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懐かしい空を見る望遠鏡
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仕事は、毎日当然のごとく忙しい。
今日も下っ端の僕は、コマネズミのようにあちこち走り回って雑用を片付け、必死に書いたコピーはクソミソに言われ、ボロクズのように疲れ果てて深夜帰ってきた。
まだ夕飯を食べていない。
今日は、真結が夕飯を作ってくれる日ではないので、駅前のコンビニで弁当を買った。
そういえば、メールでこの前買った変なアイテムがコンビニに届いたと連絡が来ていたので、ついでにそれも受け取る。
マンションに戻ると真結はもう寝ているようだった。
ひとり味気ない夕飯を済ますと、ふと思い出し、ポケットに手を突っ込んだ。
さっき、コンビニで受け取ってきた例の商品だ。簡単な包装を解くと、鈍く黒光りする望遠鏡らしき物がテーブルに転がった。
ポケットに入るほどだから、望遠鏡にしてはごく小さい。長さは10センチ位、直径5センチくらいの、一応金属製みたいだが、まあお粗末な代物だ。
その場で覗いてみるが、暗くて何も見えない。やっぱりサクラレビューのインチキ商品だ。
……はあ。こんなもんか。
僕は、起こさないようにと、真結が寝ている寝室の隣の部屋からベランダに出た。
このマンションは十階建てで僕たちの部屋は最上階にある。
すぐ近くに都心のビル群のネオンが瞬いている。下では様々な騒音が響き、町の灯りが色とりどりに輝いていた。
雲が濃いのか星は見えない。
手の平に載せた黒い小さな望遠鏡が一瞬鈍い光を放ったような気がした。
町のネオンか車のヘッドライトに照らされたのかもしれない。
僕は、ビル群に向けながら再びそれを覗き込んでみた。
「え?」
初めそれがなんだかわからなかった。
今は夜なのに色鮮やかな青い空が見えたのだ。
僕は、望遠鏡から目をはずすと改めてそれを目の前に翳したりして観察してみた。特に凝った仕掛けがしてあるとは思えない。
しかし、なぜあんなに明るい空が見えるのだろう?
僕はもう一回、望遠鏡を覗き込んだ。
さっきと同じように色鮮やかな青空が見えた。白い綿雲がぽっかりと浮かんでいる。何かスカッと突き抜けるような青空である。
僕は思わず望遠鏡を下に向けてみた。
そこには低い屋根の小さな家並みが山の麓に点在している。
ありえないだろ。
僕は、もっと近くを見てみようと望遠鏡を手前の方に向けてみた。
田んぼの中、真っ直ぐ伸びた農道に、農作業姿の腰の曲がった老婆らしき人の姿。あくびの出そうな、のんびりとした風景が広がっている。
老婆の側を、ランドセルを背負った小学生くらいの子どもたちが何人か走り抜けた。子どもたちはみなTシャツに短パンである……と、そこで気がついた。
今は真冬のはずなのに、子どもたちの格好は真夏の服装である。
農道の途中には小さな鎮守の森と、やたら大きなお屋敷。
田んぼには青々とした稲穂が風を受けて一斉に揺れている。
そして、その背後にある大きな山。
特徴のあるその形。
これは……。
間違いない。その山は、僕が生まれ育った田舎の山だった。
望遠鏡の方向を少しずらしてみる。
古い農家が点在する道に、小さなお寺がある。たしか、その横の道は、通っていた小学校に続く道だったはず。
果たして、記憶通りにお寺の横から延びる道の先に、小学校の正門とその奥に柵も無いだだっ広いグラウンドと小さな校舎が見えた。
そこには無性に懐かしい風景が広がっていた。
それは僕が少年時代を過ごした頃、いつも見ていた風景だった。
「……そうか、そういうことなのか」
僕は一人呟いた。
