思えば……。お主のような雑兵がいて堪るか」
「ふッ。残念ながら事実なんだなァ!」
カァン!
と、鈍い金属音が鳴る。勇豪の攻撃が盾に阻まれた音が。
「クソッ!」
勇豪は武器を素早く引く。その姿に永祥は満足そうににやける。
「助かったぞ雪峰殿」
「何を白々しい……。余裕で避けられた癖に」
隣で盾を構えていた雪峰が肩越しに永祥を睨む。が、すぐに興味を無くしたように構えを解く。
「永祥殿。この者の言う通りだ。たかが一兵士に時間をかけている暇はない。さっさと押し進めるぞ」
「お主はせっかちだのう。旧交を温めさせてはくれぬのか」
嘆く素振りを見せる永祥。その横から勇豪が口を挟む。
「お前と友になった記憶はないぞ」
「何を言う。あんなにも熱く交わったのに」
「殺し合いの間違いだろ。俺たちの間にはそれくらいしかねぇ」
「はっはっは! それは違いない!」
二人は軽い口振りで話していると、雪峰のこめかみに青筋が浮かぶ。
「戯れている場合ではないと言っておろうが」
雪峰はこめかみを押さえながら、御者に指示を出す。と、御者が手綱を振るい、馬が方向転換をし始める。
「いやはや手厳しい」
頭を掻きながら零す永祥。だがその眼光からふざけた気配は消え去っていた。
馬が完全に向きを変え、二人の乗っている馬車が動き出そうとした、その瞬間。
突然、手戟の刃が永祥に迫る。彼は間一髪で避けて振り向く。すると勇豪の獰猛な目とかち合った。
「逃がすかよ」
唸る勇豪。それを永祥は一蹴する。
「逃げてはおらん。優先度の差よ」
バチ、と二人の間に稲妻が走る。
「……残念ながらこれまでだ」
永祥が片手を挙げると、再び御者が手綱を操り、馬車が進み始める。
すかさず勇豪は追いかける。
「逃がさなッ」
「勇豪様!」
刹那、勇豪は押し退けられる。
「ッ!」
「忠山⁈」
勇豪に体当たりをしてきた忠山。彼は眉根に皺を寄せ、横腹を押さえている。
「お前、俺を庇ったのか……⁉」
わずかによろめく忠山。勇豪は彼を支え、顔を覗き込む。と、忠山が荒く息をしながら優しく尋ねる。
「勇豪様、お怪我はねぁか?」
「ああ。けどお前が……」
「へ、平気だこれぐらい。それよりも、は、早ぐ追いがげねぁど」
その言葉に勇豪は顔を上げると、馬車が小さくなっていくのが見えた。
「……いいんだ。今はお前の方が大事だ」
「勇豪様……」
忠山は勇豪を仰ぎ、そして支えを振り解く。
「ゾンシャ「おいのことは気にしねぁでください」
脇腹から手を離した忠山は、落としていた武器を拾う。そしていつもと同じえくぼを見せる。
「そろそろあれが降ってくる頃だ。足止めでだらいげねぁ」
その言葉に勇豪は瞠目し、言葉に詰まる。が、すぐに眦をきつくすると、強く手戟を握り直す。
「そうだな。進むしかねぇな」
「んだな」
二人は再び勇猛に走り出す。まるで二人で一人のように、一体となった姿で。
彼らは次々に敵を薙ぎ倒していき、全身が返り血に染まっていく。
――その血化粧の中で、忠山の着物の内側からは血が滲み続けているのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる