懐かしい空を見る望遠鏡

にゃあ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

懐かしい味が味わえる箸

しおりを挟む
 その後、amizonのサイトで暇さえあれば探してみたが、やっぱり見つからなかった。

 そうすると、あの望遠鏡で現実を忘れていた頃はなりを潜めていた不満が、またムクムクと頭をもたげてくる。
 大事な望遠鏡を捨てられたという不満に加えて、夕食だけじゃ無く、日常の真結の一挙手一投足が気に入らなくなってくる。

 その日は、ディレクターに提出したコピーのダメ出しを20回以上も食らって、本当にムシャクシャしていた。
 だからちょっとした真結の言葉尻を捉えて、変に突っかかってしまった。

「君はコピーライター志望だろう? 何だよそれ。普段から意識高くしてなきゃダメだろう?」

「……普通の会話に、意識高い系を求められても困るんだけど。っていうか、裕くんだって、言い間違い位あるでしょう? それに、まだお国訛りが抜けない時があるよね?」

「……ふざけるな!」

 真結の辛辣な物言いに、これ以上言い争いを続けると手が出てしまいそうなので、部屋から飛び出した。

 頭を冷やそうと、辺りを歩き回る。
 暫く歩くと、小さな川沿いに遊歩道があり、桜並木沿いにポツンと置かれたベンチに腰掛けた。
 冷え切ったベンチは飛び上がるほど冷たかった。

 この桜並木は春になると、ネットのサクラ名所百選に選ばれるほどで、我々近隣の者からすれば人が集まりすぎるのも困ったものだが、夜半人々が寝静まった頃にライトアップされた桜を見るのが僕も真結も好きだった。

 桜と言えば……例の望遠鏡はもう出品されないのだろうか。
 僕は、もう半ば習慣化したとも言える、スマホでamizonのサイトを探る。

「お!?」

 思わず声が出てしまう。
 お勧めコーナーに見覚えのある出品者の名前がある。

【なつかし本舗】

 そこには何の変哲も無い一組の箸の画像が表示されている。

【懐かしい味が味わえる箸】

 値段はやはり500円だった。
 下にスクロールすると、やはり1000以上のレビュー。

 全て最高評価。
 星五つ。

「買いだろう! もちろん」



 ★★★★★


 数日後、夕食に届いたばかりのその箸を使ってみた。 
 この前、真結とあんなことがあったのに、僕は新しいアイテムを買えたことで気持ちが高揚していた。
 今晩の夕食も買ってきたお惣菜のようだが、試すのにちょうど良い。

 真結は僕が箸を変えるというと、訝しげな表情で言った。 

「何? それ? 新しい箸を買ったの? でも、それにしては随分と使い古したような感じね」 

「いいんだ、これで」 

 僕は構わずその箸で茶碗の御飯を頬張った。 

 え? 

 僕は真結と茶碗を見比べた。 

「お米変えたのか?」 

「……? いつも通りよ。今日はインスタントじゃなくてちゃんと炊いたんだけどね」 

 僕は真結の答えを最後まで聞かずに、夢中で御飯を口の中にかき入れた。 

 うまいのだ。

 まるで、昔ながらのお釜で御飯を炊いたように、甘く弾力のある米は口の中にふんわりと広がっていく。

 僕は目の前の皿のお総菜にも手を伸ばした。
 ただのスーパーのお総菜だと思っていた肉じゃがが、最近の濃い味付けじゃなく上品に抑えた、だしと素材本来のうま味を引き出したこれも最高の味である。 

「うまい、うまい」

 僕は思わず口走りながら、ムシャムシャとおかずと御飯を平らげていった。 
 真結は驚いたような表情で僕の有様を見ている。 

 そう、これは昔食べていた味。
 もう今は亡くなってしまったお袋の味付けだ。

 やっぱりこの箸を使えば、ただのスーパーのお総菜やインスタント食品、冷凍食品が、懐かしい美味しい味になるのだ。
 文字通り、【懐かしい味が味わえる箸】だった。  

「……ねえ、どうしちゃったの? それって、いつも通りの、裕くんが嫌いなインスタントなのに。それとも新たな嫌みなの?」  

「旨いんだよ。これ。インスタントでも懐かしい味がして凄く旨い」 

 ポカンと僕を見つめる真結を尻目に、御飯を自分で盛ってくるとまた夢中で食べた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とわ骨董店

藤和
ライト文芸
とある骨董店と、そこに訪れる人々の話。 日常物の短編連作です。長編の箸休めにどうぞ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

地獄三番街

arche
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...