第3トンネル

にゃあ

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コンビニ

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 しばらく走ると、ようやくアクセルを緩める事が出来た。
 背中にはネットリと汗をかき心臓は早鐘を打ったように鳴っている。
 俺は気持ちを落ち着けようと、啣えていた煙草を灰皿で揉み消し新しい煙草に火を点けた。

 本当なのだろうか。
 若者の口振りからして冗談とも思えない。
 いや、若者だけの話だったら疑うことも出来るだろうが、あの親爺まであんな凝った芝居をするだろうか?
 第一、店にきた客を脅かしてなんかのメリットがあるのだろうか?
 店の信用問題にも繋がる。
 それとも馬鹿な噂を真に受けた客に対して、懲らしめの為にあの二人が仕組んだ事なのか。
 今の時点では確かめる術はない。

 まだ心霊スポットに行ってもいないのに、ハンドルを持つ手が少し震えていた。
 山の方に近づいているのか道は少し上り坂になってきたようだ。
 もう回りには田圃は無く、樹木が道に覆いかぶさるように茂っている。
 道は真っ暗で小さな車のライトだけではいかにも頼りなげだ。
 対向車にもまったく遇わない。

 俺は再び煙草の箱を手に取った。中を探ってみるが、カラだった。
 暫く走るとコンビニの灯りらしきものが見えてきた。
 そこだけ真昼であるかのように、店の回りは蛍光灯の光で照らしだされている。車の速度を緩めると建物の前の駐車場に入れた。

 中に入ると全国共通の店内の明るさが有り難かった。
 見たところ客は一人もいないようだ。
 清涼飲料水の冷蔵庫の前に立つとコーヒーの缶に手を伸ばした。ガラスの扉を閉めると、バタン、と思いのほか大きな音がしたので、思わず辺りを見回した。
 レジで煙草も一緒に買った。
 陰気な顔をした店員は無言でビニール袋に品物を入れようとしたが、必要ないとそのまま受け取った。
 店を出るとすぐに煙草の封を切り、火を付けた。

 車に乗り込むと缶コーヒーを開けた。
 室内灯を点け地図を見る。
 そろそろ、県道から分かれる道がある筈だ。
 それが若者も言っていた旧県道でそこから先は何本かに道は分かれているが、道なりに行けば目的のトンネルに着くはずである。
 時計を見ると、もう十時になろうかというところだった。
 道に迷わず、順調にいけば後三十分もしないでいけるだろう。
 時間はまだたっぷりとある。しかしどうせなら、十二時を過ぎてからそこの場所に行きたい。

 まだ先程の余韻が残っていた。
 汗はかいているのだが妙に冷たい汗だ。
 落ち着くまで少しここで時間をつぶしていってもいい。でないと、冷静な判断が出来ない。
 今では揺れる枯れた枝を見ただけで幽霊に見えてしまいそうだ。

 缶コーヒーをチビチビと飲んでいると、金属的なけたたましい音が遠くから聞こえてきた。
 音の方に顔を向けると、いくつかのヘッドライトが猛スピードでこっちに向かってくる。
 重いエンジン音が辺りに響いた。
 二台の車がコンビニの前で急ブレーキを掛けると、強引に駐車場に突っ込んできた。
 乱暴に車を止めると何度かカラ吹かししてからエンジンを止める。
 車から出てきたのは、一目でそれと分かるヤンキーの兄ちゃん達である。

 厄介な奴らが来た、と思いながらも見守っていると、彼らは俺の車には一瞥もくれず店の中に入っていった。
 折角のムードがぶち壊しになるので、まだ早いが出発しようと、もう一回地図を見る。
 よしっ、小声で呟くとエンジンを掛けるためキーに手を伸ばした。

 不意に窓ガラスが叩かれた。
 まだ店に入っていかなかったのか、茶髪の若者が笑顔で俺の窓ガラスを叩いている。
 どうやら話があるらしい。
 相手が相手だけに警戒はしたが、別に喧嘩を吹っ掛けてきている訳でも無さそうだ。
 俺は窓ガラスを下ろした。

「今晩は。練馬ナンバーですね。東京から来たんすか?」

 若者は外見に似合わず思いのほか丁寧に話しかけてきた。


「ああ、そうだけど」

「どこ行くんすか?」

「……どこって」

「ああ、分かった。あんた、あのトンネルに行くんでしょ」

「え? なんでだ?」

「カンすよ、勘。そんな気がしたんですよね。もちろん、幽霊を見に行くんでしょ」

「………」

「あそこは、本当に出ますよお。おれなんか何回も見ていますよ」

「本当か?」

「本当ですよ。事故死した女子高校生の霊」

「え? 殺されたラーメン屋の奥さんの霊じゃないのか?」

「へ? ラーメン屋? 違いますよお。バイクで事故った女の子の霊ですよ」

「でも俺が聞いたのは、不倫相手に殺された女性の霊だって」

「違いますって。何なら、当人に聞いてみましょうか? ほら、もうすぐ出てくるから」

 茶髪は店内に入って行った何人かの若者達を指差して言った。

「当人って、どういうことだ?」

「その女の子は、あいつのバイクのケツに乗っていて事故って死んじまったんですよ」

「え?」

 店から出てきた若者達を茶髪は手招きした。
 そのうちの一人に何やら話をしている。

「ほら、こいつがその幽霊を作り出した張本人です」

 茶髪は、頭を短く刈って耳にピアスをぶら下げた若者の頭を掴むと、無理矢理に俺の前に差し出した。

「どうもー」

 ピアスの若者は戯けた調子で、俺にウインクした。

 俺も少し気が和み、手を振りながら言った。

「大人をからかうもんじゃあないよ」

「いや、本当ですって。なあ」

 茶髪は後ろにいる仲間達に向かって真顔で同調を求めた。
 他の若者達は微かに頷いたような気がした。

「こいつなんか自分で蒔いた種だってえのに、絶対にあそこの場所に近づかないんですよ。この前なんかみんなで盛り上がって車で行こうって事になったのに、こいつ、行かないって本気で怒り始めちゃって」

「まさか」

「あれ、まだ信じないんですか? それじゃあ、見せてやれよ。あのときの傷」

 茶髪はピアスのTシャツの袖を無理やり捲ると、肩を剥き出させて俺の目の前につきつけた。
 そこには、二十センチもあろうかというムカデのような無残な傷痕が、鎖骨の辺りから肘に向かって走っていた。

「ほら、これがその時の傷っすよ」
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