黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第2章 三人の婚約者

その34 女騎士ユーリンの罪と罰

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 目の前で、女騎士ユーリン・ブレーナは、赤くなったり青くなったり、実に忙しく顔色を変えている。

『それにしても、直情径行型脳筋だと書いてあったけど、ここまでとはなぁ』

 いくら何でもいきなりの裸だ。さすがに驚いた。

 ここは、譜代の出入り商人が通される客間。ソファもデカイ。そこに半ば身体を崩したミズキとサクラがいたのは予定通り。

 だがドアを開けた瞬間、それを庇うようにしてユーリンが素っ裸で立ち塞がっていたのが見えたのだから。

 当然のことながら、オレが何かを言う前に、警護の騎士によってたかって、即座に押さえつけられたのは当たり前。裸の女性を、むくつけき男どもが五人がかりで押さえ込んでいる図は、なんだか危ない絵みたいだ。

 まあ、押さえる側も、相手が裸の女では、ためらいだってあったはず。でも「女の裸」くらいで油断するような訓練はされてない。暗殺を請け負う人間が「オンナ」を利用ハニトラするのは、決して珍しくもないのだから。

 とはいえ、暗殺者だと思うには、余りにショボイ。単純すぎである。

「顔を上げさせよ」
「ハッ」

 顔だけ上げることを許せと命じても、口の中に含み針の類いがないか、指を入れて確かめる念の入れようだ。もちろん、ホンのわずかでも魔法を使おうとしたら、瞬時に、首を切り落とす準備もしている。

 こういう場合、たとえオレ自身で防げると思っていても、それをやったら、警備の連中の顔を潰す。もしも、邸内で刺客に遭遇してヒヤリとさせられたとしたら、結果的にオレ自身の手で賊を捕らえ、傷を負わなかったとしても、連中は、そろって、首を差し出すに決まっているほどプライドがあるのだ。

『まあ、コイツの目的はわかっているから、警戒は必要ないんだけどね』

 とっくにスキル《情報》で、読み取っている。

 王国軍から派遣されて、離宮勤務となったユーリンは、つい最近「奴隷警護」の仕事を任された。その相手が「元勇者達」だと知って、衝撃を受けたのだ。なにしろ、ユーリンはガーネット伯爵領の軍人の家系出身で、かつて勇者達が「正しい行い」をしたのをよく知っているのだ。そして、二人が受けた迫害をいわれのないことだとも思っている。

 いわば「ガーネット領の恩人」に対して、ユーリンは命に懸けても守ろうと心に決めたってわけ。このあたりは、馬鹿だけど、正義感はあるのだろうな。で、警備する者の特権で、ちょうど「公爵家の坊ちゃんが、慰み者にしようと下げ渡しを望んだ」と噂を耳にした。

 彼女としては命と名誉をかけても、公爵家のボンボンの魔の手から救い出そうとしたわけだ。

 もちろん、女騎士ひとりの「奪還作戦」を、警護の連中が許す訳もない。だから、軍の記章を利用して、まんまと近づけたと言うことを抜きにしても、殺すことなく警護の人間を何人も無力化できた女騎士の技量は、むしろ、非凡というべきだ。

 
『だからといって、身代わりになろうってのも、発想がダメダメだよなぁ』

 どうやら、ここで脱いだのも、彼女なりに筋を通したのだろう。裸で籠絡しようと言うよりも「誠意を見せる」つもりで脱いだらしい。ま、そこらの男なら籠絡できるほどの身体であったのも事実ではあるのだけれども、ね。

『確かに、赤毛だと言うことを除けば、顔はキツ目でも、整っているし、特にキリリとした目つきは、マニアにはたまらないかも知れないが』

 もちろん、オッサンの目は、瞬時に、エロエロと見てしまっている。ボヨンに、桜色したサクランボに、引き締まったウエストに、意外とストレートな…… あ、えっと、まあ、そういうことで、男の目を引くのは確かだ。

 しかし、コイツの行動は「公爵嗣子がエロ目的の奴隷をおねだりした」と言ってきているのに等しいのだ。しかも、王国軍の騎士の立場を利用して、だ。

 よくある処置としては「貴族の対面に対する侮辱」を適用して、即座に死刑。良くて不名誉除隊。ちょっと、悪い奴なら、このまま「本当の奴隷」に堕としてしまうことだって、さして難しくない。

  だから、こういう馬鹿には、お灸を据えないと、ダメだ。きっと、また何かをやらかすに決まっているのだから。

 努めて表情を変えずに、嘲る声で、追い詰め始めたんだ。


「余には、婚約者がいるのを知っておろう? それとも、まさか、何も知らぬままに馬車へと忍び寄ったのか?」
「いえ、それは存じておりますが、しかし」
「勇者達が、美しいのは存じておる。だが、生憎と勇者達に負けぬ美女達はファーニチャー家に、あまたおるのだが、それを無視するようなマネを余がするとでも?」
「それは、あの、その」

 あ~ ダメダメ、ここはウソでも「滅相もございません」くらいのことを言わないと。でも、オレの言葉の意味することはわかるらしい。怖々と部屋の隅で震えているメイドを、チラッと見て、キョドっている。
 
 もちろん、二人ともより抜きの美女なのだから、わからない方がおかしい。

 なにしろ、譜代の商人達を通す客間は、とりわけ美女揃いなのだ。これは、パワーゲームというか、商人達に「舐められない」ようにする意味もある。こんな事態を予期して、この部屋を選んだのだとしたら、さすがルパッソである。

 それにしても「さすが○○様です!」って、普通は、主人公がお付きの奴隷に言われる言葉だよね? オレが言ってどうするって感じだけど、さ。

 できすぎなほどに優秀なルパッソ君に、感謝しつつ、オレは、さらに追い詰めていくことにした。




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