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懐かしい味が味わえる箸
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その後、amizonのサイトで暇さえあれば探してみたが、やっぱり見つからなかった。
そうすると、あの望遠鏡で現実を忘れていた頃はなりを潜めていた不満が、またムクムクと頭をもたげてくる。
大事な望遠鏡を捨てられたという不満に加えて、夕食だけじゃ無く、日常の真結の一挙手一投足が気に入らなくなってくる。
その日は、ディレクターに提出したコピーのダメ出しを20回以上も食らって、本当にムシャクシャしていた。
だからちょっとした真結の言葉尻を捉えて、変に突っかかってしまった。
「君はコピーライター志望だろう? 何だよそれ。普段から意識高くしてなきゃダメだろう?」
「……普通の会話に、意識高い系を求められても困るんだけど。っていうか、裕くんだって、言い間違い位あるでしょう? それに、まだお国訛りが抜けない時があるよね?」
「……ふざけるな!」
真結の辛辣な物言いに、これ以上言い争いを続けると手が出てしまいそうなので、部屋から飛び出した。
頭を冷やそうと、辺りを歩き回る。
暫く歩くと、小さな川沿いに遊歩道があり、桜並木沿いにポツンと置かれたベンチに腰掛けた。
冷え切ったベンチは飛び上がるほど冷たかった。
この桜並木は春になると、ネットのサクラ名所百選に選ばれるほどで、我々近隣の者からすれば人が集まりすぎるのも困ったものだが、夜半人々が寝静まった頃にライトアップされた桜を見るのが僕も真結も好きだった。
桜と言えば……例の望遠鏡はもう出品されないのだろうか。
僕は、もう半ば習慣化したとも言える、スマホでamizonのサイトを探る。
「お!?」
思わず声が出てしまう。
お勧めコーナーに見覚えのある出品者の名前がある。
【なつかし本舗】
そこには何の変哲も無い一組の箸の画像が表示されている。
【懐かしい味が味わえる箸】
値段はやはり500円だった。
下にスクロールすると、やはり1000以上のレビュー。
全て最高評価。
星五つ。
「買いだろう! もちろん」
★★★★★
数日後、夕食に届いたばかりのその箸を使ってみた。
この前、真結とあんなことがあったのに、僕は新しいアイテムを買えたことで気持ちが高揚していた。
今晩の夕食も買ってきたお惣菜のようだが、試すのにちょうど良い。
真結は僕が箸を変えるというと、訝しげな表情で言った。
「何? それ? 新しい箸を買ったの? でも、それにしては随分と使い古したような感じね」
「いいんだ、これで」
僕は構わずその箸で茶碗の御飯を頬張った。
え?
僕は真結と茶碗を見比べた。
「お米変えたのか?」
「……? いつも通りよ。今日はインスタントじゃなくてちゃんと炊いたんだけどね」
僕は真結の答えを最後まで聞かずに、夢中で御飯を口の中にかき入れた。
うまいのだ。
まるで、昔ながらのお釜で御飯を炊いたように、甘く弾力のある米は口の中にふんわりと広がっていく。
僕は目の前の皿のお総菜にも手を伸ばした。
ただのスーパーのお総菜だと思っていた肉じゃがが、最近の濃い味付けじゃなく上品に抑えた、だしと素材本来のうま味を引き出したこれも最高の味である。
「うまい、うまい」
僕は思わず口走りながら、ムシャムシャとおかずと御飯を平らげていった。
真結は驚いたような表情で僕の有様を見ている。
そう、これは昔食べていた味。
もう今は亡くなってしまったお袋の味付けだ。
やっぱりこの箸を使えば、ただのスーパーのお総菜やインスタント食品、冷凍食品が、懐かしい美味しい味になるのだ。
文字通り、【懐かしい味が味わえる箸】だった。
「……ねえ、どうしちゃったの? それって、いつも通りの、裕くんが嫌いなインスタントなのに。それとも新たな嫌みなの?」
「旨いんだよ。これ。インスタントでも懐かしい味がして凄く旨い」
