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癒やされる日々
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目を開けると、真結が僕の体を揺すっていた。
「もう、早く起きてよ!会社に遅刻しちゃうよ!」
朝だった。
時計を見るともう家を出なくてはならない時間である。
僕は大急ぎで顔を洗い髪を整えて、服を着替えた。一応クリエイターの端くれなので無精ひげが生えていても、何も言われないのはこういう時助かる。
もちろん、真結はいつもカチッとしたスーツ姿だ。
真結が玄関を出る音が響く。
テーブルの上には、僕のために焼いたのかトーストが一枚皿に載っかっていた。
僕はそのままリュックを背負い家を出ようとして、ふと思いだした。急いでリビングに戻ると昨日着ていた上着のポケットを探った。そこに望遠鏡はあった。
よかった。
夢なんかじゃなかったんだ。
僕はそれをジャケットの内ポケットに入れると家を出た。
相変わらず会社では忙しかったが、お昼を早々と済ませると、屋上に上ってみた。
社屋で隠れて試してみたが、部屋の中では望遠鏡は真っ暗で何も見えなかった。やはり、外に出ないとダメなのかも知れない。
無人の狭い屋上の端に行くと、望遠鏡を取りだした。
僕はそれを空に向けて覗き込んだ。都心にある僕の会社は、そこから空を見たって高層ビルに阻まれた気が滅入るようなものしか見えないはずだ。
でも、やはり夕べ見たように、そこにはビルなんてものに邪魔されない、突き抜けるような青空と懐かしい風景が広がっていた。
この小さな望遠鏡のメカニズムはどうなっているのだろうと、真剣に考えてもみた。
自分の生まれ故郷を何かに登録したことなんか無い。
では、所有者の脳波や記憶を読み取って? その人固有の懐かしい空や風景を映し出すのだろうか。
そんな技術が開発されていたら、それこそセンセーショナルなニュースにでもなっているはずだ。
だいたい、複雑な回路が内部に入っているとも思えない。手に取ってみても重量はさほど無いし。
まあ、いいや。
細かいことは抜きにして、あのレビューにあったように楽しめば良いんだ。
僕はまた、日常のやっかいごとを忘れて憧憬に浸っていった。
★★★★★
それから僕はことあるごとにこの望遠鏡を覗き込み、懐かしさに浸った。
真結との間は相変わらずだし、仕事のストレスはMAXだったが、望遠鏡を覗き込んでいるときだけはそんなことが忘れていられた。
なぜか他の人にこの望遠鏡のことを言うのは憚れて、会社の人はおろか真結にもこのことは話していない。
あれからamizonで同じ商品を探してみたが、なぜか僕の購入履歴から消されていたし、商品も見つからなかった。
そんなある日、自宅マンションのテーブルにそれを置き忘れて会社に行ってしまった。
望遠鏡が気になって仕事も手に付かないほどで、仕事もそこそこに慌てて自宅に帰った。
テーブルに例の望遠鏡は無かった。
辺りを探してみても見つからない。
真結の帰宅を待って、すぐに聞いた。
「なあ、このテーブルに置いてあった小さな望遠鏡知らないか?」
「望遠鏡? ……さあ、知らないわ」
「いや、確かにこの上に望遠鏡を置いておいたはずだけど」
「……ああ、あの黒い紙の筒のこと? ラップの芯か何かのような。今朝のゴミで出しちゃったわよ」
「……! なんで! 紙の筒なんかじゃない。望遠鏡だっただろう!」
「……何言ってるの? ただの薄いボール紙の筒だったよ?」
「…………」
あれが真結には、ただの紙の筒に見えたのだろうか。
手に取れば、それなりの重量があったはずだ。
しかし、あのアイテムに関して言えば、不可思議なことばかりなので、それ以上真結を追求するのはやめておいた。
自分でもあの望遠鏡で見たことが、現実だったのかどうか自信がないのだ。
「もう、早く起きてよ!会社に遅刻しちゃうよ!」
朝だった。
時計を見るともう家を出なくてはならない時間である。
僕は大急ぎで顔を洗い髪を整えて、服を着替えた。一応クリエイターの端くれなので無精ひげが生えていても、何も言われないのはこういう時助かる。
もちろん、真結はいつもカチッとしたスーツ姿だ。
真結が玄関を出る音が響く。
テーブルの上には、僕のために焼いたのかトーストが一枚皿に載っかっていた。
僕はそのままリュックを背負い家を出ようとして、ふと思いだした。急いでリビングに戻ると昨日着ていた上着のポケットを探った。そこに望遠鏡はあった。
よかった。
夢なんかじゃなかったんだ。
僕はそれをジャケットの内ポケットに入れると家を出た。
相変わらず会社では忙しかったが、お昼を早々と済ませると、屋上に上ってみた。
社屋で隠れて試してみたが、部屋の中では望遠鏡は真っ暗で何も見えなかった。やはり、外に出ないとダメなのかも知れない。
無人の狭い屋上の端に行くと、望遠鏡を取りだした。
僕はそれを空に向けて覗き込んだ。都心にある僕の会社は、そこから空を見たって高層ビルに阻まれた気が滅入るようなものしか見えないはずだ。
でも、やはり夕べ見たように、そこにはビルなんてものに邪魔されない、突き抜けるような青空と懐かしい風景が広がっていた。
この小さな望遠鏡のメカニズムはどうなっているのだろうと、真剣に考えてもみた。
自分の生まれ故郷を何かに登録したことなんか無い。
では、所有者の脳波や記憶を読み取って? その人固有の懐かしい空や風景を映し出すのだろうか。
そんな技術が開発されていたら、それこそセンセーショナルなニュースにでもなっているはずだ。
だいたい、複雑な回路が内部に入っているとも思えない。手に取ってみても重量はさほど無いし。
まあ、いいや。
細かいことは抜きにして、あのレビューにあったように楽しめば良いんだ。
僕はまた、日常のやっかいごとを忘れて憧憬に浸っていった。
★★★★★
それから僕はことあるごとにこの望遠鏡を覗き込み、懐かしさに浸った。
真結との間は相変わらずだし、仕事のストレスはMAXだったが、望遠鏡を覗き込んでいるときだけはそんなことが忘れていられた。
なぜか他の人にこの望遠鏡のことを言うのは憚れて、会社の人はおろか真結にもこのことは話していない。
あれからamizonで同じ商品を探してみたが、なぜか僕の購入履歴から消されていたし、商品も見つからなかった。
そんなある日、自宅マンションのテーブルにそれを置き忘れて会社に行ってしまった。
望遠鏡が気になって仕事も手に付かないほどで、仕事もそこそこに慌てて自宅に帰った。
テーブルに例の望遠鏡は無かった。
辺りを探してみても見つからない。
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「望遠鏡? ……さあ、知らないわ」
「いや、確かにこの上に望遠鏡を置いておいたはずだけど」
「……ああ、あの黒い紙の筒のこと? ラップの芯か何かのような。今朝のゴミで出しちゃったわよ」
「……! なんで! 紙の筒なんかじゃない。望遠鏡だっただろう!」
「……何言ってるの? ただの薄いボール紙の筒だったよ?」
「…………」
あれが真結には、ただの紙の筒に見えたのだろうか。
手に取れば、それなりの重量があったはずだ。
しかし、あのアイテムに関して言えば、不可思議なことばかりなので、それ以上真結を追求するのはやめておいた。
自分でもあの望遠鏡で見たことが、現実だったのかどうか自信がないのだ。
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