そう、これはその名の通り、本当に【懐かしい空を見る望遠鏡】なのだ。
僕はいつまでも夢中で望遠鏡を覗き続けた。
今日も下っ端の僕は、コマネズミのようにあちこち走り回って雑用を片付け、必死に書いたコピーはクソミソに言われ、ボロクズのように疲れ果てて深夜帰ってきた。
まだ夕飯を食べていない。
今日は、真結が夕飯を作ってくれる日ではないので、駅前のコンビニで弁当を買った。
そういえば、メールでこの前買った変なアイテムがコンビニに届いたと連絡が来ていたので、ついでにそれも受け取る。
マンションに戻ると真結はもう寝ているようだった。
ひとり味気ない夕飯を済ますと、ふと思い出し、ポケットに手を突っ込んだ。
さっき、コンビニで受け取ってきた例の商品だ。簡単な包装を解くと、鈍く黒光りする望遠鏡らしき物がテーブルに転がった。
ポケットに入るほどだから、望遠鏡にしてはごく小さい。長さは10センチ位、直径5センチくらいの、一応金属製みたいだが、まあお粗末な代物だ。
その場で覗いてみるが、暗くて何も見えない。やっぱりサクラレビューのインチキ商品だ。
……はあ。こんなもんか。
僕は、起こさないようにと、真結が寝ている寝室の隣の部屋からベランダに出た。
このマンションは十階建てで僕たちの部屋は最上階にある。
すぐ近くに都心のビル群のネオンが瞬いている。下では様々な騒音が響き、町の灯りが色とりどりに輝いていた。
雲が濃いのか星は見えない。
手の平に載せた黒い小さな望遠鏡が一瞬鈍い光を放ったような気がした。
町のネオンか車のヘッドライトに照らされたのかもしれない。
僕は、ビル群に向けながら再びそれを覗き込んでみた。
「え?」
初めそれがなんだかわからなかった。
今は夜なのに色鮮やかな青い空が見えたのだ。
僕は、望遠鏡から目をはずすと改めてそれを目の前に翳したりして観察してみた。特に凝った仕掛けがしてあるとは思えない。
しかし、なぜあんなに明るい空が見えるのだろう?
僕はもう一回、望遠鏡を覗き込んだ。
さっきと同じように色鮮やかな青空が見えた。白い綿雲がぽっかりと浮かんでいる。何かスカッと突き抜けるような青空である。
僕は思わず望遠鏡を下に向けてみた。
そこには低い屋根の小さな家並みが山の麓に点在している。
ありえないだろ。
僕は、もっと近くを見てみようと望遠鏡を手前の方に向けてみた。
田んぼの中、真っ直ぐ伸びた農道に、農作業姿の腰の曲がった老婆らしき人の姿。あくびの出そうな、のんびりとした風景が広がっている。
老婆の側を、ランドセルを背負った小学生くらいの子どもたちが何人か走り抜けた。子どもたちはみなTシャツに短パンである……と、そこで気がついた。
今は真冬のはずなのに、子どもたちの格好は真夏の服装である。
農道の途中には小さな鎮守の森と、やたら大きなお屋敷。
田んぼには青々とした稲穂が風を受けて一斉に揺れている。
そして、その背後にある大きな山。
特徴のあるその形。
これは……。
間違いない。その山は、僕が生まれ育った田舎の山だった。
望遠鏡の方向を少しずらしてみる。
古い農家が点在する道に、小さなお寺がある。たしか、その横の道は、通っていた小学校に続く道だったはず。
果たして、記憶通りにお寺の横から延びる道の先に、小学校の正門とその奥に柵も無いだだっ広いグラウンドと小さな校舎が見えた。
そこには無性に懐かしい風景が広がっていた。
それは僕が少年時代を過ごした頃、いつも見ていた風景だった。
「……そうか、そういうことなのか」
僕は一人呟いた。
そう、これはその名の通り、本当に【懐かしい空を見る望遠鏡】なのだ。
僕はいつまでも夢中で望遠鏡を覗き続けた。
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