第3トンネル

にゃあ

文字の大きさ
上 下
1 / 14

物好きな男

しおりを挟む
 夕方の首都高湾岸線は事故でもあったのか随分と混んでいた。

 俺は前に続く車の列にウンザリとしながら、ギアをファーストに入れ前車との車間距離を詰めた。
 八年前に中古で買った愛車のセダンは、ギアがマニュアルなので渋滞の時はいっそうイライラがつのる。おまけにこんな蒸し暑い日にはどうしてもエアコンを強くしなければならないので、もうガタがきているエンジンは時折その回転を止めそうになる。そろそろこの車も限界か。この次の車検には新しい車の購入も考えなくてはならないだろう。

 まだ目的地までの距離は相当ある。
 俺は助手席に投げ出してあった道路地図を手に取ると、また改めて道順を確認した。ナビなど、もちろん付いていない。

 そろそろ辺りは薄暗くなってきている。
 周りの車がスモールランプを灯し始めた。
 高速道の下に広がる、排気ガスに汚れた大小様々なビル群も暗い影に包まれていく。視線を上に向けると、色あせた夏の空と夕焼けの赤い色の境界が遠くに見えた。

 ルームミラーの繋ぎ目が馬鹿になっているらしく、さっきからちょっとしたはずみで斜めに傾く。
 俺は手を伸ばすとそれを真っ直ぐに直す。後方に相変わらず続く車の列が、ミラーに映った。
 徐々に辺りが暗くなるにつれて、何故か物寂しげな気分に襲われ心細くなってくる。
 このまま途中の出口で降り、引き返そうかという考えがふと頭を過った。
 そんな所にわざわざ行って、確かめてどうしようというのだ。

 もうどれくらいだろう。十八歳で車の免許を取って以来、かれこれ十年以上は続けていることになる。
 初めは、よくあるように酒の席で友達同士で盛り上がり、その勢いを駆って心霊スポットと呼ばれる場所に肝試しに行った事がきっかけだった。

 元々、俺は幼い頃から怪談話が好きだった。親戚の兄ちゃんに怪談話をよく聞かされたことが影響しているだろう。
 修学旅行などで誰かが怖い話を始めようものなら、真っ先に一番前の席に陣取って息を潜めて聞き入ったものだ。
 話し手のヒソヒソと囁くような声を聞くうち、背筋にゾオッと鳥肌が立ち、後ろに何かの気配を感じ、思わず振り返り恐怖に打ち震えながらもそれに浸る瞬間……。
 もちろん、他に楽しみはいろいろあったのだが、何故か、俺はあの恐怖という恍惚の瞬間を追い求めるようになった。

 その手の怪談本も小遣いの許す限り本屋で見つけるとすぐに買い求めた。
 今読み返してみればその内容は稚拙なものが多いのだが、地方の旅館や道路での怪異譚には知らない土地への興味もあってか、かなりワクワクさせられたものである。

 そして車を乗り回すようになると、何らかの心霊現象に遭遇しないかと実際にその手の心霊スポットに出かけるようになった。
 有名な逗子のトンネルやら、鎌倉のお化け屋敷やらを何人かの友達と巡った。
 しかし期待に反して何も起こらない。
 友達たちはさっきまで恐怖に戦いていた癖に、何も起こらないとみるや悪態をつきながら幽霊や亡霊の存在を否定し、帰路は疲れた眠い、を連発し、なんて無駄な時間を過ごしてしまったのだろうとでも言いたげな顔を俺に向ける。
 酒が飲めず、常に言い出しっぺの俺としては、ただ彼らの視線を無視し運転に専念するだけである。

 俺はそれからもそんなことにはめげずに心霊スポットに出かけた。初めの頃はまだ物好きな友人もいて一緒に付き合ってくれたものだが、彼らも興味の対象が他に移っていくので、そのうち俺の誘いにも乗らなくなっていった。

 我ながら物好きだとは思うが、ネットや雑誌で仕入れた情報を頼りに、時には泊まりがけで行くこともある。幽霊が出没する踏切、道路、そして旅館。そんなことがもう十年以上も続いているのである。
 それだけ心霊スポットに出かけていれば随分と不思議な現象に遭遇しただろうと思われるだろうが、実の所、殆ど幽霊や亡霊などを目撃したことは皆無だ。
 旅館で金縛りのようなものを経験したことは何度かあるし、深夜の国道で白い影を見たこともあるが、そんなものはただの疲れや錯覚のたぐいだと言われればそれまでである。
 ハッキリと覚醒している状態で、なおかつ見間違いや錯覚では決して無いと断言できるものでないと納得はできない。
 自分でも判断の基準は厳しくしているつもりだ。
 まあ、おまえには霊能力が無いからだ、と言われればそれまでであるが。
しおりを挟む

処理中です...