永遠の伴侶

白藤桜空

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花は根に、鳥は古巣に帰る

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 真っ赤に色付いた紅葉もみじが、乾いた風に揺れている。枯れた葉は木々から振り落とされまいとしがみつき、懸命なその姿はどこか憐憫れんびんを誘う。
 不意に、荒く強い風が木立を駆け抜ける。
 その大きなうねりに、小さな木の葉はすべなく身を委ねるしかなかった――――

 王城の一画から、朗々ろうろうと賛歌を奏でる雅楽の音が聞こえる。どこから鳴っているのか辿っていくと、庭園――磨き抜かれた砂利が敷き詰められている地面。手入れの行き届いた紅葉たち。様々な趣向が凝らされた置物。中でも、巨大な池と、瓦屋根の*ていが目を惹く、その場所から曲が届いてくるのが分かった。そしてその場には、常よりも華やかな着物を身に付けた官吏かんりたちが一堂に会していた。
 その人混みの中、二人の官吏がさかずきを交わしている。
 二人の内の片方、太鼓腹の官吏が、隣にいる痩せぎすの官吏に話しかける。
「いやはや……戦の只中ではあるものの、このような宴があると心が華やぎますな」
「ええまったく。その通りですな。ささ、もっと飲んでくだされ」
「おおっ……とと」
 痩せぎすな官吏の注いだ酒が、太鼓腹の官吏の杯から溢れそうになる。それを太鼓腹が慌てて受け止め、痩せぎすが済まなそうに頭を掻く。そして彼らは同時に杯をあおると、中央の亭を見やった。
 視線の先には、文生ウェンシェン美琳メイリン淑蘭シュンランの三人がいる。
 中央には文生。その右隣に淑蘭、左隣には美琳が並んで椅子に座っていた。
 その三人を二人は微笑ましく見やる。
「一時はどうなることかと思いましたが、無事にご懐妊なさって良かったのう」
 痩せぎすが言う。と、太鼓腹が応じる。
「あとは無事に生まれれば王も御出陣しやすいというもの」
「さすれば兵らの士気も上がりましょう。何より直系の王族が残ること程嬉しいことはない」
「うむ。公でも良いと言えば良いが、やはり分家は分家。肝心なところで何をしでかすか分かったものではない」
「ええ、先の戦はいただけませんでしたな。子佑ジヨウ殿も何をとち狂ってしまったのか」
「あのように意地汚い戦略をした上に、浅ましくも追放を逃れようとするなど……引き際までみっともない」
「まあ身分剥奪までは覚悟しておったようなのはまだ良かったがの。しかし此度の戦で軍に復帰する許可が下りたのだ。折角だから頑張ってもらいたいところですな。……おや」
 ふと痩せぎすは相手の杯が空になっているのに気付く。
「もう飲み干されてしまいましたか。随分と早いですが……」
「ははは。これくらいならまだまだ。もっといけますぞ」
「おお、なんと頼もしい。ではもう一杯如何いかがかな?」
「もちろん。有り難くいただこう」
 痩せぎすと太鼓腹は赤ら顔で笑い合い、その後も話に花を咲かせるのであった。

 一方、宴の主賓しゅひんであるはずの文生は、沈鬱な空気を身に纏っていた。
「…………」
 文生は無言で酒を呷り続け、その顔は仄かに赤くなっていた。だがその表情は決して陽気なものではない。
「王。お酒はそれ程になさってくださいませ」
 右隣にいる淑蘭が文生に声をかける。が、そのげんを文生はすげなくける。
其方そちが指図するでない」
「ッ! し、失礼致しました」
 淑蘭は文生の刺々とげとげしい声に身を縮め、険悪な空気が二人の間に漂う。そこに、柔らかい声が入ってくる。
「私も心配です。そんなに飲まれますと御体に毒ですわ」
「…………美琳」
 にこり、と美琳は微笑む。その笑顔はまるで作り物のように美しかった。
「大事な御体なのです。何かあってからでは遅いですよ」
「そう、だな。……其方そちがそこまで言うなら、もう止めておこう」
 文生はまだ酒の残っている杯を侍女に渡し、重い顔で立ち上がる。と同時に、雅楽の音が止み、庭園にいる官吏たちが文生に注目する。
 文生は少し渋い顔をする。しかしすぐに落ち着いた面立ちで話し始める。
「今日は我が夫人…………淑蘭・・の懐妊祝いの宴によく集まってくれた。感謝する」
 その言葉と共に、仄かに腹の膨らんだ淑蘭が立ち、軽く膝を折る。すると場にいる全員が拱手きょうしゅこうべを垂れ、口を揃えて言う。
勿体もったいなき御言葉でございます。淑蘭様、おめでとうございます」
「うむ」
 と言って文生は、鷹揚おうように頷く。瞳を揺らがせながら。
「そして今日は其方そちらに、伝えたき儀がある」
 一瞬。文生はまぶたを固く閉じ、そして意を決した顔で言葉を発する。
「これまで、二人は共に後宮入りした故、きさきの座は定めてこなかった。だが此度……淑蘭を后に据えると決めた」
 途端、会場は色めき立つ。それを片手で制しつつ、文生は続ける。
「現状、戦において我が国は優勢に立っている。だが、どう転ぶか定かでないのが戦というものだ。故に万が一のことを考え、淑蘭の子を第一位継承者として待遇することに決めた」
〝無論、おのこであれば、の話だが〟と文生は間に挟む。
「今後、〝美琳が懐妊する〟か〝淑蘭の子が女子おなごである〟場合は、淑蘭の処遇は変わる。だが今後しばらくは、そのことを念頭に置いて動くように」
「ははッ!」
 文生の沙汰に、官吏たちは深く頭を下げるのであった。

 再び雅楽の美しい音色が歌い出す頃。
 庭園の隅で仁顺レンシュンが一人佇んでいた。そこに一人の男が近付く。
「上手く事が運んで良かったな? 仁顺丞相じょうしょう
 その声に仁顺が振り返る。と、小太りで、けれど頬が異常にけている男が立っていた。
「……何故なにゆえここにおるのですかな? 子佑公」
「はッ! それは嫌味か? 仁顺よ。いや、もう仁顺と呼ばねばならなかったな?」
 そう言うと男は、石で作られた縁台えんだいにどっかと座る。言葉とは裏腹に尊大なその態度に対して、仁顺はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる。
「子佑様はお変わりありませぬか?」
「お主は相も変わらず皮肉・・が上手いな。私のどこを見てそれが言えるのだ」
「ただ儂は心配を申し上げているのみでございますよ」
「フン。口では幾らでも言えるからな」
 子佑が苦虫を噛み潰したような顔で言った言葉を、仁顺は無言の微笑みで一蹴いっしゅうする。
「それで、本日はどのようなご用向きですかな? まさか、この会に呼ばれたわけではありますまい?」
 刹那、仁顺の白い眉毛の下から鋭い光が走る。子佑も負けじと鼻で笑って吹き飛ばす。
「そのまさか・・・だ。だがまあ……お主の予想と違って、私はただの〝伝令兵〟として伝言を頼まれただけよ」
「ほう。伝言とな」
 仁顺の片眉が上がる。
「ああ。前線からの報告だ」
 にやり、と子佑は口角を吊り上げる。
「〝至急、応援求む〟だ、そうだ」






 *てい東屋あずまや
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