第3トンネル

にゃあ

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しぬのはくるしいよ

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 また蹴られる。
 まるで、早く進めと催促しているようだ。
 
 地面の泥埃を吸い込み酷く咳き込む。
 頭が、咳き込む度に死にそうに痛む。胸にも激痛が走る。
 それでも、背中を蹴って先へ這い進めと促される。
 
 目の中に頭から垂れてきた血が入り、目の前が真っ赤に染まる。
 ふっと気が遠くなり動きを止めると、その度に背中を蹴られる。
 いつの間にか、辺りにトンネルの壁はなくなり外に出ていた。
 
 俺は必死に這い進み、道の脇に来ると生い茂っている木を掴んだ。
 激痛が走る身体を持ち上げ、斜面を這い昇る。
 道もない山中を瀕死の身体で昇っていく。
 
 また、背中が蹴られた。
 
 息も絶え絶えに、何度も気絶しそうになりながらその場に辿り着くと座り込んだ。
 今度は背中をぐぐっと押される。
 小さな足の指の輪郭までもが、感触ではっきりとわかる。

「……やめてくれ」

 小さな足はなおも力を掛けてくる。
 俺は、目の前に盛り上がった柔らかい土を手に取り、掘り始めた。
 腕も掌も千切れそうに痛みが走る。
 
 だが、後ろにいるそれは、俺が休むことを許さない。
 俺は必死に土を掴み、後ろに放り投げる。
 
 老婆の霊だって? 
 不倫のあげくに首を絞められ、無理心中させられた妻だって? 
 バイクで事故死した女子高生だって?
 手首を切って自殺した女子中学生だって?

 舞い散る砂埃を吸い込み再び咳き込もうとも構わず、俺は一心不乱に土を掻き分ける。
 俺が掘り進んだ穴は、どんどん深くなっていった。
 
 違う。
 違う。
 違う。

 目の前に、穴が広がっている。

 そして、その底にはボロボロの衣服に包まれた、小さな白骨死体があった。
 
 8年前。

 このトンネルに来る途中で、不意に道路に飛び出してきた少女がいた。
 ブレーキを踏んだが間に合わず、俺は少女をはねてしまった。
 もう息をしていない少女を前にして、俺は気が動転していた。
 目撃者がいなかったことを幸いに、少女を連れ去りここに埋めたのだ。
 
 ぬっと、目の前に白い少女の顔が現れいびつに唇を開いた。
 
 
 し、ぬ、の、は、く、る、し、い、よ。

 
 どんっ、と背中が強く蹴られた。
 俺は何も抵抗できずに、前のめりに倒れ込む。
 土の中に顔がめり込んだ。

 その瞬間、俺は真っ暗な深淵へと落ちて行った。

 


 【××新聞T県版】
 ×月×日、T県K市の県道45号線、第3トンネルで単独事故があり若い男性の死亡が確認された。
 男性は、トンネル内で事故を起こした後、重傷を負いながらも事故現場から500メートル離れた山中まで移動し、そこで死亡していた。
 男性が倒れていた場所には、白骨化した子どもの死体があり、男性との関連性が調べられている。


 【了】
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