ポカンと僕を見つめる真結を尻目に、御飯を自分で盛ってくるとまた夢中で食べた。
そうすると、あの望遠鏡で現実を忘れていた頃はなりを潜めていた不満が、またムクムクと頭をもたげてくる。
大事な望遠鏡を捨てられたという不満に加えて、夕食だけじゃ無く、日常の真結の一挙手一投足が気に入らなくなってくる。
その日は、ディレクターに提出したコピーのダメ出しを20回以上も食らって、本当にムシャクシャしていた。
だからちょっとした真結の言葉尻を捉えて、変に突っかかってしまった。
「君はコピーライター志望だろう? 何だよそれ。普段から意識高くしてなきゃダメだろう?」
「……普通の会話に、意識高い系を求められても困るんだけど。っていうか、裕くんだって、言い間違い位あるでしょう? それに、まだお国訛りが抜けない時があるよね?」
「……ふざけるな!」
真結の辛辣な物言いに、これ以上言い争いを続けると手が出てしまいそうなので、部屋から飛び出した。
頭を冷やそうと、辺りを歩き回る。
暫く歩くと、小さな川沿いに遊歩道があり、桜並木沿いにポツンと置かれたベンチに腰掛けた。
冷え切ったベンチは飛び上がるほど冷たかった。
この桜並木は春になると、ネットのサクラ名所百選に選ばれるほどで、我々近隣の者からすれば人が集まりすぎるのも困ったものだが、夜半人々が寝静まった頃にライトアップされた桜を見るのが僕も真結も好きだった。
桜と言えば……例の望遠鏡はもう出品されないのだろうか。
僕は、もう半ば習慣化したとも言える、スマホでamizonのサイトを探る。
「お!?」
思わず声が出てしまう。
お勧めコーナーに見覚えのある出品者の名前がある。
【なつかし本舗】
そこには何の変哲も無い一組の箸の画像が表示されている。
【懐かしい味が味わえる箸】
値段はやはり500円だった。
下にスクロールすると、やはり1000以上のレビュー。
全て最高評価。
星五つ。
「買いだろう! もちろん」
★★★★★
数日後、夕食に届いたばかりのその箸を使ってみた。
この前、真結とあんなことがあったのに、僕は新しいアイテムを買えたことで気持ちが高揚していた。
今晩の夕食も買ってきたお惣菜のようだが、試すのにちょうど良い。
真結は僕が箸を変えるというと、訝しげな表情で言った。
「何? それ? 新しい箸を買ったの? でも、それにしては随分と使い古したような感じね」
「いいんだ、これで」
僕は構わずその箸で茶碗の御飯を頬張った。
え?
僕は真結と茶碗を見比べた。
「お米変えたのか?」
「……? いつも通りよ。今日はインスタントじゃなくてちゃんと炊いたんだけどね」
僕は真結の答えを最後まで聞かずに、夢中で御飯を口の中にかき入れた。
うまいのだ。
まるで、昔ながらのお釜で御飯を炊いたように、甘く弾力のある米は口の中にふんわりと広がっていく。
僕は目の前の皿のお総菜にも手を伸ばした。
ただのスーパーのお総菜だと思っていた肉じゃがが、最近の濃い味付けじゃなく上品に抑えた、だしと素材本来のうま味を引き出したこれも最高の味である。
「うまい、うまい」
僕は思わず口走りながら、ムシャムシャとおかずと御飯を平らげていった。
真結は驚いたような表情で僕の有様を見ている。
そう、これは昔食べていた味。
もう今は亡くなってしまったお袋の味付けだ。
やっぱりこの箸を使えば、ただのスーパーのお総菜やインスタント食品、冷凍食品が、懐かしい美味しい味になるのだ。
文字通り、【懐かしい味が味わえる箸】だった。
「……ねえ、どうしちゃったの? それって、いつも通りの、裕くんが嫌いなインスタントなのに。それとも新たな嫌みなの?」
「旨いんだよ。これ。インスタントでも懐かしい味がして凄く旨い」
ポカンと僕を見つめる真結を尻目に、御飯を自分で盛ってくるとまた夢中で食べた。
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